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第60話 戴冠式
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それから三か月後、国王は正式にラルフを後継者に指名した。
私は心底仰天したが、父もゲイリーもビンセントも、テオさえ当然と言った顔をしていることに力が抜ける思いだった。
「また、王太子妃……」
「今度は、候補じゃない」
ラルフがニコニコしながら言った。
「もう既成事実だから。王妃教育もバッチリすんでいる。僕は幸運だ」
私はラルフをにらんだ。
街でのショッピングも、気楽なカフェ巡りも全部できなくなるわ!
「なに、出来るよ」
ラルフは簡単そうに言った。
「人払いをすれば警備も簡単だ」
「違う、そうじゃない!」
私はわめいた。
「人がいるところがいいの! みんなが楽しそうにしているところへ行きたいの!」
「ダメだよ、そんな所に行ったら」
真面目な顔でラルフは注意した。
「世の中、馬鹿な男だっている。誰かがあなたに見惚れたり付きまとったりするかもしれない。そうなったら殺すしかないだろう?」
殺す? 私は一瞬黙ったが、叫んだ。
「その冗談は笑えないわ! 物騒過ぎるわ!」
ベロス公爵は完全に力を失い、役職も取り上げられ、隠居生活に入ることとなった。家を出たはずのビンセントが爵位を継いだ。
そしてさらにその半年後、国王夫妻は突然、王位を新王太子に譲ると宣言した。
「疲れたのよ、もう」
王妃様はシャーロットにそう言ったそうだ。
だが、私は知っている。
なぜ、王妃様がそんなに疲れたのかという理由をだ。
やれば出来る新王太子だったが、実子ではないので、非常に遠慮がちだった。
なんでも、国王夫妻をそれとなく立てた。
従って、国王の仕事は減らなかった。
いや、減らなくて当然なのだが、多少カバーしてあげてもよかったのではないかと思う。国王ではなく、王妃様を。
そもそも国王陛下は、仕事をしない。
正確には出来ないのだ。
ヘマをするのがうまい。とてもうまい。どうしてここで、そんな要らない発言をわざわざするのかなと思うところで、見事にクリーンヒットする。
樽のように太った奥方に嫌気が差して浮気をしているという噂が流れた時、噂の当の主人公、アーディントン卿に向かって、王が奥方の腰回りサイズを訪ねた時は、正直、思考回路を疑った。ではない、思考回路が透けて見えた。後ろに夫人が立っていることに気がついた時は、身が震えた。ここからは王妃様の出番だ。
全てが王妃様に回ってくる。年を取って、希望を失い、しんどいだけの王妃様のところへ。
ラルフは、わかっていたに違いない。
だが、彼は、他の貴族から非難されないように、そこは細心だった。厚かましいと非難されるような行動は決してとらなかった。
そして、国王夫妻への遠慮を隠れ蓑に、王妃様の負担を決して減らそうとはしなかった。
王位を完全に継承すれば、彼の天下になる。
「あなたは良い王様になると思うわ」
ラルフは、この腹黒い男は、私を見た。
「ぴったりだわ」
計算高いところと言い、腹黒いところと言い。
「でも、僕は、いつかも言ったと思うけれど、最初の第一歩は王太子殿下からあなたを取り返すことだったんだ」
彼は言った。
「あの時、エレノアに言った一言、王太子殿下に言った一言が成功して、そうしたら芋づる式にこうならざるを得なかったんだ」
私は困惑した。
「王位を狙ってたんだと信じてたわ」
ラルフの方が呆れたという顔をした。
「なんで、そんなめんどくさいもの、欲しがるんだよ? ベロス公爵ではあるまいし」
「だって……」
「いや、やりますよ? 出来るからね。どの歴代王より自信があるよ。別に人を殺してまでやりたかないが、王妃様とベロス公爵に殺されるところだったからね」
戴冠式は豪華で立派だった。
結婚式も適当で済ませ、白い結婚から始まり、王太子殿下の殺害事件に巻き込まれ、本当にいろいろあった挙句の、私たちにとっては初めての大規模な公式の式だった。
結婚式には参加出来なかったラルフの五人の姉たちも、それぞれの夫や家族と主に参加していたし、元国王と元王妃も参加していた。
エレノアはコーブルグ家の長男と一緒に参加した。
彼女は三つ年下の彼と婚約に持ち込まれたのだ。
コーブルグ家の長男はリッチモンド家に入り婿することに決まっている。
エレノアは最初嫌がったが、ビックリするほど美しい貴公子を見ると気が変わったらしい。浮気されたらどうしようと心配している。
「妥当な心配だな。だが、大丈夫だと思うよ?」
ラルフは言った。
「ジョージはそんなマヌケではない」
どういう意味よ?
「僕はあなたを手に入れた。王位はオマケで付いてきた。王位を捨てるとあなたを失う」
「失う?」
「本当に困った。どうしても、どんなふうに手を尽くしても、不安定要素が残った。自分が王にならない限り。どうしてあなたは手の出ないような高位貴族に愛されるの?」
「……私は、社交界でモテたかったのよ? でも、全然モテなかったわ。王太子殿下と婚約破棄の直後にはあなたと結婚……」
「だって、十三歳のあなたとでも結婚しておきたかったのだもの。手放すはずがないだろう。そして、僕の取り柄といえば血筋だけだった」
それ以上話をすることはできなかった。
戴冠式が終わると、教会から王城までパレードをしなくちゃいけなかったからだ。
「神も嘉したもう」
白い髭の威厳ある聖職者が、天を仰ぎながら国の未来を祝して言った。
確かに、滅多にないほどの晴天だった。
周りは久しぶりの祝賀行事に沸き立つたくさんの人々で溢れていて、喜んで祝う歓声で私たちの話などかき消された。
ラルフのことは、みんなが知っていた。
王太子殿下のために作られたサラッとお手柄作成ミッションを自分のものにしたラルフは、戦勝将軍として大人気だった。
それはもう、王太子殿下とは比べものにならないくらい。
彼らは噂を聞いて知っていた。
新国王の結婚は、不実な婚約破棄の後、長年心に秘めていた愛を告白し、その恋を実らせたものだったと。
「うーん。どれもこれも、誤解ばかりみたいな?」
全部、自作自演っぽい。
だが、聞こえだけは、すばらしくロマンチックな恋物語だった。
戦いに勝って、最後に王位につくあたり、理想的な、清廉潔白で情熱的な騎士物語でもある。
沿道に駆けつけた民衆が大盛り上がりなのは、この話のせいだ。
必死に手を振り、大声で叫んでいる。
騎馬の護衛騎士達が、道へはみ出さないよう、しょっちゅう注意していた。
王宮には、すでに大勢の貴族たちが待ち構えているはずだった。これから三日三晩祝賀の宴会が続くのだ。
「王と王妃は国民の模範なんだ」
ラルフは、パレード用の無蓋馬車の中で、でっかい嵩張る戴冠式用のドレスごと私を抱きしめて言った。
歓声が余計大きくなった。
「いつも仲良く愛し合っていないとダメなんだ」
ラルフが私に公開キスすると、歓声はヤジに変わって、笑い声が混ざり、さらに大きくなった。
私は心底仰天したが、父もゲイリーもビンセントも、テオさえ当然と言った顔をしていることに力が抜ける思いだった。
「また、王太子妃……」
「今度は、候補じゃない」
ラルフがニコニコしながら言った。
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私はラルフをにらんだ。
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「なに、出来るよ」
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「人払いをすれば警備も簡単だ」
「違う、そうじゃない!」
私はわめいた。
「人がいるところがいいの! みんなが楽しそうにしているところへ行きたいの!」
「ダメだよ、そんな所に行ったら」
真面目な顔でラルフは注意した。
「世の中、馬鹿な男だっている。誰かがあなたに見惚れたり付きまとったりするかもしれない。そうなったら殺すしかないだろう?」
殺す? 私は一瞬黙ったが、叫んだ。
「その冗談は笑えないわ! 物騒過ぎるわ!」
ベロス公爵は完全に力を失い、役職も取り上げられ、隠居生活に入ることとなった。家を出たはずのビンセントが爵位を継いだ。
そしてさらにその半年後、国王夫妻は突然、王位を新王太子に譲ると宣言した。
「疲れたのよ、もう」
王妃様はシャーロットにそう言ったそうだ。
だが、私は知っている。
なぜ、王妃様がそんなに疲れたのかという理由をだ。
やれば出来る新王太子だったが、実子ではないので、非常に遠慮がちだった。
なんでも、国王夫妻をそれとなく立てた。
従って、国王の仕事は減らなかった。
いや、減らなくて当然なのだが、多少カバーしてあげてもよかったのではないかと思う。国王ではなく、王妃様を。
そもそも国王陛下は、仕事をしない。
正確には出来ないのだ。
ヘマをするのがうまい。とてもうまい。どうしてここで、そんな要らない発言をわざわざするのかなと思うところで、見事にクリーンヒットする。
樽のように太った奥方に嫌気が差して浮気をしているという噂が流れた時、噂の当の主人公、アーディントン卿に向かって、王が奥方の腰回りサイズを訪ねた時は、正直、思考回路を疑った。ではない、思考回路が透けて見えた。後ろに夫人が立っていることに気がついた時は、身が震えた。ここからは王妃様の出番だ。
全てが王妃様に回ってくる。年を取って、希望を失い、しんどいだけの王妃様のところへ。
ラルフは、わかっていたに違いない。
だが、彼は、他の貴族から非難されないように、そこは細心だった。厚かましいと非難されるような行動は決してとらなかった。
そして、国王夫妻への遠慮を隠れ蓑に、王妃様の負担を決して減らそうとはしなかった。
王位を完全に継承すれば、彼の天下になる。
「あなたは良い王様になると思うわ」
ラルフは、この腹黒い男は、私を見た。
「ぴったりだわ」
計算高いところと言い、腹黒いところと言い。
「でも、僕は、いつかも言ったと思うけれど、最初の第一歩は王太子殿下からあなたを取り返すことだったんだ」
彼は言った。
「あの時、エレノアに言った一言、王太子殿下に言った一言が成功して、そうしたら芋づる式にこうならざるを得なかったんだ」
私は困惑した。
「王位を狙ってたんだと信じてたわ」
ラルフの方が呆れたという顔をした。
「なんで、そんなめんどくさいもの、欲しがるんだよ? ベロス公爵ではあるまいし」
「だって……」
「いや、やりますよ? 出来るからね。どの歴代王より自信があるよ。別に人を殺してまでやりたかないが、王妃様とベロス公爵に殺されるところだったからね」
戴冠式は豪華で立派だった。
結婚式も適当で済ませ、白い結婚から始まり、王太子殿下の殺害事件に巻き込まれ、本当にいろいろあった挙句の、私たちにとっては初めての大規模な公式の式だった。
結婚式には参加出来なかったラルフの五人の姉たちも、それぞれの夫や家族と主に参加していたし、元国王と元王妃も参加していた。
エレノアはコーブルグ家の長男と一緒に参加した。
彼女は三つ年下の彼と婚約に持ち込まれたのだ。
コーブルグ家の長男はリッチモンド家に入り婿することに決まっている。
エレノアは最初嫌がったが、ビックリするほど美しい貴公子を見ると気が変わったらしい。浮気されたらどうしようと心配している。
「妥当な心配だな。だが、大丈夫だと思うよ?」
ラルフは言った。
「ジョージはそんなマヌケではない」
どういう意味よ?
「僕はあなたを手に入れた。王位はオマケで付いてきた。王位を捨てるとあなたを失う」
「失う?」
「本当に困った。どうしても、どんなふうに手を尽くしても、不安定要素が残った。自分が王にならない限り。どうしてあなたは手の出ないような高位貴族に愛されるの?」
「……私は、社交界でモテたかったのよ? でも、全然モテなかったわ。王太子殿下と婚約破棄の直後にはあなたと結婚……」
「だって、十三歳のあなたとでも結婚しておきたかったのだもの。手放すはずがないだろう。そして、僕の取り柄といえば血筋だけだった」
それ以上話をすることはできなかった。
戴冠式が終わると、教会から王城までパレードをしなくちゃいけなかったからだ。
「神も嘉したもう」
白い髭の威厳ある聖職者が、天を仰ぎながら国の未来を祝して言った。
確かに、滅多にないほどの晴天だった。
周りは久しぶりの祝賀行事に沸き立つたくさんの人々で溢れていて、喜んで祝う歓声で私たちの話などかき消された。
ラルフのことは、みんなが知っていた。
王太子殿下のために作られたサラッとお手柄作成ミッションを自分のものにしたラルフは、戦勝将軍として大人気だった。
それはもう、王太子殿下とは比べものにならないくらい。
彼らは噂を聞いて知っていた。
新国王の結婚は、不実な婚約破棄の後、長年心に秘めていた愛を告白し、その恋を実らせたものだったと。
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だが、聞こえだけは、すばらしくロマンチックな恋物語だった。
戦いに勝って、最後に王位につくあたり、理想的な、清廉潔白で情熱的な騎士物語でもある。
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王宮には、すでに大勢の貴族たちが待ち構えているはずだった。これから三日三晩祝賀の宴会が続くのだ。
「王と王妃は国民の模範なんだ」
ラルフは、パレード用の無蓋馬車の中で、でっかい嵩張る戴冠式用のドレスごと私を抱きしめて言った。
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