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第61話 アレキア人の離任のあいさつ

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 それから月日は経ち、ラルフは王として立派に及第点を取っていた。

 エレノアはすっかりおとなしくなってしまって、ジョージの尻に敷かれている。

 不思議で仕方ない。

 甘えてワガママ専門だった妹が、年下の絵のようにきれいな婿に対しては、まるで人が変わったみたいに、まめまめしく仕えている。

 おまけに私を彼に会わせたくないらしい。
 絶対に夫には悪く思われたくないらしく、外面がすごくよくなった。私たちが住んでいた南翼を譲り受けて、幸せそうだ。人間変われば変わるものだ。



 その晩は、王家主催の公式舞踏会の日だった。

 私の出番は終わり、にこやかに座って居ればいいだけ。

 国王は様々な貴族から挨拶を受けていたが、私は正直疲れるので、公式の舞踏会の日は早めに退出することにしていた。
 だが、それを引き止めたのは、ベロス公爵位を継いだビンセントだった。

「王妃様にご挨拶申し上げたいと言う者がおります」

 私はびっくりして眉を上げた。
 ビンセントは、見たことのない人物を連れていた。

「アレキアの大使でございます」

 外務担当のビンセント、ベロス公爵は簡単に紹介した。

「ああ。それなら……」

 正式に申し込めば、アレキア国の公使ならいつでも王妃と面会できる。用事がそれなりにあればの話だが。

「別な場所と時間を取ればよろしいのではございません? 用件によっては大歓迎させていただきますわ」

 私は、愛想よくアレキア語で公使に向かって話した。

 アレキアが王太子を殺害したのはずいぶん以前の話。
 金鉱を狙った事件もまた昔。

 ラルフは王になってから、アレキアの太守と交渉を重ね、同時に勝手に上陸するアレキア人やアウサ族は問答無用で全員殺戮さつりくしていた。

 どういう訳か、この情け容赦ない仕打ちはアレキアの太守には好感を持って迎え入れられた。

 世の中には、わかりにくいことがあるものである。

 アレキアの太守にとって、このキッパリとした対応は、彼ら式の行動規範的には当然の行為だったらしく、残虐とは言われず、毅然たる対応と評価され、尊敬を勝ち得た。

 その結果、融和的な国交が結ばれ、物の貿易量、人の通行量とも増えた。

 慈悲担当の王妃としては、個人的にも、どうも釈然としない結果だったが、結果的に実りあるものとなった以上、文句は言えない。

 それ以来、正式に大使が赴任するようになっている。

「いいえ。今しか、もう時間がありませんので」

 アレキアの大使は私がアレキア語が堪能たんのうだとわかると、ほおゆるめて早口でしゃべり始めた。

 横ではビンセントが珍しく困惑した表情になっていた。
 ネイティブの早口は、彼にはよくわからなかったのだろう。

「あなたがオーガスタ様だったのですね?」

 そのアレキア人は私の顔をのぞき込むようにしながら聞いた。

「え?」

「本当にお美しい。しかもそれだけではない方だ。納得出来ましたよ……だって私は亡くなった王太子殿下から、あなた宛ての最後の手紙を預かっているのです」

 亡くなった王太子……とは、あのアレックス殿下のこと?

「マルケの最後の晩、騎士に見つからないように、殿下は砦の外に出ました」

 ずっと昔の暗殺された晩のことだろうか?

「手紙? 何の手紙?」

「あなたへの手紙です。王都に手紙を出しても王妃様が取り上げてしまう。届けてくれる人が見つかったからと託すのだと一人で砦を出て行った」

 私は呆然とした。思わず聞いてしまった。

「あなたは止めなかったのですか?」

「なぜ? 私はアレキア人なんですよ? 敵国の王太子が死にに行くのを止めたりしませんよ。第一、私はその場にいませんでした。全部聞いた話です」

 手が震えた。

 ビンセントと回りの侍女たちは、一歩下がって遠巻きにしていた。それに彼女たちは、アレキア語が分からない。何の話か、分かるのは私一人だ。

「なぜ、そんな話を知ってらっしゃるの……?」

「私は殿下を手にかけたアレキア兵から手紙を預かったのです。死者の最後の願いは神聖です。かなえない限り死霊にたたられるとアレキア人は信じている。殿下を殺したアレキアの兵士は手紙を持っているわけにはいきませんでした。死霊を呼び寄せてしまいますからね。だから、最後に私が預かりました。私は殿下を殺したわけじゃないから、祟られません」

「どうして殿下は一人で砦から出たのでしょう?」

 私はつぶやくように聞いた。当時、マルケにいなかった、このアレキア人が知っているはずがなかったが。 

「殿下をおびき寄せる方法が一つだけありました。恋焦がれる女性の頼みです。あなたが手紙をせがんだそうですね。殿下は、危険はわかっていたのでしょうけど、あなたの願いをかなえたかった。あなたから愛の言葉を聞きたかった」

 吐き気がした。

「どうして、そんなことを知っているんです……?」

 私は、殿下との最後の夜を思い出した。
 私は、誰が殿下の恋心を再燃させた噂をまき散らしたのか、知りたかっただけなのだ。

 殿下をあおろうだなんて思っていなかった。ましてや、殿下の命を危険にさらそうだなんて、これっぽっちも思っていなかった。

「あ、この話、面白くなかったですか? せっかく喜ばせようと思って話したのに?」

 私の顔色が悪かったのだろう、アレキア人は言った。

「よ、喜ばせようと?」

「そうですとも。男の独占欲は女の喜び。少なくとも我がアレキアでは、そう言われています。王太子殿下はあなたを愛していた。かわいそうなくらいの一途な愛でした。その上、あなたの夫もまた、あなたに狂ってあんなことを仕組んだのでしょう」

 私は話が意外過ぎて、アレキアの公使の顔を黙って見つめた。私の夫、現在の国王、ラルフはこの悲惨な話のどこに関係があるのだろう。

「だって、私はあなたの夫から、前の王太子殿下が夜は砦を出ていると言う話を聞いたのです。殿下が手紙を切望していることもね。何を言いたいのか、すぐわかりました。あなたの夫は王太子殿下を憎んでいたんでしょう。私は、急いでアレキアの太守に向けて早馬を飛ばしました。チャンスですからね」

 私は蒼白になっていたと思う。

「彼は親切でした。なにしろ、殿下には日時と場所を指定して知らせておくとまで言ってくれたのです。そして、殿下はあなたの夫は話のわかる男だと信じていた。バカですな」

 私は呆気に取られて、セリムの顔を見つめているだけだった。

「ことは成功したけれど、手紙が残ってしまった。死者の最後の望みの手紙が。それから、私は何年も待っていたんですよ。あなたにこの手紙を渡すチャンスをね」

 古びた手紙には、確かに殿下が使っていた封印が押されていた。間違いない。アレキア人は手紙を私に差し出した。

「これをどうしろと?」

 アレキア人は憐れむようなまなざしで私を見た。

「読んでやってください。殿下は友人だったんです。女に狂っていようと、信じていけないものを信じようと、悪い人間じゃなかった。国王としてはどうかと思いますがね。私は市庁舎のパーティで殿下と知り合いになりました。あのヒゲの立派なパロナ人の紳士と一緒にね」

 私は息をのんだ。だが、私の驚きを気に留めることもなく、アレキア人は続けた。

「死の直前の願いは神聖です。何があろうとかなえないとならない。手紙は、開けてなんかいませんよ? そんなことをしたら死霊に呪われます。私は明日離任します。今晩しかチャンスがなかったのです」


 私はビンセントの顔を見て、ルフラン語で聞いた。

「公使は明日離任するとおっしゃっていますが、本当でしょうか?」

「ええ。それで今夜、王妃様にご挨拶申し上げたいと」

 ビンセントは硬い表情を崩さないまま返事した。多分、雰囲気がおかしかったのだろう。

「そう言うことです。最後にお目にかかれて幸いでした、王妃様」

 公使はルフラン語で言うと、丁重にルフラン式に腰をかがめてあいさつした。
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