真実の愛を貫き通すと、意外と悲惨だったという話(相手が)~婚約破棄から始まる強引過ぎる白い結婚と、非常識すぎるネチ愛のいきさつ

buchi

文字の大きさ
上 下
25 / 64

第25話 かみ合わない

しおりを挟む
 あまりにも身近にいて、そしていつも父の部下然としていたので、ラルフはまるで公爵家に仕えに来た、貧乏伯爵家の三男坊みたいな雰囲気だが、そうではない。

 国王陛下からみれば、彼は従兄弟にあたる。

 そして、彼のお姉さま方も王の従姉妹。
 だからこそ近隣の王家や国内の名家に堂々と嫁いでいったのだ。

「女のお子様が王家には少なかったと言う事情もありましたけれどね」

 二代続けて、王女様がいらっしゃらなかった。代わりに従姉妹たちが政略結婚の駒として使われたのだろう。

「けれど、なによりあなたのお祖父じい様の力ですよ」

 ラルフは言った。

「国で最も裕福と言われていた公爵家が、傾きかねないほどの持参金をつけて嫁がせたと聞いています」

 居心地の良い客間で、私たちは向き合ってお茶を飲みながら話をしていた。

 彼の今の話のおかげで、私は我がリッチモンド公爵家の、よく理由がわからなかった謎の困窮の理由に気がついた。

「今、莫大な持参金をとおっしゃっていたようですけど……?」

 ラルフはうなずいた。

「そう。六十万エスクードにも上ります」

「六十万!?」

 国一番の富裕な公爵令嬢の私が目を回した。

 公爵家の年間収入の何倍にもあたる金額だ。

「アグラ王弟妃の時の持参金が最大でした」

 ここで、エレノアなら何か一言言ったことだろう。あなた方のせいで私が割を食ったとか。

「あなたの祖父の公爵は孫娘達に不自由させるまいと必死だった。良いお爺様でした。娘が可愛かったのだろうけれど」

 ああ。

 それは必死の愛情だったのだろう。
 孫娘たちがあなどられないように。
 婚家先で大事にされるように。

 それに比べて私は……。

 ちょっとだけ悲しくなった。

 私の婚約者は、あの王太子殿下だった。

 父は十分私を可愛がってくれているけれど、目に見えている不幸そうな結婚から、助け出してくれなかった。

 そして、ようやくその婚約から逃れた後も、父は政治的な意味合いで、安全だからと目の前のこの男の庇護に入るよう命じたのだ。

 そして結婚した。

 すばらしい縁戚を持つ、すばらしい血統の男だった。
 顔も頭も悪くない。

 でも、私たちの間に愛情はあるのかしら。

 王太子殿下が夫だと、確かに重責と面倒が手を繋いでやってくる。それを思えば全然だが、結婚してしまったので、夢見ていたように誰かステキな王子様に胸をドキドキさせるようなことは許されない。

 ラルフと結婚して公爵家を継ぐなら、何のサプライズもない。
 本当に今まで通り。
 王太子殿下の結婚が決まれば、公爵家に戻って暮らすのだろう。

 公爵家に帰れば、めんどくさいエレノアがいる。ドレスにしても宝石にしても買うと妹が調べにくる。

 結婚前と何一つ変わらない。

 気に入られないと良いのだが、気にいると持っていかれてしまう。

 必ず使うことがわかっている場合は、使う日まで母に預けておくことにしていた。でないと当日見当たらないと言う事態が発生して、大騒ぎになるからだ。

 たいてい妹の部屋で見つかるのだが、取り返すのが一苦労だった。しかも使用後は、結局、妹に返さなくてはならなくなるのだ。

 だから、できるだけ物は買わないようにしていた。

 自邸を離れれば(つまり父に買ってもらうのでなければ、妹に見つからないし)、好きなものが買えると思っていたが、貧乏で有名なラルフが夫では、欲しいものを買ってもらうことなんかできないだろう。私は少々恨みがましくラルフを眺めた。

 ラルフは気の毒なことに、家格が釣り合うとか手近にいたからと言うものすごく安易な理由で、結婚するはめになった。

 私なんかのために、小銭一枚だって出したくないだろうな。

 しかも、私の安全のために、姉の伝手をたどってパロナ公館を提供しなければならなくなった。

「私、出来るだけおとなしくしておりますわ。外には出ません。もう少ししたら、私も公爵家に戻れるのでしょう?」

 私も妥協しなくちゃいけないわ。

「あなたはお仕事がおありだからすぐに公爵邸へ戻るでしょうけど、私もここに一人だけだと事情が分からないので、何かあったら誰かに連絡を持たせてくださいませ」

 知らない屋敷に一人きりになってしまう上、膨大な暇ができてしまった。
 図書室でもあれば良いのだが。

「あの、私はここから王宮へは通うつもりなのですが……」

「そうですか」

 私は上の空で答えた。

 幸いなことに、ちゃんと手筈が行き届いていて、使用人からは好意的に受け止められている。
 まあ、パロナ公夫人も持参金の件ではリッチモンド家のお世話にはなったのだろうから、私一人くらい大目に見てくれるだろう。

「妻がいる家から通わないといけませんから」

 ラルフが妙なことを力説し始めた。

「まあ、そんなことご遠慮なく。お気になさらないでください」

「そう言う意味で言ってるのではなくて、あなたのそばにいたいのです」

 私はラルフの顔を見た。

「お気遣いいただいてありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。ここはパロナ公の持ち物でございましょう。警備面から言えば、ここほど安心な住まいはありません。ここを考え付かれるとはさすがですわ」

 せっかく褒めたのに、ラルフは頭を抱えていた。

「あなたのそばにいたいのです……どう言えばわかってもらえるのか」

「でも、誤解されたらお困りでしょう?」

「誤解?」

 ラルフはなんだか腑に落ちない様子で、一生懸命私の方を見てきた。
 きっと、知らないと思っているんだわ。

 私は優しくラルフを見つめた。

「あなたには意中の方がおられると聞きました」

「えっ?」

 ラルフが正真正銘驚いたらしく、目を見張った。彼のこんな驚いた顔を見られるとは! 私はちょっと得意になった。

「それは誰が言ったのですか?」

 ラルフの質問に、私はフフフと笑った。

「教えてくださった人たちに迷惑をかけるわけにはいきません。ですから内緒です」

 めずらしくちょっと優位に立てた。

「でも、私は知ってますの。だから、隠さなくても大丈夫です。もう少しの辛抱ですわ」

「知っているって何を?」

「ですから、あなたには意中の方がおられると言うことです。いずれ、王太子殿下は婚約者を決めて、公表されるのでしょう? ほとぼりが冷めれば、私はここから出て行きますし、あなたもその方に堂々と結婚を申し込めますわ。むろん、その時には、私もその方の誤解を解くための協力を惜しみません」

 王太子殿下の結婚が決まり、この騒ぎが過ぎれば、私たちの結婚は必要なくなる。

 それなら、この白い結婚は解除して、彼の本当の望みをかなえることも可能ではないか?

「私のことはご心配なく。それより大事な方を大切になさってください」

 私は親しみを込めて、やさしくラルフに言った。

「私も最初はあなたが公爵家の跡取りを狙って、結婚するのだと誤解していました。でも、あなたを養子にする方法だってあります。あなたさえいてくだされば、公爵家は安泰です」

「オーガスタ様、一体何のお話ですか?」

「無理にここから通う必要はないのではないですか? それより、意中の方に誤解される方がお困りでしょう。私のことは心配ありませんわ。もっと自由にしててくださって構いません」

 ラルフは嬉しそうではなかった。大喜びすると思ったのだけど。彼はむしろ悲しそうに見えた。

「つまり、あなたは私を必要としていないと?」

 私は力を込めて請け合った。ここは力いっぱい否定してあげないと。ラルフがかわいそうだわ。

「全く。全然。ご安心ください。自分のことは自分で何とかしようと思っています」
しおりを挟む
感想 63

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...