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第27話 リッチモンド家とパロナ公家の秘密

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 翌朝、私はふらふらだった。

 だって、ラルフは突然、人生のセカンドキスを巻き上げて行ったのだ。

 このままだと、私の貴重な乙女の夢・シリーズは、全部、あのラルフに食いつぶされてしまうかも知れない。

 王太子殿下と言う邪魔がいなくなったので、ステキな……とは言わないまでも、優しい男性とどこかで知り合って、ダンスに誘われたり、街でのデートに誘われたり、一緒に乗馬に行ったり、お茶したり……。
 手を握られてドキドキしたり、告白されたり……そんなことがあるといいなと思っていたのに、全部が消え去った。

 結婚式は突然で、式場やドレスやベールを選んだり、指輪を決めることさえできなかった。ブーケも適当だったし、突然すぎて友人たちは列席できなかった。

 その上、諸般の事情により、外に出られない。

 考えれば考えるほど、自分が哀れで気の毒になってきた。

 悪いのはもちろん王家の連中だ。だけど、逃れられませんよと言うラルフの言葉と目付も衝撃だった。

 ソフィアは、元気がないと言って心配してくれたが、私の頭の中には、「夫」と言う文字がものすごく大きく書いてあって、時には威嚇的に、あるいは大きく伸びて逃さないぞと言った風に背中から脅していた。

 なんだか怖い。


 でも、今日はババリア元帥夫人が訪問に来る日。元帥夫人に失礼があってはならない。なにしろ、元帥は、ルフランの軍事力の大半を握っていると言われているのだ。

 まずは、お茶の用意を確認して、自分もきちんと装わねば。
  ソフィアとマリーナ夫人に指示しながら、私はハッと気がついた。

 これだから、王家の嫁に好適などと言われるのだ。

 エレノアだったら、どんなにババリア夫人に失礼だったとしても、自分が第一だ。気が向かなければ、訪問そのものを断る気がする。
 私には、そんな度胸ないけど。

「お見えになりました」

 自分自身にちょっとうんざりしながら、私は丁重に夫人を迎えた。

「ラルフが結婚しただなんて。すごく驚いたのよ?」

 私は身構えていたが、王妃様と違って私に悪意を抱いている様子はなかった。私は、ほっとした。
 彼女はまるで小鳥のように細く、華奢きゃしゃで、その青い目は笑いをたたえてはいたが、しゃべりながら油断なく私を観察していた。

 彼女はラルフの実家のオールバンス家の話を始めた。

「王家と言うところは、どうしても政略結婚が多くて。今の王もその前の代の王も一人息子だったので、私の姉達は、否応なく他国にお嫁に出されてしまったわ」

 長女のマーガレット様はパロナ公家に嫁ぎ、次女のアリシア様は、広大な領地を持つエレニータ辺境伯に嫁いだ。

 自国の王太子の妻になるのが嫌だなんて、遠い行ったこともない他国に嫁がされることを思えば、はるかにましかも知れなかった。私はちょっと恥じた。

 三番目の姉のジョゼフィンは落ち着いて辛抱強い静かな娘だった。

「王弟妃として莫大な持参金と一緒に嫁いだわ。アグラ王家に頼み込まれてね」

「頼み込まれたのなら、莫大な持参金は必要だったのでしょうか?」

 ラルフの話によれば、ジョゼフィン様は莫大な持参金と共に嫁いだはずだ。ちょっと不思議だった。

「要らなかったと思うわ」
 
「では、なぜ?」

「アグラ王家の王太子は不出来なの。そう言う王家は危ない」

 ルフランの王太子と同じだ。

「祖父のリッチモンド公爵は、ジョゼフィン名義の資産を持たせて嫁がせた」

「それはジョゼフィン様の身の安全のため?」

 ババリア夫人はニコリと笑った。

「それだけではなかったかも知れないわよね? お金は大事よ。後はジョゼフィンがどう使うかと言うこと」

 多分、アグラ国は今も問題を抱えているのだろう。賢く我慢強いと評されたジョゼフィン妃は現在も戦い続けているのだろう。

「エイミーと私は、本当に普通でした。エイミーは、いとこ同士の幼馴染の結婚。私と夫のマークとは舞踏会で出会って、一目で恋に落ちた。当時マークはまだ無名だった。でも、私は末娘で、姉たちが大役を果たした後だった。それに、もう一人の祖父、国王陛下は亡くなっていた。そこまで頑張らなくてもよかったのです」

 財産もない一地方貴族のババリア卿との結婚は、末娘のワガママだった。

「うらやましい……」

 私はつぶやいた。本音だった。

 本当に自由な恋だった。ただ、その人のことが好きだからということだけが理由の結婚。

「だけど、結婚後、マークは大国アレキアを破って、元帥の地位を得たの」

 ルフランに敵はいなかったが、異教徒アレキアの侵攻を受けることがあった。南の端は海だったからだ。

 ババリア卿は軍を率いてアレキア相手に戦勝をもぎ取り、ルフランの名を高め、一挙に元帥の地位まで上り詰めた。その昇進は目覚ましいばかりだった。

 一介の地方出身の騎士団長だった彼は、どれだけやっかみを買って、足を引っ張られたことだろう。

「大丈夫よ」

 ババリア夫人の目がキラリと光った。

「私がいますもの」

 私は一瞬、ババリア元帥夫人の目に見とれた。

 訳の分からぬ有象無象うぞうむぞうが、ババリア元帥を妬んで足を引っ張った時、妻が彼を守ったのだろう。王家の血を引くこの上なく高貴な、そして国中で最も裕福と言われる大公爵家の孫娘である彼女が。 

 いいなあ。

 深い信頼と愛。おたがいを支え合う。

「でも、あなたもそうなるのよ?」

 夫人の顔が真面目になった。

「私は、一度あなたと話をしなくてはいけないと思っていたの」

 私はちょっとビビった。だって、私とラルフはよく知る間柄ではあったけれど、そんな関係ではない。

「ラルフと結婚した以上、あなたが守るべき存在はリッチモンド家だけになったわ」

 もちろん、それはその通りだ。

「あなたは、あの王妃様に忠実で、王太子妃にふさわしく秘密を守れる人だという評判でした」

 そこが私のダメな部分だ。おかげで、ちっとも自由になれない。

 要求されたことを律儀に守ってしまう。もちろん、必要性があるからなのだけれど。

「リッチモンド家とパロナ公家、それからババリア家には秘密があるのよ」

「秘密……ですか?」

 突然の話の成り行きが意外で、私は驚いた。

「パロナ公国とリッチモンド家の間には、金鉱山があるの」

 金鉱山?

 私はびっくりして夫人の顔を見た。本気の話なのかしら。彼女は私に向かってうなずいてみせた。

「王家には秘密です。結婚して王太子妃になるかも知れない人には、絶対に教えられない秘密よ」

 すごいお金になるのではないかしら。
 すばらしく魅力的だが、同時に危険な響きに聞こえる。

「金山には食いつかないのね」

 エレノアなら食いつくかも。
 だけど、それはお金があると思うからだ。
 金鉱山なんて、それだけでは済まされないのではないかしら。

「リッチモンド家の跡継ぎになったあなたが守らなきゃいけないもののうちの一つよ」

「ラルフは知っているのでしょうか?」

「当然、知っているわ。公爵はもちろん知っているわ。パロナ公家とリッチモンド公爵家は、結束して金鉱山の権利を守ろうとしている。だけど絶対的に武力が必要な話。だからマークと私も知っている。今度はあなたがメンバーに加わった」

 王太子妃候補だった時、王家一族に名を連ねれば、その秘密にも通じることになると、宰相や王妃様に繰り返し覚悟を問われ続けた。

 結婚により、今は、私が守るべき対象は公爵家になった。

「公爵は最初からあなたとラルフを結婚させるつもりだったと思うわ。でも、王太子妃候補になってしまって、何もかも諦めなくてはならなくなった」

 クレア夫人がニコリと笑った。

「それがまさかの婚約破棄で、ラルフにチャンスが巡ってくるだなんて」

 私は夫人の顔を見た。
 ニコニコと笑っている。

「私は嬉しいのよ。あなたは信頼できる力強い一族の仲間だわ。公爵もほっとしていると思うわ。ラルフも同じだと思う。どうかラルフを大事にしてください。あなたのことを一途に思い続けてきたのだから……」

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義母、出で来なかったけど、小姑キタ
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