真実の愛を貫き通すと、意外と悲惨だったという話(相手が)~婚約破棄から始まる強引過ぎる白い結婚と、非常識すぎるネチ愛のいきさつ

buchi

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第35話 パーティー列伝

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 次に出たパーティも結局ひどいものだった。

 昔から親しい侯爵家のお招きに応じて、結婚のあいさつに行っただけなのに、私は殿下に追いかけまわされて、ラルフの腕に飛び込まなくてはならなくなった。

「何をされるのですか」

 ラルフは冷静に殿下に問いただし、ラルフが苦手な殿下はぐっと止まった。

 回りにはパーティの主催者の老侯爵の家の方たちがいて、殿下を嫌悪の目で見つめていた。

 殿下は飛び入りで参加されたのである。

 殿下の素行があやしいことは今や社交界全体に知れ渡っていた。
 だから、私は、殿下が出席するお茶会もパーティも、絶対出席しないことにしていた。

 殿下は私に手紙で、自分の参加するパーティの日時を知らせてくるのである。いかにも出て欲しそうに。
 お会いできることを楽しみにしていると一文を書き添えるほどの念の入れようだ。
 破り捨てようとする私をラルフは止めて、丁寧にどこかに保管していた。
 何を考えているのかしら。(二人とも)

 殿下のお知らせは、彼の予定がわかるので、逆に便利だった。
 殿下の行かないはずのパーティーを選べばいい。

 普通なら、結婚後は、自邸で披露の会を催すほかに、何週間にもわたって他家からのお招きに応じるものだ。
 だから、両親は結婚が決まってから式までの時間がなかったのに、必死になってドレスを用意してくれていた。同じドレスを二度と来てはいけない決まりだからだ。

 殿下の婚約が決まるまでの間は、やむにやまれずパロナ公家の公館にひそんでいたが、殿下の結婚が決まると一応は安全になったため、昔からの知り合いで、私たちの結婚を喜んでくれるほとんど身内と言ってもよいような家からの招待や、本来、高位の爵位持ち同士の付き合いと言ったような場合は、招きに応じていた。

 ところが、どこから聞いてくるのか、殿下が飛び入りでそういった会にやってくることがあり、その都度、パーティは大混乱になった。

 今日は、昔から可愛がってくださっていた遠縁に当たる老侯爵が、庭の花が見頃だからと招いてくださり、ラルフと二人で参加したのだが、老侯爵の孫娘に当たる友人のシュザンナと一緒に花を摘んでいたところへ、殿下が乱入してきたのである。

「オーガスタ、やっと会えた」

 シュザンナが悲鳴を上げ、侯爵家の人たちは椅子を蹴って立ち上がり、執事や下男や庭師たちは武器を持って駆け付けた。

「結婚していたってかまわない。結婚して欲しい。戻って来てほしい。僕のことは嫌いか?」

 矛盾過ぎる。大嫌い……と言えたらどんなにすっきりすることか。

「私には夫がいるのですよ?」

「構わない」

 構うってば。世の中、誰だって、かまうでしょうよ。大問題ですよ、それ。

 しかし、殿下が一歩足をこちらに踏み出した途端、たまりかねて私は走り出した。シュザンナ、一人にして、ごめん。
 だって、手を差し伸べてきたのだもの。腕をつかまれそうになったのだもの。

 あわてた侯爵家の人たちが(女性を残して)わらわらと、例の老侯爵まで少し曲がった腰で能う限り速足で、庭に向かってきていた。

「ラルフ!」

 私は先頭のラルフに抱き着いた。

 そこで殿下は冷たくあしらわれる羽目に陥ったのである。

 老侯爵が少々しわがれた声で口を出した。

「王太子殿下……」

 みんながヒヤッとして、老侯爵を見た。

 昔は気骨のある、老戦士だった。ババリア元帥の師でもある。

 不敬でも何でも、必要だと思ったことは口に出す人物だった。

「お招きした覚えはないのじゃがな」

 この誠にもっともな問いに殿下は沈黙した。

「お付きの方々はどうしたのじゃ。御身のそばに仕えないとは至らぬ者どもよのう」

 さすが、老侯爵! お付きの者どもの責任にすれば、不敬罪に当たらない。

「オーガスタ!」

 語彙力に不足感のある殿下は万感の思いを込めて叫んだ。何が言いたいんだかわからない。大体、他人様の妻を呼び捨てしちゃダメだから。

「妻に何のご用事でございましょう、殿下」

 ラルフが私を抱きしめたまま、重々しく尋ねた。

「結婚してくれ」

 これを聞いた途端に、老侯爵はじめ一家全員とラルフと私、侯爵家の使用人までが一斉に葬式じみた雰囲気になった。これはダメだ。

「殿下、いいですか? あなたには婚約者がいます」

「やかましい」

「お子さまもお生まれになるのですよ?」

「父上のようなことを、お前のような一介の男爵家の息子が言うな。どうせ平民に成り下がるものを」

 それは間違いです。ラルフは現在が男爵。伯爵家の嗣子です。そしてラルフはあなたのまた従兄弟ですよ。

「オーガスタを放せ。自由にしてやれ」

 その時、ようやく殿下の護衛らしい人たちが駆け付けてきた。

 まあ、護衛を撒《ま》く能力だけは突出しているものと見える。
 危険な能力だけど。いつか、身を亡ぼすかもしれないと思うけど。

 彼らは老侯爵と私たち一同に陳謝すると、殿下を連れて行った。



 散々な目に会ったと言うのに、ラルフはケロリとしていた。むしろ嬉しそうだった。殿下の評判が下がればそれでいいのか。



 その次の騒ぎは、気晴らしにと出かけた平民のための夜会だった。

 市庁舎主催で、殿下が行かないことは確認済みだった。今だに、どうして殿下があの老侯爵のお茶会に乱入できたのか、理由がわからない。

 殿下だって、結婚式が近いのだから忙しい筈なのに。しかし油断は禁物である。

「なぜ、私が殿下の予定なんかを知って居なくてはいけないのかしら」

 私はブツブツ言った。

「もうすぐエレノアたちが帰って来るので、その前に一度くらい気楽なダンスパーティに出ませんか? 私が相手ではお嫌かも知れないが」

 ラルフが珍しくすねたようなことを言いだした。

 今までダンスパーティなんかに好んで出たことがないのに、何を言っているのかしら。

 私も、殿下との婚約がなくなれば安心してあちこちのパーティに出向いて、素敵な殿方とお知り合いになってちやほやされたいものだと思っていたのに、今やラルフの付き添いなしでは怖くてどこのパーティにも出られない身の上になってしまった。

「あなたにお願いするしかないですから」

 ラルフ以外の男と行くわけにはいかなかった。
 浮気だと言われるほかに、それがバレればたちまち殿下がやってくることがわかっている。私のことを守らせてくださいとラルフは言ったが、その言葉の意味を私は今痛感していた。
 確かに夫は妻を守る権利がある。殿下を追い払う権利をラルフは得たのだ。

 しかし、殿下の付きまといは本当によくわからなかった。人妻に付きまとっても、どうしようもないじゃない。

 それに、どうして、私になんかこだわるのだろう。あれほど、雑食系だったと言うのに。ベロス嬢はひどく私を恨んでいると言うし、迷惑以外の何物でもなかった。
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