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第11話 なぜドラゴンは空を飛んだのか
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「どこがプチサプライズですか! 単に招待状を出せばいいじゃありませんか! なんだってドラゴン討伐隊なんか作らせたんです。あなたが町から見えるところを飛んだら、こうなることわかりきってたじゃありませんか!」
え? なんですって?
「だって、マーシャがいつまで経ってもナタリアを呼んでいいって、言ってくれないんだもん」
父はごねた。
「ナタリアはまだまだ修行中なんです。親元を離れてまだ一年も経っていません。人間の社会を学び、交流を深めるためには、全く十分じゃないわ。それをあなたときたら三日と開けず、ナタリア、ナタリアと」
「お母さま!」
私は久しぶりに会った母に抱き付きたかったが、服がびちょびちょだったことを思い出して、止まった。
母が杖を振ると、私のびしょぬれだったなんちゃって聖女服はかわいらしいドレスになった。遠慮なく母に抱きしめてもらう。
ちょっと嬉しい。
「かわいいよ、ナタリア。よく似合う」
父が目を細める。
「お父様は?」
父が催促する。自分も抱きしめてもらいたいらしい。いや、でも、今の話、聞き捨てならない。
「お父様が呼んだのですか? ここへ? ドラゴン討伐隊として?」
普通に呼べばいいじゃない。
父は困ったのか、体をウネウネさせた。
「マーシャが許してくれないんだもん。こう、チラーッとこの辺の山を飛んで一周すると、必ず誰かが来るんだよね。エヘ」
はあ?
「毎回、ドラゴン討伐隊が編成されるんだ。ただ、絶対この城までたどり着けない。森の手前あたりで挫折して立ち消えになることが多い。このへん、危険だからね」
それって、討伐隊、死んでるんじゃ?
父はこともなげに言った。
「多分ね。でも、こっちからじゃわからないよね」
私は気を取り直してこの呼び出し方法について抗議した。
「私が討伐隊に選抜されて、ここへくるとは限りませんよ?」
「え? ナタリア以外は誰が来ても挫折するだけだよ。だから、結局、他の人はここまで来ないもん。ナタリアは魔女だからね! いい方法だと思ったのさ」
父は、母のマーシャが許可してくれない以上、これが(母にバレない)一番お手軽な私の呼び出し方なんだと主張した。
父的には最も手間がかからなかったそうだけど、王家の連中が聞いたらどう思うかしら。すごい大騒ぎをしていた。あんなに盛大なパレードをしたくらいだもん。
それとあと、父は見た目普通のイケオジだ。どこがドラゴンなのか、さっぱりわからない。
母は眉を吊り上げた。
「わずか半年で呼んじゃダメだってあれほどしつこく念押ししたでしょう。今は遠くから見守る時だって。子どもに成長のための試練は必要なんです」
まあ、試練というほどではなかったけど。討伐隊への参加さえなければ。
「あなたは私の知らない間にそんな真似を」
話がこじれだしたのを見て取ったか、デビル姿のゾラが、機嫌をとるように割って入った。
「ナタリア様は素晴らしい能力をお持ちです」
ゾラは報告した。
「王都におられる時も、出来るだけ薬を薄くして高く売りつけるなど、楽して稼ぐ方向で努力されていました」
ほめているつもりか。
「魔女としての力量にも驚愕しました。ここまで登ってくるとき、私、修行のために心を鬼にして、自分の体重の三倍くらいの負荷をかけたのですが……ナタリア様は踏ん張りました。私を軽々とここまで持ち上げて登ってこられたのです」
なんだとう? めちゃくちゃ重かったんだけど。
「チンケな第四王子が熱烈ラブコールで迫ってきた時もまったく相手にしていませんでした」
あれはラブコールじゃないのに。
ウンウンと嬉しそうに聞き入っていた両親だが、第四王子様を追い返した話のところでは、父は嬉しそうで、母はちょっと微妙な顔になった。
「どこかでよいお婿さんを見つけた方がいいのよ。私がお父様を見つけたように」
途端に父はデレだして、のろけだした。
「嫌だな。僕が君を見つけたんだ。一人だけ輝いていた……」
こういう場合、私は、セリフが全部自動でシャットアウトされる魔法を習ったので、有効活用させてもらっている。
またもやゾフが話に割り込んだ。
「さあ、今晩はめでたく親子久しぶりのご対面、豪華な夕食を準備いたしております」
黒い鬼のような顔をしたデビルが、ゾラの手招きに応じて、真っ白なコック服に身を包み揉み手をしながら現れた。
「食材も間に合いまして。良いものがございます」
同じような真っ白なコック服に身を積んだ黒光りするデビルが何人も現れて、いかにもうやうやしく料理を並べていく。
すごい量だ。次から次へと運び込まれる料理の数々。
三人しかいないのに、こんなに要るの?
そして正面にはものすごく大きな玉座が用意されていた。誰が座るのよ。
しばらくすると父が母を丁重なしぐさで椅子に座らせ、自分はその玉座に苦労して登りちんまりと座った。
「今日のメインデッシュは何かね?」
「牛の焼肉二頭分と、豚の丸焼き五匹分と、鳥の串刺し三十羽でございます」
肉ばっかりだ。
私は父の正面に座り、様子を見ていた。あんなに大きな肉を切り分けるには、のこぎりか刀が要りそうだ。
「では、いただこうか」
そういったとたん、玉座がギシッといった。
そして玉座の上には、これまでいろんな本で見たどのドラゴンよりも、ずっと大きくて、美しい荘厳なドラゴンが座っていた。
緑色の輝くような鱗、金色の目、瞳孔は真紅だった。そして大きい。
デビルになったゾラを大きいと思っていたが、そんな大きさとは桁が違った。ここの天井高が高いはずだ。
「お父様……?」
「美しいでしょう?」
母がうっとりしたように言った。
「こんな美しい生き物は見たことがないわ」
母に褒められると、ドラゴンは緑から青、青からオレンジに鱗の色を変えて、目は青くなった。
「さあ、いただきましょう。お父様はね、食事の時だけはドラゴンの姿に戻るの。だから魔女の村で一緒に過ごせなかったの」
私は美しく色を変えるドラゴンから目を離せなかった。
ドラゴンは焼肉を次から次へと口に入れ、前足で器用に肉を切って、おいしそうなところだけ取り分けて私たちに回してくれた。
「おお、うまいな、この肉」
地の底から響くような声でドラゴンが言った。
「ええ、ええ。仕入れがうまくいきましてね。この後も、奥方様やナタリア様にご満足いただけるよう、フルーツやデザートも用意しております」
「お前たちにしては気が利くな」
とどろくような声でドラゴンの父が言った。
「買い出しに行ったとき、気の利いた小僧を見つけまして……いや、人間だから小さくても大人ですが、これが目利き上手な上、値段交渉までしてくれました。便利なので連れてきて使うことにしました」
「ほう、そうか。これからはナタリアの分も買ってやらねばならないしな」
「あなた」
危険信号をはらんだ母の声が響いた。
「ナタリアはまだ勉強中だと何度言えば……今度は学校に入れようかと考えていたのに」
ドラゴンの父はびっくりするくらい大きな肉の塊をガブリと食べていたところだったが、グググと飲み込むと猫なで声を出した。
「ここにいような、ナタリア。お父様は毎日お前の顔を見ていたいのだ。食事は保証付だ。な?」
「お食事は素晴らしいものをご用意できますよ」
コックの格好のデビルが直立不動で返事した。どうもこのコックの料理は大味なのではないかしら。
「いい買い付け人を確保いたしましてね。喜んでここで働くそうです」
「ほお? 珍しいな。かねがね人間を使いたいと思っていたが、全員、気絶してしまうので、なかなか取り扱いに苦労していてな」
そりゃ怖いわ。私だって、いきなりここのドラゴンやデビルたちを見たら、気絶するかもしれない。
お母さまが、このものすごく大きいドラゴンに平気で喝を入れ、その都度ドラゴンの方が委縮している様子を見ていなかったら、死ぬほどビビると思う。
そして、まるで鬼瓦のような人相のデビルたちがドラゴン相手にへこへこしている様子に、ここの絶対最高権力者がウチの母なんだと納得できたから、ここにいるだけよ。
「どうして人間を雇いたいのですか?」
「そりゃ便利だからですよ、ナタリア様」
ゾラが説明してくれた。
「人間の方が圧倒的に数が多いですから、肉以外の食べ物や鍋や道具類は人間のものを買うわけです。ですが、たいていのデビルは、人間社会を知らないし、慣習も分かりません、特に計算と細かいことは苦手です。売り買いに不便でね。人間を使いたいですよ」
ゾラ、あなたもデビルなのよね? よくそれで私の師匠になろうだなんて思ったわね。
どうもその疑問が顔に出てしまったらしい。ゾラが胸を張った。
「私は変身もできますし、人間社会で長いこと暮らしてきましたから、連中の考えることはわかります。それでナタリア様のおつきに選ばれたわけですよ」
しかし、良く聞いたら、ゾラができる変身は黒ネコだけだった。
「警戒されないので、いろいろなお宅でゴロゴロしておりました」
「経験だけは豊富なのよね」
母が言った。
「たいていのデビルはトカゲとかワニ、あとネズミなんかに変身出来るんだけど、どうも人間社会とは相性が悪くて」
「その通りです。でも、私は黒ネコに変身出来ます!」
ゾラは誇らしげだったが、道理で何もしてくれなかったわけだ。
黒ネコに変身できるだけだものね。
「連れて来た人間ですが、まあ、聞けば気の毒な身の上でしてね」
人間の話題で盛り上がるところを見ると、よほどここでは人間は珍しいらしい。
私も人間のつもりなんだけど、どうやらここでは人間にカテゴライズされていないらしい。どうしよう。
「なんと、妻に逃げられてしまったそうなんですよ」
「おおお……」
デビルたちの顔色が変わった。
なんなの? このリアクション。
後で知った話だが、デビルは人間とも結婚できるが、デビル同士の結婚がほとんどだそうだ。ただ、デビルは圧倒的に女性の数が少ないので、妻に逃げられたと言うのは、彼らにとって相当切実らしく一挙にその人間の男性に同情票が集まった。
「妻にドラゴン城に登れれば考え直してやるわ、みたいに言われたそうで」
「ただの人間にそれは酷い」
「血も涙もないな」
「死ねといっているのと同じではないか」
「それでも、彼はあきらめず、私に食い下がってきましてね。何とかドラゴン城迄行きたいと。愛しい妻に一目だけでも、会いたいと言うのですよ」
なんだかデビル連中が妙な具合になってきた。
「身につまされるな」
私に言わせればストーカーだけど、デビル連中にとってはこれは純愛物語らしい。
「これほどまでに人間に恐れられているドラゴン城に来たいなんて」
「相当の恐怖だろうに」
今更ながら、ドラゴン城の恐れられっぷりが理解できた。信仰の対象としてあがめられているけど、やっぱり怖がられているんじゃないの。
こんなところ、いたくないわ。
「そうか。わしもマーシャに認められるまでは苦労したものな」
父が仲間に加わった。しかし、これは逆にデビルたちの反感を買ったようだ。彼らはぶうぶう言い出した。
「人に変身できるドラゴン様と比べないでくださいよ」
「私なんかゴキブリにしか変身できないんですよ?」
「私はオオサンショウウオです。水から出られないんです。ゴキブリの方がマシですよ。人間の家に入れますからね」
ゴキブリのお宅訪問は……できればちょっとご遠慮願いたい。
「妻に会えるとなれば、ドラゴン城へ挑戦するのか……」
「弱い人間だが、勇敢だな……」
一人のコック服のデビルが遠い目をして、天井を見上げた。天井に何かあるわけではなかったが。
「おお、きたきた。ヘロリ、ドラゴン様にご挨拶するんだ」
…………ヘロリ?
え? なんですって?
「だって、マーシャがいつまで経ってもナタリアを呼んでいいって、言ってくれないんだもん」
父はごねた。
「ナタリアはまだまだ修行中なんです。親元を離れてまだ一年も経っていません。人間の社会を学び、交流を深めるためには、全く十分じゃないわ。それをあなたときたら三日と開けず、ナタリア、ナタリアと」
「お母さま!」
私は久しぶりに会った母に抱き付きたかったが、服がびちょびちょだったことを思い出して、止まった。
母が杖を振ると、私のびしょぬれだったなんちゃって聖女服はかわいらしいドレスになった。遠慮なく母に抱きしめてもらう。
ちょっと嬉しい。
「かわいいよ、ナタリア。よく似合う」
父が目を細める。
「お父様は?」
父が催促する。自分も抱きしめてもらいたいらしい。いや、でも、今の話、聞き捨てならない。
「お父様が呼んだのですか? ここへ? ドラゴン討伐隊として?」
普通に呼べばいいじゃない。
父は困ったのか、体をウネウネさせた。
「マーシャが許してくれないんだもん。こう、チラーッとこの辺の山を飛んで一周すると、必ず誰かが来るんだよね。エヘ」
はあ?
「毎回、ドラゴン討伐隊が編成されるんだ。ただ、絶対この城までたどり着けない。森の手前あたりで挫折して立ち消えになることが多い。このへん、危険だからね」
それって、討伐隊、死んでるんじゃ?
父はこともなげに言った。
「多分ね。でも、こっちからじゃわからないよね」
私は気を取り直してこの呼び出し方法について抗議した。
「私が討伐隊に選抜されて、ここへくるとは限りませんよ?」
「え? ナタリア以外は誰が来ても挫折するだけだよ。だから、結局、他の人はここまで来ないもん。ナタリアは魔女だからね! いい方法だと思ったのさ」
父は、母のマーシャが許可してくれない以上、これが(母にバレない)一番お手軽な私の呼び出し方なんだと主張した。
父的には最も手間がかからなかったそうだけど、王家の連中が聞いたらどう思うかしら。すごい大騒ぎをしていた。あんなに盛大なパレードをしたくらいだもん。
それとあと、父は見た目普通のイケオジだ。どこがドラゴンなのか、さっぱりわからない。
母は眉を吊り上げた。
「わずか半年で呼んじゃダメだってあれほどしつこく念押ししたでしょう。今は遠くから見守る時だって。子どもに成長のための試練は必要なんです」
まあ、試練というほどではなかったけど。討伐隊への参加さえなければ。
「あなたは私の知らない間にそんな真似を」
話がこじれだしたのを見て取ったか、デビル姿のゾラが、機嫌をとるように割って入った。
「ナタリア様は素晴らしい能力をお持ちです」
ゾラは報告した。
「王都におられる時も、出来るだけ薬を薄くして高く売りつけるなど、楽して稼ぐ方向で努力されていました」
ほめているつもりか。
「魔女としての力量にも驚愕しました。ここまで登ってくるとき、私、修行のために心を鬼にして、自分の体重の三倍くらいの負荷をかけたのですが……ナタリア様は踏ん張りました。私を軽々とここまで持ち上げて登ってこられたのです」
なんだとう? めちゃくちゃ重かったんだけど。
「チンケな第四王子が熱烈ラブコールで迫ってきた時もまったく相手にしていませんでした」
あれはラブコールじゃないのに。
ウンウンと嬉しそうに聞き入っていた両親だが、第四王子様を追い返した話のところでは、父は嬉しそうで、母はちょっと微妙な顔になった。
「どこかでよいお婿さんを見つけた方がいいのよ。私がお父様を見つけたように」
途端に父はデレだして、のろけだした。
「嫌だな。僕が君を見つけたんだ。一人だけ輝いていた……」
こういう場合、私は、セリフが全部自動でシャットアウトされる魔法を習ったので、有効活用させてもらっている。
またもやゾフが話に割り込んだ。
「さあ、今晩はめでたく親子久しぶりのご対面、豪華な夕食を準備いたしております」
黒い鬼のような顔をしたデビルが、ゾラの手招きに応じて、真っ白なコック服に身を包み揉み手をしながら現れた。
「食材も間に合いまして。良いものがございます」
同じような真っ白なコック服に身を積んだ黒光りするデビルが何人も現れて、いかにもうやうやしく料理を並べていく。
すごい量だ。次から次へと運び込まれる料理の数々。
三人しかいないのに、こんなに要るの?
そして正面にはものすごく大きな玉座が用意されていた。誰が座るのよ。
しばらくすると父が母を丁重なしぐさで椅子に座らせ、自分はその玉座に苦労して登りちんまりと座った。
「今日のメインデッシュは何かね?」
「牛の焼肉二頭分と、豚の丸焼き五匹分と、鳥の串刺し三十羽でございます」
肉ばっかりだ。
私は父の正面に座り、様子を見ていた。あんなに大きな肉を切り分けるには、のこぎりか刀が要りそうだ。
「では、いただこうか」
そういったとたん、玉座がギシッといった。
そして玉座の上には、これまでいろんな本で見たどのドラゴンよりも、ずっと大きくて、美しい荘厳なドラゴンが座っていた。
緑色の輝くような鱗、金色の目、瞳孔は真紅だった。そして大きい。
デビルになったゾラを大きいと思っていたが、そんな大きさとは桁が違った。ここの天井高が高いはずだ。
「お父様……?」
「美しいでしょう?」
母がうっとりしたように言った。
「こんな美しい生き物は見たことがないわ」
母に褒められると、ドラゴンは緑から青、青からオレンジに鱗の色を変えて、目は青くなった。
「さあ、いただきましょう。お父様はね、食事の時だけはドラゴンの姿に戻るの。だから魔女の村で一緒に過ごせなかったの」
私は美しく色を変えるドラゴンから目を離せなかった。
ドラゴンは焼肉を次から次へと口に入れ、前足で器用に肉を切って、おいしそうなところだけ取り分けて私たちに回してくれた。
「おお、うまいな、この肉」
地の底から響くような声でドラゴンが言った。
「ええ、ええ。仕入れがうまくいきましてね。この後も、奥方様やナタリア様にご満足いただけるよう、フルーツやデザートも用意しております」
「お前たちにしては気が利くな」
とどろくような声でドラゴンの父が言った。
「買い出しに行ったとき、気の利いた小僧を見つけまして……いや、人間だから小さくても大人ですが、これが目利き上手な上、値段交渉までしてくれました。便利なので連れてきて使うことにしました」
「ほう、そうか。これからはナタリアの分も買ってやらねばならないしな」
「あなた」
危険信号をはらんだ母の声が響いた。
「ナタリアはまだ勉強中だと何度言えば……今度は学校に入れようかと考えていたのに」
ドラゴンの父はびっくりするくらい大きな肉の塊をガブリと食べていたところだったが、グググと飲み込むと猫なで声を出した。
「ここにいような、ナタリア。お父様は毎日お前の顔を見ていたいのだ。食事は保証付だ。な?」
「お食事は素晴らしいものをご用意できますよ」
コックの格好のデビルが直立不動で返事した。どうもこのコックの料理は大味なのではないかしら。
「いい買い付け人を確保いたしましてね。喜んでここで働くそうです」
「ほお? 珍しいな。かねがね人間を使いたいと思っていたが、全員、気絶してしまうので、なかなか取り扱いに苦労していてな」
そりゃ怖いわ。私だって、いきなりここのドラゴンやデビルたちを見たら、気絶するかもしれない。
お母さまが、このものすごく大きいドラゴンに平気で喝を入れ、その都度ドラゴンの方が委縮している様子を見ていなかったら、死ぬほどビビると思う。
そして、まるで鬼瓦のような人相のデビルたちがドラゴン相手にへこへこしている様子に、ここの絶対最高権力者がウチの母なんだと納得できたから、ここにいるだけよ。
「どうして人間を雇いたいのですか?」
「そりゃ便利だからですよ、ナタリア様」
ゾラが説明してくれた。
「人間の方が圧倒的に数が多いですから、肉以外の食べ物や鍋や道具類は人間のものを買うわけです。ですが、たいていのデビルは、人間社会を知らないし、慣習も分かりません、特に計算と細かいことは苦手です。売り買いに不便でね。人間を使いたいですよ」
ゾラ、あなたもデビルなのよね? よくそれで私の師匠になろうだなんて思ったわね。
どうもその疑問が顔に出てしまったらしい。ゾラが胸を張った。
「私は変身もできますし、人間社会で長いこと暮らしてきましたから、連中の考えることはわかります。それでナタリア様のおつきに選ばれたわけですよ」
しかし、良く聞いたら、ゾラができる変身は黒ネコだけだった。
「警戒されないので、いろいろなお宅でゴロゴロしておりました」
「経験だけは豊富なのよね」
母が言った。
「たいていのデビルはトカゲとかワニ、あとネズミなんかに変身出来るんだけど、どうも人間社会とは相性が悪くて」
「その通りです。でも、私は黒ネコに変身出来ます!」
ゾラは誇らしげだったが、道理で何もしてくれなかったわけだ。
黒ネコに変身できるだけだものね。
「連れて来た人間ですが、まあ、聞けば気の毒な身の上でしてね」
人間の話題で盛り上がるところを見ると、よほどここでは人間は珍しいらしい。
私も人間のつもりなんだけど、どうやらここでは人間にカテゴライズされていないらしい。どうしよう。
「なんと、妻に逃げられてしまったそうなんですよ」
「おおお……」
デビルたちの顔色が変わった。
なんなの? このリアクション。
後で知った話だが、デビルは人間とも結婚できるが、デビル同士の結婚がほとんどだそうだ。ただ、デビルは圧倒的に女性の数が少ないので、妻に逃げられたと言うのは、彼らにとって相当切実らしく一挙にその人間の男性に同情票が集まった。
「妻にドラゴン城に登れれば考え直してやるわ、みたいに言われたそうで」
「ただの人間にそれは酷い」
「血も涙もないな」
「死ねといっているのと同じではないか」
「それでも、彼はあきらめず、私に食い下がってきましてね。何とかドラゴン城迄行きたいと。愛しい妻に一目だけでも、会いたいと言うのですよ」
なんだかデビル連中が妙な具合になってきた。
「身につまされるな」
私に言わせればストーカーだけど、デビル連中にとってはこれは純愛物語らしい。
「これほどまでに人間に恐れられているドラゴン城に来たいなんて」
「相当の恐怖だろうに」
今更ながら、ドラゴン城の恐れられっぷりが理解できた。信仰の対象としてあがめられているけど、やっぱり怖がられているんじゃないの。
こんなところ、いたくないわ。
「そうか。わしもマーシャに認められるまでは苦労したものな」
父が仲間に加わった。しかし、これは逆にデビルたちの反感を買ったようだ。彼らはぶうぶう言い出した。
「人に変身できるドラゴン様と比べないでくださいよ」
「私なんかゴキブリにしか変身できないんですよ?」
「私はオオサンショウウオです。水から出られないんです。ゴキブリの方がマシですよ。人間の家に入れますからね」
ゴキブリのお宅訪問は……できればちょっとご遠慮願いたい。
「妻に会えるとなれば、ドラゴン城へ挑戦するのか……」
「弱い人間だが、勇敢だな……」
一人のコック服のデビルが遠い目をして、天井を見上げた。天井に何かあるわけではなかったが。
「おお、きたきた。ヘロリ、ドラゴン様にご挨拶するんだ」
…………ヘロリ?
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