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第19話 いろいろな不始末特集
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私は立派な衣装に着替えた。
貴族の令嬢の着替えは時間がかかるものである。
その間、宮廷で重要な地位についている二人の貴族は黙って待っていた。
「お待たせいたしました」
二人は目をあげて私を見たが、遅い!と出かかった文句は、王妃のお茶会にふさわしく、色こそ緑と抑え目だが綾織の豪華なドレスと見るからに高そうなアクセサリーの前に飲み込まれたらしかった。
出来るだけ時間稼ぎしたかったので、手の込んだドレスに着替えたのだ。
ラルフとお父様への連絡が間に合いますように!
ファーガソン夫人とラザフォード伯爵に連れられて向かったのは、何度も行ったことのある場所だった。
婚約破棄されてから、三ヶ月以上経つ。
あのあと、王妃様のお茶会には、誰が参加したのだろうか。
王宮の中でも、王妃様や子供たちが住まうこの建物は、豪華絢爛な宮殿内に在るにもかかわらず、どこかやさしい雰囲気がある。
だが、こんな奥まで入れるのは侍女や使用人の他には、ほんの一握りの限られた者たちだけ。
人影はない。
そう言えば、王妃の間には、エレノアさえ呼ばれたことはなかったのではないか。
でも、あまりに静かなので、私はうしろから付いてくるファーガソン夫人を振り返って尋ねた。
「本当にお茶会なのですか?」
ファーガソン夫人の鉄面皮に変化はなかった。
「お茶会でございます」
「誰の話し声もしないのだけど?」
「間違いございません」
王妃様の居間の部屋のドアを開けると、そこにいたのは王妃様と陛下だけだった。
騙された!……とも思ったが、想定内とも言えた。
私は驚いたように目を見張ってみせ、丁重にお辞儀をした。
「まあ、そう格式張らずとも良い。気を楽に」
国王陛下だった。
「そうよ。着席を許します。そこにかけてちょうだい」
でも、私は座らなかった。
「なんじゃ。気にせずとも良い」
「本日は女性ばかりのお茶会とうかがっておりましたが」
「伝え間違いかの。王妃のお茶会に間違いはない」
「今日はね、あなたに思い直していただきたいの。婚約のことで」
目が据わって見える王妃様が上からかぶせるように言い出した。
ダメだ、これは。ものすごく危険だ。何があっても承諾させる気なんだわ。
「私とラルフ・オールバンズは婚約しておりまして、明日、式をあげるのですが、式の日取りについてでごさいますか? 確かに少しばかり急かと気にはなっておりましたが。でも、ラルフはもとより同居しているようなものですし」
私はにっこり嬉しそうに笑ってみた。
式の予定は二ヶ月後だ。だが、これはダメだ。出来るだけ早く結婚しないと、ものすごい突っ込みが入りそうだ。とにかく、この場を逃れないと。日付の辻褄なんかどうでもいい。とにかく早くしておかなくては。
国王夫妻はちょっと固まったように見えた。
「それはまた……急なことね」
「はい。婚約破棄された直後は私もショックでしたが、すぐにラルフが慰めてくれまして……」
「そ、そうなの?」
「父も、こうなった以上は仕方ないと諦めてくれました」
二人は黙った。
自分で言っておきながらだけど、こうなった以上って、どういう意味かしら。失言かしら。
「かくなる上は早く式をあげる他ないと」
なにか葬式じみた雰囲気が流れ始めた。
そのしめやかな空気の中へ、元気そうな足音が景気良く響いてきた。
「オーガスタ!」
殿下の声が入ってきた。
「とうとうこちらへ戻ってきてくれたと、今さっき侍従に聞いてね」
彼は息を切らせていた。
「君の決意を聞いたよ。よかった。僕も嬉しいよ」
「私もです、殿下」
一体何を聞いてきたのかしら。でも、せっかく私の結婚を喜んでくれたので私も笑ってみせた。
これは電流のように殿下に効果があった。
彼は、ちょっと息を詰まらせると、感激したように私の顔を見つめた。
「オーガスタ……。君が笑っているところを初めて見たような気がするよ」
そうか。
それはそうかもしれないわ。だって、私は殿下の前で笑えるような目に会ったことがなかった。
そこへ、外でちょっとお待ち下さい!と焦ったような声が響いた。
同時にドタドタとかなり体重のある人物の足音が響いてきた。
「お許しがないのに、入室なさっては困ります」
「ええい! やかましい。公爵家をなんと心得る」
聞いたことのない声だった。誰なんだ、この傍若無人な人物は。
私は思わず眉をひそめたが、陛下も王妃様も殿下も一様に、ドアの方に向かってしかめ面をした。
「あれはベロス公爵では……」
「まったく。何かあると公爵家の身分を振りかざしよって」
「王家をなんだと思っているのでしょう。勝手にこんな奥まで入ってくるなど許されるとでも……」
「あっ、でも、この際です。はっきりさせた方がいい」
陛下と王妃様が止める間もなく、殿下はドアの握りに手をかけた。
そして、ちょっと興奮したようすで意気揚々と自分の両親を振り返って、こう言った。
「ベロス公爵にも伝えなければなりません。やっと僕の婚約者が決定したんですからね」
ベロス公爵はドアの真ん前で待機していたに違いない。
ドアが開いた途端、あっという間に部屋に入り、私の姿を認めると、分厚い唇をぶるぶると震わせた。
「失礼、リッチモンド公爵令嬢! あなたがなぜこんなところにおられるのですか?」
「僕が呼んだからだよ!」
明るいが、威圧的な調子を込めた声で殿下は叫んだ。
「ようやくリッチモンド公爵令嬢オーガスタ嬢が、僕の婚約者に決まったのだ!」
私が違うと言う間もなく、ベロス公爵の大声が否定した。
「違いまする、殿下。お間違いでございます。ここなリッチモンド公爵令嬢は当家の長男ビンセントと婚約をしておりまする」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
ベロス公爵の大きな、威圧的な体躯が部屋の中でぐんと大きくなったような気がした。
「ビンセントの妻となる予定の女性でございます」
彼は胸を張った。
「いや、それは……」
私は言いかけたが、王妃の甲高い声が響いた。
「どういうことなの? あなた、さきほど、ラルフ・オールバンスと結婚秒読みだって……」
「ベロス公爵、あなたはガセネタをつかまされている。彼女の夫は私だ」
突如、出現した三人の夫予定者名に私は驚愕した。ラルフ、ビンセント、王太子殿下……
いや、誰もまだ私の夫になってはいない。だけど、なんなの?これ。
「殿下の婚約者は私の娘、リリアンでございましょう!」
ベロス公爵は雷鳴のように叫んだ。
「殿下、あなたは娘と一緒に旅行に出たではありませんか!」
ベロス公爵が同じ声量で怒鳴った。
お、風向きが変わってきた。
「だ、誰も知らぬわ、そんなこと。言いがかりも甚だしい」
殿下が目に見えて焦って、言い返した。
陛下と王妃様と私は、殿下とベロス公爵の話の成り行きを、息を押し殺して聞いていた。
「なんということ! 私は何回も申し上げました。娘が哀れでございます。殿下に何度拝謁を願ってもお許しいただけない……」
私はエレノアを思い出した。なんで思い出したかと言うと、被害者だ被害者だと騒ぐ類友みたいな……
「そんなことを言うのは、そなたとリリアン嬢だけではないか! 誰も証人がいない。ベロス家の家臣や本人の言葉だけだ」
相変わらず、殿下、卑怯者。
当事者から外れたので、私は思わず余計な感想を抱いた。
要するに、リリアン嬢にも飽きちゃったのね。
「海辺の別邸で……誰か、見ていた者がいれば」
ベロス公爵が口から唾を飛ばしながら叫んだ。
「このような仕儀にはなるまいものを。ましてや息子の嫁を婚約者にとは! 痛恨ッ」
息子のビンセントの嫁と、王太子殿下の婚約者は、同一人物がダブルで兼ねるわけにはいきませんよね……
背もかなり高いうえ、どう見ても太り過ぎで脂肪でブルブルしている大男の公爵が膝をついて悔しがった。
演技過剰である。本気なだけなのかも知れないけど。
殿下の私と婚約したと言う話は、公爵の乱入で完全に腰を折られて、本日のお茶会のテーマは朦朧《もうろう》としてきた。
私はいったい誰の婚約者なのか。
「あ!」
私は叫んだ。
思い出しちゃったわ。
殿下とリリアン嬢に会った時のことを。
『誰が見ている者がいれば』って、いるじゃない。
私とラルフだ。
でも、あれは、朝の出来事だった。それに外で会っただけ。殿下とリリアン嬢が一緒に泊まってたとか、そんな直接的な証拠にはならない。
ラルフは間違いないと言っていたけど。
でも、それが証拠立てできれば、完全に私は安全じゃないかしら?
リリアン嬢が殿下の妻になれるんだから、ベロス公爵にとっても、証言は名案じゃないかしら。
その時、またもや扉の外がにぎやかになってきた。
扉の外で、護衛の騎士と誰かが言い争っている。こんなにぎやかで殺伐とした自称お茶会は初めてだ。
「今度は誰じゃ」
国王陛下がうんざりしたように言った。
「もう、勝手に通せ」
これだけ大勢が王妃様の居間に押しかけるだなんて、前代未聞だ。
だが、最も問題なのはそこで恨みがましく膝をついているデブの大男だ。ベロス公爵だ。
この男の話よりも不愉快な話は、多分王家には存在しない。
今度は二人の男が同時に入ってきた。
「お父さま!」
私は本当にほっとして叫んだ。
「まことににぶしつけながら、当家の娘がこちらにお邪魔していると伺いまして」
父は丁重に挨拶してから切り出した。
父も、場所もあろうに王妃の間の床の上で、脂肪の塊みたいにブルブルしているベロス公爵にはさぞ驚いたろうが、気が付かないふりをしていた。
「実は、娘オーガスタは先日ようやく婚約が調いまして、こちらが当家の婿になる予定のラルフ・オールバンスでございます」
殿下の顔色が青くなった。
ダメだわ、殿下の顔色が青くなる時は、ロクなことが起きない。
「式は明日ですの」
私は斬り込んだ。
口裏は合わせないと!
ラルフと父が、突然早まった結婚式の予定に動揺したのがわかったが、幸いなことに二人とも察しがいいので黙って居た。
「なんだと?」
その時、床の上の脂肪の塊が、突然、大声を上げた。
「リッチモンド嬢は、我が嫡子ビンセントと婚儀が決まっている。誰だ、そのラルフとか言うウマの骨は」
父とラルフは、婚約者のすげ替えに、結婚式の前倒し以上に驚いて固まったが、二人とも今度は言葉を失って黙り込んだ。
「ウマの骨ではございません」
私は言いだした。ついでにビンセント様との婚約説も否定しておきたいところだったが、とりあえず、こっちの話を進めなくちゃ。
私が少々爆弾発言をしても、ラルフなら説明してくれるわ。
「ベロス公爵様。私、ラルフと一緒に海辺の別邸に出かけました折に、リリアン様と殿下をお見かけしましたわ」
貴族の令嬢の着替えは時間がかかるものである。
その間、宮廷で重要な地位についている二人の貴族は黙って待っていた。
「お待たせいたしました」
二人は目をあげて私を見たが、遅い!と出かかった文句は、王妃のお茶会にふさわしく、色こそ緑と抑え目だが綾織の豪華なドレスと見るからに高そうなアクセサリーの前に飲み込まれたらしかった。
出来るだけ時間稼ぎしたかったので、手の込んだドレスに着替えたのだ。
ラルフとお父様への連絡が間に合いますように!
ファーガソン夫人とラザフォード伯爵に連れられて向かったのは、何度も行ったことのある場所だった。
婚約破棄されてから、三ヶ月以上経つ。
あのあと、王妃様のお茶会には、誰が参加したのだろうか。
王宮の中でも、王妃様や子供たちが住まうこの建物は、豪華絢爛な宮殿内に在るにもかかわらず、どこかやさしい雰囲気がある。
だが、こんな奥まで入れるのは侍女や使用人の他には、ほんの一握りの限られた者たちだけ。
人影はない。
そう言えば、王妃の間には、エレノアさえ呼ばれたことはなかったのではないか。
でも、あまりに静かなので、私はうしろから付いてくるファーガソン夫人を振り返って尋ねた。
「本当にお茶会なのですか?」
ファーガソン夫人の鉄面皮に変化はなかった。
「お茶会でございます」
「誰の話し声もしないのだけど?」
「間違いございません」
王妃様の居間の部屋のドアを開けると、そこにいたのは王妃様と陛下だけだった。
騙された!……とも思ったが、想定内とも言えた。
私は驚いたように目を見張ってみせ、丁重にお辞儀をした。
「まあ、そう格式張らずとも良い。気を楽に」
国王陛下だった。
「そうよ。着席を許します。そこにかけてちょうだい」
でも、私は座らなかった。
「なんじゃ。気にせずとも良い」
「本日は女性ばかりのお茶会とうかがっておりましたが」
「伝え間違いかの。王妃のお茶会に間違いはない」
「今日はね、あなたに思い直していただきたいの。婚約のことで」
目が据わって見える王妃様が上からかぶせるように言い出した。
ダメだ、これは。ものすごく危険だ。何があっても承諾させる気なんだわ。
「私とラルフ・オールバンズは婚約しておりまして、明日、式をあげるのですが、式の日取りについてでごさいますか? 確かに少しばかり急かと気にはなっておりましたが。でも、ラルフはもとより同居しているようなものですし」
私はにっこり嬉しそうに笑ってみた。
式の予定は二ヶ月後だ。だが、これはダメだ。出来るだけ早く結婚しないと、ものすごい突っ込みが入りそうだ。とにかく、この場を逃れないと。日付の辻褄なんかどうでもいい。とにかく早くしておかなくては。
国王夫妻はちょっと固まったように見えた。
「それはまた……急なことね」
「はい。婚約破棄された直後は私もショックでしたが、すぐにラルフが慰めてくれまして……」
「そ、そうなの?」
「父も、こうなった以上は仕方ないと諦めてくれました」
二人は黙った。
自分で言っておきながらだけど、こうなった以上って、どういう意味かしら。失言かしら。
「かくなる上は早く式をあげる他ないと」
なにか葬式じみた雰囲気が流れ始めた。
そのしめやかな空気の中へ、元気そうな足音が景気良く響いてきた。
「オーガスタ!」
殿下の声が入ってきた。
「とうとうこちらへ戻ってきてくれたと、今さっき侍従に聞いてね」
彼は息を切らせていた。
「君の決意を聞いたよ。よかった。僕も嬉しいよ」
「私もです、殿下」
一体何を聞いてきたのかしら。でも、せっかく私の結婚を喜んでくれたので私も笑ってみせた。
これは電流のように殿下に効果があった。
彼は、ちょっと息を詰まらせると、感激したように私の顔を見つめた。
「オーガスタ……。君が笑っているところを初めて見たような気がするよ」
そうか。
それはそうかもしれないわ。だって、私は殿下の前で笑えるような目に会ったことがなかった。
そこへ、外でちょっとお待ち下さい!と焦ったような声が響いた。
同時にドタドタとかなり体重のある人物の足音が響いてきた。
「お許しがないのに、入室なさっては困ります」
「ええい! やかましい。公爵家をなんと心得る」
聞いたことのない声だった。誰なんだ、この傍若無人な人物は。
私は思わず眉をひそめたが、陛下も王妃様も殿下も一様に、ドアの方に向かってしかめ面をした。
「あれはベロス公爵では……」
「まったく。何かあると公爵家の身分を振りかざしよって」
「王家をなんだと思っているのでしょう。勝手にこんな奥まで入ってくるなど許されるとでも……」
「あっ、でも、この際です。はっきりさせた方がいい」
陛下と王妃様が止める間もなく、殿下はドアの握りに手をかけた。
そして、ちょっと興奮したようすで意気揚々と自分の両親を振り返って、こう言った。
「ベロス公爵にも伝えなければなりません。やっと僕の婚約者が決定したんですからね」
ベロス公爵はドアの真ん前で待機していたに違いない。
ドアが開いた途端、あっという間に部屋に入り、私の姿を認めると、分厚い唇をぶるぶると震わせた。
「失礼、リッチモンド公爵令嬢! あなたがなぜこんなところにおられるのですか?」
「僕が呼んだからだよ!」
明るいが、威圧的な調子を込めた声で殿下は叫んだ。
「ようやくリッチモンド公爵令嬢オーガスタ嬢が、僕の婚約者に決まったのだ!」
私が違うと言う間もなく、ベロス公爵の大声が否定した。
「違いまする、殿下。お間違いでございます。ここなリッチモンド公爵令嬢は当家の長男ビンセントと婚約をしておりまする」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
ベロス公爵の大きな、威圧的な体躯が部屋の中でぐんと大きくなったような気がした。
「ビンセントの妻となる予定の女性でございます」
彼は胸を張った。
「いや、それは……」
私は言いかけたが、王妃の甲高い声が響いた。
「どういうことなの? あなた、さきほど、ラルフ・オールバンスと結婚秒読みだって……」
「ベロス公爵、あなたはガセネタをつかまされている。彼女の夫は私だ」
突如、出現した三人の夫予定者名に私は驚愕した。ラルフ、ビンセント、王太子殿下……
いや、誰もまだ私の夫になってはいない。だけど、なんなの?これ。
「殿下の婚約者は私の娘、リリアンでございましょう!」
ベロス公爵は雷鳴のように叫んだ。
「殿下、あなたは娘と一緒に旅行に出たではありませんか!」
ベロス公爵が同じ声量で怒鳴った。
お、風向きが変わってきた。
「だ、誰も知らぬわ、そんなこと。言いがかりも甚だしい」
殿下が目に見えて焦って、言い返した。
陛下と王妃様と私は、殿下とベロス公爵の話の成り行きを、息を押し殺して聞いていた。
「なんということ! 私は何回も申し上げました。娘が哀れでございます。殿下に何度拝謁を願ってもお許しいただけない……」
私はエレノアを思い出した。なんで思い出したかと言うと、被害者だ被害者だと騒ぐ類友みたいな……
「そんなことを言うのは、そなたとリリアン嬢だけではないか! 誰も証人がいない。ベロス家の家臣や本人の言葉だけだ」
相変わらず、殿下、卑怯者。
当事者から外れたので、私は思わず余計な感想を抱いた。
要するに、リリアン嬢にも飽きちゃったのね。
「海辺の別邸で……誰か、見ていた者がいれば」
ベロス公爵が口から唾を飛ばしながら叫んだ。
「このような仕儀にはなるまいものを。ましてや息子の嫁を婚約者にとは! 痛恨ッ」
息子のビンセントの嫁と、王太子殿下の婚約者は、同一人物がダブルで兼ねるわけにはいきませんよね……
背もかなり高いうえ、どう見ても太り過ぎで脂肪でブルブルしている大男の公爵が膝をついて悔しがった。
演技過剰である。本気なだけなのかも知れないけど。
殿下の私と婚約したと言う話は、公爵の乱入で完全に腰を折られて、本日のお茶会のテーマは朦朧《もうろう》としてきた。
私はいったい誰の婚約者なのか。
「あ!」
私は叫んだ。
思い出しちゃったわ。
殿下とリリアン嬢に会った時のことを。
『誰が見ている者がいれば』って、いるじゃない。
私とラルフだ。
でも、あれは、朝の出来事だった。それに外で会っただけ。殿下とリリアン嬢が一緒に泊まってたとか、そんな直接的な証拠にはならない。
ラルフは間違いないと言っていたけど。
でも、それが証拠立てできれば、完全に私は安全じゃないかしら?
リリアン嬢が殿下の妻になれるんだから、ベロス公爵にとっても、証言は名案じゃないかしら。
その時、またもや扉の外がにぎやかになってきた。
扉の外で、護衛の騎士と誰かが言い争っている。こんなにぎやかで殺伐とした自称お茶会は初めてだ。
「今度は誰じゃ」
国王陛下がうんざりしたように言った。
「もう、勝手に通せ」
これだけ大勢が王妃様の居間に押しかけるだなんて、前代未聞だ。
だが、最も問題なのはそこで恨みがましく膝をついているデブの大男だ。ベロス公爵だ。
この男の話よりも不愉快な話は、多分王家には存在しない。
今度は二人の男が同時に入ってきた。
「お父さま!」
私は本当にほっとして叫んだ。
「まことににぶしつけながら、当家の娘がこちらにお邪魔していると伺いまして」
父は丁重に挨拶してから切り出した。
父も、場所もあろうに王妃の間の床の上で、脂肪の塊みたいにブルブルしているベロス公爵にはさぞ驚いたろうが、気が付かないふりをしていた。
「実は、娘オーガスタは先日ようやく婚約が調いまして、こちらが当家の婿になる予定のラルフ・オールバンスでございます」
殿下の顔色が青くなった。
ダメだわ、殿下の顔色が青くなる時は、ロクなことが起きない。
「式は明日ですの」
私は斬り込んだ。
口裏は合わせないと!
ラルフと父が、突然早まった結婚式の予定に動揺したのがわかったが、幸いなことに二人とも察しがいいので黙って居た。
「なんだと?」
その時、床の上の脂肪の塊が、突然、大声を上げた。
「リッチモンド嬢は、我が嫡子ビンセントと婚儀が決まっている。誰だ、そのラルフとか言うウマの骨は」
父とラルフは、婚約者のすげ替えに、結婚式の前倒し以上に驚いて固まったが、二人とも今度は言葉を失って黙り込んだ。
「ウマの骨ではございません」
私は言いだした。ついでにビンセント様との婚約説も否定しておきたいところだったが、とりあえず、こっちの話を進めなくちゃ。
私が少々爆弾発言をしても、ラルフなら説明してくれるわ。
「ベロス公爵様。私、ラルフと一緒に海辺の別邸に出かけました折に、リリアン様と殿下をお見かけしましたわ」
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