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第2話 遊び人ドリュ―様、参戦!
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「頑張るんだ、シシリー!」
兄は目の色が変わっていた。
そりゃそうだ。
このまま無事に妹が結婚してしまったら、この家にはすっからかんになる。
「俺一人じゃだめだ。援軍を呼んでこよう!」
兄は家を飛び出した。
誰を連れてくるつもりなの?
「……私はどうしよう」
なにしろ至上命題として、侯爵家嫡男を誘惑しなくてはいけないのだ。
このハードル、無残なまでに高すぎない?
お化粧ひとつしたことがなく、ドレスは自分で選んだこともない。というか化粧品、持っていない。
そもそも美人なのかと問われれば……家族にさえほめられたことがない……友達にも。
この状態で、ダドリー家のご子息に惚れられろとか。無理難題もいいところである。実際、これまで自慢ではないがどんな殿方からも声をかけられたことすらない。
父も兄も私が異常な状態に置かれていることに気は付いていたが、男性なのでドレスメーカーに伝手があるわけでもなければ化粧品に詳しい訳がない。
家の侍女たちは母の支配下に置かれていたから、私の状態に異を唱える者はいなかった。それに全員、若くなく、ファッションにも関心がない。つまり流行に関しては絶海の孤島状態。
病床から母はとぎれとぎれに説教した。
「ドレスや化粧……浮ついたことを考えるとはどういうことです……不幸せにならないように」
侍女たちは罪人が裁かれているのを、一緒になってうなだれながら聞いていた。どうも内心私が叱られるのを見て喜んでいたのではないかと思う。
罪人にしかるべき処罰が加えられたと言う意味で。
ネックレスやピアスや指輪は金属アレルギーの恐れがあるからと禁止されていた。
母が亡くなって久しいが、その精神は侍女たちの中に健在だった。
「私、どうしたら……」
すると階下からバタバタという足音が響いてきた。
「連れてきたぞー」
兄が連れてきたのは悪友のドリュー。ドリューは某伯爵家の跡取りで遊び人として有名だった。名前は聞いたことはあるが会ったことはなかった。
「ロイから、なんだか面白そうなことを計画してるって聞いてさ」
ドリューはいたずらっ子のような茶色の目に笑いをいっぱいに含んでやってきた。髪も金茶色なので、大柄なのに面白いことを見つけた茶色い大型犬みたいだと思ってしまった。
「遊び人が必要だと思って連れてきた。紹介しよう、親友のドリューだ。泣かせた女は数知れずだ」
「俺はそんな遊び人ではないぞ!」
まあ、ありがたいわ!
「さすがはお兄様! 我が家に足りないのはそういう浮ついたところですわ!」
ドリューは膨れた。
「俺のことをなんだと思っているんだよ」
「師匠ですわ」
私はご機嫌を取るように言ってみた。
なるほどドリュー様は、背が高く素晴らしい仕立てのコートを着ていたし、髪型も決まっていた。オシャレなのはよくわかった。誰が見てもイケメンだというだろう。私には関係ない世界の人だ。
「安心したわ。問題外の安全パイですわ。ぜひお願いしたいわ。男性の心をつかむには男性に聞かないとわかりませんもの」
ドリュー様は一挙に気を悪くした。
「お前ん家の妹は、失礼だな。人のことを安全パイってなんだ」
「まあ、ドリュー様、違いますわ。安全パイなのは私です。私は全然魅力的ではありません。レベル違いなので、逆に安心できますわ」
自分で自分を魅力的ではないというのは悲しかったけど、事実は事実。仕方ない。母はいつもこんな醜い子を産んでしまってと嘆いていた。
ドリュー様は私の顔をじろじろ見た。
まあ、私は黒い前髪を長く伸ばしてあまり顔を見えないようにしている。顔をあまり見られたくないので。
「……すごい眉毛だ。好きでやってるの? みっともないって、よく自分の身の程がわかっている令嬢だな。珍しい」
……褒めてもらえた……のかもしれない?
嘘のない客観的な人物である。この人となら、仕事が捗りそうだ。
だが、ドリューも私たちから母の話を聞くと顔をしかめた。
「亡くなられた方のことをあれこれ言うのは問題があると思うけど、実の娘に対する仕打ちがひどいな」
「仕打ちじゃありませんわ。母はそれが最善だと信じていたのですもの」
「余計始末が悪いじゃないか」
客間には母の肖像画もあった。
ダチョウの羽で頭を飾り、真っ赤な口紅と頬紅を差した母は出来るだけ目を大きく見せるように驚いたような表情で絵に描かれていた。
「自分の化粧はいいのか?」
ドリューは肖像画を見て呆れたように言った。
「身だしなみだと言っていた。若い娘には、化粧なんか必要ないと言うのが持論だった」
「ロイ、お前もひどいな。止めてやれよ。年頃の妹がかわいそうだろ」
「病気の母に意見はしにくくて……」
ドリュー様は今度は私を品定めし始めた。
「顔は誰かにお化粧を頼むとして……役者は無理なんじゃないの? なんか本音だけで生きてそう。このお嬢さん」
「……かもしれません」
計画自体に無理がある。それはわかっていた。
そこへマーガレット大伯母様の来訪が告げられた。
おそらく大伯母もダドリー家と我が家との婚約を聞きつけてやってきたのだろう。
父も含めて全員が緊張した。
マーガレット大伯母様は大富豪。しかしただの大富豪ではない。言いたいことがあればズバズバ言う系の、資産と資質を兼ね備えたひとかどの社交夫人なのだ。
マーガレット大伯母様は母の伯母だが、母の味方だったかというと、それは違う。
「私は知らなかったけど、破産の危機にあるダドリー侯爵家と結婚ですって? あの息子のどこがいいの? イマイチだって評判よ」
大伯母様はとても私をかわいがってくれていた。今もだ。
しかし、祖母が亡くなってからはほとんど会えなかった。大伯母は、母と違って現実的で貴族の身分に拘らない人だったからだ。母とは真逆だ。
母が亡くなった直後は、亡き夫人と不仲であったため、来訪も少なかったが、私も兄も大伯母は大歓迎で、そのためだんだん来てくださるようになっていた。
「困った話だよ。だけど、シシリー、このままじゃ結婚してもお前が困ったことになる。お茶会に出ようにも、まともなドレス一枚ないじゃないか。お前たちのお父様に話をして、うちから流行に詳しい侍女を付けましょう。この家の侍女たちはまるで葬式会場に参列してるみたいだよ」
カザリンを始めとした侍女たちは、たちまち柳眉を逆立てたが、そんなことに頓着するような大伯母ではなかった。
大伯母は私に会いに来たので、兄とドリューは会わなかったが、大伯母が帰った後、ドリューはわくわくしたように言った。
「いいじゃないか。頼もしい。マーガレット夫人は有名だぜ。いい味方だな」
大伯母は身分高い貴族の家の出身でありながら、自由自在に離婚再婚を繰り返し、しかもどんどん金持ちと結婚して、それで社交界から爪弾きされるのかというと、そのユーモア溢れる人柄と思いやりのある言動から誰からも一目置かれる社交界のドンとして君臨している。
みみっちく貴族の格がとか、些細な礼儀作法問題ばかりにこだわる母には絶対真似のできない芸当だ。
唯一問題点といえば、夫が大勢いすぎて誰の夫人と代表して呼べばいいか周りを悩ませたことだ。子どももいないし、代表的な夫というのもいない。困った周囲の人々は、彼女をマーガレット夫人と本人のファーストネームで呼ぶようになって定着した。
「でも、大伯母様には立場があるから、婚約破棄をさせようなんて試みには参加できないと思うわ」
「それはそうだ。でも、女手はどうしても欲しいから、まともな侍女をつけてもらえるなら大歓迎だよ」
兄が言い、ドリューもうなずいた。彼はこの件には最初から興味津々だった。
「ダドリーのことは嫌いだからな。気位ばかり高くて、お高く留まっているだけだ。一度、俺のことを遊び人と罵りやがった。よく知りもしないくせに」
実際、遊び人なのでは?
「いつか一泡吹かせてやりたいと思っていたんだ、あのダドリー・ダドリーを」
兄は目の色が変わっていた。
そりゃそうだ。
このまま無事に妹が結婚してしまったら、この家にはすっからかんになる。
「俺一人じゃだめだ。援軍を呼んでこよう!」
兄は家を飛び出した。
誰を連れてくるつもりなの?
「……私はどうしよう」
なにしろ至上命題として、侯爵家嫡男を誘惑しなくてはいけないのだ。
このハードル、無残なまでに高すぎない?
お化粧ひとつしたことがなく、ドレスは自分で選んだこともない。というか化粧品、持っていない。
そもそも美人なのかと問われれば……家族にさえほめられたことがない……友達にも。
この状態で、ダドリー家のご子息に惚れられろとか。無理難題もいいところである。実際、これまで自慢ではないがどんな殿方からも声をかけられたことすらない。
父も兄も私が異常な状態に置かれていることに気は付いていたが、男性なのでドレスメーカーに伝手があるわけでもなければ化粧品に詳しい訳がない。
家の侍女たちは母の支配下に置かれていたから、私の状態に異を唱える者はいなかった。それに全員、若くなく、ファッションにも関心がない。つまり流行に関しては絶海の孤島状態。
病床から母はとぎれとぎれに説教した。
「ドレスや化粧……浮ついたことを考えるとはどういうことです……不幸せにならないように」
侍女たちは罪人が裁かれているのを、一緒になってうなだれながら聞いていた。どうも内心私が叱られるのを見て喜んでいたのではないかと思う。
罪人にしかるべき処罰が加えられたと言う意味で。
ネックレスやピアスや指輪は金属アレルギーの恐れがあるからと禁止されていた。
母が亡くなって久しいが、その精神は侍女たちの中に健在だった。
「私、どうしたら……」
すると階下からバタバタという足音が響いてきた。
「連れてきたぞー」
兄が連れてきたのは悪友のドリュー。ドリューは某伯爵家の跡取りで遊び人として有名だった。名前は聞いたことはあるが会ったことはなかった。
「ロイから、なんだか面白そうなことを計画してるって聞いてさ」
ドリューはいたずらっ子のような茶色の目に笑いをいっぱいに含んでやってきた。髪も金茶色なので、大柄なのに面白いことを見つけた茶色い大型犬みたいだと思ってしまった。
「遊び人が必要だと思って連れてきた。紹介しよう、親友のドリューだ。泣かせた女は数知れずだ」
「俺はそんな遊び人ではないぞ!」
まあ、ありがたいわ!
「さすがはお兄様! 我が家に足りないのはそういう浮ついたところですわ!」
ドリューは膨れた。
「俺のことをなんだと思っているんだよ」
「師匠ですわ」
私はご機嫌を取るように言ってみた。
なるほどドリュー様は、背が高く素晴らしい仕立てのコートを着ていたし、髪型も決まっていた。オシャレなのはよくわかった。誰が見てもイケメンだというだろう。私には関係ない世界の人だ。
「安心したわ。問題外の安全パイですわ。ぜひお願いしたいわ。男性の心をつかむには男性に聞かないとわかりませんもの」
ドリュー様は一挙に気を悪くした。
「お前ん家の妹は、失礼だな。人のことを安全パイってなんだ」
「まあ、ドリュー様、違いますわ。安全パイなのは私です。私は全然魅力的ではありません。レベル違いなので、逆に安心できますわ」
自分で自分を魅力的ではないというのは悲しかったけど、事実は事実。仕方ない。母はいつもこんな醜い子を産んでしまってと嘆いていた。
ドリュー様は私の顔をじろじろ見た。
まあ、私は黒い前髪を長く伸ばしてあまり顔を見えないようにしている。顔をあまり見られたくないので。
「……すごい眉毛だ。好きでやってるの? みっともないって、よく自分の身の程がわかっている令嬢だな。珍しい」
……褒めてもらえた……のかもしれない?
嘘のない客観的な人物である。この人となら、仕事が捗りそうだ。
だが、ドリューも私たちから母の話を聞くと顔をしかめた。
「亡くなられた方のことをあれこれ言うのは問題があると思うけど、実の娘に対する仕打ちがひどいな」
「仕打ちじゃありませんわ。母はそれが最善だと信じていたのですもの」
「余計始末が悪いじゃないか」
客間には母の肖像画もあった。
ダチョウの羽で頭を飾り、真っ赤な口紅と頬紅を差した母は出来るだけ目を大きく見せるように驚いたような表情で絵に描かれていた。
「自分の化粧はいいのか?」
ドリューは肖像画を見て呆れたように言った。
「身だしなみだと言っていた。若い娘には、化粧なんか必要ないと言うのが持論だった」
「ロイ、お前もひどいな。止めてやれよ。年頃の妹がかわいそうだろ」
「病気の母に意見はしにくくて……」
ドリュー様は今度は私を品定めし始めた。
「顔は誰かにお化粧を頼むとして……役者は無理なんじゃないの? なんか本音だけで生きてそう。このお嬢さん」
「……かもしれません」
計画自体に無理がある。それはわかっていた。
そこへマーガレット大伯母様の来訪が告げられた。
おそらく大伯母もダドリー家と我が家との婚約を聞きつけてやってきたのだろう。
父も含めて全員が緊張した。
マーガレット大伯母様は大富豪。しかしただの大富豪ではない。言いたいことがあればズバズバ言う系の、資産と資質を兼ね備えたひとかどの社交夫人なのだ。
マーガレット大伯母様は母の伯母だが、母の味方だったかというと、それは違う。
「私は知らなかったけど、破産の危機にあるダドリー侯爵家と結婚ですって? あの息子のどこがいいの? イマイチだって評判よ」
大伯母様はとても私をかわいがってくれていた。今もだ。
しかし、祖母が亡くなってからはほとんど会えなかった。大伯母は、母と違って現実的で貴族の身分に拘らない人だったからだ。母とは真逆だ。
母が亡くなった直後は、亡き夫人と不仲であったため、来訪も少なかったが、私も兄も大伯母は大歓迎で、そのためだんだん来てくださるようになっていた。
「困った話だよ。だけど、シシリー、このままじゃ結婚してもお前が困ったことになる。お茶会に出ようにも、まともなドレス一枚ないじゃないか。お前たちのお父様に話をして、うちから流行に詳しい侍女を付けましょう。この家の侍女たちはまるで葬式会場に参列してるみたいだよ」
カザリンを始めとした侍女たちは、たちまち柳眉を逆立てたが、そんなことに頓着するような大伯母ではなかった。
大伯母は私に会いに来たので、兄とドリューは会わなかったが、大伯母が帰った後、ドリューはわくわくしたように言った。
「いいじゃないか。頼もしい。マーガレット夫人は有名だぜ。いい味方だな」
大伯母は身分高い貴族の家の出身でありながら、自由自在に離婚再婚を繰り返し、しかもどんどん金持ちと結婚して、それで社交界から爪弾きされるのかというと、そのユーモア溢れる人柄と思いやりのある言動から誰からも一目置かれる社交界のドンとして君臨している。
みみっちく貴族の格がとか、些細な礼儀作法問題ばかりにこだわる母には絶対真似のできない芸当だ。
唯一問題点といえば、夫が大勢いすぎて誰の夫人と代表して呼べばいいか周りを悩ませたことだ。子どももいないし、代表的な夫というのもいない。困った周囲の人々は、彼女をマーガレット夫人と本人のファーストネームで呼ぶようになって定着した。
「でも、大伯母様には立場があるから、婚約破棄をさせようなんて試みには参加できないと思うわ」
「それはそうだ。でも、女手はどうしても欲しいから、まともな侍女をつけてもらえるなら大歓迎だよ」
兄が言い、ドリューもうなずいた。彼はこの件には最初から興味津々だった。
「ダドリーのことは嫌いだからな。気位ばかり高くて、お高く留まっているだけだ。一度、俺のことを遊び人と罵りやがった。よく知りもしないくせに」
実際、遊び人なのでは?
「いつか一泡吹かせてやりたいと思っていたんだ、あのダドリー・ダドリーを」
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