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第20話 エドワード・ハーヴェストの恋物語

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全くおかしな話だった。
こんなに陽気で、ケーキの焼けるバターのいい匂いと、上等の紅茶の素晴らしい香り、それにとても楽しそうに軽い話題を楽しんでいるに違いない紳士淑女の間に挟まれて、一見、恋人同士のような私たちの間の空気は、シンと冷たく張り詰めていた。

「あなたはわたしにダンスのパートナーを止めてもらいたいのでしょう」

「学生でないなら、誤解を呼ぶ恐れがあります」

私はジュディスに教えられた通り答えた。

それは一理ある理由だった。

本当はエクスター殿下に申し込まれたので、ハーヴェスト様を廃棄して乗り換えたいのが、真実に近い。

ただ、本気で殿下のパートナーになりたいのかと言われると、正直、それは微妙だったけれど。
私自身の希望と言うより、ジュディスやアリスの希望が入っているような気もする。

私は、本当は、ジュディスやアリスの手前、絶対言えないけど、ダンスパーティなんか出なくたっていいのだ。だからパートナーだって要らないと思うんだけど、やっぱり年頃の令嬢としては必需品なのだろう。

「おっしゃる通り、私は学生ではありません。学生を名乗るには少々年を取りすぎていて、バレたわけですね」

彼は苦笑した。

「でも、私はあなたのパートナーはやめませんよ」

私は目を見張った。

一体、いい大人が学生のダンスパーティなんかに出て、なんの利益があると言うのだ?

「なぜですか?」

「これから理由が来ます」

「え?」

彼はそう言うと、ハドソン夫人の工房に近づいてきた豪華な馬車を、身振りで指し示した。

ハドソン夫人のドレスメーカーは隣なので、乗り降りする人たちが誰なのか顔がわかる程だった。

「あれは……フィッツジェラルド侯爵令嬢……」

馬車からは二人の令嬢が降り立ち、その後ろから付き添いの侍女が続いた。

「アンドレア嬢だわ!」

ハーヴェスト様は、その光景を見てうっすらと微笑んだ。それは、私に向けていたにこやかな作り笑いとは全然違っていた。

「違います。姉上のベアトリス様の方です」

私はハーヴェスト様の顔を見た。彼の目はハドソン夫人の店へ入ろうとしているベアトリス嬢を追っていた。

「あなたも私も、目くらましのためのダンスパートナーに選ばれたのですよ」

「は?」

どういうこと?

「私は、あなた方がどこかで調べた通り、エドワード・マーク・ハーヴェスト。22歳です」

彼はベアトリス嬢から目を離すと、物憂そうに説明し出した。運ばれてきた栗のタルトを機械的に切っている。

「私は地方の貧乏男爵家の次男です。領地なんてあってないようなものです。勉強ができたので、伯父が惜しがって学園に行くだけのお金を出してくれました。学費は将来返すと言う条件で」

「………」

「私は、学園でベアトリス嬢と知り合いになる栄を得ました。彼女も私に好意を示してくれた」

華やかな侯爵家令嬢と、貧乏貴族の息子。
学園でなければ出会うはずもない。

一言で済ませているけれど、その間にはいろいろなことがあったのだろうな。語り尽くせないほどの。そして、私のまだ知らないいろんな思いも。


エドワード・バーヴェスト様は、ティーカップに目を落として、スプーンでカップの中をかき回していた。

「彼女と最初の年は踊ることを許されたけれど、侯爵家の令嬢と踊ることなど本来ならあり得ません。私が彼女にふさわしくなるにはどうしたらいいか。もう、頑張るしかありませんでした。幸い、勉強だけなら誰にも負けません。最優等で卒業して、エリート街道の文官の道を選びました。彼女の卒業までに、優秀で将来有望だと言われるようにならなければ。彼女も待っていると言ってくれました」

そこで、彼は、負け犬のような情けなさそうな顔で私の顔を見た。

「あと、もう一歩だったのです。私は財務卿の副官の一人に任命されることに内々で決まりました。私の年齢を考えたら、大変な出世です。任官は今度のダンスパーティのあとになります。任官されたら、これを手土産に、フィッツジェラルド家に申し込みに行こうと考えていました。だが、どこで聞きつけたのか、ダリッジ男爵家から婿にならないかと言う話が来てしまったのです」

「ダリッジ家?」

聞き覚えがあった。最近、貿易で国家に大変な寄与があったとして、商家から叙爵された家だ。

「私の家は貧乏だけれど、ローリントン家に連なる家系で家柄的には決して悪いわけではない。ダリッジ家にはマーガレット嬢と言う一人娘がいて、その方と結婚してはどうかと打診されました。でも、私はベアトリス嬢と結婚したいのです」

「それで……私は目くらましですか?」
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