真実の愛を貫き通すと、意外と悲惨だったという話(相手が)~婚約破棄から始まる強引過ぎる白い結婚と、非常識すぎるネチ愛のいきさつ

buchi

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第57話 牢屋は入らないと出られない

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「お目にかかることをお許し下さりありがとうございます」

 深々と頭を下げ、目を上げて、一週間ぶりの王妃様の変わりぶりに私はびっくりした。

 目の周りにクマが出来ていて、顔色も悪い。

 げっそりとせてしまっている。ほおの肉のそげ方が痛々しい。

「あなたにはすまないことをしたわね」

 王妃様はそう言った。

「あんな……偽手紙を信じてしまって……」

 王妃様が謝るだなんて驚きだ。それも、こんなに素直に。

 王妃様が、結構、意地っ張りなことを私は知っている。自分の誤りを認めようとは決してしない。
 侍女たちや私は、腹は立つが、権力者にはありがちなことと見逃していた。
 そんなことでいちいち腹を立てていたら、王宮の侍女なんか務まらない。

「偽手紙……だったのですか?」

 王妃は頭を振った。

「ベロス公爵を問い詰めても、肝心のセリムを逃がしてしまっているのでわからないの一点張り。あの騒ぎは一体何だったのか」

 なるほど。

 ラルフが広めたかったのは、新しい王孫の血統への疑問と王家の悪評。
 仕組んだのはラルフだが、王妃様の手によって牢獄に入れられているのだから、ラルフが犯人だとは夢にも思わないだろう。
 そうなると、王妃様には、何のための騒ぎだったのか、わかるはずがない。

 ラルフの企みに、ものすごく納得した私だったが、今はそんなことはおくびにも出してはならない。

「あの時、わたくしは倒れてしまい、皆様方にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 私はしとやかに一礼した。

「その後のこと、一向存じませんが、本日は、王妃様にご迷惑をおかけした件をまずおび言申し上げたく、また、夫の助命をお願いに参りました」

 目に切なそうな色を浮かべて、私は王妃様を見つめた。

 普通、夫の命はものすごく大事なはずだ。それに、大事な夫は牢屋になんか入れておけないと妻は思うだろう。

「面会を申し出たのですが、お許しいただけず……」

 私はハンカチの縁で上品に目を抑えて見せた。

 出かける時も、ラルフは自宅で、のうのうとソファの上にのさばっていたが、今はあれを思い出してはならない。

「申し訳ないわ、オーガスタ。あなたの大事な夫を二度も私たちは奪ってしまってしまって……」

「え?」

 私は目を見張った。
 二度? どういう意味だろうか?

「本当にごめんなさい。実は私は、あの後、思い返してオールバンス男爵の死罪の撤回てっかいを命じたのです。ほらここ」

 王妃様は、私が来ると聞いて準備していたのか、ラルフの死罪を撤回せよと言う勅命ちょくめいを見せてくれた。

「あ、ありがとうございます……」

 私は差し出された紙をひったくって抱きしめた。話が早い。これでラルフは外出できる。

「でも、もう、遅かったの」

「え?」

 私は王妃様を見直した。

「遅かった?」

 私はきっとバカのように王妃様を見つめていただろう。

 王妃様は、本当に良心がとがめたらしかった。目を伏せて、私を見ようとしなかった。

「処刑は行われた後で……」

 私は目をまんまるにした。

「え?」

 いや、ラルフは、ご機嫌でソファと仲良しになってましたけど?

 私はうっかりつぶやいた。

「意味が分からない……」

 王妃様は私と目を合わそうとしなかった。

「オールバンス男爵ラルフは死にました」

「…………」

 そりゃ、どこのラルフの話?

「もう遅かったと、ベロス公爵から報告があったのです」

 なんだ、そりゃ。

「あんなことを言わなければよかった。取り返しがつかない。貴重な王家の血筋を……」

 王妃様は肩を震わせ、さめざめと泣き始めた。


 対応に困るわ。こんな不測の事態。

 よし。あの手だ。あの手しかない。今週二回目だけど。

 私は派手な音を立てて崩れ落ちた。

 派手な音を立てたのは、目測を誤って、椅子をつっ転ばしてしまったからだ。もっとも、おかげで王妃様が誰かを呼ぶ必要はなくなった。

 騎士だの侍女だのが、あわてて駆け付けてくれたからだ。

「王妃様! 何かございましたか?!」

 王妃様の静かな客間は、たちまち大勢の人が大騒ぎする場所に変わってしまった。

「オールバンス夫人! オールバンス夫人! お気を確かに!」

 そして、倒れると、自分は何をしなくても自動的に自宅に帰れる。

 今回もシャーロットがひどく心配して付き添ってくれていた。

「オーガスタ様、本当にお気の毒な……」

 彼女はマジ泣きしていた。

(ありがとう、シャーロット……)

 バレたら怒られないかな。ラルフはぴんぴんしているんだけど。




 南翼に帰ると、ラルフが含み笑いしながら待っていた。

「だましたわね?」

 私は気絶したふりを止めて、ガバリと起き上がると、ラルフに食って掛かった。
 ラルフのことだ。死刑が執行済みと知っていたに違いない。

「いや、正確には想像していただけだよ。牢番にあなたの名前で面会を申し込んだんだけど、断られたから、死んでることになってる可能性はあるなと……」

「自分で自分に面会したいと?」

「だって、妻が夫に面会を申し込まないのは、おかしいじゃないか」

 私は、はっとした。

「しまった! 申し込めばよかった」

 夫がずっと目の前にいたもので、面会を申し出ることを忘れてた。

「僕が十回くらい頼んであるから大丈夫。いろいろな伝手つてを頼って、お願いしている」

「え? 誰にどうやって?」

 ラルフの字で手紙が届いたら、誰だって驚くだろう。私は書いていないし。

「私が代筆しました」

 マリーナ夫人がちょっと得意そうに現れた。

「オーガスタ様は、心身ともに大変お弱りになっていらして、ペンも持てない状態ですと申し上げたら、皆さま大変良くしてくださって」

 むう。納得感が半端ない。

「で、肝心のモノはもらってきてくれたんだよね?」

「肝心のモノ?」

「いやだな。死罪撤回しざいてっかい勅命書ちょくめいしょだよ」

 私は思い出した。

「ああ、これ」

 倒れた時に下敷きになったので、しわになった勅命書を渡すとラルフはニヤリとした。

「王妃様は知らないんだな。ベロス公爵にだまされているんだろう。ベロス公爵はどうしても僕を亡き者にしたいらしいな」

「王妃様は貴重な王家の血筋を、と泣いてらしたわ」

「言わなければいいんですよ、死刑だなんて軽々しく」

 マリーナ夫人が憤慨ふんがいして意見を述べた。

「王妃様は、どんな様子だった?」

「とても体調が悪そうだったわ。それに謝ったことなんか一度もなかった王妃様が、何度も謝ってあんなことを言わなければよかったとおっしゃってらしたわ」

 ラルフの目がキラリと輝いた。

「よし、それじゃ、生き返ろうか、オーガスタ」

「ええ? どうやって?」

「牢屋から発掘されるんだ」

 ラルフはニコニコしていた。

「ゲイリーを呼べ。後はあなたの演技力だ。大根役者は今回だけは許されない。オーガスタ、がんばって!」

「え……意味、わかんないんだけど」

 私は口の中でもごもご言った。だって、私に何を期待しているの?


 そして、その晩、ゲイリーの全面的な協力のもと、ラルフは牢に潜り込むことに成功したのだった。
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