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第2話 私は魔女
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村を出た時、母とは別れた。
「もう大きいものね。今度は人間界で修業しなくちゃ」
確かに十二歳をすぎれば村を出る魔女は多い。魔女として一人前でも、今度は人間の世界を勉強しなくてはいけない。魔女の数はとても少ないから、人間社会で生きていくことになるからだ。
世の中に魔男というものは存在しないので、魔女の結婚相手は全員人間の男だ。だから、実は、人間社会へいって、ステキなだんなさまを見つけよう!と言う至上命題もあった。
結婚して子供が生まれて、女の子だったら、魔女の村で暮らすことが多い。魔女同士のお友達がいる方が、子どもの為にはいいからだ。自分が特殊じゃないって思えるもの。
男の子だったら、そのまま人間の世界で暮らす。魔女の勉強なんかしなくていいからね。
うちの両親は、私をとてもかわいがってくれたが、父は仕事の都合で魔女の村には住めないらしかった。
両親の仲が悪かったのかと言うと、全然違う。
父が母大好きなのは、見ている子どもがウンザリするくらいだった。
どう見ても母の尻にひかれていた。あの副村長のイケオジも顔負けなくらいだった。よく母がパシッと父を叩いていたことを思い出す。父は叩かれて嬉しそうだったけど。
そんなわけで、私はしゃべる黒ネコのゾラと一緒に、王都にやってきた。
『王都にはいろいろな種類の人間が住んでますからね。人間社会の仕事や仕組みを知るには最適ですよ』
ゾラは言った。
とは言え、私が今住んでいるのは、町の中心ではない。
街の一番ハズレにある小さな木の家だ。
崩れかけたようなボロ家だったが、そこは魔女。今や自分好みの、いい感じの家に仕上がっている。
家の周りは柵に囲まれ、うまく植えられた木々のおかげで、通りから家は見通せない。
一階に広めキッチンを作り、寝室とバスルームは二階にした。
『ネコは二階に上がれませんので、私はキッチンのストーブの隣で結構です。ただし薪を一晩中使いますので、不足なきようお願いいたします』
ただの寒がりのくせに何を言っていることやら。二階に上れないネコなんて聞いたこともないわ。
ゾラは不思議なネコだ。だけど、ネコはネコなので、別にお金を稼いでくれるわけでもなければ料理をするわけでもない。なので、私が薬を作って売りお金を稼いで、料理もして、ゾラと一緒に暮らしていた。
王都には、薬作りなんか他にもいっぱいいると思う。
なんで魔女だとばれたのか、わからない。王子様たちは聖女様と言っていたけれど。
『ナタリア様のお美しさ、品の良さが広まってしまったのでしょう』
「こんな引っ込んだところに住んでいるのに、そんなこと絶対にないわ」
不思議を通り越して、おかしなことを言うネコになってしまっている。
私はゾラを無視して晩御飯のビーフシチューに取っ組んだ。
私は料理が好き。パンを焼いたり、ジャムを作ったり、燻製に挑戦したり、保存がきく食べ物の工夫も楽しい。肉はゾラが捕ってきてくれる。さすがネコだ。
『今日の獲物はイノシシです』
「まあ、ありがとう、ゾラ。さばいて持ってきてくれたのね。助かるわ」
『解体は、ナタリア様にはまだ無理ですからね』
ゾラは満足そう。それにしても、あんなに小さな体で、どうやってあんなに大きなイノシシを仕留めたのかしら?
『それを猟師の腕の良し悪しというのですよ』
フフンと鼻を鳴らしたゾラは得意げだ。王都周辺には、イノシシがいそうな森はないんだけどなあ?
空いた時間で、薬草から薬を作る。
一週間前から取り掛かって、今はもう完成に近い。
私はガラス瓶に入った、少し黄色味を帯びた液体を取り出して眺めた。
ちょっとうっとり。
この薬は、万能薬。死人でも生き返らせるほどの力がある。
しかし、それでは商売にならない。
最初にこれを作った時、私はまだ十二歳くらいだったけど、当時からものすごく頭の回る少女だった。否、魔女だった。今もだけどね。
「こんなものを売ったら、たちまち大騒ぎになるわ」
絶対に大勢が押しかけて来るに決まっている。薬が欲しい人間が主だと思うけど、中には魔女だと決めつけて襲ってくる手合いもいるかもしれないし、拉致監禁して薬を作らせようとする悪徳貴族もいるかもしれない。あと、悪徳商人とか。
「薄めればいいのよ」
私はガラス瓶を数限りなく用意した。全部愛猫ゾラのマークがついていて、Zの刻印を押してある。
「大体、目分量でいいよね」
原液は非常に濃いので長期保存が可能だが、ガラス瓶に入れる販売用はタダの水で薄めただけなので賞味期限がある。
「薄めれば効用も薄くなる。そこらで売ってる薬と大差なくなるわ。それにたくさん売れるからいいよね」
こうやって売る分だけ水で薄めて、定期的に町に店を出す。一度作れば何か月かはもつ。楽チンだ。
直売は、直接お客様の声が聞けるのが嬉しい。どれくらい薄めても大丈夫かわかるしね。一石二鳥ってヤツね。
「ナタリアちゃん! この前はありがとね! 息子の風邪が治ったわ!」
これはいい。こちらもニコニコしてよかったですぅと返しておく。
「ナタリア嬢! おかげで腰痛が改善した! 貴殿の薬は妙薬じゃ!」
「腰痛には効かないはずなんですけど……」
しまった。毎回適当目分量なので、濃いめのやつに当たったな、この元騎士風のおじいさん。うっかりしつこい腰痛を治してしまったか。
「ナタリア様! 余命半年を宣告されていた妻が起き上がったんです!」
涙目の商人風の男が手を握ってきた。思わず、目をそらす。
「こんな奇跡があるでしょうか!」
ないない。普通ない。いくら毎回目分量でも、さすがにそんな失敗はやらないはずだ。
「あの薬にそんな力はありません。お医者様の薬が効いたのでしょう」
「そんなことはありません! あなたがなさったのです」
えええー。あくまで人の失敗をあげつらう?
「医者からもらった薬は、効かないうえに妻が嫌がるので、ここのところずっと飲ませなかったんです」
変な立証は止めて欲しいな。
何しちゃったんだろう。
あ、そういえば水入れようとしてガラス瓶割っちゃったことがあった。あの時、もったいないんで、残った溶液を次の瓶にぶっこんじゃったっけ。ということは二倍の濃度になったのか。しまった。
周りの目つきが尊敬のまなざしに変わっていく。いやだわ。マズい。
「そんなことはありませんわ。何かお役に立てたと言うならうれしいのですが、神様のご加護でしょう」
神様に、なすり付けておく。罪じゃなくて功徳だから、苦情にはならないと思う。神様の専門分野だしね。
「そんなことはありません」
まだ言うか、この男。
「あなた様は聖女です。普通の薬が聖薬に浄化したのです」
おおおっとその場にいた観衆がどよめいた。聖女か! という声が聞こえた。
違います! 魔女です!
……などと言う訳にはいかず、私はしおしおと家に戻った。そしてゾラに叱られた。
『ナタリア様』
ゾラは黄色い目を光らせた。
『不精をするからこうなるのです。人間相手なら、ただの水でも上等ですよ。もう売ってやらなくてもいいでしょう!』
何を言っている。薬売りをしてお金を稼がないと、ご飯に困るじゃないの。ゾラの好きなチーズケーキやアップルパイが食べられなくちゃうわよ。無理して、アイスクリームを買ってきたときには、感激して目を細めていたじゃないの。
多分あの時の騒ぎがどこかで増幅されて広がったんじゃないかと思われる。
それで聖女様という噂が立ってしまったのだと思う。
「もう大きいものね。今度は人間界で修業しなくちゃ」
確かに十二歳をすぎれば村を出る魔女は多い。魔女として一人前でも、今度は人間の世界を勉強しなくてはいけない。魔女の数はとても少ないから、人間社会で生きていくことになるからだ。
世の中に魔男というものは存在しないので、魔女の結婚相手は全員人間の男だ。だから、実は、人間社会へいって、ステキなだんなさまを見つけよう!と言う至上命題もあった。
結婚して子供が生まれて、女の子だったら、魔女の村で暮らすことが多い。魔女同士のお友達がいる方が、子どもの為にはいいからだ。自分が特殊じゃないって思えるもの。
男の子だったら、そのまま人間の世界で暮らす。魔女の勉強なんかしなくていいからね。
うちの両親は、私をとてもかわいがってくれたが、父は仕事の都合で魔女の村には住めないらしかった。
両親の仲が悪かったのかと言うと、全然違う。
父が母大好きなのは、見ている子どもがウンザリするくらいだった。
どう見ても母の尻にひかれていた。あの副村長のイケオジも顔負けなくらいだった。よく母がパシッと父を叩いていたことを思い出す。父は叩かれて嬉しそうだったけど。
そんなわけで、私はしゃべる黒ネコのゾラと一緒に、王都にやってきた。
『王都にはいろいろな種類の人間が住んでますからね。人間社会の仕事や仕組みを知るには最適ですよ』
ゾラは言った。
とは言え、私が今住んでいるのは、町の中心ではない。
街の一番ハズレにある小さな木の家だ。
崩れかけたようなボロ家だったが、そこは魔女。今や自分好みの、いい感じの家に仕上がっている。
家の周りは柵に囲まれ、うまく植えられた木々のおかげで、通りから家は見通せない。
一階に広めキッチンを作り、寝室とバスルームは二階にした。
『ネコは二階に上がれませんので、私はキッチンのストーブの隣で結構です。ただし薪を一晩中使いますので、不足なきようお願いいたします』
ただの寒がりのくせに何を言っていることやら。二階に上れないネコなんて聞いたこともないわ。
ゾラは不思議なネコだ。だけど、ネコはネコなので、別にお金を稼いでくれるわけでもなければ料理をするわけでもない。なので、私が薬を作って売りお金を稼いで、料理もして、ゾラと一緒に暮らしていた。
王都には、薬作りなんか他にもいっぱいいると思う。
なんで魔女だとばれたのか、わからない。王子様たちは聖女様と言っていたけれど。
『ナタリア様のお美しさ、品の良さが広まってしまったのでしょう』
「こんな引っ込んだところに住んでいるのに、そんなこと絶対にないわ」
不思議を通り越して、おかしなことを言うネコになってしまっている。
私はゾラを無視して晩御飯のビーフシチューに取っ組んだ。
私は料理が好き。パンを焼いたり、ジャムを作ったり、燻製に挑戦したり、保存がきく食べ物の工夫も楽しい。肉はゾラが捕ってきてくれる。さすがネコだ。
『今日の獲物はイノシシです』
「まあ、ありがとう、ゾラ。さばいて持ってきてくれたのね。助かるわ」
『解体は、ナタリア様にはまだ無理ですからね』
ゾラは満足そう。それにしても、あんなに小さな体で、どうやってあんなに大きなイノシシを仕留めたのかしら?
『それを猟師の腕の良し悪しというのですよ』
フフンと鼻を鳴らしたゾラは得意げだ。王都周辺には、イノシシがいそうな森はないんだけどなあ?
空いた時間で、薬草から薬を作る。
一週間前から取り掛かって、今はもう完成に近い。
私はガラス瓶に入った、少し黄色味を帯びた液体を取り出して眺めた。
ちょっとうっとり。
この薬は、万能薬。死人でも生き返らせるほどの力がある。
しかし、それでは商売にならない。
最初にこれを作った時、私はまだ十二歳くらいだったけど、当時からものすごく頭の回る少女だった。否、魔女だった。今もだけどね。
「こんなものを売ったら、たちまち大騒ぎになるわ」
絶対に大勢が押しかけて来るに決まっている。薬が欲しい人間が主だと思うけど、中には魔女だと決めつけて襲ってくる手合いもいるかもしれないし、拉致監禁して薬を作らせようとする悪徳貴族もいるかもしれない。あと、悪徳商人とか。
「薄めればいいのよ」
私はガラス瓶を数限りなく用意した。全部愛猫ゾラのマークがついていて、Zの刻印を押してある。
「大体、目分量でいいよね」
原液は非常に濃いので長期保存が可能だが、ガラス瓶に入れる販売用はタダの水で薄めただけなので賞味期限がある。
「薄めれば効用も薄くなる。そこらで売ってる薬と大差なくなるわ。それにたくさん売れるからいいよね」
こうやって売る分だけ水で薄めて、定期的に町に店を出す。一度作れば何か月かはもつ。楽チンだ。
直売は、直接お客様の声が聞けるのが嬉しい。どれくらい薄めても大丈夫かわかるしね。一石二鳥ってヤツね。
「ナタリアちゃん! この前はありがとね! 息子の風邪が治ったわ!」
これはいい。こちらもニコニコしてよかったですぅと返しておく。
「ナタリア嬢! おかげで腰痛が改善した! 貴殿の薬は妙薬じゃ!」
「腰痛には効かないはずなんですけど……」
しまった。毎回適当目分量なので、濃いめのやつに当たったな、この元騎士風のおじいさん。うっかりしつこい腰痛を治してしまったか。
「ナタリア様! 余命半年を宣告されていた妻が起き上がったんです!」
涙目の商人風の男が手を握ってきた。思わず、目をそらす。
「こんな奇跡があるでしょうか!」
ないない。普通ない。いくら毎回目分量でも、さすがにそんな失敗はやらないはずだ。
「あの薬にそんな力はありません。お医者様の薬が効いたのでしょう」
「そんなことはありません! あなたがなさったのです」
えええー。あくまで人の失敗をあげつらう?
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変な立証は止めて欲しいな。
何しちゃったんだろう。
あ、そういえば水入れようとしてガラス瓶割っちゃったことがあった。あの時、もったいないんで、残った溶液を次の瓶にぶっこんじゃったっけ。ということは二倍の濃度になったのか。しまった。
周りの目つきが尊敬のまなざしに変わっていく。いやだわ。マズい。
「そんなことはありませんわ。何かお役に立てたと言うならうれしいのですが、神様のご加護でしょう」
神様に、なすり付けておく。罪じゃなくて功徳だから、苦情にはならないと思う。神様の専門分野だしね。
「そんなことはありません」
まだ言うか、この男。
「あなた様は聖女です。普通の薬が聖薬に浄化したのです」
おおおっとその場にいた観衆がどよめいた。聖女か! という声が聞こえた。
違います! 魔女です!
……などと言う訳にはいかず、私はしおしおと家に戻った。そしてゾラに叱られた。
『ナタリア様』
ゾラは黄色い目を光らせた。
『不精をするからこうなるのです。人間相手なら、ただの水でも上等ですよ。もう売ってやらなくてもいいでしょう!』
何を言っている。薬売りをしてお金を稼がないと、ご飯に困るじゃないの。ゾラの好きなチーズケーキやアップルパイが食べられなくちゃうわよ。無理して、アイスクリームを買ってきたときには、感激して目を細めていたじゃないの。
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