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第34話 白い結婚の噂
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「本当か?」
聞いたのは国王陛下だった。
目付きが真剣だ。
「そんなわけございません」
ラルフがあきれ返ったような調子で答えた。
私はラルフにかじりついていた。
もう何がなんだかわけがわからない。公爵家にスパイが入っていたのかもと一瞬疑ったが、殿下のいつもの自分に都合のいい思い過ごしかもしれない。
「よくそんなこと、思いつきますね」
見下げ果てたように、ラルフは殿下に向かって言った。
酔っ払い相手に挑発はやめて。
殿下はどうせバカなのよ?
しかも、それだけ酔っていたら、明日には全部忘れているのよ。
「長年恋焦がれてきた令嬢です。まさか手に入れないとでも?」
いや、その公言もやめて。恥ずかしいから。
現場を見に駆け付けてきた、リーリ侯爵夫人率いる応援団も、そこで手をたたかないで。恥ずかしいから。何の劇場なの?
「結婚なんかいつでも無効にできる」
殿下、その不穏な発言はなんなの?
「私の娘のことをお忘れではないでしょうな?」
きっと蛇がしゃべったらこんな声なんじゃないかしら。背中から聞こえてきた声にぞくりとした。
「まさかリリアンと結婚なさらないとでも? 子どもまでおりますのに」
「側妃にしてやる」
「バカな! 公爵家の令嬢を側妃に!」
「そもそもベロス家の公爵位自体が疑わしい。先代の叙爵ではないか」
殿下! 失言ですわよ!
「叙爵されるだけのことがあったのでございます。前国王のなさったことに疑問を持たれるおつもりか?」
「オーガスタ。好きだったんだ。結婚してくれ」
私たちは大急ぎで会場を後にした。
公爵家に帰ってから、私はラルフを詰問した。
「あんなにひどいパーティは、一度も見たことがありません。あんなところへ行かせたかったの?」
「まあ、それはあなたが知らないだけで、ベロス嬢との婚約が決まってから大体あんな感じなんだ。まあセームス嬢の首を打ったのは初めてだったけど」
「信じられないわ」
私たちのあとから帰って来た両親が、食堂に入ってきた。二人ともまだ夜会服姿のままだった。
「そうなのよ。オーガスタに言わなかったのは悪かったのかもしれないけれど、まあ、あなたならどうにかすると思っていたし、ラルフもついているから。それに、今晩はましだと思っていたのよ」
「どうしてですの?」
母は首をすくめた。
「だって、いつもはエレノアや殿下の婚約者に選ばれなかったほかの令嬢が一緒になってベロス嬢と舌戦を繰り広げるのよ」
「それもレベルが低くてね」
父が浮かない調子で注釈をつけた。
レベルの問題なの? そもそも言わなければいいじゃない? 殿下やベロス嬢と議論するだなんて不毛だと思うわ。
そう言うと、母が答えた。
「ベロス公爵令嬢が、毎回何か言わないと気が済まないらしくて。最初はリーリ夫人たちが間に入って、なんとか形だけでもどうにか収めようとしてくれていたのだけど、あの気のいいご婦人方にも悪口を浴びせかける始末で」
母は嘆いた。
「エレノアも?」
私は恐る恐る尋ねた。うちの妹がそこまで馬鹿だなんて思いたくないんだけど……。
「エレノアも」
母はうなずいた。
「いや、エレノア嬢は巻き込まれた部分もあるのですよ? ベロス嬢はのべつ幕なし誰でも噛みつく蛇みたいな人で……」
ラルフが言うと、父がうつむいた。父の手前、ラルフはエレノアを擁護してくれたのだろうな。
「とりあえず、今晩はその元気な令嬢方は誰もいらっしゃらなかったのですが、普段その騒ぎには参加されないうえ、結婚式を間近に控えているので、国王陛下にごあいさつに伺っただけのメーソン嬢に目を付けて絡み始めて……」
メーソン嬢が、今晩出席していたのはそのためか。
「あいさつに来ただけですから、まあ、当家と似たような事情ですね。結婚前か後かの違いくらいで」
「最後の殿下の発言には、みんな驚いていた。当分、殿下のいない会にだけ参加した方がいいだろう」
父は私に向かって言った。
それはそうだろう。白い結婚だなんて。
私はうなだれた。
父の特命によって、南翼の改装は急ピッチで進んでいたが、まだ、控えの間しか出来上がっていなかった。
それでも、二人きりになれる場所がそこしかなかったので、ラルフの招きで私は控えの間に座っていた。
「夕べは、ある意味大成功だったよ」
ラルフが言った。
「成功?」
あの惨状のどこが成功なのだろうか。
「ベロス嬢は抑えのきかないひどい令嬢だし、殿下は泥酔していたわ」
「その通り。ほかの参加者全員があきれ返っていた。これまでは、エレノア嬢を始めとした、相手の令嬢方にも問題があるんじゃないかと思われていたが、夕べは違う。圧倒的に殿下とリリアン嬢がおかしい」
ええ、本当に。品位のカケラもありませんでしたわ。
「エレノア嬢たちとは、いつも悪口の応酬になっていた。未来の王妃様だと言うのに、不敬罪に当たりそうだった。彼女の場合、忘れてくれないから、本当に王妃になったら口答えした連中にきっと仕返しをするだろうね」
私は青くなった。
私は別に彼女に悪口を言ったわけではない。だが、どう考えても憎まれている。
「それに、夕べはセームス嬢に手を出していた。あれは酷かった。夕べ、あんなにもベロス嬢が興奮していたのはきっとあなたがいたからだろうね」
「……ええ」
多分、そうだろう。
「あなたを打つ度胸はさすがになかったらしいな。セームス嬢が代わりに打たれていた」
「あの、セームス嬢は、私が王太子妃候補だった時もお付きを務めていたことがあるんですが……」
ラルフがそれで?といった様子で頷いて見せた。
「あの方には、事あるたびに叱られて、いつも王妃様に告げ口をされていました」
「あの扱いを見て、留飲を下げたと言う訳?」
「違いますわ。あの方、ベロス公爵の手の方だったのではないでしょうか」
「そうかもしれないね。でも、だとしたら余計にすごいね。自分の味方なのに」
「あれでは、味方が出来ませんわ」
「本当に我々にとってはいいことだった」
ラルフはクツクツと笑った。黒い。黒いわ、ラルフ。
「リーリ侯爵夫人がぶったまげていたしね」
「リーリ侯爵夫人は良い方なのですわ。良心的な。そりゃ、あれを見たら誰でも驚きますわ」
私は夫人の擁護に回った。
「そうかな。敵方に対する時のやり口はなかなかえげつない時があるが。先だっては、マシューズ卿を失脚させていた」
そこが彼女のえらいところだと私は思っている。誰にでも良心的な人物などは、塩の利いていないベーコンみたいなものだ。すぐに腐る。
「惜しかったのは殿下だな」
白い結婚の公言のことかと思ったら、泥酔していた件らしい。
「泥酔していた。酒の上でのことと言われるだけだろう。もっと、醜態をさらして欲しかった」
偽装結婚を見破られたことは、ラルフはどう思っているのかしら?
私の顔付きから質問を読み取ったラルフが言った。
「殿下のたわごとなど誰も信じないさ。あなたや私が余計な事さえ言わなければね」
そう言う解釈か。
「私はスパイでもいるのかと」
ラルフは目で私を黙らせた。
いるのか……。
いるのかもしれない。
公爵家を支える使用人は数が多い。
下女や下男。入れ替わりが激しい下の者たち。
出入りの商人や、商人と気軽に話をする使用人もいる。
ベロス家や王家に通じているわけではなくても、何かの拍子に中の様子が漏れ聞こえることだってあるかもしれない。
ラルフが私の手を取ったが、私は振り払えなかった。
誰か使用人が見ているかも知れない。不審な行動は取れない。
ふっとラルフが笑ったような気がした。
私は手を抜こうとこっそりもがいたが、全然引き抜けなかった。放してくれとも言えないし。
「とにかく、もう、夜会はこりごりですわ」
私はラルフに言った。
「お父さまとお母さまも、もう、殿下を顔を合わせない方がよいとおっしゃってましたから」
「いや、出るよ?」
「ラルフ?!」
「ただし、必ず私と一緒だ。必ずあなたを守るから。殿下からも、あの感情的なベロス嬢からも」
「でも、何のために夜会に出るのです?」
「言っただろう? エレノア嬢のいない間に、思う存分、殿下とベロス家を下げるためだ。エレノア嬢たちがいると、リリアン嬢も挑発されただけだとか、他にも礼儀のなっていない令嬢がいるではないかと言われてしまうが、彼女たちがいなければやりやすい。王家とベロス家の評判を下げまくるのさ」
私は渋い顔をしていた。
リリアン嬢と至る所で戦うなんて、ちっとも面白くない。
私はまともなのだ。そう言うとラルフは我が意を得たりとばかりに言った。
「殿下とリリアン嬢は、まともじゃないって言いたいんだね」
「そんな不敬な発言! でも……」
「みんながそう思い始めている。おかしな人たちだって。もうちょっとだけ頑張ろう。ベロス家と王家が結びついたら、他の貴族は誰に付くだろう? リッチモンド家は孤立するわけにはいかない。あんな変な後継者でいいのかと疑問を抱かせたいんだ」
最後の部分は耳のすぐそばで囁かれた。
まるで愛の言葉をささやいているような体勢で。
だが、きっとそれは秘密を守るためのフェイクなのだろう。自宅でも誰かが見ているかもしれない。
「何を頑張れと言うのですか?」
ラルフは声を立てて、楽しそうに笑った。そして囁いた。
「今日のは第一幕。あなたしかヒロインは務まらない。円満で仲のいい夫婦を演じるだけだよ。出来るだろ?」
ラルフの目が笑った。どうも訳の分からない愉悦を含んでいるようだ。
「わかるね? 家の中でも疑われないように。愛し合う夫婦なんだから」
思わず周りを見回した。やっぱり、スパイでもいるのかしら?
ラルフが微笑みながら、背中から抱いて来た。思わず逃げようと動くと叱られた。
「ダメだよ。不審な行動は取らないように。じっとして。このままで」
なんだかとってもおかしい。
それに背中がぞわぞわと温かい。
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騙されてるよ? オーガスタ、騙されてるよ?
聞いたのは国王陛下だった。
目付きが真剣だ。
「そんなわけございません」
ラルフがあきれ返ったような調子で答えた。
私はラルフにかじりついていた。
もう何がなんだかわけがわからない。公爵家にスパイが入っていたのかもと一瞬疑ったが、殿下のいつもの自分に都合のいい思い過ごしかもしれない。
「よくそんなこと、思いつきますね」
見下げ果てたように、ラルフは殿下に向かって言った。
酔っ払い相手に挑発はやめて。
殿下はどうせバカなのよ?
しかも、それだけ酔っていたら、明日には全部忘れているのよ。
「長年恋焦がれてきた令嬢です。まさか手に入れないとでも?」
いや、その公言もやめて。恥ずかしいから。
現場を見に駆け付けてきた、リーリ侯爵夫人率いる応援団も、そこで手をたたかないで。恥ずかしいから。何の劇場なの?
「結婚なんかいつでも無効にできる」
殿下、その不穏な発言はなんなの?
「私の娘のことをお忘れではないでしょうな?」
きっと蛇がしゃべったらこんな声なんじゃないかしら。背中から聞こえてきた声にぞくりとした。
「まさかリリアンと結婚なさらないとでも? 子どもまでおりますのに」
「側妃にしてやる」
「バカな! 公爵家の令嬢を側妃に!」
「そもそもベロス家の公爵位自体が疑わしい。先代の叙爵ではないか」
殿下! 失言ですわよ!
「叙爵されるだけのことがあったのでございます。前国王のなさったことに疑問を持たれるおつもりか?」
「オーガスタ。好きだったんだ。結婚してくれ」
私たちは大急ぎで会場を後にした。
公爵家に帰ってから、私はラルフを詰問した。
「あんなにひどいパーティは、一度も見たことがありません。あんなところへ行かせたかったの?」
「まあ、それはあなたが知らないだけで、ベロス嬢との婚約が決まってから大体あんな感じなんだ。まあセームス嬢の首を打ったのは初めてだったけど」
「信じられないわ」
私たちのあとから帰って来た両親が、食堂に入ってきた。二人ともまだ夜会服姿のままだった。
「そうなのよ。オーガスタに言わなかったのは悪かったのかもしれないけれど、まあ、あなたならどうにかすると思っていたし、ラルフもついているから。それに、今晩はましだと思っていたのよ」
「どうしてですの?」
母は首をすくめた。
「だって、いつもはエレノアや殿下の婚約者に選ばれなかったほかの令嬢が一緒になってベロス嬢と舌戦を繰り広げるのよ」
「それもレベルが低くてね」
父が浮かない調子で注釈をつけた。
レベルの問題なの? そもそも言わなければいいじゃない? 殿下やベロス嬢と議論するだなんて不毛だと思うわ。
そう言うと、母が答えた。
「ベロス公爵令嬢が、毎回何か言わないと気が済まないらしくて。最初はリーリ夫人たちが間に入って、なんとか形だけでもどうにか収めようとしてくれていたのだけど、あの気のいいご婦人方にも悪口を浴びせかける始末で」
母は嘆いた。
「エレノアも?」
私は恐る恐る尋ねた。うちの妹がそこまで馬鹿だなんて思いたくないんだけど……。
「エレノアも」
母はうなずいた。
「いや、エレノア嬢は巻き込まれた部分もあるのですよ? ベロス嬢はのべつ幕なし誰でも噛みつく蛇みたいな人で……」
ラルフが言うと、父がうつむいた。父の手前、ラルフはエレノアを擁護してくれたのだろうな。
「とりあえず、今晩はその元気な令嬢方は誰もいらっしゃらなかったのですが、普段その騒ぎには参加されないうえ、結婚式を間近に控えているので、国王陛下にごあいさつに伺っただけのメーソン嬢に目を付けて絡み始めて……」
メーソン嬢が、今晩出席していたのはそのためか。
「あいさつに来ただけですから、まあ、当家と似たような事情ですね。結婚前か後かの違いくらいで」
「最後の殿下の発言には、みんな驚いていた。当分、殿下のいない会にだけ参加した方がいいだろう」
父は私に向かって言った。
それはそうだろう。白い結婚だなんて。
私はうなだれた。
父の特命によって、南翼の改装は急ピッチで進んでいたが、まだ、控えの間しか出来上がっていなかった。
それでも、二人きりになれる場所がそこしかなかったので、ラルフの招きで私は控えの間に座っていた。
「夕べは、ある意味大成功だったよ」
ラルフが言った。
「成功?」
あの惨状のどこが成功なのだろうか。
「ベロス嬢は抑えのきかないひどい令嬢だし、殿下は泥酔していたわ」
「その通り。ほかの参加者全員があきれ返っていた。これまでは、エレノア嬢を始めとした、相手の令嬢方にも問題があるんじゃないかと思われていたが、夕べは違う。圧倒的に殿下とリリアン嬢がおかしい」
ええ、本当に。品位のカケラもありませんでしたわ。
「エレノア嬢たちとは、いつも悪口の応酬になっていた。未来の王妃様だと言うのに、不敬罪に当たりそうだった。彼女の場合、忘れてくれないから、本当に王妃になったら口答えした連中にきっと仕返しをするだろうね」
私は青くなった。
私は別に彼女に悪口を言ったわけではない。だが、どう考えても憎まれている。
「それに、夕べはセームス嬢に手を出していた。あれは酷かった。夕べ、あんなにもベロス嬢が興奮していたのはきっとあなたがいたからだろうね」
「……ええ」
多分、そうだろう。
「あなたを打つ度胸はさすがになかったらしいな。セームス嬢が代わりに打たれていた」
「あの、セームス嬢は、私が王太子妃候補だった時もお付きを務めていたことがあるんですが……」
ラルフがそれで?といった様子で頷いて見せた。
「あの方には、事あるたびに叱られて、いつも王妃様に告げ口をされていました」
「あの扱いを見て、留飲を下げたと言う訳?」
「違いますわ。あの方、ベロス公爵の手の方だったのではないでしょうか」
「そうかもしれないね。でも、だとしたら余計にすごいね。自分の味方なのに」
「あれでは、味方が出来ませんわ」
「本当に我々にとってはいいことだった」
ラルフはクツクツと笑った。黒い。黒いわ、ラルフ。
「リーリ侯爵夫人がぶったまげていたしね」
「リーリ侯爵夫人は良い方なのですわ。良心的な。そりゃ、あれを見たら誰でも驚きますわ」
私は夫人の擁護に回った。
「そうかな。敵方に対する時のやり口はなかなかえげつない時があるが。先だっては、マシューズ卿を失脚させていた」
そこが彼女のえらいところだと私は思っている。誰にでも良心的な人物などは、塩の利いていないベーコンみたいなものだ。すぐに腐る。
「惜しかったのは殿下だな」
白い結婚の公言のことかと思ったら、泥酔していた件らしい。
「泥酔していた。酒の上でのことと言われるだけだろう。もっと、醜態をさらして欲しかった」
偽装結婚を見破られたことは、ラルフはどう思っているのかしら?
私の顔付きから質問を読み取ったラルフが言った。
「殿下のたわごとなど誰も信じないさ。あなたや私が余計な事さえ言わなければね」
そう言う解釈か。
「私はスパイでもいるのかと」
ラルフは目で私を黙らせた。
いるのか……。
いるのかもしれない。
公爵家を支える使用人は数が多い。
下女や下男。入れ替わりが激しい下の者たち。
出入りの商人や、商人と気軽に話をする使用人もいる。
ベロス家や王家に通じているわけではなくても、何かの拍子に中の様子が漏れ聞こえることだってあるかもしれない。
ラルフが私の手を取ったが、私は振り払えなかった。
誰か使用人が見ているかも知れない。不審な行動は取れない。
ふっとラルフが笑ったような気がした。
私は手を抜こうとこっそりもがいたが、全然引き抜けなかった。放してくれとも言えないし。
「とにかく、もう、夜会はこりごりですわ」
私はラルフに言った。
「お父さまとお母さまも、もう、殿下を顔を合わせない方がよいとおっしゃってましたから」
「いや、出るよ?」
「ラルフ?!」
「ただし、必ず私と一緒だ。必ずあなたを守るから。殿下からも、あの感情的なベロス嬢からも」
「でも、何のために夜会に出るのです?」
「言っただろう? エレノア嬢のいない間に、思う存分、殿下とベロス家を下げるためだ。エレノア嬢たちがいると、リリアン嬢も挑発されただけだとか、他にも礼儀のなっていない令嬢がいるではないかと言われてしまうが、彼女たちがいなければやりやすい。王家とベロス家の評判を下げまくるのさ」
私は渋い顔をしていた。
リリアン嬢と至る所で戦うなんて、ちっとも面白くない。
私はまともなのだ。そう言うとラルフは我が意を得たりとばかりに言った。
「殿下とリリアン嬢は、まともじゃないって言いたいんだね」
「そんな不敬な発言! でも……」
「みんながそう思い始めている。おかしな人たちだって。もうちょっとだけ頑張ろう。ベロス家と王家が結びついたら、他の貴族は誰に付くだろう? リッチモンド家は孤立するわけにはいかない。あんな変な後継者でいいのかと疑問を抱かせたいんだ」
最後の部分は耳のすぐそばで囁かれた。
まるで愛の言葉をささやいているような体勢で。
だが、きっとそれは秘密を守るためのフェイクなのだろう。自宅でも誰かが見ているかもしれない。
「何を頑張れと言うのですか?」
ラルフは声を立てて、楽しそうに笑った。そして囁いた。
「今日のは第一幕。あなたしかヒロインは務まらない。円満で仲のいい夫婦を演じるだけだよ。出来るだろ?」
ラルフの目が笑った。どうも訳の分からない愉悦を含んでいるようだ。
「わかるね? 家の中でも疑われないように。愛し合う夫婦なんだから」
思わず周りを見回した。やっぱり、スパイでもいるのかしら?
ラルフが微笑みながら、背中から抱いて来た。思わず逃げようと動くと叱られた。
「ダメだよ。不審な行動は取らないように。じっとして。このままで」
なんだかとってもおかしい。
それに背中がぞわぞわと温かい。
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