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第49話 ベロス家のゆくすえ

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 リリアン嬢のお茶会事件の噂は瞬く間に、各方面に広がった。

 無分別などと言う域を超えている。もう、異常だとしか言いようがなかった。

 リリアン嬢は私たちを本気でしばり首に出来ると思っているのだろうか。


「ベロス嬢の言葉を真に受ける、バカな護衛がいたらどうしようと、気が気じゃなかったよ」

 帰ってきたラルフが言った。もう、王宮でも全員がこの事件を知っているらしかった。

「大丈夫だった?」

「リッチモンド家を敵に回すことはないでしょう。でも、今後、どうなるのかしら? 私が一番恨まれているらしいと思いましたわ」

「あなたは殿下にとって大事な人だったからね」

「私が殿下をそそのかしたのだと言っていましたわ、あの遠征に行くようにと」

 ラルフの手がピクッと動いた。勝手に動いてしまったようだった。

「私のせいにするなんてどうかしていますわ。もう少しで王太子妃になれるはずだったのに、なれなかったと言って私を非難していました」

 ラルフはしばらく黙っていた。それから言った。

「僕も王宮の中にいたが、助けに行けなかった。王妃様の私室に男は入れない」

「だとしたら、この事件は王家の責任になりますわ」

 ラルフはうなずいた。

「その通り。王妃様は子どもを取り上げて、ベロス嬢には、王宮を出て、どこか田舎に療養に行くよう命じた。当然の措置そちだ」

「ベロス公爵は、なんと言っているのかしら?」

「公爵はね、アレキア軍がまた出て来たため、その征伐せいばつの総大将に任命された」

 私は驚いた。

 一国の軍の総大将を命じられると言うことは、本来名誉なはずだ。だが、軍事が素人の公爵がうまくできるとは思えない。

 ラルフは笑い出して、私の頭をでた。

「いい子だ。賢くてかわいい。あなたが心配している通りだよ。本人がどう思っているか知らないが、結果としては懲戒ちょうかいになる予定だ。つまり、失敗だ」

「じゃあ、どうしてそんな平気な顔をしているの?」

 ラルフは、ルフランがどうなってもいいと思っているのかしら?

 それに、なんだか、頭を撫でられるだなんて馬鹿にされているようだわ。私はちょっと顔を赤くして、怒ってラルフに言った。

「だってね、あなたの提案通りにしたおかげで、ルフランは完全に心配いらないようになっている」

「え? 私の提案?」

 私はびっくりした。

「あなたが父上とゲイリーに提案したでしょ? 亡き王太子のメモリアル駐屯隊を、金鉱近くに配するようにって」

 そう言えば、王妃様を納得させるいい方法はないかと聞かれたことがあった。

「騎士や兵士が、あなたの意見に従ってノートンの村に近くに配属された。それから、私の提案で、そのそばに宿が建った」

「宿?」

「そう。それから、リッチモンド公爵家の遠縁がその近くに別邸を持っていたので、うちの執事の一人のマックスをそこへつかわした。彼には美しい娘が六人もいるんだ」

 マックスは、真面目な中年の執事だ。娘が六人もいたのか。それは知らなかった。
 でも、娘たちはなんの関係があると言うの?

「宿では兵隊はうまい飯にありつけて、給仕のかわいい女の子たちとおしゃべりできる。別邸では、将校連中がおいしい食事ができて、執事の六人の娘と知り合いになれる。とても楽しい」

 私は首をかしげた。

「一体、何のために?」

「あんな田舎に配属されて喜ぶ人間はいないだろう。配属した王家を恨むだろう。だけど、リッチモンド公爵家の費用で厚遇されたら、王家やベロス家よりリッチモンド家につくよね」

「それはそうでしょうけど、どうしてそんなことが必要なのかわからないわ」

「国軍に味方になって欲しいからさ。今に必要になる。きんが欲しいアレキアとの戦いの主戦場はマルケじゃないんだ。ノートンだよ」

「じゃあ、何のためにベロス公爵はマルケに向かっているの?」

 ラルフは笑った。

「負けるために。不名誉を得るために」

 ラルフはむしろ楽しそうに、軍議があるとか言って王宮に行ってしまった。



「ベロス公爵はアレキアとつながりがあったはずよ。どうして王太子殿下が殺されるようなことが起きたのかしら。本当に不思議だわ」

 私はマリーナ夫人に向かって言った。
 彼女はパロナの出身だ。金鉱の存在もアレキアとの関係もよく知っている。
 アレキアが超大国であり、ルフランとは何もかも違う国なのだと言うことも。

「裏切られただけたのかも、しれません」

 裏切られた……つまり、公爵が油断して流した殿下の情報を聞いたアレキアが、殿下の隙だらけの外出を狙って、殺してしまったのだとしたら、今日のベロス公爵の出陣はアレキアにはどう受け止められるだろう。

 裏切りの報復?

「ベロス公爵が出ていけば、裏切った仕返しに行軍してきたと思われる可能性があるわ。だとしたら、激戦になる可能性がある。ベロス公爵は軍事には弱いそうだから不安ね」



 ベロス公爵は美々しく着飾り、立派なウマに乗って王都を堂々と出て行った。民衆の歓呼の声には、にこやかに手を振って応えていた。

「ふん。無能の極みのくせに」

 いつもは温厚なゲイリーが毒づいた。私はびっくりして、父とラルフの顔を見た。

 父とラルフとゲイリーは、公爵邸からこっそり通りを見物していたのだ。

「ベロス公爵の部隊から、順調に兵は脱走しているようだな」

「早くも今朝からね」

 ラルフはそう言うと、いくつか部隊の名前をあげた。

「ベロス公爵は、しっぽを巻いて途中で帰ってくるでしょうよ」

 ゲイリーが軽蔑したように言った。

 父がうなずいた。私はびっくりして聞いた。

「あれほど物々しく出陣していったのに、ですか?」

 戦いもせず、戻ってくるだなんて、かっこ悪くてできないのではないかと私は思ったのだが、父は言った。

「そのために派手に兵が抜けて行っているのだよ」

「そう。大恥をかかせるためにだ。命までは取らない」

 ラルフと父はいきなり顔を見合わせた。

 そしてゲラゲラ笑い出した。

「あの男は何も出来ないくせに、自分のことを有力者だとか、実力者だとか信じているからね」

「これから面白いことが始まるよ。オーガスタ。楽しみにしておくといい」


 出陣してから四日目の朝、ベロス公爵は戦場にたどり着くこともなく、元来た道を逆走して王都に帰ってきた。

「なぜ、戻ってきた?」

 王は激怒したそうだが、ベロス公爵は脱走兵が多すぎると訴えた。

「これでは勝負になりません」

 要するに、王の兵にケチをつけた。

 当然、国王は青筋立てて怒り始めた。

 周りのリッチモンド公爵や他の高位の貴族やラルフは、いかにも困ったようなふりをして見ているだけだった。

「ババリア元帥はどうした? 国家の危機じゃ」

 国王は騎士団のゲイリーに尋ねたが、ゲイリーは仰々ぎょうぎょうしく答えた。

「ベロス公爵の指示に従いまして、一週間ほど前に軍は解散し、それぞれの領地に戻りましてございます」

 王はグッと詰まった。これから、呼び寄せるためには、使者がまず王命を持って各領地におもむかねばならず、そこから準備し直して、再度集合して現地へ向かうことになる。

「間に合わんではないか! なぜ、そんな勝手なことをした?」

 全員が冷たくベロス公爵の顔を見た。

「統括元帥閣下の御命令でございますれば……」

 そんなこんなで、父とラルフは顔だけ神妙なふうを装って、御前を退出してきたらしい。

「そんなので大丈夫なのですか?」

 父とゲイリーがいなくなった後、私はラルフに聞いた。

「誰も助けに行かないのですか?」

「うん。行かない」

 ラルフは答えた。

 私が納得いかない顔をしていると、ラルフはどう言うわけか、嬉しそうに笑って抱き寄せた。

「王やベロス公は勘違いしている。アレキアが向かうのは金鉱だ。マルケなんかじゃない。金鉱の周りには、ババリア元帥配下の騎士が詰めている。アレキアの奴らは陸に上がった魚だ。徹底的につぶしていく」

「国王とベロス公爵は、どこが狙われているか知らないのですか?!」

「うん。知らない」

 ラルフは笑った。

「誰が教えるんだい? 金鉱のことは秘密だ。彼らには教えない」 
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