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第13話 アイスクリームの方が重要
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会場がシンと静まり返った。
ドラゴン様の声はよく響く。デビルたちは、アイスクリームや肉の皿を持ったまま、ギクリとした様子で、全員が私たちを見つめていた。
「何をしに来たのだ、この小僧」
ドラゴン様は大きくなった。玉座がミシッと鳴った。
ヘロリ王子様は、あわてず騒がず、ドラゴン様に向かってお辞儀した。
「名を申し遅れ失礼いたしました」
彼は言った。
「このお城に隣接する王国の第四王子、ヘロリと申します」
デビルたち、特に下の人間の町の市場でヘロリ王子様を拾ってきた料理番のデビルが真っ青になった。
「デビルどもをだましたな」
「滅相もございません。私は私の真実を告げただけで」
事実として妻はいないよね?
「私は生まれは王子でしたが、今は何もありません。身分は捨てました。残ったのは、好きになった人と一緒に暮らしたいと言う気持ちだけ」
「へええ!」
母がアイスクリームから顔を上げた。
「それで、あなた、その好きになった人に会えたの?」
「はい」
「じゃあ、どうするつもり?」
母はスプーンを持ったまま小首をかしげて聞いた。
「答えを待ちます」
「僕は許さないよ」
ドラゴンから人間の姿に戻った父が大きな椅子から苦労して降りようとしているところだった。
「ナタリアに返事を求めるだなんて厚かましい。そんな奴に触れるのも嫌だ。それに僕がドラゴンの姿のまま直接手を下すとこの城が壊れるからね。デビルども、こいつを殺してしまえ。首を引っこ抜け」
デビルたちは、一瞬、泡を食ったようだったが、すぐにヘロリ王子様に向かって動き出した。だが、鶴の一声で固まってしまった。
「ダメよ」
母が言った。
「誰が今後アイスクリームを作るのよ」
父もデビルたちも黙った。
「アイスクリームのほかに何が作れるの? 言ってごらん」
「はい。カスタードクリームが作れます。プリンやシュークリームは得意です。タルトやパイはお好きでしょうか? スポンジ生地のケーキはしっとり柔らかく、ココナッツやチョコレートチップを入れたクッキーは歯ごたえの良いものと、ホロホロするものを作れます」
「クッキーは出来るだけ種類をそろえておいて。好きな時に食べられるように。デザートは、昼食と夕食に二種類ずつ用意して欲しいわ。好きな方をチョイスできるようにね」
デビルたちは茫然とした様子で話を聞いていた。
「あなた、私、そろそろお城を出て行こうかなって思ってましたの」
母は悠然と言った。
父は予想外の話の流れに、デビルたち同様茫然とした。
「だって、ここ半年、毎日肉料理しか出てこないんですもの」
「いや、だって、あなたが魚は好きじゃないって言うから」
「肉は好きよ。でも、スイーツは別腹なの」
「別腹……」
「ティータイムもないし、コーヒーも紅茶もココアもない。ワインはいくらでもあるけど」
「デビルどもに言いつけたんだが」
「コーヒー豆は焙煎して淹れてくれないと。そのまま食べるものじゃないわ」
一人のデビルが膝をついて頭を下げた。
「……も、申し訳ございません……おつまみかと思っておりました」
「紅茶は、茶葉が水でもどされて、スープの具になって出てきましたわ。あながち間違いではありませんが、香りは全部抜けていました。意味が違う」
「奥様からお湯に入れて使うものという説明を受けまして! 柔らかい方がいいかなと!」
「ココアに至っては練り練りのカチコチで、あれは飲み物にしてと言いましたよね?」
「くっ……どうしても水と混ざらず」
別のコックが平伏して謝った。
「ココアは難易度が高そうだとわかっていましたが、紅茶はあれほど説明したのに、塩味スープに変身して出てきた時には力が抜けました。街で一度カフェで修業をして来いと言ったのだけど……」
「デビルのまま行くと、すっかり慣れてしまった市場の連中はとにかく、街中のカフェでは客も店主も全員逃げてしまいまして……で、やむなく変身したのですが、私は黒ゴキブリにしか変身できなくて」
「私は茶羽ゴキブリにしか……」
「私は家ハエでして」
うん。その姿で飲食店に入ろうとしたら、命の危険があるよね。
でも、コックが全員ゴキブリやハエにしか変身できないってどうなの? 一人くらいネコとかカナリアとかなれなかったのかなあ。
母はため息をついた。父がとりなすように一生懸命言い出した。
「でも、あなたは肉ダイエットするからちょうどいいって言ってくれたじゃないの。あとから、甘いものも食べたいって言うので、人間のコックを探すようデビルには言いつけておいたよ……」
「だから、それが、アレでしょ?」
母がスプーンで王子様を指した。
王子様はにこやかに一礼した。
「薫り高いコーヒーも、茶葉を厳選した紅茶も、のど越し滑らかなココアも、いつでもご用命くださいませ。速やかに、お手元にお届けします」
「それから、あなたも食料品の調達の時、人間との交渉がうまくいかないってこぼしていたじゃないの。あなたが出て行かないといけない場合があるって。合計が合わないとかで」
デビルは計算ができないって言ってたな。
「アレにそれをやらせなさいよ。あれだけ口が回るんだから、どうにかするでしょ」
「お任せくださいませ」
「その口がダメなんだ! どうして娘を口説くんだ!」
「愛してしまったからです」
ドラゴン様に向かって正々堂々と宣言する、超弱っちい人間にデビルどもは度肝を抜かれ、ついうっかりパラパラと拍手してしまった。
母は大苦笑した。
「ねえ、ヘロリ王子、どうして王都にあるナタリアの家のドアが開いたか知っている?」
ヘロリ王子様は、この質問は予期していなかったらしくびっくりしていた。
「あなたの兄の第三王子やお付きの騎士たちが、どんなに開けようとしても、あのドアは開かなかった」
そういえば、ずいぶん頑丈なドアだった。
第何王子様だか知らないが、王子様や騎士たちが体当たりしたり、大勢で開けようと頑張ったがダメだった。
ヘロリ王子様が初めてうちへ来たあの晩、どうしてヘロリ王子様だけ開けることができたのか、不思議だった。
母は貴婦人が扇の陰で笑うように、スプーンの陰でホホホと笑った。
「あのドアはね、真実好意を持ってきた者にしか開かないの。私の魔法よ」
ドラゴン様の声はよく響く。デビルたちは、アイスクリームや肉の皿を持ったまま、ギクリとした様子で、全員が私たちを見つめていた。
「何をしに来たのだ、この小僧」
ドラゴン様は大きくなった。玉座がミシッと鳴った。
ヘロリ王子様は、あわてず騒がず、ドラゴン様に向かってお辞儀した。
「名を申し遅れ失礼いたしました」
彼は言った。
「このお城に隣接する王国の第四王子、ヘロリと申します」
デビルたち、特に下の人間の町の市場でヘロリ王子様を拾ってきた料理番のデビルが真っ青になった。
「デビルどもをだましたな」
「滅相もございません。私は私の真実を告げただけで」
事実として妻はいないよね?
「私は生まれは王子でしたが、今は何もありません。身分は捨てました。残ったのは、好きになった人と一緒に暮らしたいと言う気持ちだけ」
「へええ!」
母がアイスクリームから顔を上げた。
「それで、あなた、その好きになった人に会えたの?」
「はい」
「じゃあ、どうするつもり?」
母はスプーンを持ったまま小首をかしげて聞いた。
「答えを待ちます」
「僕は許さないよ」
ドラゴンから人間の姿に戻った父が大きな椅子から苦労して降りようとしているところだった。
「ナタリアに返事を求めるだなんて厚かましい。そんな奴に触れるのも嫌だ。それに僕がドラゴンの姿のまま直接手を下すとこの城が壊れるからね。デビルども、こいつを殺してしまえ。首を引っこ抜け」
デビルたちは、一瞬、泡を食ったようだったが、すぐにヘロリ王子様に向かって動き出した。だが、鶴の一声で固まってしまった。
「ダメよ」
母が言った。
「誰が今後アイスクリームを作るのよ」
父もデビルたちも黙った。
「アイスクリームのほかに何が作れるの? 言ってごらん」
「はい。カスタードクリームが作れます。プリンやシュークリームは得意です。タルトやパイはお好きでしょうか? スポンジ生地のケーキはしっとり柔らかく、ココナッツやチョコレートチップを入れたクッキーは歯ごたえの良いものと、ホロホロするものを作れます」
「クッキーは出来るだけ種類をそろえておいて。好きな時に食べられるように。デザートは、昼食と夕食に二種類ずつ用意して欲しいわ。好きな方をチョイスできるようにね」
デビルたちは茫然とした様子で話を聞いていた。
「あなた、私、そろそろお城を出て行こうかなって思ってましたの」
母は悠然と言った。
父は予想外の話の流れに、デビルたち同様茫然とした。
「だって、ここ半年、毎日肉料理しか出てこないんですもの」
「いや、だって、あなたが魚は好きじゃないって言うから」
「肉は好きよ。でも、スイーツは別腹なの」
「別腹……」
「ティータイムもないし、コーヒーも紅茶もココアもない。ワインはいくらでもあるけど」
「デビルどもに言いつけたんだが」
「コーヒー豆は焙煎して淹れてくれないと。そのまま食べるものじゃないわ」
一人のデビルが膝をついて頭を下げた。
「……も、申し訳ございません……おつまみかと思っておりました」
「紅茶は、茶葉が水でもどされて、スープの具になって出てきましたわ。あながち間違いではありませんが、香りは全部抜けていました。意味が違う」
「奥様からお湯に入れて使うものという説明を受けまして! 柔らかい方がいいかなと!」
「ココアに至っては練り練りのカチコチで、あれは飲み物にしてと言いましたよね?」
「くっ……どうしても水と混ざらず」
別のコックが平伏して謝った。
「ココアは難易度が高そうだとわかっていましたが、紅茶はあれほど説明したのに、塩味スープに変身して出てきた時には力が抜けました。街で一度カフェで修業をして来いと言ったのだけど……」
「デビルのまま行くと、すっかり慣れてしまった市場の連中はとにかく、街中のカフェでは客も店主も全員逃げてしまいまして……で、やむなく変身したのですが、私は黒ゴキブリにしか変身できなくて」
「私は茶羽ゴキブリにしか……」
「私は家ハエでして」
うん。その姿で飲食店に入ろうとしたら、命の危険があるよね。
でも、コックが全員ゴキブリやハエにしか変身できないってどうなの? 一人くらいネコとかカナリアとかなれなかったのかなあ。
母はため息をついた。父がとりなすように一生懸命言い出した。
「でも、あなたは肉ダイエットするからちょうどいいって言ってくれたじゃないの。あとから、甘いものも食べたいって言うので、人間のコックを探すようデビルには言いつけておいたよ……」
「だから、それが、アレでしょ?」
母がスプーンで王子様を指した。
王子様はにこやかに一礼した。
「薫り高いコーヒーも、茶葉を厳選した紅茶も、のど越し滑らかなココアも、いつでもご用命くださいませ。速やかに、お手元にお届けします」
「それから、あなたも食料品の調達の時、人間との交渉がうまくいかないってこぼしていたじゃないの。あなたが出て行かないといけない場合があるって。合計が合わないとかで」
デビルは計算ができないって言ってたな。
「アレにそれをやらせなさいよ。あれだけ口が回るんだから、どうにかするでしょ」
「お任せくださいませ」
「その口がダメなんだ! どうして娘を口説くんだ!」
「愛してしまったからです」
ドラゴン様に向かって正々堂々と宣言する、超弱っちい人間にデビルどもは度肝を抜かれ、ついうっかりパラパラと拍手してしまった。
母は大苦笑した。
「ねえ、ヘロリ王子、どうして王都にあるナタリアの家のドアが開いたか知っている?」
ヘロリ王子様は、この質問は予期していなかったらしくびっくりしていた。
「あなたの兄の第三王子やお付きの騎士たちが、どんなに開けようとしても、あのドアは開かなかった」
そういえば、ずいぶん頑丈なドアだった。
第何王子様だか知らないが、王子様や騎士たちが体当たりしたり、大勢で開けようと頑張ったがダメだった。
ヘロリ王子様が初めてうちへ来たあの晩、どうしてヘロリ王子様だけ開けることができたのか、不思議だった。
母は貴婦人が扇の陰で笑うように、スプーンの陰でホホホと笑った。
「あのドアはね、真実好意を持ってきた者にしか開かないの。私の魔法よ」
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