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第18話 王妃様のお茶会

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 どうしたらいいのかわからなくなってきた。

 私の結婚は義務だった。
 夕べラルフに言われた。義務を果たすようにと。

 公爵家にふさわしい夫でなくてはならないって。確かにラルフなら合格点だけど、そんな冷たい理由なら、あんなこと言わなくてもいいじゃないの。

 ラルフは熱かった。
 意味は分からないけど、ドキドキした。
 あれは何だったんだろう。


 翌朝、自分の部屋でぼんやりしていると、恐ろしく機嫌のよさそうなソフィアが踊るような足取りで部屋に入ってきた。歌でも歌いだしそうな勢いである。

 なんなのかしらと見つめていると、ソフィアが弾んだ声で言ってきた。

「結婚式は二か月後だって、お母さまがおっしゃっていました」

 私は夜具をパッと払うと、ソフィアをにらみつけた。

「誰と?」

「いやだわ。何とぼけてらっしゃるんですか、お嬢さま。ラルフ様とに決まっているでしょう」

 夕べのことは誰も知らないはずだ。

「公爵さまもやっとかとお喜びでしたよ。王太子殿下と破談になった途端から、もうラルフ様しかいないっておっしゃってましたからね」

 そう言うと彼女はせっせと私をベッドから追い出し、朝の支度を始めた。

 全然知らなかった。全然知らなかったよ!

「あら、だって、ラルフ様はずっとオーガスタ様を見つめていらっしゃいました。ここに勤めている侍女たちは、みんなそこそこの家の娘たちばかりで、公爵家に行儀見習いに上がっているのです。それと、うまくいけば良縁を求めてね。その中でラルフ様は一番人気でしたわ」

「ラルフが?」

 私は力なく聞いた。あんなに冷酷なのに?

「ラルフ様は寡黙でいかにも仕事一筋に見えますけど、雰囲気があります。ここへ出入りも多いですから、目にする機会も多くて、派手ではないけど整った顔立ちと男らしい容姿に惚れる娘たちが後を絶たなくて……。しかも、オーガスタ様一筋でしょう。そのオーガスタ様は、本心はお嫌がりになってらっしゃる王太子様の妃に決まってしまいましたし。悲恋中の悲恋ですわ。だから、邸内の誰も嫉妬なんかしません。もう、盛り上げて盛り上げて、夕べ、やっと告白して、お許しが出たと聞いた時は、侍女一同で、お庭で花火大会をいたしました。セバスに叱られましたけどね」

 私はだんだん顔色が悪くなっていく気分がした。告白? あれは告白?

 誰がそんな実況中継をしたんだろう。

 いや、それよりも、ラルフの本当の気持ちはどうなんだろう。屋敷中に誤解されていては、彼としてはどんな気持ちなんだろう。

「セバスも理由を聞くとしかめつらを止めて、一緒に線香花火をしていました。これでやっと肩の荷が下りるって」

「肩の荷が降りる?」

 セバスは何を案じていたのだろう?

「お嬢様が婚約破棄で浮かれまくって、ラルフ様の真剣な気持ちに全くお気づきにならなかったからですわ。あれだけ愛されていたら、気がつきそうなものですのに」

 今度は赤くなってきた。本当にラルフは私を好きなのかしら。

 それに気づいたソフィアのテンションがさらに上がった。

「お嬢様が赤くなられることがあるなんて! ラルフ様にお伝えしたいくらいですわ」

「止めてちょうだい。そんな意味じゃないのよ」

 私は断じてラルフとのあれこれを想像して赤くなっているのではない。事態に困惑しているだけなのよ。

「今だって、それどころではないのよ。油断をするとすぐに王太子殿下が誘いに来るのよ」

「そちら方面で手いっぱいだったと言うのはわかりますけれど、二人きりで、ウマで遠乗りの時点で気が付いてもよろしかったのに」

 行った先で、殿下の浮気?現場に遭遇してしまっては、それどころではないだろう。

 他人のイベントが満載過ぎて、自分の方まで気が回らなかったのよ。


「あ、あら。誰かがお見えになったようですわ」

 階下がざわざわし出した。

「きっとラルフ様ですわ、急いでお召し替えしましょう。ちょっぴりセクシーな方がきっとラルフ様もお喜びに……」

 何か妙な誤解をされそうだから、止めて、ソフィア。
 それに、私が調子に乗って、いかにも愛されています、みたいな真似を始めたらラルフは不愉快になるかも知れないわ。


 だが、地味な服にして結果的に正解だった。

 やって来たのは、ラルフではなくて全然見知らぬ男性だった。

「ラザフォード伯爵、ジョン・エドウィンと申します」

 中年の恰幅かっぷくのいいその男性はうやうやしく礼をした。
 ラザフォード伯爵……? 何か記憶がある名前だけど、誰だったかしら。

「王妃様から、お茶会のお誘いが来ております」

 全身が凍りつく思いだった。思い出した。王妃様付きの侍従だ。

「……いつの……ご予定でしょうか?」

 ラザフォード伯爵は冷たい調子で答えた。まるで、断ることなど絶対にできないと言った様子で。

「誠に急ではございますが、本日、このままお越しくださいませ」

 急すぎる。おかしいわ。何かあるのだ。

「あの、どちらまで? つまりどちらで開催されますの? 全く存じ上げませんで……。それに、当家の馬車が本日はどうでしたかしら? 王妃様のところへお邪魔できるような車が出払っていたような…」

「ご心配なく。車は用意してございます」

「ですが、ラザフォード伯爵様とご一緒と言うわけには……」

 同乗などとんでもない。

 ラザフォード伯爵が合図すると、後ろからひとりの婦人が出てきた。

「ファーガソン夫人……」

 王妃付きの女官だった。

「ご一緒させていただきます」

 ファーガソン夫人は、王妃の信任厚い第一女官だった。
 その人が迎えに来ている。
 これは断れないことがよくわかった。

「これは、ごきげんよう。ファーガソン夫人」

 私はあいさつした。
 とは言うものの、ファーガソン夫人の顔を見た途端、指先が冷たくなり、体が震えてくる思いだった。

「ほんの少し、お待ちくださいませんでしょうか?」

 ちょっと自分のドレスを見る素振りをした。

「こちらでお待ちくださいませ。このなりでは失礼になりますゆえ」

「出来るだけお急ぎになりますよう。それから、多人数の茶会でございます。皆様、着飾ってのお越しと存じます」


 軽く礼をして部屋を出て、自室へ戻った。

 多人数の茶会……
 そこへなぜ?
 大勢で糾弾きゅうだんする気かしら?

「ソフィア! ソフィア!」

 私は叫んだ。

「王妃様のお茶会に参加するようにと」

「えっ?」

 ソフィアはびっくりして尋ねた。

「まさか今日でございますか?」

「ええ。ええ。着替えなくては。ソフィア一人では手が足りないわ。急いでメアリとアンを呼んできて!」

 それから声をひそめて私は言った。

「ラルフに急いで連絡を。それから、お父さまにも。ああ、それと……」

 思い出した。強力な味方がいた。

「ビンセント! ビンセント様にも連絡を!」

「どのビンセント様ですか?」

「ベロス公爵家のビンセント様よ。お誘いされたことがあるの。そのお返事だって言えば、ベロス家も通してくださるわ。私がお会いしたいって、伝えて。そして、私が今日、王妃様のお茶会に連れて行かれているって伝えて」
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