【完結】目指せ! 婚約破棄~カネ目当てのクズ婚約者なんかいらない

buchi

文字の大きさ
上 下
2 / 28

第2話 遊び人ドリュ―様、参戦!

しおりを挟む
「頑張るんだ、シシリー!」

兄は目の色が変わっていた。
そりゃそうだ。
このまま無事に妹が結婚してしまったら、この家にはすっからかんになる。

「俺一人じゃだめだ。援軍を呼んでこよう!」

兄は家を飛び出した。

誰を連れてくるつもりなの?

「……私はどうしよう」

なにしろ至上命題として、侯爵家嫡男を誘惑しなくてはいけないのだ。

このハードル、無残なまでに高すぎない?

お化粧ひとつしたことがなく、ドレスは自分で選んだこともない。というか化粧品、持っていない。

そもそも美人なのかと問われれば……家族にさえほめられたことがない……友達にも。

この状態で、ダドリー家のご子息に惚れられろとか。無理難題もいいところである。実際、これまで自慢ではないがどんな殿方からも声をかけられたことすらない。

父も兄も私が異常な状態に置かれていることに気は付いていたが、男性なのでドレスメーカーに伝手があるわけでもなければ化粧品に詳しい訳がない。
家の侍女たちは母の支配下に置かれていたから、私の状態に異を唱える者はいなかった。それに全員、若くなく、ファッションにも関心がない。つまり流行に関しては絶海の孤島状態。

病床から母はとぎれとぎれに説教した。

「ドレスや化粧……浮ついたことを考えるとはどういうことです……不幸せにならないように」

侍女たちは罪人が裁かれているのを、一緒になってうなだれながら聞いていた。どうも内心私が叱られるのを見て喜んでいたのではないかと思う。
罪人にしかるべき処罰が加えられたと言う意味で。

ネックレスやピアスや指輪は金属アレルギーの恐れがあるからと禁止されていた。

母が亡くなって久しいが、その精神は侍女たちの中に健在だった。

「私、どうしたら……」

すると階下からバタバタという足音が響いてきた。

「連れてきたぞー」

兄が連れてきたのは悪友のドリュー。ドリューは某伯爵家の跡取りで遊び人として有名だった。名前は聞いたことはあるが会ったことはなかった。

「ロイから、なんだか面白そうなことを計画してるって聞いてさ」

ドリューはいたずらっ子のような茶色の目に笑いをいっぱいに含んでやってきた。髪も金茶色なので、大柄なのに面白いことを見つけた茶色い大型犬みたいだと思ってしまった。

「遊び人が必要だと思って連れてきた。紹介しよう、親友のドリューだ。泣かせた女は数知れずだ」

「俺はそんな遊び人ではないぞ!」

まあ、ありがたいわ!

「さすがはお兄様! 我が家に足りないのはそういう浮ついたところですわ!」

ドリューは膨れた。

「俺のことをなんだと思っているんだよ」

「師匠ですわ」

私はご機嫌を取るように言ってみた。

なるほどドリュー様は、背が高く素晴らしい仕立てのコートを着ていたし、髪型も決まっていた。オシャレなのはよくわかった。誰が見てもイケメンだというだろう。私には関係ない世界の人だ。

「安心したわ。問題外の安全パイですわ。ぜひお願いしたいわ。男性の心をつかむには男性に聞かないとわかりませんもの」

ドリュー様は一挙に気を悪くした。

「お前ん家の妹は、失礼だな。人のことを安全パイってなんだ」

「まあ、ドリュー様、違いますわ。安全パイなのは私です。私は全然魅力的ではありません。レベル違いなので、逆に安心できますわ」

自分で自分を魅力的ではないというのは悲しかったけど、事実は事実。仕方ない。母はいつもこんな醜い子を産んでしまってと嘆いていた。

ドリュー様は私の顔をじろじろ見た。

まあ、私は黒い前髪を長く伸ばしてあまり顔を見えないようにしている。顔をあまり見られたくないので。

「……すごい眉毛だ。好きでやってるの? みっともないって、よく自分の身の程がわかっている令嬢だな。珍しい」

……褒めてもらえた……のかもしれない?
嘘のない客観的な人物である。この人となら、仕事が捗りそうだ。

だが、ドリューも私たちから母の話を聞くと顔をしかめた。

「亡くなられた方のことをあれこれ言うのは問題があると思うけど、実の娘に対する仕打ちがひどいな」

「仕打ちじゃありませんわ。母はそれが最善だと信じていたのですもの」

「余計始末が悪いじゃないか」

客間には母の肖像画もあった。

ダチョウの羽で頭を飾り、真っ赤な口紅と頬紅を差した母は出来るだけ目を大きく見せるように驚いたような表情で絵に描かれていた。

「自分の化粧はいいのか?」

ドリューは肖像画を見て呆れたように言った。

「身だしなみだと言っていた。若い娘には、化粧なんか必要ないと言うのが持論だった」

「ロイ、お前もひどいな。止めてやれよ。年頃の妹がかわいそうだろ」

「病気の母に意見はしにくくて……」

ドリュー様は今度は私を品定めし始めた。

「顔は誰かにお化粧を頼むとして……役者は無理なんじゃないの? なんか本音だけで生きてそう。このお嬢さん」

「……かもしれません」

計画自体に無理がある。それはわかっていた。

そこへマーガレット大伯母様の来訪が告げられた。
おそらく大伯母もダドリー家と我が家との婚約を聞きつけてやってきたのだろう。
父も含めて全員が緊張した。

マーガレット大伯母様は大富豪。しかしただの大富豪ではない。言いたいことがあればズバズバ言う系の、資産と資質を兼ね備えたひとかどの社交夫人なのだ。

マーガレット大伯母様は母の伯母だが、母の味方だったかというと、それは違う。

「私は知らなかったけど、破産の危機にあるダドリー侯爵家と結婚ですって? あの息子のどこがいいの? イマイチだって評判よ」

大伯母様はとても私をかわいがってくれていた。今もだ。
しかし、祖母が亡くなってからはほとんど会えなかった。大伯母は、母と違って現実的で貴族の身分に拘らない人だったからだ。母とは真逆だ。

母が亡くなった直後は、亡き夫人と不仲であったため、来訪も少なかったが、私も兄も大伯母は大歓迎で、そのためだんだん来てくださるようになっていた。

「困った話だよ。だけど、シシリー、このままじゃ結婚してもお前が困ったことになる。お茶会に出ようにも、まともなドレス一枚ないじゃないか。お前たちのお父様に話をして、うちから流行に詳しい侍女を付けましょう。この家の侍女たちはまるで葬式会場に参列してるみたいだよ」

カザリンを始めとした侍女たちは、たちまち柳眉を逆立てたが、そんなことに頓着するような大伯母ではなかった。

大伯母は私に会いに来たので、兄とドリューは会わなかったが、大伯母が帰った後、ドリューはわくわくしたように言った。

「いいじゃないか。頼もしい。マーガレット夫人は有名だぜ。いい味方だな」

大伯母は身分高い貴族の家の出身でありながら、自由自在に離婚再婚を繰り返し、しかもどんどん金持ちと結婚して、それで社交界から爪弾きされるのかというと、そのユーモア溢れる人柄と思いやりのある言動から誰からも一目置かれる社交界のドンとして君臨している。
みみっちく貴族の格がとか、些細な礼儀作法問題ばかりにこだわる母には絶対真似のできない芸当だ。

唯一問題点といえば、夫が大勢いすぎて誰の夫人と代表して呼べばいいか周りを悩ませたことだ。子どももいないし、代表的な夫というのもいない。困った周囲の人々は、彼女をマーガレット夫人と本人のファーストネームで呼ぶようになって定着した。

「でも、大伯母様には立場があるから、婚約破棄をさせようなんて試みには参加できないと思うわ」

「それはそうだ。でも、女手はどうしても欲しいから、まともな侍女をつけてもらえるなら大歓迎だよ」

兄が言い、ドリューもうなずいた。彼はこの件には最初から興味津々だった。

「ダドリーのことは嫌いだからな。気位ばかり高くて、お高く留まっているだけだ。一度、俺のことを遊び人と罵りやがった。よく知りもしないくせに」

実際、遊び人なのでは?

「いつか一泡吹かせてやりたいと思っていたんだ、あのダドリー・ダドリーを」



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【短編集】王太子に婚約破棄された私は、号泣しながら王都を去る

背骨
恋愛
異世界恋愛の短編集。それぞれの物語は独立してます。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

彼のいない夏

月樹《つき》
恋愛
幼い頃からの婚約者に婚約破棄を告げられたのは、沈丁花の花の咲く頃。 卒業パーティーの席で同じ年の義妹と婚約を結びなおすことを告げられた。 沈丁花の花の香りが好きだった彼。 沈丁花の花言葉のようにずっと一緒にいられると思っていた。 母が生まれた隣国に帰るように言われたけれど、例え一緒にいられなくても、私はあなたの国にいたかった。 だから王都から遠く離れた、海の見える教会に入ることに決めた。 あなたがいなくても、いつも一緒に海辺を散歩した夏はやって来る。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】恨んではいませんけど、助ける義理もありませんので

白草まる
恋愛
ユーディトはヒュベルトゥスに負い目があるため、最低限の扱いを受けようとも文句が言えない。 婚約しているのに満たされない関係であり、幸せな未来が待っているとは思えない関係。 我慢を続けたユーディトだが、ある日、ヒュベルトゥスが他の女性と親密そうな場面に出くわしてしまい、しかもその場でヒュベルトゥスから婚約破棄されてしまう。 詳しい事情を知らない人たちにとってはユーディトの親に非がある婚約破棄のため、悪者扱いされるのはユーディトのほうだった。

処理中です...