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第15話 パティシエ、求婚される
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私は仕方なく弟子を三人取った。例の黒ゴキブリに変身できるのと、茶羽ゴキブリに変身できるのと、家ハエに変身できるデビルだ。
お菓子を作るのは好きだけど、私は素人。しかし、肉しか食べないドラゴン様の影響で、砂糖を使った甘いものを一切食べたことがないデビルたちにとっては、私はパティシエの最高峰に見えるらしい。
困るなあ……
だけど、教えるしかない。
ヘロリ王子様の頭と胴体が別々になるところを見たいわけではないもの。
「まずはクッキーから!」
「「「ウィーッス!」」」
二メートルは絶対にあるデビルたちが、ちっぽけな私の前に直立不動で背筋を伸ばし、大声で叫んだ。なんか怖い。
やがて城中にバターの香りが立ち込めると、デビル全員がそわそわして落ち着きがなくなった。
ゆったり構えていたのは、味覚が少々異なるドラゴン様だけだった。
とはいえ、甘辛たれに鶏肉を漬け込んで炭火焼にすると、これまた匂いが城中に広がり、お父様は味見と称して厨房に押し入ろうとしたが、食べるときだけはドラゴンの姿に戻らなくてはならないので、恨めしそうに去っていった。
「ドラゴン様に入られたら、厨房は全壊しますよ。修復不可能です」
「クッキーがちょうどよい焼き加減ですのに!」
この三人は、ゴキブリとハエだけあって、割と味覚は甘いもの好き系である。見た目はデビルだけど。
「次はショートケーキをお教えくださいませ!」
「まずは卵をうまく割れるようになるところから始めようね。卵黄と卵白を分けないといけないから」
私は卵の殻をボウルから取りのぞきながら答えた。
そんな調子で、生徒が異常に熱心なので、授業は順調だった。粉のふるい方が雑いと言って茶羽がハエを殴ったり、お互いに切磋琢磨しているようで何よりだ。プロレス会場みたいだけど。
「結婚してください」
ヘロリは食料品の調達係なので、毎日商品を厨房に運んでくる。その都度求婚する。まるであいさつのようだ。
ヘロリはお菓子が作れます宣言以来、私の信用を完全に失っていた。
人の手伝いをアテにするだなんて、さすがに王族としてちやほやされ続けてきただけある。
聖女に調達されてからというもの、私はいつも踏みつけにされ、利用され続けていた。
今回だってそうだ。
口から出まかせというか、その都度その都度、よくもまあ、ぺらぺらと都合よく嘘を思いつくものね。
「あなたが大好き。愛しているんだ」
顔がいいから余計に平気でこんなこと言うのね。きっとモテるから、言われた側は喜ぶとでも思っているのね。そう考えると、ますます気に入らない。
この冗談、いつまで続くのかしらと思っていたが、ある日ゾラが冗談ではありませんと言い出した。
「だんだんヘロリ殿が心痛で痩せていくのを見るのがつらいので、了承してやってください」
「元々ヘロヘロだから元に戻っただけよ」
「いえ。お嬢様。あれは本気ですから。了承したと言えば、単純ですからそれで納得します」
「納得するしないの問題なの?」
「まあ、大体そんな感じです。言うだけで結構です。そしたら前に進めますから」
「前?」
ほかならぬゾラの頼みだ。仕方ないので、了承したと言ったら大喜びしていた。
「本当?」
「え? ええ」
「ああ。夢がかなった」
ヘロリ王子様は私を抱きしめ、なぜか泣いていた。
「一生離さない」
魔女の方がだいぶ寿命が長いので、一生離れなくても、大したことにはならない。でも、本人に言うと、水を差したみたいになりそうだな。
「結婚しよう」
「いいけど。ここを出たいわ」
結婚しますと言えば、城を出られるかもしれない。そろそろ飽きてきた。ここ狭いんだもん。
「さあ、お父様のドラゴン様に結婚を伝えよう」
「えっ」
お父様、怒るんじゃないかしら。お母さまに先に相談した方がよくない?
「家族になるんだから当然だ。お父様は反対するかもしれない。でも言わないで秘密に勝手に結婚するのは嫌なんだ」
「いや、どうしてそんなリスクばかり取るわけ? ドラゴン城に来る必要なんかなかったでしょ。どこかに行けばいいのに」
手を握ってグイグイどでかいドラゴン様の書斎へ向かっていたヘロリ王子様はピタリと足を止めた。
「なかったよ」
「え?」
「ドラゴン城に来る必要なんかなかった」
私はヘロリ王子様を見つめた。
「君がいたからここに来た」
私は言葉の意味をようやく悟った。
口がうまくて顔がいい男に真実はないと勝手に思っていたんだ。
ヘロリ王子様はこの城にいる必要がなかった。
彼の真実はずっと目の前に転がっていた。多分、ヘロリ王子様は本気だ。
デザート問題の時もお母さまがデザートが欲しいと言ってくれなければ、多分死んでいただろう。
もう何日たっただろう。ゾラが言うはずだ。冗談じゃないって。
ヘロリ王子様は、顔がよくて、口が立って、狡猾で自信家。自分の利益に敏感だ。そんな男がどうしてここに滞在しているのだろう。
「僕は君が好きで。だけど……」
自信がなさそう。自信家なのに?
「君は?」
「私は……」
この人と一緒にいたい。なぜ、一緒にいたいのかしら。わからないので、彼の手を握り返した。
パッとヘロリ王子様の顔が輝いた。
まぶしいような気がする。そんなに見ないで欲しい。
「僕の目を見て。君の顔を読みたい。僕のこと、好き?」
バンッと音がして書斎のドアが開いた。
つかつかとイケオジが近付いてくる。
「大目に見てれば、この弱小人間。何をしている!」
お菓子を作るのは好きだけど、私は素人。しかし、肉しか食べないドラゴン様の影響で、砂糖を使った甘いものを一切食べたことがないデビルたちにとっては、私はパティシエの最高峰に見えるらしい。
困るなあ……
だけど、教えるしかない。
ヘロリ王子様の頭と胴体が別々になるところを見たいわけではないもの。
「まずはクッキーから!」
「「「ウィーッス!」」」
二メートルは絶対にあるデビルたちが、ちっぽけな私の前に直立不動で背筋を伸ばし、大声で叫んだ。なんか怖い。
やがて城中にバターの香りが立ち込めると、デビル全員がそわそわして落ち着きがなくなった。
ゆったり構えていたのは、味覚が少々異なるドラゴン様だけだった。
とはいえ、甘辛たれに鶏肉を漬け込んで炭火焼にすると、これまた匂いが城中に広がり、お父様は味見と称して厨房に押し入ろうとしたが、食べるときだけはドラゴンの姿に戻らなくてはならないので、恨めしそうに去っていった。
「ドラゴン様に入られたら、厨房は全壊しますよ。修復不可能です」
「クッキーがちょうどよい焼き加減ですのに!」
この三人は、ゴキブリとハエだけあって、割と味覚は甘いもの好き系である。見た目はデビルだけど。
「次はショートケーキをお教えくださいませ!」
「まずは卵をうまく割れるようになるところから始めようね。卵黄と卵白を分けないといけないから」
私は卵の殻をボウルから取りのぞきながら答えた。
そんな調子で、生徒が異常に熱心なので、授業は順調だった。粉のふるい方が雑いと言って茶羽がハエを殴ったり、お互いに切磋琢磨しているようで何よりだ。プロレス会場みたいだけど。
「結婚してください」
ヘロリは食料品の調達係なので、毎日商品を厨房に運んでくる。その都度求婚する。まるであいさつのようだ。
ヘロリはお菓子が作れます宣言以来、私の信用を完全に失っていた。
人の手伝いをアテにするだなんて、さすがに王族としてちやほやされ続けてきただけある。
聖女に調達されてからというもの、私はいつも踏みつけにされ、利用され続けていた。
今回だってそうだ。
口から出まかせというか、その都度その都度、よくもまあ、ぺらぺらと都合よく嘘を思いつくものね。
「あなたが大好き。愛しているんだ」
顔がいいから余計に平気でこんなこと言うのね。きっとモテるから、言われた側は喜ぶとでも思っているのね。そう考えると、ますます気に入らない。
この冗談、いつまで続くのかしらと思っていたが、ある日ゾラが冗談ではありませんと言い出した。
「だんだんヘロリ殿が心痛で痩せていくのを見るのがつらいので、了承してやってください」
「元々ヘロヘロだから元に戻っただけよ」
「いえ。お嬢様。あれは本気ですから。了承したと言えば、単純ですからそれで納得します」
「納得するしないの問題なの?」
「まあ、大体そんな感じです。言うだけで結構です。そしたら前に進めますから」
「前?」
ほかならぬゾラの頼みだ。仕方ないので、了承したと言ったら大喜びしていた。
「本当?」
「え? ええ」
「ああ。夢がかなった」
ヘロリ王子様は私を抱きしめ、なぜか泣いていた。
「一生離さない」
魔女の方がだいぶ寿命が長いので、一生離れなくても、大したことにはならない。でも、本人に言うと、水を差したみたいになりそうだな。
「結婚しよう」
「いいけど。ここを出たいわ」
結婚しますと言えば、城を出られるかもしれない。そろそろ飽きてきた。ここ狭いんだもん。
「さあ、お父様のドラゴン様に結婚を伝えよう」
「えっ」
お父様、怒るんじゃないかしら。お母さまに先に相談した方がよくない?
「家族になるんだから当然だ。お父様は反対するかもしれない。でも言わないで秘密に勝手に結婚するのは嫌なんだ」
「いや、どうしてそんなリスクばかり取るわけ? ドラゴン城に来る必要なんかなかったでしょ。どこかに行けばいいのに」
手を握ってグイグイどでかいドラゴン様の書斎へ向かっていたヘロリ王子様はピタリと足を止めた。
「なかったよ」
「え?」
「ドラゴン城に来る必要なんかなかった」
私はヘロリ王子様を見つめた。
「君がいたからここに来た」
私は言葉の意味をようやく悟った。
口がうまくて顔がいい男に真実はないと勝手に思っていたんだ。
ヘロリ王子様はこの城にいる必要がなかった。
彼の真実はずっと目の前に転がっていた。多分、ヘロリ王子様は本気だ。
デザート問題の時もお母さまがデザートが欲しいと言ってくれなければ、多分死んでいただろう。
もう何日たっただろう。ゾラが言うはずだ。冗談じゃないって。
ヘロリ王子様は、顔がよくて、口が立って、狡猾で自信家。自分の利益に敏感だ。そんな男がどうしてここに滞在しているのだろう。
「僕は君が好きで。だけど……」
自信がなさそう。自信家なのに?
「君は?」
「私は……」
この人と一緒にいたい。なぜ、一緒にいたいのかしら。わからないので、彼の手を握り返した。
パッとヘロリ王子様の顔が輝いた。
まぶしいような気がする。そんなに見ないで欲しい。
「僕の目を見て。君の顔を読みたい。僕のこと、好き?」
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