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第19話 大舞踏会での愛の告白
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そして二週間後。
お城では盛大な舞踏会が開かれていた。
ドラゴン問題を恒久的に解決した英雄?第四王子が王位を継ぐことと、王子がドラゴンの娘であるナタリア嬢と婚約を交わしたのだ。
その発表と祝賀の大パーティだ。
壇上に新・王太子殿下とその婚約者、そして新婚約者の両親……ドラゴン様ご夫妻が並び、国王陛下と王妃様はむしろ引き気味で、ひたすらにドラゴン様ご夫妻に気を使っている様子だった。
「なぜか政略結婚のような気がしてきた」
宰相をはじめ国内のどこの公爵家もご近所隣の王族も、誰もかれもヘロリ王子の婚約を死ぬほどうらやましがった。
後ろ盾がドラゴン。
超最強。
どこの王家も公爵家も全然歯が立たない。
「もしかして、私は狙われていたのかしら?」
私自身、お父様が実はドラゴン様だって知らなかったのだけど、ドラゴン様は最強の存在だ。もしドラゴンに娘がいるなら、どこの王家もかっさらってでも結婚したいだろう。
したがって、ドラゴン様を味方に引き入れたヘロリ第四王子様は救国の英雄であるとともに、結果論として最大の勝利者だった。
第二王子と第三王子は、戦いをバックレた関係で行方不明として扱われたが、唯一残った第一王子からは、王太子の地位を譲り私たち二人の結婚を祝福すると言うメッセージが送られてきた。
「そんなこと、自分から申し出るものかしら?」
私は純粋に疑問だった。
父が意外な返事をした。
「王家を好き放題に使いたかったら、あいつは邪魔だ」
え? 父のドラゴンが意外に策士なことを?
ヘロリ王子様はいかにも善良そうにニコニコして言った。
「ナタリアと結婚するのに邪魔だから。死んでもらおうかな」
ゾラがこっそり解説してくれた。
「第一王子が自分は王太子だからドラゴン様の御娘と結婚すると主張されては面倒なのでしょう」
ゾラはフフンといった様子で続けた。
「ナタリア様争奪戦ですな」
私は真剣に王子様を疑い始めた。私の値打ちってないんじゃないかしら。
ただただ父のドラゴン様を取り込みだかっただけなのでは?
ヘロリ王子様は策士だし。
一方で、母の目論見通り、人型を取ったドラゴン様は人間離れした美形として有名になってしまった。
絵姿は飛ぶように売れ、他国でも大人気となった。
どうしてこんなに噂が広まるのって早いのかしら?
やがて開かれた、大舞踏会。
国力の限りを尽くして、数えきれないほど大勢の人々ができうる限り着飾って参集し、さしもの広い王宮の庭も高貴の人々であふれた。
見たことのない深緑色のふさふさした髪と神秘的な金色の目を持つドラゴンは、同時にまるで彫刻のような肉体美だと思われた。(服が邪魔)。
ドラゴン夫人のマーシャ様は燃えるような赤毛とエメラルドの目と、これまたミルクのように白い肌と豊満だが引き締まった体つきで、しかもお互いに深く愛し合っているように見えた。
それが玉座に座っていた。国王と王妃は横に立って接待役に徹し、各国の王侯貴族の紹介や仲介の労を渡英、二人の機嫌を取るのに汲々としていた。
ドラゴン様とその夫人は圧倒的に注目の的だった。ウチの両親はダンスを始めようものなら、人々はガン見していた。
ドラゴン様ご夫妻が踊っている周りには円状に空間が空いていて、少し遠巻きにしながら大勢がキラキラした目で見つめていた。
「どう見ても、ただ遊んでるな。大勢の人を巻き込んで」
私はつぶやいた。ドラゴン様ご夫妻を巡り、人々は興奮し熱狂していた。
「一曲、お願いできませんか?」
壇上でぼんやりとやりすぎ両親を見ていると、一人の男が跪いてダンスを申し込んだ。
「今宵のあなたは、王都で初めて見た時のように新鮮だ」
その声はこの広い空間の中にあってただ一人、懐かしい安心できる声。
「言ったことがなかったね。ナタリア、愛している」
彼の手が私の手を取った。
「人って一目ぼれするんだね。僕は君を初めて見た時、その目に射抜かれた。なんて自由な目なんだろうって」
私はヘロリ王子様を初めて見た時、何てヘロそうな人かと思ったわ。
「この人と一緒に出掛けようと思った。僕は第四王子で、王家に利用される運命だった。どんなに僕の両親が親として僕を大事に思ってくれていても同じだ。王家に生まれた以上、逃れられない。僕は自由になりたかった」
「贅沢な暮らしをしている以上仕方なくない? 王家を離れたらすごい貧乏暮らしよ。慣れない王子様には無理だと思うわ」
普通の暮らしに堪えられるわけがないわ。
「そうだ。だから、多くの貴族の子弟が、好まぬ相手でもおとなしく結婚し、領地経営に勤しんでいる。貴族の称号には財産が付いてくるからね」
ヘロリ王子様はうなずいた。
「僕の母が泣きながら、僕を最初の討伐隊に選んだのは、僕ならそんな貴族の看板がなくても生きて行けそうだったからだ」
「え?」
「母は一番僕を買ってくれていた。父もだ。でも第四王子だった。王太子にはなれない。討伐隊に参加するのも運命だった。君に会うまではただの使い捨ての駒だった」
王子様は優しく私を見つめた。
「ああ、この人と討伐隊に参加したい。毎日、ふたりきりで星を眺めながら夜を過ごしたい。そして国を離れて二人で暮らしたい。素晴らしいアイデアだった。聖女枠が空いている」
私の都合はどこ行った。強引に巻き込みやがって。
そもそも、このヘロリ王子に見初められてしまったのが運の尽き。
「君を説得するのが大変だった。だけど、僕は口だけはうまいと定評がある」
「そ、それは確かに……」
王子様の口説きはなかなかどうしての技である。その場の雰囲気をよく読んで、しらけない程度の甘いセリフをサクッと吐く。うっかりフラッとなってしまいそう。
でも、私、魔女ですから。騙されませんよ。
「口だけはうまいですわね」
料理はまるっきりだったけど。
「そのほかに生活力があるよ? ドラゴン城に行けたじゃない」
あんなにうまくデビルを利用して、ドラゴン城に堂々とやってきた人間は初めてだって、ゾラが感心していましたわ。もっとも、ドラゴン城に行きたがる人間はいませんからなあとも言ってたけど。
「ドラゴン様はとぼけた顔をしているけど、賢いお方だ」
「お父様が?」
お父様はとぼけた顔なんかしていない。超絶イケメンですわ。
「ドラゴン様だけなら、山の中で一人で暮らしてもいいらしい。だけど今はメロメロの夫人と一緒だから。今回のパーティも夫人の為のイベントだね。夫人の為に人間社会のものが必要だそうだ。なので、伝手があるのは楽だそうだ」
「私は道具?」
思わず叫んでしまった。ヘロリ殿下は苦笑した。
「君はドラゴンの娘だから、僕よりずっと長く生きられる。僕の一生は君にとっては一瞬だろうって」
「え?」
私は魔女だ。だから人間より寿命は長い。それをヘロリ王子に言ったことはなかったけど、ドラゴン様の子どもだからもっと長いのか。
「それと、君のお母様が言っていた。魔女は絶対に好きではない人と結婚しないって。ドアは開かないし、近づけないし、無理に手を握れば、死ぬことすらあるって」
私は手を見た。王子様がにこっと笑って、握る手に力を込めた。
「ドラゴンの娘だなんて知らなかった。魔女の娘だなんて知らなかった。そんなこと、どうでもいい。一緒にいたい。一緒にいられる国にしようと思った。ドラゴン城がドラゴン様の聖域なら、僕は僕の聖域を作る。そのために王太子になる」
彼は私を手を引いて、ダンス会場に連れ出した。
会場の全注目を浴びるのは今度は私たちの番だ。
「僕は君の一瞬かもしれない。でも、君は生涯にわたって僕の唯一だ」
ものすごく大勢の視線がすべて私たちに向けられている。でも、全然気にならなかった。
私、発見したことがある。
いつも、利用されているんじゃないかとか、そんなことを考えていた。特にドラゴンの娘だと知ってからは。
だけど、利用されてるとか、そんなこと本当はどうでもよかったんだ。
私はヘロリ王子様が好き。好きだった。最初から好きだった。こんな気持ちは初めてで、自分の思うとおりにならなくて、怖かっただけだったんだ。
理由をつけて、本気じゃないかもとか疑って、自分の気持ちにフタをした。
だけど、もう知らないふりはしないわ。
「ヘロリ王子様、好きよ」
ギクリとして振り向いた王子様は驚いて目を見張り、それからたちまち顔が赤くなり、目が潤んだ。腰を抱いていた腕に力がこもった。
「ナタリア……」
ギャアアア。失敗した。王子様を見習って、時と場所を選んで言えばよかった。
……婚約披露パーティでの公開熱烈(初)キス事件。
ドラゴン様ご夫妻のド派手見た目に比べて、存在感が薄いと陰で『地味カップル』などと揶揄されていた王太子カップルが、一挙に話題度ナンバーワンに駆け上がった一瞬だった。
「あのままコトに及ぶかと……ねえ」
そんなわけあるかあ!
「迫力満点のキスでしたわ! ナタリア様の背中、九十度まで曲がってましたもん」
そんなんだったら背骨が折れる!
「ヘロリ王子様って……意外と情熱家だったのですね? あんな草食系のお顔ですのに。すてき」
変なところで婚約者に人気が出てしまった。あんな顔なので検証する気にならなかったが、事実を並べてみると、かなりひどい情熱家っぷりだ。これはストーカーでも通用するのでは?
「愛してる」
ヘロリ王子はこれ言うだけでも幸せそうだ。一周回って変態なのでは?
いや、悪い方に考える私の悪い性格かも。変態じゃない。変態じゃない。
「式は早めに」
何のてらいもなく私の首元に顔をうずめながら、ヘロリ王子様は言った。
「君のドレスは僕が選んだ。趣味で」
勝手に? そんな話聞いてないよと思ったが、ウェディングドレスの話じゃなくて、各種ナイトドレスのお話だった。ちょっとついて行けない。
離れた別館では、お父様が抗議していたらしい。
「ちょっと、お宅の息子さん、やりすぎじゃありませんか? ウチの大事な娘に」
「ま、あの、婚約者ですし、結婚が正式に決まったわけですし……」
大汗をかきながら国王陛下が弁解した。
「それにしてもさあ。ちょっとあれどうなの?」
私は意味もなくお姫様抱っこでウェディングドレス仮縫い室まで移動中だった。どうも回廊を通過しているところを見られていたらしい。
「腕と足のトレーニングに、毎日お姫様抱っこを取り入れているそうです……」
国王陛下が苦しい言い訳をしたそうだ。
お姫様抱っこしている時間はないと思うんだけど、ヘロリ王子様は嬉しそうに言った。
「抱っこってイイネ。筋トレにはもってこいだ」
違うと思う。
お城では盛大な舞踏会が開かれていた。
ドラゴン問題を恒久的に解決した英雄?第四王子が王位を継ぐことと、王子がドラゴンの娘であるナタリア嬢と婚約を交わしたのだ。
その発表と祝賀の大パーティだ。
壇上に新・王太子殿下とその婚約者、そして新婚約者の両親……ドラゴン様ご夫妻が並び、国王陛下と王妃様はむしろ引き気味で、ひたすらにドラゴン様ご夫妻に気を使っている様子だった。
「なぜか政略結婚のような気がしてきた」
宰相をはじめ国内のどこの公爵家もご近所隣の王族も、誰もかれもヘロリ王子の婚約を死ぬほどうらやましがった。
後ろ盾がドラゴン。
超最強。
どこの王家も公爵家も全然歯が立たない。
「もしかして、私は狙われていたのかしら?」
私自身、お父様が実はドラゴン様だって知らなかったのだけど、ドラゴン様は最強の存在だ。もしドラゴンに娘がいるなら、どこの王家もかっさらってでも結婚したいだろう。
したがって、ドラゴン様を味方に引き入れたヘロリ第四王子様は救国の英雄であるとともに、結果論として最大の勝利者だった。
第二王子と第三王子は、戦いをバックレた関係で行方不明として扱われたが、唯一残った第一王子からは、王太子の地位を譲り私たち二人の結婚を祝福すると言うメッセージが送られてきた。
「そんなこと、自分から申し出るものかしら?」
私は純粋に疑問だった。
父が意外な返事をした。
「王家を好き放題に使いたかったら、あいつは邪魔だ」
え? 父のドラゴンが意外に策士なことを?
ヘロリ王子様はいかにも善良そうにニコニコして言った。
「ナタリアと結婚するのに邪魔だから。死んでもらおうかな」
ゾラがこっそり解説してくれた。
「第一王子が自分は王太子だからドラゴン様の御娘と結婚すると主張されては面倒なのでしょう」
ゾラはフフンといった様子で続けた。
「ナタリア様争奪戦ですな」
私は真剣に王子様を疑い始めた。私の値打ちってないんじゃないかしら。
ただただ父のドラゴン様を取り込みだかっただけなのでは?
ヘロリ王子様は策士だし。
一方で、母の目論見通り、人型を取ったドラゴン様は人間離れした美形として有名になってしまった。
絵姿は飛ぶように売れ、他国でも大人気となった。
どうしてこんなに噂が広まるのって早いのかしら?
やがて開かれた、大舞踏会。
国力の限りを尽くして、数えきれないほど大勢の人々ができうる限り着飾って参集し、さしもの広い王宮の庭も高貴の人々であふれた。
見たことのない深緑色のふさふさした髪と神秘的な金色の目を持つドラゴンは、同時にまるで彫刻のような肉体美だと思われた。(服が邪魔)。
ドラゴン夫人のマーシャ様は燃えるような赤毛とエメラルドの目と、これまたミルクのように白い肌と豊満だが引き締まった体つきで、しかもお互いに深く愛し合っているように見えた。
それが玉座に座っていた。国王と王妃は横に立って接待役に徹し、各国の王侯貴族の紹介や仲介の労を渡英、二人の機嫌を取るのに汲々としていた。
ドラゴン様とその夫人は圧倒的に注目の的だった。ウチの両親はダンスを始めようものなら、人々はガン見していた。
ドラゴン様ご夫妻が踊っている周りには円状に空間が空いていて、少し遠巻きにしながら大勢がキラキラした目で見つめていた。
「どう見ても、ただ遊んでるな。大勢の人を巻き込んで」
私はつぶやいた。ドラゴン様ご夫妻を巡り、人々は興奮し熱狂していた。
「一曲、お願いできませんか?」
壇上でぼんやりとやりすぎ両親を見ていると、一人の男が跪いてダンスを申し込んだ。
「今宵のあなたは、王都で初めて見た時のように新鮮だ」
その声はこの広い空間の中にあってただ一人、懐かしい安心できる声。
「言ったことがなかったね。ナタリア、愛している」
彼の手が私の手を取った。
「人って一目ぼれするんだね。僕は君を初めて見た時、その目に射抜かれた。なんて自由な目なんだろうって」
私はヘロリ王子様を初めて見た時、何てヘロそうな人かと思ったわ。
「この人と一緒に出掛けようと思った。僕は第四王子で、王家に利用される運命だった。どんなに僕の両親が親として僕を大事に思ってくれていても同じだ。王家に生まれた以上、逃れられない。僕は自由になりたかった」
「贅沢な暮らしをしている以上仕方なくない? 王家を離れたらすごい貧乏暮らしよ。慣れない王子様には無理だと思うわ」
普通の暮らしに堪えられるわけがないわ。
「そうだ。だから、多くの貴族の子弟が、好まぬ相手でもおとなしく結婚し、領地経営に勤しんでいる。貴族の称号には財産が付いてくるからね」
ヘロリ王子様はうなずいた。
「僕の母が泣きながら、僕を最初の討伐隊に選んだのは、僕ならそんな貴族の看板がなくても生きて行けそうだったからだ」
「え?」
「母は一番僕を買ってくれていた。父もだ。でも第四王子だった。王太子にはなれない。討伐隊に参加するのも運命だった。君に会うまではただの使い捨ての駒だった」
王子様は優しく私を見つめた。
「ああ、この人と討伐隊に参加したい。毎日、ふたりきりで星を眺めながら夜を過ごしたい。そして国を離れて二人で暮らしたい。素晴らしいアイデアだった。聖女枠が空いている」
私の都合はどこ行った。強引に巻き込みやがって。
そもそも、このヘロリ王子に見初められてしまったのが運の尽き。
「君を説得するのが大変だった。だけど、僕は口だけはうまいと定評がある」
「そ、それは確かに……」
王子様の口説きはなかなかどうしての技である。その場の雰囲気をよく読んで、しらけない程度の甘いセリフをサクッと吐く。うっかりフラッとなってしまいそう。
でも、私、魔女ですから。騙されませんよ。
「口だけはうまいですわね」
料理はまるっきりだったけど。
「そのほかに生活力があるよ? ドラゴン城に行けたじゃない」
あんなにうまくデビルを利用して、ドラゴン城に堂々とやってきた人間は初めてだって、ゾラが感心していましたわ。もっとも、ドラゴン城に行きたがる人間はいませんからなあとも言ってたけど。
「ドラゴン様はとぼけた顔をしているけど、賢いお方だ」
「お父様が?」
お父様はとぼけた顔なんかしていない。超絶イケメンですわ。
「ドラゴン様だけなら、山の中で一人で暮らしてもいいらしい。だけど今はメロメロの夫人と一緒だから。今回のパーティも夫人の為のイベントだね。夫人の為に人間社会のものが必要だそうだ。なので、伝手があるのは楽だそうだ」
「私は道具?」
思わず叫んでしまった。ヘロリ殿下は苦笑した。
「君はドラゴンの娘だから、僕よりずっと長く生きられる。僕の一生は君にとっては一瞬だろうって」
「え?」
私は魔女だ。だから人間より寿命は長い。それをヘロリ王子に言ったことはなかったけど、ドラゴン様の子どもだからもっと長いのか。
「それと、君のお母様が言っていた。魔女は絶対に好きではない人と結婚しないって。ドアは開かないし、近づけないし、無理に手を握れば、死ぬことすらあるって」
私は手を見た。王子様がにこっと笑って、握る手に力を込めた。
「ドラゴンの娘だなんて知らなかった。魔女の娘だなんて知らなかった。そんなこと、どうでもいい。一緒にいたい。一緒にいられる国にしようと思った。ドラゴン城がドラゴン様の聖域なら、僕は僕の聖域を作る。そのために王太子になる」
彼は私を手を引いて、ダンス会場に連れ出した。
会場の全注目を浴びるのは今度は私たちの番だ。
「僕は君の一瞬かもしれない。でも、君は生涯にわたって僕の唯一だ」
ものすごく大勢の視線がすべて私たちに向けられている。でも、全然気にならなかった。
私、発見したことがある。
いつも、利用されているんじゃないかとか、そんなことを考えていた。特にドラゴンの娘だと知ってからは。
だけど、利用されてるとか、そんなこと本当はどうでもよかったんだ。
私はヘロリ王子様が好き。好きだった。最初から好きだった。こんな気持ちは初めてで、自分の思うとおりにならなくて、怖かっただけだったんだ。
理由をつけて、本気じゃないかもとか疑って、自分の気持ちにフタをした。
だけど、もう知らないふりはしないわ。
「ヘロリ王子様、好きよ」
ギクリとして振り向いた王子様は驚いて目を見張り、それからたちまち顔が赤くなり、目が潤んだ。腰を抱いていた腕に力がこもった。
「ナタリア……」
ギャアアア。失敗した。王子様を見習って、時と場所を選んで言えばよかった。
……婚約披露パーティでの公開熱烈(初)キス事件。
ドラゴン様ご夫妻のド派手見た目に比べて、存在感が薄いと陰で『地味カップル』などと揶揄されていた王太子カップルが、一挙に話題度ナンバーワンに駆け上がった一瞬だった。
「あのままコトに及ぶかと……ねえ」
そんなわけあるかあ!
「迫力満点のキスでしたわ! ナタリア様の背中、九十度まで曲がってましたもん」
そんなんだったら背骨が折れる!
「ヘロリ王子様って……意外と情熱家だったのですね? あんな草食系のお顔ですのに。すてき」
変なところで婚約者に人気が出てしまった。あんな顔なので検証する気にならなかったが、事実を並べてみると、かなりひどい情熱家っぷりだ。これはストーカーでも通用するのでは?
「愛してる」
ヘロリ王子はこれ言うだけでも幸せそうだ。一周回って変態なのでは?
いや、悪い方に考える私の悪い性格かも。変態じゃない。変態じゃない。
「式は早めに」
何のてらいもなく私の首元に顔をうずめながら、ヘロリ王子様は言った。
「君のドレスは僕が選んだ。趣味で」
勝手に? そんな話聞いてないよと思ったが、ウェディングドレスの話じゃなくて、各種ナイトドレスのお話だった。ちょっとついて行けない。
離れた別館では、お父様が抗議していたらしい。
「ちょっと、お宅の息子さん、やりすぎじゃありませんか? ウチの大事な娘に」
「ま、あの、婚約者ですし、結婚が正式に決まったわけですし……」
大汗をかきながら国王陛下が弁解した。
「それにしてもさあ。ちょっとあれどうなの?」
私は意味もなくお姫様抱っこでウェディングドレス仮縫い室まで移動中だった。どうも回廊を通過しているところを見られていたらしい。
「腕と足のトレーニングに、毎日お姫様抱っこを取り入れているそうです……」
国王陛下が苦しい言い訳をしたそうだ。
お姫様抱っこしている時間はないと思うんだけど、ヘロリ王子様は嬉しそうに言った。
「抱っこってイイネ。筋トレにはもってこいだ」
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