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第52話 エドワードの策略
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「何をするんだ、エドワード。僕の婚約者のフロレンスに、男を近づけてどうするつもりだ」
ルイ殿下は、強制的にエドワードを公爵邸へ連れ込み、今にも笑い出しそうに口元をひん曲げているエドワードに食って掛かった。
「ご安心ください。絶対に安心な安全パイをご紹介したまでですよ。それからまだ婚約者じゃないですよね?」
エドワードの言葉の後半部分は無視して、ルイ殿下は反論した。
「安全な男? そんな生物、いるわけないだろう!」
ルイはエドワードに詰め寄った。
「大体、男を紹介する意味が分からない。僕がいるのに!」
そう言いながら、ほんの少しだけルイ殿下は不安そうだった。
「ええ、ええ。もちろんですとも。でも、殿下はフロレンス様に好きだと言ってもらいたいんでしょう?」
「え? それはそうだけど」
「じゃあ、どうして、フロレンス様は殿下を好きだと言ってくれないんですか?」
「え……多分、恥ずかしがり屋だから?」
「好きだって言われたことはないのですか?」
ルイ殿下が珍しく赤くなった。
「あるよ!」
「じゃあ、いいじゃないですか。なぜ、好きだってもっと言わせたいのですか?」
「…………」
エドワードはニヤニヤしている。
公爵家の豪華で威圧的な、公式行事にでも十分使えそうな大客間は、天井が高く、四隅には金色の像が飾られていた。
床は模様のある白大理石、贅沢なじゅうたんが敷かれていて、庭に面していくつもの大きな窓があって、金の縁のついた鏡が窓と窓の間に飾られていた。窓と反対側は緑色の大理石の暖炉があって、その上にはびっくりする位大きな極彩色の陶器の壺が飾られていた。
そして、部屋の真ん中の素晴らしい模様の生地が張られた立派な椅子には、真剣な様子の二人の男が座っていて、政治向きの話でもしているならとにかく、あろうことか恋バナに熱くなっていた。
「……それは……」
「若様!」
突然、しわがれた声が水を差した。
「はいぃ?!」
重要で繊細な問題に没頭していたルイ殿下は、突然響いた執事の声にびっくりして返事をしてしまった。
「お茶の用意を置いておきます」
「……ありがとう」
執事が丁重にドアを閉めるまで、二人は沈黙していたが、ドアが閉まった途端にエドワードが言った。
「好きだって言われても、物足りなかったのでしょ?」
ルイは考えた。確かにそうだ。なんだか、もひとつピンとこなかったのだ。
ベルビューでは、もっといい雰囲気になったような気がする。あの時を取り戻したい。
学園に戻ったら、仲のいい友達みたいになってしまった。
それじゃダメだ。親しくなって、いろんなことを分け隔てなく話ができるのは楽しいが、ルイが今欲しいのはそんな友情じゃない。
「どうして、わかってくれないんだろう」
「それで、釣書を見せようとか……」
ルイ殿下がジト目になった。なんで、自分が釣書なんて意味のないものをフロレンスに見せたがったのか。
ちょっとでも嫉妬して欲しかったわけで。ほかの女にとられるのが嫌だと。
「エドワード、お前は割と嫌な奴だな」
「炯眼《けいがん》と言っていただけるとよいかと」
「ますます、嫌いになったよ」
「何をおっしゃっているのですか。問題点がはっきりしたではありませんか」
そうなのだろうか?
「何が問題なの?」
「だから、フィリップ様にお願いしたのですよ。友情じゃなくて、恋愛感情と異性への緊張。知らない大人の異性に対する緊張が必要でしょ?」
「いや、要らないから!」
ルイ一人だけでたくさんである。なんでほかの男の手を借りなきゃいけないんだ。
ルイが叫んだ途端、重々しい樫の木作りの両開きの扉が、ギギギと言う不気味な音を立てて開いた。ルイはビクッととして、後ろを振り返った。
「若様、お菓子をお持ちしました」
ティーワゴンを押した女中が現れて、恐ろしく大きなケーキとスコーン、サンドイッチを持ちこんだ。
「どうして、ここでお茶になった? 食べるなら食堂で夕食を……」
「お茶のお時間でございますので……」
女中の後ろから付いてきた老執事がゼイゼイ言いながら答えた。そして、有無を言わさず震える手で茶菓子を丁重に並べると出ていった。
ドアが閉まるのを確かめるとルイが言いだした。
「大人の異性って、ものすごく危険じゃないか! 何してんだ!」
「雰囲気危険なだけです。絶対に安心だって言ったでしょ?」
「安全て、フィリップは男が好きなのか?」
エドワードはチラリとルイ殿下を見た。
「殿下、殿下はフィリップ殿を覚えていないのですか?」
「フィッツジェラルド家の長男がフィリップという名前だと言うことは知っているが?」
「では、メイフィールド子爵家のご令嬢のことは?」
ルイ殿下は少しだけ顔をしかめた。
「知っている。もちろん、知っている」
「その方の婚約者だった青年です」
エドワードが静かに言い、ルイ殿下は目を見張った。
ルイ殿下は、強制的にエドワードを公爵邸へ連れ込み、今にも笑い出しそうに口元をひん曲げているエドワードに食って掛かった。
「ご安心ください。絶対に安心な安全パイをご紹介したまでですよ。それからまだ婚約者じゃないですよね?」
エドワードの言葉の後半部分は無視して、ルイ殿下は反論した。
「安全な男? そんな生物、いるわけないだろう!」
ルイはエドワードに詰め寄った。
「大体、男を紹介する意味が分からない。僕がいるのに!」
そう言いながら、ほんの少しだけルイ殿下は不安そうだった。
「ええ、ええ。もちろんですとも。でも、殿下はフロレンス様に好きだと言ってもらいたいんでしょう?」
「え? それはそうだけど」
「じゃあ、どうして、フロレンス様は殿下を好きだと言ってくれないんですか?」
「え……多分、恥ずかしがり屋だから?」
「好きだって言われたことはないのですか?」
ルイ殿下が珍しく赤くなった。
「あるよ!」
「じゃあ、いいじゃないですか。なぜ、好きだってもっと言わせたいのですか?」
「…………」
エドワードはニヤニヤしている。
公爵家の豪華で威圧的な、公式行事にでも十分使えそうな大客間は、天井が高く、四隅には金色の像が飾られていた。
床は模様のある白大理石、贅沢なじゅうたんが敷かれていて、庭に面していくつもの大きな窓があって、金の縁のついた鏡が窓と窓の間に飾られていた。窓と反対側は緑色の大理石の暖炉があって、その上にはびっくりする位大きな極彩色の陶器の壺が飾られていた。
そして、部屋の真ん中の素晴らしい模様の生地が張られた立派な椅子には、真剣な様子の二人の男が座っていて、政治向きの話でもしているならとにかく、あろうことか恋バナに熱くなっていた。
「……それは……」
「若様!」
突然、しわがれた声が水を差した。
「はいぃ?!」
重要で繊細な問題に没頭していたルイ殿下は、突然響いた執事の声にびっくりして返事をしてしまった。
「お茶の用意を置いておきます」
「……ありがとう」
執事が丁重にドアを閉めるまで、二人は沈黙していたが、ドアが閉まった途端にエドワードが言った。
「好きだって言われても、物足りなかったのでしょ?」
ルイは考えた。確かにそうだ。なんだか、もひとつピンとこなかったのだ。
ベルビューでは、もっといい雰囲気になったような気がする。あの時を取り戻したい。
学園に戻ったら、仲のいい友達みたいになってしまった。
それじゃダメだ。親しくなって、いろんなことを分け隔てなく話ができるのは楽しいが、ルイが今欲しいのはそんな友情じゃない。
「どうして、わかってくれないんだろう」
「それで、釣書を見せようとか……」
ルイ殿下がジト目になった。なんで、自分が釣書なんて意味のないものをフロレンスに見せたがったのか。
ちょっとでも嫉妬して欲しかったわけで。ほかの女にとられるのが嫌だと。
「エドワード、お前は割と嫌な奴だな」
「炯眼《けいがん》と言っていただけるとよいかと」
「ますます、嫌いになったよ」
「何をおっしゃっているのですか。問題点がはっきりしたではありませんか」
そうなのだろうか?
「何が問題なの?」
「だから、フィリップ様にお願いしたのですよ。友情じゃなくて、恋愛感情と異性への緊張。知らない大人の異性に対する緊張が必要でしょ?」
「いや、要らないから!」
ルイ一人だけでたくさんである。なんでほかの男の手を借りなきゃいけないんだ。
ルイが叫んだ途端、重々しい樫の木作りの両開きの扉が、ギギギと言う不気味な音を立てて開いた。ルイはビクッととして、後ろを振り返った。
「若様、お菓子をお持ちしました」
ティーワゴンを押した女中が現れて、恐ろしく大きなケーキとスコーン、サンドイッチを持ちこんだ。
「どうして、ここでお茶になった? 食べるなら食堂で夕食を……」
「お茶のお時間でございますので……」
女中の後ろから付いてきた老執事がゼイゼイ言いながら答えた。そして、有無を言わさず震える手で茶菓子を丁重に並べると出ていった。
ドアが閉まるのを確かめるとルイが言いだした。
「大人の異性って、ものすごく危険じゃないか! 何してんだ!」
「雰囲気危険なだけです。絶対に安心だって言ったでしょ?」
「安全て、フィリップは男が好きなのか?」
エドワードはチラリとルイ殿下を見た。
「殿下、殿下はフィリップ殿を覚えていないのですか?」
「フィッツジェラルド家の長男がフィリップという名前だと言うことは知っているが?」
「では、メイフィールド子爵家のご令嬢のことは?」
ルイ殿下は少しだけ顔をしかめた。
「知っている。もちろん、知っている」
「その方の婚約者だった青年です」
エドワードが静かに言い、ルイ殿下は目を見張った。
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