上 下
8 / 80

第8話 アリス参上

しおりを挟む
ハーヴェスト様と一緒にカフェに行くことが決まってしまった。

一大事である。

制服で行くわけには行かない。


私は顔色青ざめて、大量に母が送って来たドレスをかき回した。

クローゼットにきちんとしまい込み、しまい込み過ぎて、そのあとは忘れていた。

あと、もうひとつ問題があった。一人で着られるドレスは、制服くらいなものだ。家にいる時は、髪もアリスに結ってもらっていた。

「なるほど。どおりで私、制服ばかり着ていたのね……」

制服は一人で着られるし、髪型も凝らなくていい。何をいまさら感心している。

母に頼んでアリスを寮に寄こしてくれるよう手配した。実家が王都にあって本当に良かった。


アリスはすぐに飛んできてくれた。ただし、叱られた。

「お嬢様。学園ではきちんと着飾ってと申しましたよね?」

袖を通したあとのないドレスを見たアリスがだんだん怒気を帯びた声に変わっていく。

「ジュディス様が手配してくださらなかったら、誰もダンスパートナーに名乗り出てくださる方もいなかったそうで?」

アリスがこっちを向いているが、顔を合わせない方がいい気がする。

と言うか、呼ばなければよかった。切羽詰まって、うっかり助けを求めてしまった。ダンスパーティの出席とは、そこまで重要度が高いのか?

「これからは、わたくしがおそばに仕えさせていただきます」

「いや」

私はようやく口を開いた。

「大丈夫だから」

「大丈夫なわけがないでしょう!」

アリスがついに語気を荒げた。

「わたくしにお呼びが来ないなんて、おかしいと思っていたのですよ! お一人で着られるドレスはそうありません。それなのに、何の音沙汰もない。確かに、寄宿舎付きの使用人に頼めばドレスの着付けくらいしてもらえます。アンがいないとき、お姉様はそうしてらしたそうですから」

アンと言うのは姉の専属侍女だ。制服ご愛用の理由に、私も、今、やっと気が付いたところなんです。

「でも、面倒だからとアンは呼び寄せられて、お姉様の寮のお部屋住みになってました。わたくしもてっきりそうなると思っていましたのに、フロレンス様からちっとも連絡が来ない」

アリスはそう言いながら、せっせとクローゼットの中を確認していた。

「さ、お嬢様、明日からはこのアリスがお支度を手伝います。この寮に入ってまいります時に、ほかのご令嬢方のご様子は見てまいりました。大体の感じはわかります」

アリスはにっこりした。もしかしてアリスには歯が28本ではなくて36本くらい生えているんじゃないだろうか。真っ白な歯並びがキラリと輝いている。

「すぐにお嬢様の評価を変えて見せますわ。学園一番の美しいご令嬢と言わせて見せます! お姉様よりも!」

アンと何かあったのだろうか。その姉に対する対抗意識、おかしくないか?



翌朝、いつもより二時間も早くたたき起こされた私は、鏡の前で立たされた。

「さあ、本日はこちらのドレスをお召しになってくださいませ」

「……制服で……」

「何かおっしゃいましたか?」

「……いえ。何も」


薄いグリーンのドレスを着せられ、首の根元で縛って三つ編みにしていた髪は顔周りだけ結って後は垂らした。

「天然の巻き毛をなんてもったいない。三つ編みにしっぱなしだったから、変な癖が付いているではないですか」

アリスが怒っている。

「制服は洗濯に出します!」

処分する気じゃないだろうか。不安だ。

「さあ、何をしているんですか? 朝食でしょう? さっさと遅刻しないように食堂に行ってらっしゃい!」

こんな普段と全く違う格好にされたら、きっと誰だかわからないに違いない。すごく目立つ気がする。

「あ、アリス。申し訳ないけど、もしよかったら一緒に朝ご飯にしない? ほら、せっかく来てくれて、私もうれしいし……」

アリスはチラっと目じりを下げた。喜んでいる。私もアリスを見て嬉しかったからニコっと笑った。

だが、アリスはハっと気が付いたようだった。

「だまされませんよ! お嬢様。その格好が嫌なんでしょう! 早く外に出てらっしゃい。私が朝ご飯を取りに外に出ている間に、服を着替える気なんでしょう!」

「そんなつもりないわ! ええと、こんなにきれいに着つけてもらったのにもったいない。ただ、ちょっと、目立つのは出来るだけ後の方がいいかなって……」

後ろ半分は、口の中で言ったのだが、そしてそれは偽らざる本心だったのだが、アリスは聞こえても聞こえなくても、何事かを察知したらしかった。

彼女はドアをサッと開けると怒鳴った。

「さあ、フロレンス様、授業に遅れますよ?!」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...