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第47話 翌朝
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彼に抱き締められて初めて私は、本当は、彼が愛しくてならなかったのだと、やっと気がついた。
心配する必要などなかったマルケ行きを、身も世もなくイライラ心配したり、帰ってくるのが怖かったのは、どんな顔をして戻ってくるのか自信がなかったから。
嫌われていたらどうしよう。
結婚していても、気持ちがなかったらどうしたらいいの。
結婚なんか形だけ。本当の心が欲しい。
そう思うようになって、ようやくラルフの気持ちに思い至った。
ラルフはずっと不安だったのだ。
形だけの結婚。利害関係だけの結び付き。そして、自分の小手先の細工の結果が、結婚なだけだった。
エレノアをたきつけたのは、本当だろう。
言われて初めて、そうかもしれない、いや、間違いないと思った。でなければ、あんなことにならなかった。
ラルフのことだ、誰かから聞いたとでもエレノアに伝えたのだろう。
公爵家の後継者になるのに、妻がエレノアだろうと私だろうと違いはないのだという彼の説明は、すとんと胸に落ちた。
そして、同時に、大勢いた求婚者の中で、彼だけは、公爵家の跡取り娘に求婚したわけじゃないのだと言うことにも気が付いた。
父のリッチモンド公爵の腹積もりでは、彼は娘二人のどちらかの婿になることが確定していたのだ。
彼には、私と王太子との結婚をぶち壊す必要なんかなかった。私を手に入れたいのでなければ。
「手をこまねいているわけにはいかなかった」
翌朝、やけくそみたいに、庭師が苦心して咲かせた花を片っ端から摘んで、私にくれながら、彼は言った。
「僕があなたを手に入れたかったら……ほかに方法はなかった。たとえそれが少々後ろ暗い手でも、しないわけにはいかなかった。あなたが好きだ」
私は顔を伏せてしまった。好きだと真正面から告げられることは、いつまでたっても慣れない。好きだと伝えることにも慣れられない。
それは、何回一緒に過ごそうと、恥ずかしかった。ラルフは歯止めが外れたみたいに好きだと言って欲しいとねだって来て、私はそのたびに赤くなってしまって、私がせっかく顔を手で覆っているのに、無理矢理その手を外しに来て顔をのぞき込んできて、つぶやいた。
「かわいい」
「エレノアはかわいいかもしれないけど、私はちっともかわいくないわ」
反抗してみた。
「本当にかわいい。エレノアなんかまるで興味がない。あんな女こそ、かわいくない。男の気持ちに鞭を振るいたがる」
「鞭?」
「いうことを聞かせようとするんだ。男の好意を盾にとって、自分のワガママを通すだけだ。そんなものに何の値打ちがある?」
もはや、数える気にもならないくらいの数のキスをしたうえで、ラルフは言った。
「オーガスタは、かわいい。透き通った宝石のように純粋な気持ちだ。なんの見返りも求めない。だから好きだ」
帰りの馬車の中のラルフは、引っ込めようとする私の手を放さなかった。目が執拗に私の目を追ってくる。視線のやり場に困った。
「馬車の中なんですもの。どこにも行きませんわ」
ラルフはちょっとだけ唇の端を持ち上げたが、手は離さなかった。
「これで完全無欠な夫婦だ。ちょっと僕は嫉妬深い傾向があると自分でもわかっているけど」
傾向ではない気がする。
「オーガスタのことは信じているから」
だから何? 彼はちょっと言葉に詰まった。
「あまり、他の男と親しくしないでほしい」
なに言ってんだろう。
「浮気をしないことは重々理解している。だけど」
「ラルフ、仕事をしてね」
私は突っ込みを入れた。
「私も手伝いますわ。あなたの仕事の中身は私にはわからないけど。私を口説くためだけに、別邸へ来た訳じゃないでしょう?」
ババリア元帥夫人の誇り高い姿が頭の中には残っていた。
全幅の信頼、強い絆。
それはお互いの為になる。私はあなたを支えたいのだ。
だって、私はあなたが好き。好きだから。それが理由。
ラルフは素でちょっとビクッとなった。
珍しい。
「手伝ってもらわなくてもいいと思う」
彼はモゴモゴ言った。
「一緒に暮らしてくれれば、それだけでいいんだ」
私はラルフをにらんだ。
ラルフは決して無駄なことはしない。
そして、執事のセバスの言い分ではないが、「仕事は出来る人間の背中に乗ってくる」のである。
「後継者問題はどうなったのですか?」
私が聞くと、ラルフは手を離した。
「別に変ったことはないさ。ベロス嬢が産んだお子を王太子殿下の嫡子にするために、王家は苦労している」
そうか。結婚式がまだだったから、正式な夫婦の子供ではないのだ。
「手紙がたくさん届いていましたわよね」
私たちは宮廷貴族だ。愛を確かめ合っても、それだけに夢中になっているわけにはいかない。
「それはベロス嬢の問題とは別問題で、アレキアの出方が問題になっている」
ラルフは私の手を取った。
「そんなことより……急な結婚で披露のパーティもできなかった。王太子の喪中だが、ベロス嬢のお子様が生まれたら、世の中も少しは明るくなるだろう。親しい人たちを集めて私たちの結婚のお披露目パーティをしたい」
彼は熱心に言った。
「僕たちの間柄は正式なものなんだと知らしめたい。純白のドレスとベールでね」
ちょっと夢見るような調子でラルフは言った。知らしめたいって……私は知らしめる必要なんか感じないのだけれど。
「いや、ぜひ。きっと、とてもきれいだと思うんだ。今度こそ、本当の意味での結婚だから。僕の中では記念日だ」
その発想は、かなり恥ずかしい気がするのですが。こんな人だったかしら。
「でも、王妃様は私が結婚することをどうお思いになるかしら? 不安ですわ」
王妃様は私のことを見るたびに、順調だった頃の王太子殿下を思い出すらしい。
「だから内輪で。もう数か月でベロス嬢のお子様は生まれる。王妃様にとってはお孫様だ。嬉しくないわけがない。きっとほかのことなんか忘れてくれるだろう」
ラルフはニコリと笑った。
「僕は王位継承権を辞退し、リッチモンド公爵家は、ベロス家ともどもその子どもの後ろ盾になると誓ったのだ。後ろ盾の一家が良い結婚をして、栄えることは王家にとって悪い話ではあるまい」
後ろ盾……。
内心、王家に反発している貴族は多いだろう。
王家から遠い家は、特に王家の継承に違和感を抱くだろう。
王家にしてみれば、理解がある大貴族はいくつあってもありがたい。
ラルフは継承権を辞退することにより、王家との確執を乗り越えて恩を売ったと言うことなのだろう。
「今や王家と縁のないリッチモンド家の動向は、非常に大事だ。他の貴族たちもリッチモンド家の動きに従うだろう」
「ベロス公爵は何の役職になるのですか?」
「公爵は生まれてくる子どもの後見人の役を買って出た」
ラルフはニヤリとした。
「僕は悪手だと思うね」
それはわかる。
王家を乗っ取るつもりだと宣言したも同様だろう。
ラルフは握っていた手を唇に持って行って、言った。
「パーティにはベロス公爵もベロス嬢も呼ばない。リーリ侯爵夫人の一味はご招待申し上げる。コーブルグ侯爵家とババリア元帥夫妻、ゲイリーと父親の老チェスター卿も来てくれるだろう」
「テオ・イングラムは?」
私は意地悪を言ってみた。
ラルフは案の定、私をちょっとにらんで、手を強く握った。
「意地悪のつもり? そんなことを言うなら、後で怖い思いをしてもいいんだね?」
赤くなって首を振ると、彼は満足したらしく、笑った。
「父親のイングラム市長が、市庁舎のパーティに呼んでくれるよ。私たちは、賓客として参加する。テオ・イングラムとその父は商人たちの代表だ。大事にしなくてはね」
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エレノアをたきつけたのは、本当だろう。
言われて初めて、そうかもしれない、いや、間違いないと思った。でなければ、あんなことにならなかった。
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公爵家の後継者になるのに、妻がエレノアだろうと私だろうと違いはないのだという彼の説明は、すとんと胸に落ちた。
そして、同時に、大勢いた求婚者の中で、彼だけは、公爵家の跡取り娘に求婚したわけじゃないのだと言うことにも気が付いた。
父のリッチモンド公爵の腹積もりでは、彼は娘二人のどちらかの婿になることが確定していたのだ。
彼には、私と王太子との結婚をぶち壊す必要なんかなかった。私を手に入れたいのでなければ。
「手をこまねいているわけにはいかなかった」
翌朝、やけくそみたいに、庭師が苦心して咲かせた花を片っ端から摘んで、私にくれながら、彼は言った。
「僕があなたを手に入れたかったら……ほかに方法はなかった。たとえそれが少々後ろ暗い手でも、しないわけにはいかなかった。あなたが好きだ」
私は顔を伏せてしまった。好きだと真正面から告げられることは、いつまでたっても慣れない。好きだと伝えることにも慣れられない。
それは、何回一緒に過ごそうと、恥ずかしかった。ラルフは歯止めが外れたみたいに好きだと言って欲しいとねだって来て、私はそのたびに赤くなってしまって、私がせっかく顔を手で覆っているのに、無理矢理その手を外しに来て顔をのぞき込んできて、つぶやいた。
「かわいい」
「エレノアはかわいいかもしれないけど、私はちっともかわいくないわ」
反抗してみた。
「本当にかわいい。エレノアなんかまるで興味がない。あんな女こそ、かわいくない。男の気持ちに鞭を振るいたがる」
「鞭?」
「いうことを聞かせようとするんだ。男の好意を盾にとって、自分のワガママを通すだけだ。そんなものに何の値打ちがある?」
もはや、数える気にもならないくらいの数のキスをしたうえで、ラルフは言った。
「オーガスタは、かわいい。透き通った宝石のように純粋な気持ちだ。なんの見返りも求めない。だから好きだ」
帰りの馬車の中のラルフは、引っ込めようとする私の手を放さなかった。目が執拗に私の目を追ってくる。視線のやり場に困った。
「馬車の中なんですもの。どこにも行きませんわ」
ラルフはちょっとだけ唇の端を持ち上げたが、手は離さなかった。
「これで完全無欠な夫婦だ。ちょっと僕は嫉妬深い傾向があると自分でもわかっているけど」
傾向ではない気がする。
「オーガスタのことは信じているから」
だから何? 彼はちょっと言葉に詰まった。
「あまり、他の男と親しくしないでほしい」
なに言ってんだろう。
「浮気をしないことは重々理解している。だけど」
「ラルフ、仕事をしてね」
私は突っ込みを入れた。
「私も手伝いますわ。あなたの仕事の中身は私にはわからないけど。私を口説くためだけに、別邸へ来た訳じゃないでしょう?」
ババリア元帥夫人の誇り高い姿が頭の中には残っていた。
全幅の信頼、強い絆。
それはお互いの為になる。私はあなたを支えたいのだ。
だって、私はあなたが好き。好きだから。それが理由。
ラルフは素でちょっとビクッとなった。
珍しい。
「手伝ってもらわなくてもいいと思う」
彼はモゴモゴ言った。
「一緒に暮らしてくれれば、それだけでいいんだ」
私はラルフをにらんだ。
ラルフは決して無駄なことはしない。
そして、執事のセバスの言い分ではないが、「仕事は出来る人間の背中に乗ってくる」のである。
「後継者問題はどうなったのですか?」
私が聞くと、ラルフは手を離した。
「別に変ったことはないさ。ベロス嬢が産んだお子を王太子殿下の嫡子にするために、王家は苦労している」
そうか。結婚式がまだだったから、正式な夫婦の子供ではないのだ。
「手紙がたくさん届いていましたわよね」
私たちは宮廷貴族だ。愛を確かめ合っても、それだけに夢中になっているわけにはいかない。
「それはベロス嬢の問題とは別問題で、アレキアの出方が問題になっている」
ラルフは私の手を取った。
「そんなことより……急な結婚で披露のパーティもできなかった。王太子の喪中だが、ベロス嬢のお子様が生まれたら、世の中も少しは明るくなるだろう。親しい人たちを集めて私たちの結婚のお披露目パーティをしたい」
彼は熱心に言った。
「僕たちの間柄は正式なものなんだと知らしめたい。純白のドレスとベールでね」
ちょっと夢見るような調子でラルフは言った。知らしめたいって……私は知らしめる必要なんか感じないのだけれど。
「いや、ぜひ。きっと、とてもきれいだと思うんだ。今度こそ、本当の意味での結婚だから。僕の中では記念日だ」
その発想は、かなり恥ずかしい気がするのですが。こんな人だったかしら。
「でも、王妃様は私が結婚することをどうお思いになるかしら? 不安ですわ」
王妃様は私のことを見るたびに、順調だった頃の王太子殿下を思い出すらしい。
「だから内輪で。もう数か月でベロス嬢のお子様は生まれる。王妃様にとってはお孫様だ。嬉しくないわけがない。きっとほかのことなんか忘れてくれるだろう」
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「僕は王位継承権を辞退し、リッチモンド公爵家は、ベロス家ともどもその子どもの後ろ盾になると誓ったのだ。後ろ盾の一家が良い結婚をして、栄えることは王家にとって悪い話ではあるまい」
後ろ盾……。
内心、王家に反発している貴族は多いだろう。
王家から遠い家は、特に王家の継承に違和感を抱くだろう。
王家にしてみれば、理解がある大貴族はいくつあってもありがたい。
ラルフは継承権を辞退することにより、王家との確執を乗り越えて恩を売ったと言うことなのだろう。
「今や王家と縁のないリッチモンド家の動向は、非常に大事だ。他の貴族たちもリッチモンド家の動きに従うだろう」
「ベロス公爵は何の役職になるのですか?」
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ラルフはニヤリとした。
「僕は悪手だと思うね」
それはわかる。
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ラルフは握っていた手を唇に持って行って、言った。
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「テオ・イングラムは?」
私は意地悪を言ってみた。
ラルフは案の定、私をちょっとにらんで、手を強く握った。
「意地悪のつもり? そんなことを言うなら、後で怖い思いをしてもいいんだね?」
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