14 / 20
第14話 誰がデザートを作れるって?
しおりを挟む
変な人間に入ってこられたら危ないものと母は平然と言った。まだ若い娘を修行に出すのですもの、それくらいの用心は当然よね、とも続けた。
「ただの人間でも私は構わないわ。この子がいいと言うならね」
そんなわけでヘロリ王子様は私を口説き放題になった。
「愛するナタリア、どうかイエスと言っておくれ」
ドラゴン城のものすごく広い厨房で、ヘロリ王子様が言った。
「僕を許してほしい。結婚して欲しい。一生、そばにいる許しを」
そんな話は適当に聞き流して、私は聞いた。
「それより、ヘロリ王子様、私は気になることがあるのですけどね」
「うんうん。なんでも聞いてくれ。市場でデビルに会った時の話かい? 確かにうまいこと立ちまわったなって自分でも思ったよ。とりあえず、情報収集って大事だよね」
いや、それはどうでもいいから。
市場でのやり取りなんか、いかにもヘロリ王子様のやりそうなことだ。聞かなくても想像できる。それより……
「ヘロリ王子様……」
「ヘロリと呼んでくれ。もう王子ではないから。ナタリアと呼んでいい?」
王子様は熱心に聞いた。
それは、父が激怒しそうだから止めた方がいいのでは。肋骨四、五本と前歯を折られるくらいで済めば運がいい方よね。デビルと違って計算はできるそうだから、自分の骨の本数と歯の数はわかるよね?
「お嬢様、何をお聞きになりたいのですか?」
ヘロリ王子様は事情が分かると、すぐに言葉を改めた。
顔はいいけど、変わり身が早すぎる。お母さまはああ言ったけど、信用しにくいタイプよね。
「ヘロリは料理できないんじゃなかったっけ。毎食デザート二種類は厳しくない?」
呼び捨てにして欲しいって言うお願いは叶えることにした。
「お嬢様はデザートも燻製つくりも得意でしたよね?」
は?
「ナタリア様がいいと言ってくだされば、僕のこの世での願いは全部叶います」
なんだとう? 最初からそのつもりか! この大ウソつき!
「だって、ああ言わないと頭と胴体が別々になってしまうから……」
「今からでも遅くないわ。別々になってこい」
「ナタリア様、ひどい。お母さまがここから出て行ってしまうよ? そうしたらドラゴン様はどうなるの?」
デザート不足で、お母さまがしばらくスイーツ満喫・世界旅行に出る予定だったと聞かされたドラゴン様は、ヘロリ王子様のことはどうでもよくなったらしくてお母さまの後を追ってウロウロしている。
結果、不正入国を果たしたヘロリ王子様の件は棚上げになったままだ。
「私は全然困らない。私はお母さまと一緒に出て行くから、ヘロリはドラゴン様に料理されてろ!」
「デビルどもにデザートのレシピを教えればいいじゃないか。ドラゴン様は、生まれつき甘いものに関心がないから絶対作らないし、作れとも言わなかった。でもデビルたちはアイスクリームに夢中だ。甘いものが好きなんだから、喜んで作ると思うよ」
王子様は提案してきた。
「一人で一日四種類のデザートを毎日作るのはなかなか大変だよ。デビルには素質があると思う。教えてやってよ。僕は買い出し担当になるから」
それから王子様はささやいた。
「ね? でないとここから出られなくなるよ?」
「え?」
「ドラゴン城は狭い。君は世界に戻りたくない? 僕たちは、知らないことが多すぎる。親元を離れれば、あんなに大勢の人がいるんだ。行ってみたくない?」
王都には商店がひしめき合い、道は馬車や人でいっぱいだった。
私は商品を作り、売り、ほめられて感謝された。
「君と僕なら、どこへ行ってもやっていけるよ」
「謎の自信ね」
私は皮肉ったが、王子様は首を振って大丈夫だと言った。
「僕の母が、僕が討伐隊に選ばれても黙っていたのには理由があった」
「あなたのお母様はなぜ反対しなかったの? あなたのことがかわいくなかったの?」
私は前から疑問だったので尋ねた。もし、本当にかわいがられていないのだったら、聞かれたらショックだろうと思ったので聞かなかったのだ。だけど、この王子様を知るにつけて、そうじゃないんだろうなという気がしてきた。
「母は、言ったんだ。ヘロリなら大丈夫だからって」
「どういう意味?」
「僕なら、討伐隊に入れられてもうまく立ち回って、その後、自由に生きていける。兄たちは不器用だからね。ケガをしたり、戻ってきて、王家の名に傷をつけるかもしれない」
「でも……」
「でも、母は泣いていた。僕なら無事に生き抜くだろうけれど、もう会えないからね。ドラゴンは無敵だ。倒せない。倒せない以上、母は二度と僕に会えないだろう。少なくとも表立っては。まあ、無理かな。わかっている」
私の父が……。
「違うよ。君のお父さんが悪いわけじゃない。悪いのは偏見だよ。みんながドラゴンを敵だと、悪魔みたいに思っている。実は違うよね。討伐の必要なんかない。思い込みのせいで帰れなくなってしまったんだ」
私はヘロリ王子様が気の毒になってきた。討伐隊が小規模だったのもうなずける。絶対勝てないなら、犠牲者は少ない方がいい。とはいえ、他のメンバーはひそかに家に帰れる仕組みだった。だが王子だけは故郷に戻れない。
いつも間にかヘロリ王子様は私を抱きしめていた。
「でも、君に会えたから。いつかは親の保護から離れて一人立ちするんだ。そして愛する人を見つけて、一緒に生きていく。僕は君を見つけた」
彼は耳元で言った。
「うんと言って。そしたら、もう寂しくない。二人でここを出て行こう。世の中を見に行こう」
急にドンと調理台をパン捏ね棒でたたく音がして、コックの一人がドスの利いた声で言った。
「さあ、人間! デザートを作ってもらおうか。奥様がお待ちかねだ」
「ただの人間でも私は構わないわ。この子がいいと言うならね」
そんなわけでヘロリ王子様は私を口説き放題になった。
「愛するナタリア、どうかイエスと言っておくれ」
ドラゴン城のものすごく広い厨房で、ヘロリ王子様が言った。
「僕を許してほしい。結婚して欲しい。一生、そばにいる許しを」
そんな話は適当に聞き流して、私は聞いた。
「それより、ヘロリ王子様、私は気になることがあるのですけどね」
「うんうん。なんでも聞いてくれ。市場でデビルに会った時の話かい? 確かにうまいこと立ちまわったなって自分でも思ったよ。とりあえず、情報収集って大事だよね」
いや、それはどうでもいいから。
市場でのやり取りなんか、いかにもヘロリ王子様のやりそうなことだ。聞かなくても想像できる。それより……
「ヘロリ王子様……」
「ヘロリと呼んでくれ。もう王子ではないから。ナタリアと呼んでいい?」
王子様は熱心に聞いた。
それは、父が激怒しそうだから止めた方がいいのでは。肋骨四、五本と前歯を折られるくらいで済めば運がいい方よね。デビルと違って計算はできるそうだから、自分の骨の本数と歯の数はわかるよね?
「お嬢様、何をお聞きになりたいのですか?」
ヘロリ王子様は事情が分かると、すぐに言葉を改めた。
顔はいいけど、変わり身が早すぎる。お母さまはああ言ったけど、信用しにくいタイプよね。
「ヘロリは料理できないんじゃなかったっけ。毎食デザート二種類は厳しくない?」
呼び捨てにして欲しいって言うお願いは叶えることにした。
「お嬢様はデザートも燻製つくりも得意でしたよね?」
は?
「ナタリア様がいいと言ってくだされば、僕のこの世での願いは全部叶います」
なんだとう? 最初からそのつもりか! この大ウソつき!
「だって、ああ言わないと頭と胴体が別々になってしまうから……」
「今からでも遅くないわ。別々になってこい」
「ナタリア様、ひどい。お母さまがここから出て行ってしまうよ? そうしたらドラゴン様はどうなるの?」
デザート不足で、お母さまがしばらくスイーツ満喫・世界旅行に出る予定だったと聞かされたドラゴン様は、ヘロリ王子様のことはどうでもよくなったらしくてお母さまの後を追ってウロウロしている。
結果、不正入国を果たしたヘロリ王子様の件は棚上げになったままだ。
「私は全然困らない。私はお母さまと一緒に出て行くから、ヘロリはドラゴン様に料理されてろ!」
「デビルどもにデザートのレシピを教えればいいじゃないか。ドラゴン様は、生まれつき甘いものに関心がないから絶対作らないし、作れとも言わなかった。でもデビルたちはアイスクリームに夢中だ。甘いものが好きなんだから、喜んで作ると思うよ」
王子様は提案してきた。
「一人で一日四種類のデザートを毎日作るのはなかなか大変だよ。デビルには素質があると思う。教えてやってよ。僕は買い出し担当になるから」
それから王子様はささやいた。
「ね? でないとここから出られなくなるよ?」
「え?」
「ドラゴン城は狭い。君は世界に戻りたくない? 僕たちは、知らないことが多すぎる。親元を離れれば、あんなに大勢の人がいるんだ。行ってみたくない?」
王都には商店がひしめき合い、道は馬車や人でいっぱいだった。
私は商品を作り、売り、ほめられて感謝された。
「君と僕なら、どこへ行ってもやっていけるよ」
「謎の自信ね」
私は皮肉ったが、王子様は首を振って大丈夫だと言った。
「僕の母が、僕が討伐隊に選ばれても黙っていたのには理由があった」
「あなたのお母様はなぜ反対しなかったの? あなたのことがかわいくなかったの?」
私は前から疑問だったので尋ねた。もし、本当にかわいがられていないのだったら、聞かれたらショックだろうと思ったので聞かなかったのだ。だけど、この王子様を知るにつけて、そうじゃないんだろうなという気がしてきた。
「母は、言ったんだ。ヘロリなら大丈夫だからって」
「どういう意味?」
「僕なら、討伐隊に入れられてもうまく立ち回って、その後、自由に生きていける。兄たちは不器用だからね。ケガをしたり、戻ってきて、王家の名に傷をつけるかもしれない」
「でも……」
「でも、母は泣いていた。僕なら無事に生き抜くだろうけれど、もう会えないからね。ドラゴンは無敵だ。倒せない。倒せない以上、母は二度と僕に会えないだろう。少なくとも表立っては。まあ、無理かな。わかっている」
私の父が……。
「違うよ。君のお父さんが悪いわけじゃない。悪いのは偏見だよ。みんながドラゴンを敵だと、悪魔みたいに思っている。実は違うよね。討伐の必要なんかない。思い込みのせいで帰れなくなってしまったんだ」
私はヘロリ王子様が気の毒になってきた。討伐隊が小規模だったのもうなずける。絶対勝てないなら、犠牲者は少ない方がいい。とはいえ、他のメンバーはひそかに家に帰れる仕組みだった。だが王子だけは故郷に戻れない。
いつも間にかヘロリ王子様は私を抱きしめていた。
「でも、君に会えたから。いつかは親の保護から離れて一人立ちするんだ。そして愛する人を見つけて、一緒に生きていく。僕は君を見つけた」
彼は耳元で言った。
「うんと言って。そしたら、もう寂しくない。二人でここを出て行こう。世の中を見に行こう」
急にドンと調理台をパン捏ね棒でたたく音がして、コックの一人がドスの利いた声で言った。
「さあ、人間! デザートを作ってもらおうか。奥様がお待ちかねだ」
62
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。
ゲームにはほとんど出ないモブ。
でもモブだから、純粋に楽しめる。
リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。
———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?!
全三話。
「小説家になろう」にも投稿しています。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる