上 下
1 / 80

第1話 引きこもりの何が悪い

しおりを挟む
十五歳で学園に入学と言うのは、決まっていたことだった。兄も姉も十五歳で入学して幸いを得た。つまり、兄は文官として王宮に出入りを許され、姉はよい結婚相手を見つけて幸せな結婚をした。

貴族の令嬢の至上命題は、当然良縁。骨の髄まで沁みついている。

ちゃんと理解している。にもかかわらず、私のことは誰も信用してくれなかった。

どこかの顔だけ取り柄の貧乏貴族の三男坊にのぼせ上って、駆け落ちをする心配ではなく、のんべんだらりと過ごしてうっかり婚期を逃すことを、親兄姉を始めとした知っている限りの親戚や知人友人の類、自邸の使用人たちまでが心配していた。

と言うか疑われていた。

「まじめに着飾って、適度に目立って! 愛らしく可憐に! お嬢様は顔だけはお美しいのですから仏頂面をおやめになれば、きっと運命のお相手にめぐり会えますとも!」

侍女のアリスに言われて、私は黙り込むしかなかった……。なんだろう、この違和感があるようなないような、正直なのか的確なのか、失礼なのか同情的なのか、よくわからない励ましは。そのついでに圧力をかけるのはやめて欲しい。

「お嬢様はウッドハウス家の縞瑪瑙《しまめのう》ですから!」

私の灰色の目は不思議な瑪瑙みたいな目だ。父も同じ目だが、父の目は色が濃いので目立たない。アリスは褒めているつもりなんだろう。


制服は灰色の質素な形のドレスで唯一赤いリボンが飾りに付いていた。かわいらしくて私は気に入ったのだが、姉に言わせるとそんなドレスを着ているのは、貧しいけれど優秀なので入学を認められた一部の平民の生徒だけらしかった。

「もちろん、華美なドレスは禁止されているけど、そんな校則、あってないようなものよ!」

とびきりきれいで社交的な姉は言い切った。

うらやましい。

その美貌がうらやましいのではない。社交界を乗り切るそのリア充神経(日本語訳)がうらやましい。
夜会に出かけるのが面倒でなくて、茶会を催すだけの意欲があって、徹夜で恋バナできる飽くことなき他人に対する興味がある……そのやる気すべてがうらやましい。

その時間全てを読書に費やしてしまう私は、ご令嬢失格だった。

だが、母はバッチリやる気だった。姉は母に似たのだ。

「ドレスは好きなだけ仕立てるわよ。ほかの令嬢たちが着飾っているのに、フロレンスだけが灰色の制服ではかわいそうですわ。きっと夜会やお茶会にひっきりなしに呼ばれると思いますわ。だって、こんなに美人なのですもの!」

私は横目でバレないように母の顔をうかがった。ご期待に添えるとよいのですが……それとも、母の新手の圧力なのだろうか。



入学してしばらくは、自己紹介に忙しかった。

「フロレンス・ウッドハウス、ウッドハウス家の末娘ですの」

私の兄と姉も、ここに在籍していたし、兄は今も王都で文官として王に仕えている。
ウッドハウス家は、貴族なら知らない者はいないだろうから、この紹介は一番手っ取り早くて楽ちんなはずだった。


「あら」

ところが相手は不愉快そうに答えた。

「ずいぶん、偉そうな自己紹介よね。まるで、ウッドハウス家を知らない者はいないと言わんばかり」

私はあわてた。

「兄も姉も、つい最近まで、ここに在籍しておりましたの。ですから、ご存知の方もおられるかと思いまして」

「知っていて当たり前、みたいな紹介はどうかと思っただけです」

相手は顎をあげて、ツンとした様子をした。そして、そのまま行ってしまった。

「申し訳ございません」

私はうなだれて小さな声であやまった。

この令嬢は誰なんだろう。
相当高位の令嬢なのだろうか。失敗したのかも知れない。でも、みんな判で押したように、同じ自己紹介をしている。私だけではない。


私は、こっそりジュディス・ストラスベリーを探した。

父同士が従兄弟で昔から家ぐるみで親しく、私の家は王都にあるので、ジェインは昨年の入学以来よく我が家に遊びに来ていた。

現在のところ、学園内で唯一の知り合い、と言うか友達である。

「あの人は、マデリーン・フェアマス嬢と言うの。男爵家の養女だそうよ」

ちょっとばかり眉をしかめて彼女は言った。

「男爵家の養女……?」

その前は何をしていたのだろう? まさか平民? 彼女には貴族らしいところがなかった。

「最近の話よ。だから、ウッドハウス家が伯爵家だってこと、知らないかもしれないわ」

そう言うとジュディスは私の灰色の制服を眺めた。

「あのご令嬢、あなたのことを平民だと勘違いしたのかも知れないわよ? あなたが制服ばかり着ているから」

私は困った。だって、制服は着脱が楽なのだ。

「もうそろそろ、制服を止めてドレスに替えたら? 確かに、入学早々派手なドレスを着て歩いたら、上級生の反感を買うと思うけど」

「確かにそのとおりね。ドレスね。考えてみないとね」

口ごもりながら私は答えた。

今のところ、灰色の制服組とドレス組の割合はまだ半々くらいだった。
だが、この調子だと灰色の制服のままの方が目立ってしまうかも知れない。

でも、私がドレスを着ると、がぜん爛々たる美人になってしまう。恐ろしく気が強そうで、あたりを払うばかりの威厳に満ちた令嬢、悪役令嬢以外の何者でもないような感じの。

「それにしても、本当は、自分は男爵家だと言うのに、真偽も明らかでないご落胤説を鼻にかけて振舞うとはね」

ジュディスは憎々しげに付け加えた。


入学してすぐにジュディスは、大勢が集まっている食堂で、嫁入り先としての優良物件を残らず教えてくれた。

「まず、エクスター公爵嫡子のルイ、すごくキレイな顔で優しそう。本当に王子様よね」

肝心のその彼は、大勢の取り巻き中に囲まれていて、まるで見えなかった。

「その隣のテーブルの真ん中がジャヴォーネン伯爵家のサミュエル・ブライトン、今年入学よ、ちょっとまだ子どもっぽいわね」

くるくるの茶色い巻き毛が見えた。

「騎士団長でもあるクラレンドン子爵の次男ダニエル・ハーバート、体格のいい武芸に優れた貴公子だけど、ちょっと成績が……」

顔は見えないが、背の高い人だな。

「向こうの柱の陰にいるむちゃくちゃイケてるのが、モートン男爵の嫡男のコリン。すてきでしょ?」

ジュディスの声の調子が熱を帯び、私もその視線の先を追った。
コリンは確かに整った顔立ちのすらりとした若者で、二人の女性がうつむき加減にチラチラとコリンの顔を見ながら話しかけていた。二人とも制服なんか着ていない。

「アナとジョゼフィンよ」

多分、コリンに話しかけている二人の名前だろう。

「少し離れてちゃんと距離を置いてるでしょ? ああでなきゃね。あなたも話しかける時はあんな感じにやるといいわ」

どんな感じ? その時、私はめちゃくちゃ混乱した。どうやったらいいのだ。

その後もジュディスは、出会うたびに、そこら辺にいる将来有望な男子生徒を詳細に教えてくれたが、なかなか覚えられなかった。

「それにしてもマデリーン嬢とはねえ。今噂の旬な人に声をかけられたわけね。きっとあなたの顔が気に入らなかったんだわ、彼女」

ジュディスは言った。

ちょっと私は暗くなった。

とても人目を引く派手な顔立ちなのだ。威風堂々というか、傲然たる美貌だった。
本来ならプラスポイントのはずだった。ここまで本人の性格と真逆でなければ。

「その顔で灰色の制服を着ていたら、偉そうな平民にしか見えなかったんだと思うわ。本当は態度の小さい大貴族の娘なのにねえ」

本当の性格は地味で非社交的、引きこもりなのだ。



私は、本が好き。

姉は社交的で、自邸でもパーティーやお茶会をせっせと開いていたが、私は、図書室に引きこもっていた。そしてこの学園には、大きな図書館があるのだ。


いいではないか。

本の中の世界に悩みはなかった。

極彩色のきらびやかな世界で、主人公と一緒に華々しい冒険に出るのだ。

あるいは昔の歴史書に目を通す。第3代城主アンセルム・マーシャルは隣国に攻め入り勝利し、城主の若く美しい未亡人モードを勝ち得た。

……何をしに行った、アンセルム・マーシャル? 領地とか財産ねらいじゃなかったの?


パタンと本を閉じると、途端に、もう夕暮れの闇が広がりつつある現実が迫っていたけれど。

入学後、すぐに私は図書館へ行くのを日課にし始めていた。

「いけない。夕食に食堂に行かなくちゃ」

食堂の入り口は、人で混んでいた。誰かを何人もの生徒たちが囲んで、しきりになにかしゃべっている。

私は用心深く目立たないようにその脇をすり抜け、やはり目立たない隅のテーブルに席をとって食事を頼んだ。遅すぎたのか、もう大半の生徒は食べ終えて食堂は空き始めていた。


「ウッドハウス嬢?」

急に話しかけられて、私は驚いて顔を上げた。

見たことのない、整ったきれいな顔立ちの上級生が目の前にいた。キラキラのストレートの金色の髪、すっとした鼻と顎のライン。そして碧い目と微笑んでいる薄めの唇。

「え、はい」

「失礼。私はルイ・エクスターと言います」

エクスター公爵の嫡子のルイその人だ!

この時ばかりは、私はジュディスに感謝した。教えてくれてありがとう! そして覚えていた自分、えらい!

「失礼いたしました」

私はあわてて立ち上がった。

公子ともあろう人の前で座ったままと言うのは不敬だ。

彼はニコリと笑うと私を押しとどめた。

「学園内は平等ですよ。隣にかけてもよろしいでしょうか?」

エクスター家の御曹司に向かって否はない。

「……どうぞ」

周りからの視線が痛い。

公子はまたニコと笑った。私は思い切り緊張した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄は2回までー元婚約者と親友がいちゃつくなか、私はさらにハイスペックな男性に溺愛される。

青空一夏
恋愛
私、ポージ・スライス侯爵令嬢はサイラス・ガーデン侯爵子息と幼なじみで婚約者だった。 彼は私に唯一無二の存在だといって溺愛してくれた。 ところが、私は貴族が通う学園の入学試験で魔法ができることが判明してしまう。 上級魔法使いになったころ、私は王命で無理矢理、セオドア第一王子の婚約者にされてしまう。 サイラスとの婚約破棄はあっけなくてそれ以降、話をすることもない。 一方、幼い頃から親友と思っていたアイラ男爵令嬢もサイラスとの婚約破棄以降、冷たくなりサイラスといちゃつくようになった。 最愛の恋人と信頼していた親友が学園でベタベタしているのを見て私は気分が悪くなり気絶してしまう。 私を医務室に運んでくれたのは、美しいという表現さえ拒むほどの完璧に整った顔のディラン・ドルー公爵嫡男だった。 ディラン様は同情からか、私にとても優しくしてくれる。 これは恋人と親友に裏切られて女性が新しい男性と恋を育みながら、心をいやしていくものがたり。 大どんでん返しあり?私に虐められていたふりをしていたアイラは悪女? 読めばわかる真実の愛。 婚約破棄をパーティで王子が言い渡すお約束イベントあり! ここで、すべてが明かされる! 失恋した女性、友人に裏切られた経験のある女性、婚約破棄イベントが好きな女性、ぜひお読みくださいませ。ちょっと気分がすっきりしますよ。(多分)

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

出来の悪い令嬢が婚約破棄を申し出たら、なぜか溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
 学術もダメ、ダンスも下手、何の取り柄もないリリィは、婚約相手の公爵子息のレオンに婚約破棄を申し出ることを決意する。  きっかけは、パーティーでの失態。  リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。  表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。  リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!

三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

処理中です...