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第17話 偽装結婚
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みんなが気を利かせたので、庭園近くのバルコニーには不自然に人がいなくなってしまった。
「ラルフ、ごめんなさい。こんな結果になるだなんて」
確かに、全お茶会でラルフとの結婚を口にした。
自分でも、まずいかなあと思っていた。
どうしてまずいのかわからなかったが、こういう結果を生む可能性があったからか。
「私がバカでした。あなたは私と結婚しなくてはいけなくなってしまったわ。申し訳ない」
あやまりようもない。ラルフを巻き添えにして、なんとか王太子殿下との結婚を避けようとした。
「いえ、既定路線ですから、それで結構です。なんで謝っているんですか?」
ぶれないのね、ラルフ。
「最初に結婚の申し込みをした時、あなたが好きになれる人を探す手伝いを私にさせてくださいと頼んだのですが、覚えてらっしゃいますか?」
私はうなずいた。
「ずいぶんたくさんのパーティに出て、あなたの婚約者候補の人たちと大勢会ったと思いますが、いかがでしたか?」
私は首を傾げた。
「好きになれそうな方はいましたか?」
断ることに忙しくてそんなことは考えられなかった。
「どうして断ろうと思ったのですか?」
私はうろたえた。
「わ、わかりません」
「目があった時、微笑まれた時、話の内容が理解できた時、何か感じた人はいなかったと言うのですか?」
私は思い出した。でも、誰もそんな目はしていなかった。
「貪欲そうな目をしていたわ。みんな」
ラルフはため息をついた。
「それじゃあ探す手伝いにならなかったですね」
それから付け加えた。
「全員に日程を知らせたのに……」
…………………!?!?!?
「ラルフ?」
あなたのせいなの!?
私は猛然とラルフにつかみかかった。
どうも変だと思っていたのだ。
どうして、すべての日程が筒抜けだったのか。
なぜ、婚約希望者たちが、それぞれのパーティーに、一人ずつ都合よく被らないで、ちゃんとやって来たのか。
「ラルフ、どうしてそんな真似をしたの? 私は王太子殿下の評価を下げて、王太子殿下との結婚を避けたかっただけなのよ?」
庭に面した、人のいない回廊で私は詰め寄った。
「あなたは恋をしたいと言っていましたね? そのためのチャンスが欲しいと言っていました」
「でもッ……婚約者候補以外の、貪欲でない方と会いたかったのに……」
「身分、財産、あなたと結婚しても問題のない方たち……結婚ですよ? あなたの気に入りさえしたら平民でもいいのですか? 公爵家はどうなるのです?」
急に力が抜けた。
「公爵家を担えそうな人物だけを厳選したのです」
ラルフはいかにも真面目そうに解説した。
「少なくとも決して能力不足ではなかったと思います。もう一度会ってみますか?」
私は忘れていたことを思い出した。
私の結婚は仕事だった。義務と責任だった。公爵家を担う義務。
私の婚約者候補たちにとってもそれは同じ……ビジネスだった。
「その中で、せめて白い結婚をしたくないと思える方と会えましたか?」
白い結婚?
「私とは白い結婚を望んだ」
ラルフは言った。
「薄いきずな、本当の夫婦ではない関係」
彼は一歩近づいた。
「私はあなたに触れることが許されない」
彼は手を伸ばしてきて、私の手をつかんだ。
「気持ちが悪いですか?」
暗くて顔が見えない。
逆に私の顔は月に照らされて、白と黒の輪郭しかわからなくても表情は読めるだろう。
「本当に好きな人と一緒なら、公爵家を担うことも容易くなる。あなたは一度だって義務から逃げようとはしなかった。王太子殿下との結婚も義務だった。とても嫌な、心から嫌悪を抱く義務だった。私との結婚も似たようなものなのでしょう。でも、私との結婚は後から取り消せるものに出来ると言う希望が残っている。だから我慢すると……」
「でも、それはあなたも一緒よ!」
「では、私があなたを嫌悪していると?」
違う。
私は気が付いた。ビンセントがエレノアを見る時の目付。本気で嫌いだと書いてあった。
あんな風には見えない。
「あなたを嫌いで、触れられたらおぞけを振るうように見えますか?」
「いえ……」
私は言葉を切れ切れにつないだ。
「あなたは、私たちの一族で、大事な仲間で……」
手を取ったまま、ラルフは片膝をついた。
「私と結婚してください」
混乱した頭で私はラルフを見つめた。
「本当の意味で。そして公爵家を担う。私たちが組めば、誰にも負けない。負けるわけにはいかないのです」
「義務で結婚?」
暗い中でもラルフが苦笑いしているのがわかった。
「違いますよ」
彼は立ち上がった。
「理由はね、オーガスタ嬢、いつか必ず教えてあげます。でも、今は、結婚すると言ってください。パーティで会った大勢の中で、一番優秀だったのは誰でしたか?」
「あなたよ」
「ありがとう。……結婚相手としてはそれで十分ではありませんか?」
「……そうね」
「公爵家を守る義務がある。それを最も果たせる人物と結婚する。おかしいですか?」
それはその通りだ。
「あなたと同じくらい、私は公爵家に愛着がある。恩義もある。公爵家は一人だけのものじゃない。領民だってそうだ。守り、導き、崩れ去らないように、うちの使用人一人残らずが無事でいられるように努めなくてはいけない。国だって、同じでしょう」
国全体までは手が回らないと思うけれど。公爵家だけだって大変だ。
「結婚してくれますね?」
「……はい」
「あなたの義務を果たしてください。出来るだけ早く式を挙げるように父上にお話ししましょう」
そこまで事態はひっ迫しているのだろうか。
「ベロス公爵は勝ち誇っています。娘をついに王太子妃に押し上げたのですから。次の王家主催のパーティは三か月後。それまでに結婚してください」
ラルフは思いがけないことをした。
ふんわりと私を抱いたのである。
「あなたを守ります」
「ラルフ?」
「公爵家の真っ芯はあなたなのだ。次代を担う人なのだ。ベロス公爵とリリアン嬢はあなたを狙ってくると思う」
「狙うとは?」
「王太子殿下の心はあなたに戻りつつあります。苛烈なリリアン嬢の性格に飽きたのでしょう。穏やかで、言わずとも察してくれる居心地の良いあなたのそばを思い出したのでしょう」
「私は嫌なの」
私は思わず言った。
殿下のそばにいると心が休まらない。
「それもまた、リリアン嬢は嫉妬する」
ヤバい。その通りだ。絶対にやきもちを焼くだろう。そして、その憎しみは全部私に向けられるだろう。
「あなたを心から憎むだろう。どんなつまらない失敗でも拾ってきて、言い募るでしょう。エレノア嬢なんかメじゃない。あなたこそが標的だ」
ラルフは、腕に込めた力を強くした。
「結婚して、私にあなたを守る権利をください」
守る権利?
「愛する妻を守りたい。つまらない嫉妬なんか、本当の愛の前では粉々になる」
「愛する妻?」
「私はあなたに初めて会った時から、ずっと自分のものにしたかったのです。私だけのあなたに」
エレノアの話とずいぶん違う。
エレノアがその場しのぎの嘘をついたわけではないことを私は知っている。
彼女の話は嘘の場合もあるけれど、そして好意からではないかもしれないけど、ラルフには真に愛する人がいるのだという話をしたとき、エレノアは嘘をついていなかった。
とすると、このラルフの言葉は演技なのかな?
なんだかわからなくなってきた。
___________________________
理詰め & 口説く
「ラルフ、ごめんなさい。こんな結果になるだなんて」
確かに、全お茶会でラルフとの結婚を口にした。
自分でも、まずいかなあと思っていた。
どうしてまずいのかわからなかったが、こういう結果を生む可能性があったからか。
「私がバカでした。あなたは私と結婚しなくてはいけなくなってしまったわ。申し訳ない」
あやまりようもない。ラルフを巻き添えにして、なんとか王太子殿下との結婚を避けようとした。
「いえ、既定路線ですから、それで結構です。なんで謝っているんですか?」
ぶれないのね、ラルフ。
「最初に結婚の申し込みをした時、あなたが好きになれる人を探す手伝いを私にさせてくださいと頼んだのですが、覚えてらっしゃいますか?」
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「ずいぶんたくさんのパーティに出て、あなたの婚約者候補の人たちと大勢会ったと思いますが、いかがでしたか?」
私は首を傾げた。
「好きになれそうな方はいましたか?」
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「どうして断ろうと思ったのですか?」
私はうろたえた。
「わ、わかりません」
「目があった時、微笑まれた時、話の内容が理解できた時、何か感じた人はいなかったと言うのですか?」
私は思い出した。でも、誰もそんな目はしていなかった。
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「それじゃあ探す手伝いにならなかったですね」
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「全員に日程を知らせたのに……」
…………………!?!?!?
「ラルフ?」
あなたのせいなの!?
私は猛然とラルフにつかみかかった。
どうも変だと思っていたのだ。
どうして、すべての日程が筒抜けだったのか。
なぜ、婚約希望者たちが、それぞれのパーティーに、一人ずつ都合よく被らないで、ちゃんとやって来たのか。
「ラルフ、どうしてそんな真似をしたの? 私は王太子殿下の評価を下げて、王太子殿下との結婚を避けたかっただけなのよ?」
庭に面した、人のいない回廊で私は詰め寄った。
「あなたは恋をしたいと言っていましたね? そのためのチャンスが欲しいと言っていました」
「でもッ……婚約者候補以外の、貪欲でない方と会いたかったのに……」
「身分、財産、あなたと結婚しても問題のない方たち……結婚ですよ? あなたの気に入りさえしたら平民でもいいのですか? 公爵家はどうなるのです?」
急に力が抜けた。
「公爵家を担えそうな人物だけを厳選したのです」
ラルフはいかにも真面目そうに解説した。
「少なくとも決して能力不足ではなかったと思います。もう一度会ってみますか?」
私は忘れていたことを思い出した。
私の結婚は仕事だった。義務と責任だった。公爵家を担う義務。
私の婚約者候補たちにとってもそれは同じ……ビジネスだった。
「その中で、せめて白い結婚をしたくないと思える方と会えましたか?」
白い結婚?
「私とは白い結婚を望んだ」
ラルフは言った。
「薄いきずな、本当の夫婦ではない関係」
彼は一歩近づいた。
「私はあなたに触れることが許されない」
彼は手を伸ばしてきて、私の手をつかんだ。
「気持ちが悪いですか?」
暗くて顔が見えない。
逆に私の顔は月に照らされて、白と黒の輪郭しかわからなくても表情は読めるだろう。
「本当に好きな人と一緒なら、公爵家を担うことも容易くなる。あなたは一度だって義務から逃げようとはしなかった。王太子殿下との結婚も義務だった。とても嫌な、心から嫌悪を抱く義務だった。私との結婚も似たようなものなのでしょう。でも、私との結婚は後から取り消せるものに出来ると言う希望が残っている。だから我慢すると……」
「でも、それはあなたも一緒よ!」
「では、私があなたを嫌悪していると?」
違う。
私は気が付いた。ビンセントがエレノアを見る時の目付。本気で嫌いだと書いてあった。
あんな風には見えない。
「あなたを嫌いで、触れられたらおぞけを振るうように見えますか?」
「いえ……」
私は言葉を切れ切れにつないだ。
「あなたは、私たちの一族で、大事な仲間で……」
手を取ったまま、ラルフは片膝をついた。
「私と結婚してください」
混乱した頭で私はラルフを見つめた。
「本当の意味で。そして公爵家を担う。私たちが組めば、誰にも負けない。負けるわけにはいかないのです」
「義務で結婚?」
暗い中でもラルフが苦笑いしているのがわかった。
「違いますよ」
彼は立ち上がった。
「理由はね、オーガスタ嬢、いつか必ず教えてあげます。でも、今は、結婚すると言ってください。パーティで会った大勢の中で、一番優秀だったのは誰でしたか?」
「あなたよ」
「ありがとう。……結婚相手としてはそれで十分ではありませんか?」
「……そうね」
「公爵家を守る義務がある。それを最も果たせる人物と結婚する。おかしいですか?」
それはその通りだ。
「あなたと同じくらい、私は公爵家に愛着がある。恩義もある。公爵家は一人だけのものじゃない。領民だってそうだ。守り、導き、崩れ去らないように、うちの使用人一人残らずが無事でいられるように努めなくてはいけない。国だって、同じでしょう」
国全体までは手が回らないと思うけれど。公爵家だけだって大変だ。
「結婚してくれますね?」
「……はい」
「あなたの義務を果たしてください。出来るだけ早く式を挙げるように父上にお話ししましょう」
そこまで事態はひっ迫しているのだろうか。
「ベロス公爵は勝ち誇っています。娘をついに王太子妃に押し上げたのですから。次の王家主催のパーティは三か月後。それまでに結婚してください」
ラルフは思いがけないことをした。
ふんわりと私を抱いたのである。
「あなたを守ります」
「ラルフ?」
「公爵家の真っ芯はあなたなのだ。次代を担う人なのだ。ベロス公爵とリリアン嬢はあなたを狙ってくると思う」
「狙うとは?」
「王太子殿下の心はあなたに戻りつつあります。苛烈なリリアン嬢の性格に飽きたのでしょう。穏やかで、言わずとも察してくれる居心地の良いあなたのそばを思い出したのでしょう」
「私は嫌なの」
私は思わず言った。
殿下のそばにいると心が休まらない。
「それもまた、リリアン嬢は嫉妬する」
ヤバい。その通りだ。絶対にやきもちを焼くだろう。そして、その憎しみは全部私に向けられるだろう。
「あなたを心から憎むだろう。どんなつまらない失敗でも拾ってきて、言い募るでしょう。エレノア嬢なんかメじゃない。あなたこそが標的だ」
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「結婚して、私にあなたを守る権利をください」
守る権利?
「愛する妻を守りたい。つまらない嫉妬なんか、本当の愛の前では粉々になる」
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彼女の話は嘘の場合もあるけれど、そして好意からではないかもしれないけど、ラルフには真に愛する人がいるのだという話をしたとき、エレノアは嘘をついていなかった。
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