真実の愛を貫き通すと、意外と悲惨だったという話(相手が)~婚約破棄から始まる強引過ぎる白い結婚と、非常識すぎるネチ愛のいきさつ

buchi

文字の大きさ
上 下
46 / 64

第46話 あなたが好き

しおりを挟む
 こんなことになるなんて考えていなかった。

 いや、考えていた。でも、どうすればいいのか知らないもの。

 図書室の薄暗い片隅で、ラルフは私を押しつぶそうとしていた。

 こんなキスは知らない。いつだってあっさりしたキスで、柔らかく唇をかすめていった。

 動けなかった。
 押し付けられているからではなくて……動きたくない。

 唇が柔らかくつながる、そして優しく押し開ける。

 逃げたくない。このまま一緒に居たい。まるで吸い寄せられるようだ。

 舌が舌をなぞった時、体が震えた。

 彼は男だった。未知の存在で、こんなにも親しく、よく知っているのに、全然知らない。

 厚かましい彼の足はさらに両足の間に踏み込んで、私を抱きしめた。

「ここではよくない。痛くしたくないから」

 彼は耳元で囁いて、私を抱き上げた。恥ずかし過ぎる。

「重いわ」

 ラルフの耳に触れるように囁いた途端、彼の肩が震えるのがわかった。

 ラルフは足で図書室のドアを蹴飛けとばして開けて、寝室へ私を抱いて運んだ。途中で誰か使用人に会った気配がする。本当に恥ずかしくて、顔から火が出るようだった。ラルフの胸に顔をうずめて何も見なかった。

 どこに着いたのかわからない。ラルフの寝室だろう。

 そして、そのまま、ベッドに降ろされた。

 熱い唇が首筋を伝っていく。ドレスはボタンを外され、ひもかれて、私はラルフに嘆願した。

「止めて。恥ずかしい」

 返事の代わりに、胸に温かくて湿った手を突っ込まれた時は、ぞくりとした。

「ねえ、お願い、止めて」

 肩をむき出しにされて、邪魔なスカートははぎとられてベッドの外に捨てられ、下着だけにされて、恥ずかしくて私はやめてとラルフに嘆願した。

 両手を私の左右に突いて、私にかぶさっているラルフが服を脱いでしまっていることに気がついて、思わず目を逸らしたけど、彼が言った。

「止めてって、何? 今更何を言っているの?」

 彼が上から降りてきて、ベッドの上にひじをついて、胸が当たるのがわかった。かたい体。全然違うのだ。

「柔らかい」

 ラルフが言った。

「柔らかくて、あたたかい。かわいい」

 手が下着の中に入ってきて、でまわす。止めてと頼んでも、執拗しつような手はますます遠慮なくなるだけだった。

「止めてなんて言われたら、ますます止められなくなる」

 彼は言った。

「あなたが欲しい」

 その言葉がお腹の底から嬉しいなんて、どうしたらいいのだろう。

 ベッドから飛び出して逃げる気にはなれない。まるで磁石に吸い付かれたかのよう。撫でまわされて、舌を吸われて、唇をむさぼられて、それでも離れたくなくて、ラルフに愛していると言われた時には、思わず自分から彼に触れてしまった。

 彼の口からうめくような声がこぼれて、目がキラッと光ったような気がする。

 あなたを欲しい。

 私はなにも知らなかった。ラルフに支配されて言われるままに、彼で一杯になって、それで満ち足りた。何回も繰り返して耳元でささやかれた。

「あなたが好きだ。愛している」

 何度目かの言葉に私も答えた。

「私もよ、ラルフ」

 途端に彼の体が反応した。彼がどんなにその言葉を待っていたのか、爪を肩に立てられて、私にもわかった。

 ずっと待っていたのだ。

 私からの言葉を。

「僕のものだ」

 いくら親しくしていても、ダメだったのだ。全部を手に入れない限り、永遠に満たされない。
 それも、愛して愛されて、望んで同時に望まれなければ、満たされることがない。

「僕のものだ」

 所有するって、どういう意味なのだろう。
 思いをげた時に男はそう感じるのだろうか。


 疲れて寝てしまって、目が覚めた時、じっと見つめるうるんだ茶色い瞳に気がついた。
 黒いまつげにふちどられている。

「きれいだ」

 私の目を見つめて彼は言った。

「こんなに近くで、ずっと見つめられる日が来るなんて」

 ラルフは、ほとんど触れ合うくらいの近さでつぶやいた。

「そんなに見つめないで」

 彼は笑い、その目は顔中を撫で回した。ひとつひとつのパーツをじっくり確認していく。

「きれいだ」

 たまに感じたあの視線だ。
 顔をなぞり、体を舐めるように観察する。

 ただ、今は私は防御できる服がない。
 ラルフも裸で、足と腕が自分に巻き付いているのを発見して、私は、どうしたらいいのかわからなくなった。

 くるりと大きな体が包み込むように回転した。

「初夜だ」

 彼は言った。満足そうな微笑み。

「まだ昼だけどね」

 恥ずかしい。顔を手で隠すと肘を持ち上げて、顔をのぞきに来た。

「大丈夫だった? 痛くなかった?」

 痛くて、ひりひりする。私は抗議したが、彼は唇に指で触れた。

「そうだな。ごめん。吸い過ぎた。ちょっと腫れてる。晩までに治るといいな」

「え?」

 晩?

「まだうずくよ。ダメだよ。とことん味わい尽くさないと気が済まない」

 絶句していると、彼は裸のままベッドから降りて、飲み物をくれた。

「あなたの夫は……」

 そういう彼は嬉しそうだ。

「あなたのことが好きなんだ。とても。どこもここも、すべて」

 視線を感じて、ハッとして、シーツを体に引きよせた。

「夫を拒むことはできない」

 彼は飲み終わった私のコップを受け取ってサイドテーブルに置くと、シーツを巻き上げた。

「返して」

「ダメだよ。そのままでいい」

ラルフは私を見つめて言った。恥ずかしい。でも、何を考えているのかしら。

「好きにできると思うとゾクゾクする。わかるかな」

 思わず首を振った。

「わからない? では、教えてあげるよ。何回でも。いろいろな方法があるんだ。僕は、あなたが僕のせいで泣いたり、嘆願したり、それから打ち震えるのを見るのが好きだ。僕は征服者で、あなたはとらわれの姫君なんだ。奴隷かも知れない」

 なんだか止めて。何想像しているの?

「あなたが喜ぶことだよ。ああ、夫って言葉いいな。唯一無二の男だ。あなたをこうやってとらえる」

 彼は手を伸ばした。


 どうしてこんな別邸に来たがったのか、やっと理解できた。

 誰にも邪魔されたくなかったんだ。

 多分、他にも理由はあるのかもしれないけど、今回の主目的はこれだ。
 彼は夜を楽しみにしていると言った。

 別邸に滞在していた間中、ラルフにもみくちゃにされていた。

「あなたを守る」

 外敵から。

 だけど他の男からも守る気満々なのね、ラルフ。

 変な意気込みが伝わってきました。

「あなたを手に入れるためなら、なんだってする。それは僕のわがままだけど」

 ええ。本当になんでもやらかしそう。

「でも、もしあなたが望まないなら……」

 ラルフが切なそうな目になった。

「僕の心は死んでしまうかも知れないけど、身を引く」

「それは結婚前か、せめてさっきの前に聞くことでしょ?」

「さっきのって何?」

 とぼけて。彼はまた乗り出してきた。

「ねえ、さっきのって、どういうこと?」

 言わせる気? 言わせたいのね!

「こんな感じの?」

 足を足の間に突っ込んで、彼は至近距離から聞いた。

「僕を欲しいと言って」

 とろけるようにラルフが言葉をねだった。
 あのラルフがこんなにデレるだなんて知らなかった。

「お願い。僕を望んで。僕を欲しいと言って。その一言で僕は救われる」

「大好きよ、ラルフ」

 そんな程度の言葉では、彼は手を離してくれなかった。

「僕を望んでいると言って。愛していると」

 ラルフへの気持ちは、彼に抱きしめられた時に自覚した。
 私の心は……いつの間にか、彼に絡め取られて、体は彼の手に触れられるとそこから溶けていった。欲しくてたまらない。

 絶対に離れたくない。あなたが私のことを自分の独占物だと言うなら、私だって言うわ。

 ラルフは私にしか欲情してはダメ。
 完全に私の奴隷に成り下がればいい。

「奴隷ですよ。あなたのものだ。身も心も」

 ラルフは熱心に、やさしく、でも飽きることなく手の平や指先で弱いところを探して撫で回し、どんなにダメだと言っても容赦なく侵入してくる。奴隷のくせに言うことを聞かない。
 私は悲鳴を上げた。

「ラルフ、身がもたないわ……」

「でも、他の女性のところへ行ってはいけないんでしょう?」

 笑いを含みながら、しつこくて研究熱心なラルフがわかり切ったことを聞く。このまま探求され続けたら、何もかも知り尽くされてしまいそう。弱みを握られている気がする。

「返事は?」

「……ダメ」

「なら、仕方ありませんね」

 彼は耳たぶをみながら、つぶやくように言った。

「あなたも望むと言うなら、僕の荷物は半分になった。むろん、罪は僕一人で背負うけれど。僕はあなたなしでは生きられない。だから、仕方なかった」

 罪? なんの話?

 ずっと後になって、私はその言葉の意味を知ることになる。
しおりを挟む
感想 63

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

処理中です...