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1巻

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   一 カツラとビン底メガネ、学園へ行く


「ルイズも学園へやるのですか?」

 お義母かあ様の声が食堂から聞こえた。

「もちろんだ。アンナだって行っているのだから」

 父が答えた。
 私はホッとした。どうやら学園には行かせてもらえるようだ。
 私――ルイズ・オースティンは今、こっそり物陰に隠れて食堂の様子をうかがっていたのだ。なんとか父に会いたいと思って。だって、今の惨状はあんまりなのだもの。お父様と少しでもいいから、話をしたい。それに、学園に行きたかった。学園に行ければ……少なくとも、その間はお義母様やお義姉ねえ様から離れられる。
 二年前、義母と義姉がこの家に来てから、私の境遇は様変わりした。
 お父様は軍人で、国境防衛の責任者になっている。そのため家にはあまり帰れない。
 結果、家はお義母様とお義姉様の天下になってしまった。私は下女のようにこき使われている。
 最初は皿を洗ったり、洗濯したりする程度だったが、義母と義姉は私の顔を見るのが嫌なくせに、だんだん私に身の回りの世話をさせるようになった。
 私は服装を整えたり、髪を結ったりするのがうまいのである。
 彼女たちの身の回りの世話なんかしたくなかった。私だって、義母と義姉の顔なんか見たくもないのだから。
 学園に行けるなら、少なくともその間は、この家にいなくて済むわ。

「でも、あの子は変わり者で、それに目を疑うような格好をしているのですよ? 先日なんて、自分で自分の髪を切ってしまったのです!」

 父が息を呑む。

「まさか……あの……きれいな金髪を?」
「あの有様では、いじめられるのではないかと心配で……。本人も学園に行きたくないと言っていますわ」

 父がうなる。
 嘘だ! 私の髪を切ったのは義母なのに!
 私は義母のあまりの言い分に歯を食いしばった。
 二年前、義母たちがここに来てすぐに、古くからいた使用人たちの多くが辞めていった。だって、義母と義姉ときたら礼儀作法のカケラも知らないんだもの。そして、止める者が誰もいなくなった家で、義母と義姉はしたい放題を始めた。
 使用人と違って、追い出すことができなかった私は目のかたきにされて、ついにある日、彼女たちは私を捕まえて髪をチョキチョキチョキチョキ刈りこんでしまったのだ。

「生意気だわ!」

 という義姉の一声で。
 髪は令嬢の命。なんてことを! しかも売ったんですって! 私の髪を。
 優雅にお茶を飲みながら、「あなたの髪にしては、いい値段で売れたわ」という義母の言葉を聞いたときはめまいがした。
 そして義母たちは私に、茶色と灰色の混じった奇妙なカツラをかぶるように命令した。
 カツラなんか嫌で仕方なかったけど、ジグザグの坊主頭を隠すためには仕方ない。

「それから、目が悪くなって、メガネが必要になってしまったの」

 それだって、嘘だ。カツラが外れないように、メガネとセットなのだ。

「あなたに任せておけば安心だと思っていたのに」

 父がため息をついた。
 二人が話している食堂は、すぐそこだ。あとでどんなに義母に叱られたってかまわない。私は決死の覚悟で食堂のドアを開けようとした。

「お嬢様、なにをなさっているのですか?」

 突然、背後から低い、威圧的な声がした。ビクン! と体が震える。
 恐れていた存在だ。義母とともに、この家にやってきた女中頭じょちゅうがしらのマジョリカだ。
 マジョリカはせこけ、落ちくぼんだ目と尖ったあごの、恐ろしく背が高い奇妙な女だった。せているのに、ものすごく力が強くて、私なんかでは全然歯が立たない。
 いつでも首まで詰まった黒い服を着て、黒い髪、黒い目、黄色い歯の彼女は、その姿だけでもなんだか怖い。
 声だけでなく、マジョリカ本体が、廊下の端からスッと現れた。
 マジョリカに捕まったら最後だ。なんとか父に会わなくては! 久しぶりに家に戻ってこられた今が、チャンスなのよ。

「お父さまぁぁ……」

 だが、マジョリカは、あっという間にやってきて、私の口を押さえた。そして、もがく私の両腕をねじり上げ、体全体を簡単に持ち上げる。いくら私がチビだからって、怪力すぎない?

「お父様とお義母様の大事なお話の邪魔をしてはなりません」
「一度、ルイズの意見を聞いてみたい。本当に学園に行きたくないと言っているのか」

 父の声がした。
 学園! 行きたいです!
 学園は三年制で、必ず行かなくてはいけないわけではないが、王都に住むほとんどの貴族は、多少無理をしてでも子弟を通わせていた。だから、私だって、断然行きたい。
 けれど、化け物じみた怪力のマジョリカに押さえ込まれて、全然声を出せなかった。

「ずっと部屋にこもっていますわ。それにね……」

 義母は心配そうな様子で、父に向かって話を続けた。

「様子がおかしいの。医者にせたほうがいいかもしれません。それに、父であるあなたのことが大嫌いだと言っているの。絶対に会いたくないって。今朝からずっと説得しているのに」

 なんてことをっ。
 確かにお父様は、私を可愛がりすぎて、少し大きくなってからは、ウザく感じていたかもしれない。
 でも、嫌いなはずがないではありませんか。
 父はショックを受けたようで、ちょっと沈黙した。

「ルイズが? あの可愛いルイズが私のことを大嫌いだと……?」
「だからこそおかしいのですよ。頭には毛が一本も生えていないし、歯も抜け落ちてしまいました」

 毛はフサフサよっ、短いだけよ!
 なんだったら、噛み付いてガッチリ歯形を付けてやるからっ。

「お嬢様」

 しかし私は女中頭じょちゅうがしらのマジョリカに持ち上げられ、口を押さえられている。
 そして彼女はどんどん歩いて、屋根裏にある私の部屋……監禁部屋に私を連れていった。
 マジョリカは片手で私を丸太のように抱えて、息も切らさず階段を上がり、それから、粗末なベッドにポイッと放り込んだ。まるでゴミでも捨てるかのように。

「旦那様は明日朝には、出発されますからね。それまでここにいなさい。旦那様がいなくなったら、いつもの仕事をするんだよ。たっぷり仕事が溜まってるんだ! なまけ者はようしゃしないよ!」

 もう、泣くしかなかった。
 一歳年上のお義姉様は、茶碗を割ったり、お茶をこぼしたりしては、お義母様に私のせいだと言いつけて楽しんでいる。
 学園ではネコをかぶって、令嬢を気取っているらしい。見ていてマナーがなってないなあと思うことも多いけど、学園はお金があって学業が優秀なら、平民も受け入れているそうなので、そこまで違和感はないのかもしれない。
 ただ、義姉を見ていると、優秀な平民枠と言い張るのも無理な気がする。派手で成金風のドレスを着ているところは平民で通るかもしれなかったが、勉強のほうは相当あやしい。

「お前なんかが、学園に行けるもんか」

 以前、お義姉様から怒鳴られたことがあった。絶対に二人とも、私を学園に行かせる気はない。
 でも、翌朝、お父様が国境の任地に向けてったあと、義母がそれはそれは嫌そうな顔をして私に告げた。

「あなたも学園に入学するのよ」
「う、嬉しいっ」

 思わず本音を漏らした私を、義母はギロリとにらんだ。
 それから、しゃがれたような声でわらった。

「せいぜい頑張ることね」


 あとから聞いたのだけど、お父様はなにがなんでも私を学園に入れるよう厳命し、自ら入学手続きを取ったらしい。
 そうでなければ、義母は絶対に私を学園に入れなかっただろう。
 私は最初、有頂天になって、ワクワクのドキドキだったけれど、ふいにカツラとメガネのことを思い出した。
 まずい。これでは変質者だ。
 しかも、服がなかった。なにを着てでも学園へ行く気合は十分だったが、いざ本当に行くことになると、この服はさすがに恥ずかしい。着古しすぎて生地が薄く、透けて見えるので、裏からまったく違う色の生地で継ぎをあてている。みすぼらしすぎる。
 悩んだ末に、絶対無駄だと知りつつ、義姉のアンナにいらない服を貸してほしいと頼んでみた。直球勝負だ。
 贅沢を言えるのなら、義姉の壊滅的なセンスの服なんか、お断りなんだけど。
 当然、義姉は断固として拒否した。

「私のお古を着たら、みんなが私と関係があるの? って思うでしょ? あんたと姉妹だなんて思われたら、世も末よ! だから絶対ダメ」

 新しい服を購入することは、義母が強烈に拒否した。

「そんな余裕はありません」

 私は恨みがましく義母を見た。自分はまた新しいドレスを着ているくせに。
 義母は若くはないが、豊かな赤茶色の髪を結って着飾ると、それなりに美人風に見える。
 一方、女中頭じょちゅうがしらのマジョリカは、私のお願いをあごで笑った。
 マジョリカのあごはすごい。まるで三日月か、鎌みたいだ。笑ったあと、渋々自分のお古をくれた。
 私は、使用人のお古を着て学園に行くことになった。
 こんなみじめな格好で学園に行くだなんて、耐えられない。
 それでも、私は学園だけは絶対に行きたかった。
 あの家にいたくない。
 マジョリカ、怖い。


 父が国境に戻ってから二週間後、私は無事入学を果たした。けれど、案の定、みんなから無視された。
 私は変なカツラと変なメガネのせいで人相がよくわからない。はっきり言って不気味。
 その上、使用人のお古を着ていた。とても貴族の娘が着る服ではない。みんなの視線が痛い。痛すぎる。
 私だって、こんな変な格好の生徒がいたら、目に入らなかったふりをすると思う。
 その結果、学園では、成績だけがいい貧乏平民の特待生だと思われた。
 学園には特待生制度がある。貧乏平民が試験を受けて、優秀な成績をおさめれば授業料なしで勉強させてもらえる制度だ。ちなみに特待生じゃない平民も入学できるが、その場合すごい額の寄付金を積むらしい。したがって大抵とんでもなくお金持ちで、並みの貴族よりいい服を着ている。その結果、たまにいる貧乏人は全員特待生と決まっていた。
 ただし、たとえ貧乏特待生だったとしても、普通は常識的な格好をしている。百歩譲ってメガネはともかく、一目でカツラとわかる異様なかぶり物には、みんな腰が引けたらしい。誰も話しかけてこなかった。
 これは、義姉にとっては、すごく都合がよかったようだ。
「姉妹だなんて思われたらどうしよう」と、心配していたからだ。あれなら、誰も貴族の娘だなんて思わないわと、大笑いしていた。
 貴族の娘と思われないのは、あなたのほうじゃないかしら。
 まったくなっていないマナーや、品位のない話し方と話の内容のひどさ。
 それに、失礼かもしれないけど、一体誰に似たのかしら? 義母にも父にも似ていないわ。
 でも、そんなことを言っても、きっと義姉には通用しないだろう。

「ルイズの格好を見たら、みんなドン引きよね」

 義姉は私の格好を見て面白そうに笑った。

「カツラとビン底メガネ! いじめられても仕方ないわね!」

 だけど、変な格好なのは、かえって都合がよかった。
 あまりにも変すぎて、誰も私に構おうとしない――つまり、義姉の期待と違って、いじめられたり、からかわれたりすることもなかったから。
 しかも、ビン底メガネのせいで、相手からは私の人相がまるでわからない。顔がわからないのは、かえって気楽だ。
 そのうえ、義姉は私にオースティンの家名を名乗るなと命令してきた。姉妹だとばれるのが嫌だというのだ。
 もっとも、誰も私に話しかける者はいなかったので、家名を名乗る機会は一度もなかった。
 先生方は、私の家名を知っているはずだけど、それをオースティン伯爵家と紐付ける人は間違いなくいない。こんな貧乏くさい、しかもカツラとビン底メガネの異様な娘だもの。
 ところが義姉は、私が平民の特待生扱いになっていることに腹を立てた。
 平民扱いが気に入らないのではなくて、成績がいいと思われていることが気に入らないのだ。

「噂っておかしなものね! どうしてみんなルイズは成績がいいと勘違いしてるのかしら!」

 義姉としては私の成績が散々で、みんなから、あんなに成績が悪いのにどうして入学できたんだろうと陰口を叩かれることを期待していたらしい。
 まあそんな風に色々あるけれど、私は学園へ行けて大喜びだった。
 本がたくさんあったし、わからないところは先生が教えてくれるのだ。家では考えられない。
 しかも、本を読んでいても誰にも怒られない!
 その上、最初こそお貴族様の令嬢方から目にも入らない感じで無視されていたが、ひょんなことから某伯爵家の令嬢に大変気に入られるようになった。
 それはある日、風できれいに結った髪がほどけて困っていた令嬢を見かけて、声をかけたのがきっかけだった。

「あ、お嬢様、もし差し支えなければ、そのほどけてしまった髪、お直ししましょうか?」

 私の見た目が薄気味悪かったに違いないが、彼女は本当に困っていたらしく、髪を直すことを許してくれた。

「あら」

 私が直した髪の具合を手鏡で見て、彼女はちょっと驚いたようだ。

「あなた、上手ねえ」

 そりゃそうだ。我が家のどのメイドよりも、私は髪を直すのがうまいのだ。
 私は、チビで細かったが、手先は器用だった。
 それ以降、私は彼女の細々とした用事をうけたまわるようになった。
 しかも、この伯爵令嬢、私の義姉を嫌っているらしかった。

「あの方、マナーが悪いのよ。さわらぬ神にたたりなしですわ」

 他人の悪口を言うのには遠慮があるのか、ちょっとはばかるように周りをちらっと見てから彼女は言った。
 いや、もう、本当にごもっともですわ!
 その後、この令嬢――アリシア・ベドフォード様のお父様は軍官で、父と同じく国境に配置されていることがわかった。よくよく聞いてみると将軍である父の部下になるらしい。
 つまり、アリシア様にとって、義姉は自分の父の上司の娘に当たるので、できるだけ関わりたくないらしい。

「下手に関わって将軍のお嬢様に失礼があったら大変でしょ?」

 彼女は笑いながら言った。
 すばらしい。アリシア様は大当たりだった。私も義姉とはできる限り会いたくない。利害の完全な一致だ。

「アンナ様は難しい方だってわかっているの。だから余計、関わり合いになりたくないのよ」
「まあ! なんて面倒な方でしょう! お偉いのはお父様であって、その方ではないでしょうに!」

 と、私は心から同意して言ったが、次の瞬間、あれ? と思った。
 私も父の娘である。
 なんなの? このねじくれた関係は。これ、このまま行くと、あとで困ったことにはならないかしら? アリシア様とは距離をとったほうがいいかしら?
 けれど、私にはアリシア様からのお願いを断れない理由があった。アリシア様から頼まれたことに対応すると、なんとお金をいただけるのである。
 困ったことに、学園に通うに際し、お義母様は私にお金をくれなかったのだ。
 最初にどうしても必要な教科書やノートなどの文房具一式は揃えてくれた。多分、父が手配してくれたのだと思う。
 だが、その後、追加で必要なノートなどの文房具は一切買ってくれなかった。とにかくお金というものは一切くれなかった。
 それで一番困ったのが、昼食代だった。
 そのため、私はパシリをするしかなかったのである。

「あなたってば、見た目は本当に悪いけど、役に立つわよね」

 アリシア様は褒めてくださった。
 そして、お金を恵んでくれた。
 見たこともない変な髪色で、ビン底メガネに、街の宿屋の下働きでも着ないようなボロ服を着たみすぼらしいなりの生徒など、口をきくのもお断りだったと思うけど、役に立つなら話は別らしい。
 口うるさい義母とワガママな義姉に仕えてきただけあって、私は自分でも知らないうちに、超一流の侍女になっていた。
 義母や義姉やマジョリカがやってきてすぐに、古くからいた使用人たちは、彼女たちのあまりの横暴ぶりに恐れをなして続々と辞めてしまった。そうして侍女の仕事ができる者がいなくなってしまったのである。
 呼ばれた夜会にふさわしく髪を結うとか、ドレスの着付けをするとか、化粧するとか、そういう仕事にはそれなりの経験がいるのだ。
 そうや鍋磨きくらいなら、街に出てきた田舎の農家の娘でも結構務まったが、侍女の仕事は無理。
 新しく雇いたくても、既に当家の評判は散々で、熟練の侍女など寄り付きもしなかった。
 仕方なく、私は義母と義姉の侍女の代わりを務めた。常にののしられながら。
 こうして学園で、最初に私の侍女的能力を発掘したのはアリシア様だったが、評判が評判を呼び、次第に他の令嬢にも頼まれるようになった。婚約者とのデートのときのヘアアレンジやお化粧の手伝い、新しいドレスを選ぶときのアドバイスなど、私は役に立ちまくった。そして、その都度、小銭が手に入った。
 学園はある意味、令嬢方にとって不自由な場所だったのだ。
 服を直したり、飲み物を取ってきたりのほか、婚活問題を抱え、見た目にこだわりたいご令嬢方に侍女パシリはいわば必需品。でも、学園内に侍女を連れてくることは、よほど高貴な家でもない限り認められない。でも同級生なら侍女ではない。パシリにはもってこいである。
 しかも私は、ただの平民ではない。いわば伯爵家で修業を積んだ熟練の侍女並みの腕前なのだ。お客様はたくさんやってきた。

「アリシアお嬢様のおかげですわ」

 私はアリシア様に心からお礼を言った。
 事実、アリシア様のおかげで学園生活は意外に快適だった。
 孤立を覚悟していたが、アリシア様のご紹介でお友達というかお客様が増えたし、パシリをしてお金さえ稼げば、昼食代や学用品の購入に困らない。退学しないで済む。
 義母やマジョリカが私にお金をくれないのは、私を退学に追い込むためかと思っていたが、どうやら彼女たちは不思議なことに、お金がないと困るという基本的なことにまるで気がついていないようだった。
 というか、義母やマジョリカは、私が勉強についていけなくて、学園をすぐにやめるだろうと踏んでいたらしい。

「あんたは勉強なんて全然できないでしょうからね」

 入学前、義姉も小馬鹿にして言っていたが、そんなことはありません!
 勉強がまるきりできないのは、あなたのほうです。
 勉強は楽しみだった。一年生の最初の頃は国語や算数、外国語、生活などの基本科目だけだけど、もうすぐ魔法力の検査があって、適性があれば、呪い学とか治癒魔法とか毒薬研究とか攻撃魔法とか、物騒な科目が目白押しなの!
 ちなみに義姉は一年前に魔法力の検査を受けたが、悪意力とかいう能力がダントツだったらしくて、家でお義母様とマジョリカと三人で、ションボリしていた。
 悪意力は他人に悪意を持つ力で、さほど役には立たないらしい。首切り役人としては適性があるそうだ。
 しかし、伯爵家の令嬢としてはいかがなものかと。

「旦那様には、魔法力はなかったということで」
「報告しましょうか……」

 義母とマジョリカは意気消沈して話していた。私としては、頷ける結果ではあったが、聞かなかったことにしようと思った。
 私にも魔法力はあるのかしら。
 そんなこんなで勉強は楽しかったし、アリシア様ともますます親しくなった。服もアリシア様のご実家であるベドフォード伯爵家から、使用人のおさがりをもらえることになった。
 さすがにこれまでの服では、いかに便利なパシリでも、連れ歩くのに限界がある。建前は同じ生徒の「お友達」なのに、これまでの服ではどこからどう見ても、お嬢様と使用人である。けれど今回いただいた服は質が良く品もあって、ギリギリ「身分差のあるお友達」に見えなくもない。ただし、例のカツラとビン底メガネをのぞけばだが。

「ねえルイズ、もう少ししたら、学園のダンスパーティがあるの。そう、一ヶ月ほどあとなんだけど」

 アリシア様は、ご自分の寮の部屋でウキウキした様子で教えてくれた。
 学園には立派な寮もあった。私は自宅生だけど、アリシア様は寮住まいだ。最近では、私はアリシア様の寮の部屋まで入り込んで様々な雑用をこなしていた。

「一年生は、最初のダンスパーティは出られないのよ。いわば見学ね」
「そうなのでございますか」

 私は真顔で頷いた。アリシア様は学園のしきたりも色々と教えてくださる。

「あなたも次からは出られるわ! あ、でも……」

 アリシア様は本当にお優しい。貧乏平民ではダンスパーティに出られないと気がついたのだろう。本当は伯爵家の令嬢なんだけど。まあ、現実問題として、確かに無理だ。
 お父様が休暇で戦地から自邸に帰ったタイミングで、うまい具合に会えれば別だけど。でも、義母と義姉が全力で阻止してきそう。前もそうだったし。
 アリシア様は悪いことを言っちゃったかなという表情をしている。

「まあ、お嬢様。それは楽しみでございますね?」

 明るくそう言うと、ちょっとほっとしたように、「そうなの!」と彼女は言ってご自分のパートナーについて教えてくれた。

「当日は、私の婚約者がパートナーを務めてくれるの! エドワード様といって……一学年上に在籍していますのよ」

 アリシア様は、はにかんだような笑顔で言った。

「まあ! 婚約していらしたのですか! それは存じませんでした。それでは、うんときれいにしなくては!」

 ノリと勢いで、満点侍女になってしまった。どうしよう。
 婚約者とはお互いの領地が近く、幼馴染おさななじみの関係だそうだ。

「素敵ですわ。よく知った方なら安心でございますね」

 アリシア様は幸せそうに微笑んだ。恋をすると美しくなるというが、こういうことなのか。
 私は納得して、アリシア様を見つめた。

「そうそう。そういえば、あの品のないアンナ様にも婚約者ができたんですってよ!」
「そうなんでございますか!」


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