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第52話 告発
しおりを挟む 誰ともなく、王太子の死の原因はラルフだと、枯れ草に火をつけたように噂が広がっていた。
そして怒り狂った王妃が、副宰相のラルフを呼びつけたのだと。
王太子が生きている間、彼女は自分の息子に対して比較的冷静だった。
だが、大事な息子が死んだ後、彼女は少しおかしくなってしまったようだった。
「確かに最近の王妃様は調子を崩していらっしゃいます」
王妃付きの侍女、シャーロットがこっそりと公爵家を訪れ、ひそひそと言った。
「あんな告発を信じるだなんて」
シャーロットの実家は貧乏子爵家で、彼女は優秀な弟を騎士学校に行かせたかった。だが、学費で行き詰まったところを、私が聞きつけて、借金を代わりに払い、王妃様に侍女として推薦したのだ。
彼女は優秀で機転が利く。王妃様の侍女にぴったりだ。
その彼女が、王宮を抜け出て、こっそり私のところへ訪ねてきていた。
「なんでも王太子殿下は、砦の外は危険だとわかっているのに、どうしても手紙を出したいと砦の外へ出られ、そこを狙われたのだと」
私はよくわからない冷や汗をかいた。
「手紙を出したい?」
私は王太子殿下に会った最後の晩を思い出した。
殿下に手紙を書いて欲しいと頼んだのは、私だ。
まさか?
「普通に出せばいいじゃありませんか。どうして、砦の外に出なくちゃいけなかったんです?」
マリーナ夫人が情け容赦なく聞いた。
「殿下は、婚約者ではない、別の女性あての手紙を出したがっていたのです。だが、王妃様がお許しにならない。いつも握りつぶしておしまいになる。そこへ、アレキア人の商人が、手紙を直接運んでやると申し出て、殿下自らが手紙を渡すために砦を出て行ったそうです」
「一体どんな女性に出したかったのでしょう? 大したこともない、直ぐに帰れる遠征だと聞きましたわ。王都に戻ってから手紙を出すなり、会うなりすればいいのに」
マリーナ夫人はあざけったが、私は指先が冷たくなっていく感覚を覚えていた。
「ベロス公爵のもとに匿名の告発文が届いたのです。アレキア人の商人に、殿下を手紙の件でおびき出す方法を教えたのは、オールバンス男爵様だと」
「何ですって?」
マリーナ夫人が金切り声を上げ、シャーロットは必死になって言った。
「私もおかしいと思います。オールバンス男爵様に、殿下を殺す理由はない。当時、男爵様は王都にいましたし、アレキア人に伝手もない筈です。でも、男爵様の仕業だと、証人がいると言うのです。そして、告発文を王妃様のところに持っていったのはベロス公爵なのです。その証人を連れて」
「ベロス公爵が?」
ベロス公爵は、自分の娘が産んだ子どもを王位につけたい。
ラルフは邪魔者だ。
どんなことでもやりかねない。
「冤罪ですわ! 何をバカなことを!」
マリーナ夫人が叫んだ。まるで、シャーロットが企んだことのように、彼女を鬼の形相で見つめている。ソフィアは傍らで小さくなっていた。
その夜、海辺ではなく反対側の街道沿いへ少し行ったところの店で、殿下は何者かと会う予定だったのだと言う。
「小鹿亭とか言う、飲み屋と宿を兼ねたよくある店だそうです。以前から、たびたび行っておられたそうです」
殿下のやりそうなことだった。彼は護衛騎士を撒くのが得意で、それを自慢にしていた。
「その店は、警備兵が巡回している砦の横を通り抜けないと行けず、アレキア兵は通れないから、安心だと」
殿下を誘い出すなんて、あり得ない話だと思ったが、誘われ方をよく聞いてみると、殿下の性格をよく知る者の、意外に緻密な計画だったように思えてきた。
うかつさと、考えなし。自分の都合がいい方に解釈する甘さ。
「殿下はどうしても手紙を出したかった。大事な方と約束したからと。お一人でこっそり抜け出したそうです」
なぜだか、シャーロットが上目遣いに私の顔を見た。
嫌な予感がした。その特別な女性って……
「はい。オーガスタ様の名前を語っていたそうです」
あああ……どうして私の名前を出すの。王妃様に恨まれそうだわ。
「王妃様は、まさかそこまで殿下が狂っているとは知らなかったでしょう」
「いいえ。ご存知でしたわ」
シャーロットが意外なことを言いだした。
「殿下は、オーガスタ様宛の手紙を何通も出していらっしゃいました」
「一通も届いていないわ?」
「王妃様がお手元に留められたからですわ。婚約破棄をしたのは殿下なのだから、自分のしたことに責任を取れと」
私とマリーナ夫人は、うなずいた。
当たり前だ。
「オールバンス夫人に手紙は渡さない。他家の夫人に失礼だし、殿下の恥だと叱責されていました」
もっと、前から殿下を躾けておけばよかったのに。
「ですから、当然、オーガスタ様から返事なんか来るはずがありません。殿下は沈んでおられたそうです」
「戦地に行ったら、普通戦争のことを考えるものじゃないですか?」
マリーナ夫人が至極まっとうな意見を述べた。
「もちろん、王妃様は怒ってらっしゃいましたが、殿下が亡くなられてから、ひどく気弱になられました。今更ながら、殿下の手紙をオーガスタ様に届けようか悩んでいらっしゃいました」
それは……もらっても困る。どうしたらいいのか悩むと思う。
「ですが、手紙の山のせいで、殿下の気持ちはよくご存じでした。だから、オーガスタ様へ手紙を届ける方法があるとアレキア人の商人に誘われた時、乗ってしまったのだろうと」
「私たちには、殿下の気持ちはさっぱりわかりませんわ!」
マリーナ夫人は憤慨して言った。
シャーロットは顔を伏せた。
「でも、王妃様は男爵様が憎くなってしまわれたのだと思います。王太子様が、そんなにまで欲しがったものを男爵様は手に入れた。孫の王位を脅かす存在でもあるのです」
「それは、おかしいでしょう!」
マリーナ夫人は真っ青になっていた。まずい。彼女は私ほど、王妃様の気持ちはわからないだろう。だけど、まずい方に転がり出していることはわかるのだろう。
「証人がいるのです。アレキア人商人で名前はセリム。ベロス公爵が連れてきました。その証人がどんな人物で、何をしゃべるか見当もつきません。ベロス公爵から金をもらっているかもしれない。それに、今の王妃様は冷静ではない。心配なのです」
「それは嘘! 中傷ですわ! ラルフ様は何の関係もないではありませんか!」
マリーナ夫人は怒鳴っていたが、私は目の前が真っ暗になった。
セリム……ラルフは賢そうに見えて、抜けだらけなのではないか。
「いくら王妃様でも、そう無茶は出来ないと思います。ラルフ様は、アレキアを蹴散らした英雄でもあります。いわば王太子様の仇を取ってくれた人なのです。皆様、そのことはよくご存じのはず……」
私はついこの間見た、公爵家を歓呼の声で取り囲む、民衆の様子を思い出した。ラルフを讃えていた。
大きな潮流のようだった。あれを止めることは難しい。
シャーロットは王妃様に可愛がられている。王妃様の気持ちがよく分かるのだろう。
息子の死に関係することなら、彼女は無条件で信じるかもしれない。
「王妃様はお怒りです。悲しみと怒りで正しい判断が出来ないと思います。公開でラルフ様を裁くと仰せです」
「お父さまは御存じなのかしら?」
私はつぶやいた。もう、父に頼るしかなかった。
「そんな勝手な証言、信じるわけにはまいりません。どうして、ラルフ様が殿下のお命を狙うなどと言うことがあるのでしょう? なんの利益もないのですよ?」
マリーナ夫人が必死になって言っていた。
「そんなに長くマルケに滞在する予定ではなかったのですから、帰ってから会えばよかったでしょうに。なぜ、手紙のやり取りに、そんなにも拘ったのでしょう」
マリーナ夫人は再度言ったが、それは、私が余計なことを言ったからだ。手紙が欲しいと。私のあの一言が、殿下の命を縮めたと? 私は顔を手で覆った。私のせいなの?
「その公開の御前会議はいつ?」
マリーナ夫人の鋭い声が聞いた。
「明日でございます」
ラルフが王宮に連れ去られてから、三日が経とうとしていた。
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「なんでも王太子殿下は、砦の外は危険だとわかっているのに、どうしても手紙を出したいと砦の外へ出られ、そこを狙われたのだと」
私はよくわからない冷や汗をかいた。
「手紙を出したい?」
私は王太子殿下に会った最後の晩を思い出した。
殿下に手紙を書いて欲しいと頼んだのは、私だ。
まさか?
「普通に出せばいいじゃありませんか。どうして、砦の外に出なくちゃいけなかったんです?」
マリーナ夫人が情け容赦なく聞いた。
「殿下は、婚約者ではない、別の女性あての手紙を出したがっていたのです。だが、王妃様がお許しにならない。いつも握りつぶしておしまいになる。そこへ、アレキア人の商人が、手紙を直接運んでやると申し出て、殿下自らが手紙を渡すために砦を出て行ったそうです」
「一体どんな女性に出したかったのでしょう? 大したこともない、直ぐに帰れる遠征だと聞きましたわ。王都に戻ってから手紙を出すなり、会うなりすればいいのに」
マリーナ夫人はあざけったが、私は指先が冷たくなっていく感覚を覚えていた。
「ベロス公爵のもとに匿名の告発文が届いたのです。アレキア人の商人に、殿下を手紙の件でおびき出す方法を教えたのは、オールバンス男爵様だと」
「何ですって?」
マリーナ夫人が金切り声を上げ、シャーロットは必死になって言った。
「私もおかしいと思います。オールバンス男爵様に、殿下を殺す理由はない。当時、男爵様は王都にいましたし、アレキア人に伝手もない筈です。でも、男爵様の仕業だと、証人がいると言うのです。そして、告発文を王妃様のところに持っていったのはベロス公爵なのです。その証人を連れて」
「ベロス公爵が?」
ベロス公爵は、自分の娘が産んだ子どもを王位につけたい。
ラルフは邪魔者だ。
どんなことでもやりかねない。
「冤罪ですわ! 何をバカなことを!」
マリーナ夫人が叫んだ。まるで、シャーロットが企んだことのように、彼女を鬼の形相で見つめている。ソフィアは傍らで小さくなっていた。
その夜、海辺ではなく反対側の街道沿いへ少し行ったところの店で、殿下は何者かと会う予定だったのだと言う。
「小鹿亭とか言う、飲み屋と宿を兼ねたよくある店だそうです。以前から、たびたび行っておられたそうです」
殿下のやりそうなことだった。彼は護衛騎士を撒くのが得意で、それを自慢にしていた。
「その店は、警備兵が巡回している砦の横を通り抜けないと行けず、アレキア兵は通れないから、安心だと」
殿下を誘い出すなんて、あり得ない話だと思ったが、誘われ方をよく聞いてみると、殿下の性格をよく知る者の、意外に緻密な計画だったように思えてきた。
うかつさと、考えなし。自分の都合がいい方に解釈する甘さ。
「殿下はどうしても手紙を出したかった。大事な方と約束したからと。お一人でこっそり抜け出したそうです」
なぜだか、シャーロットが上目遣いに私の顔を見た。
嫌な予感がした。その特別な女性って……
「はい。オーガスタ様の名前を語っていたそうです」
あああ……どうして私の名前を出すの。王妃様に恨まれそうだわ。
「王妃様は、まさかそこまで殿下が狂っているとは知らなかったでしょう」
「いいえ。ご存知でしたわ」
シャーロットが意外なことを言いだした。
「殿下は、オーガスタ様宛の手紙を何通も出していらっしゃいました」
「一通も届いていないわ?」
「王妃様がお手元に留められたからですわ。婚約破棄をしたのは殿下なのだから、自分のしたことに責任を取れと」
私とマリーナ夫人は、うなずいた。
当たり前だ。
「オールバンス夫人に手紙は渡さない。他家の夫人に失礼だし、殿下の恥だと叱責されていました」
もっと、前から殿下を躾けておけばよかったのに。
「ですから、当然、オーガスタ様から返事なんか来るはずがありません。殿下は沈んでおられたそうです」
「戦地に行ったら、普通戦争のことを考えるものじゃないですか?」
マリーナ夫人が至極まっとうな意見を述べた。
「もちろん、王妃様は怒ってらっしゃいましたが、殿下が亡くなられてから、ひどく気弱になられました。今更ながら、殿下の手紙をオーガスタ様に届けようか悩んでいらっしゃいました」
それは……もらっても困る。どうしたらいいのか悩むと思う。
「ですが、手紙の山のせいで、殿下の気持ちはよくご存じでした。だから、オーガスタ様へ手紙を届ける方法があるとアレキア人の商人に誘われた時、乗ってしまったのだろうと」
「私たちには、殿下の気持ちはさっぱりわかりませんわ!」
マリーナ夫人は憤慨して言った。
シャーロットは顔を伏せた。
「でも、王妃様は男爵様が憎くなってしまわれたのだと思います。王太子様が、そんなにまで欲しがったものを男爵様は手に入れた。孫の王位を脅かす存在でもあるのです」
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大きな潮流のようだった。あれを止めることは難しい。
シャーロットは王妃様に可愛がられている。王妃様の気持ちがよく分かるのだろう。
息子の死に関係することなら、彼女は無条件で信じるかもしれない。
「王妃様はお怒りです。悲しみと怒りで正しい判断が出来ないと思います。公開でラルフ様を裁くと仰せです」
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私はつぶやいた。もう、父に頼るしかなかった。
「そんな勝手な証言、信じるわけにはまいりません。どうして、ラルフ様が殿下のお命を狙うなどと言うことがあるのでしょう? なんの利益もないのですよ?」
マリーナ夫人が必死になって言っていた。
「そんなに長くマルケに滞在する予定ではなかったのですから、帰ってから会えばよかったでしょうに。なぜ、手紙のやり取りに、そんなにも拘ったのでしょう」
マリーナ夫人は再度言ったが、それは、私が余計なことを言ったからだ。手紙が欲しいと。私のあの一言が、殿下の命を縮めたと? 私は顔を手で覆った。私のせいなの?
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