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第12話 王家主催舞踏会で修羅場はイヤーッ
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ダンスが終わると、お互いにすごく嫌いあっているらしいビンセントとエレノアが待っていた。
私には、エレノアのところに行かなければならない理由があった。
彼女は優秀な王太子避けだからだ。
エレノアは婚約者候補なのに、エレノアがいる限り王太子殿下がそばに寄ってこないってどうなのかしらとは思ったが。
ビンセント様は、なにがなんでも私と踊りたかったらしい。私がエレノアのところへ戻ってくることがわかっていたらしく、エレノアとは言葉も交わさず微妙な立ち位置で待っていた。
エレノアは、デビュー以来、私のことなんか見向きもしなくなった。
お相手を乞い願う数多の若い貴族に取り囲まれ、休む暇もなく、ダンスや会話や食事を楽しんでいたからだ。
だが、今は王太子殿下の婚約者候補と言う立場上、誰とも踊るわけにもいかなかったので、渋々私を待っていた。
ビンセントは、私が戻ってくると顔を輝かせて、ダンスを申し込んだ。
「ビンセント、君の妹は、王太子殿下の婚約者候補だよね?」
ラルフは私の手をつかんだまま、ビンセントに声をかけた。
「もちろん。殿下はリリアンをことの他、気に入っていらっしゃる」
エレノアの顔が歪んだ。
私は王太子殿下を目で探した。
少し離れたところで、殿下はリリアン嬢と話をしていた。
「それなのに、オーガスタ嬢にダンスを申し込むとはどういうつもりかな? オーガスタ嬢の妹のエレノア嬢も婚約者候補だ。王太子妃の座を巡って、いわば君の家とは敵対関係にあるだろう?」
「僕の家が不釣り合いだとでも言うのかね? 君の家ではあるまいし」
ラルフが嫌な顔をした。
いちいちケンカを売って歩くなんて、ビンセント様、天才?
にらみ合う二人から目を逸らした途端、こちらに足早にやってくる王太子殿下と目が合った。
え? 何しに来るの?
その後ろから、リリアン嬢がドレスが許す限りの速さで付いてくる。
どうして殿下がこっちに向かってやってくるの?
言い争ってる二人とエレノアは、まだ気が付いていなかったが、私は大慌てで言った。
「あの、お取り込み中失礼ですけど、王太子殿下がご用があるようですわ。私、婚約破棄された身の上ですので、この場を外させていただきます」
エレノアの顔がパッと輝き、嬉しそうに殿下の方に向き直り、しかし次の瞬間、背後から迫り来るリリアン嬢を見て顔をしかめた。
よほど嫌いらしい。
「お姉様、ベロス公爵令嬢がご一緒ですわ。私、あの方がとても怖いの。一緒にいてちょうだい」
「ダメよ、王太子殿下がご一緒です」
「殿下のお相手は私が務めますから、お姉さまはベロス公爵令嬢のお相手をして」
「無理ですわ、エレノア」
それは無理だから。その二人、セットだから。それに、そもそもベロス嬢、私なんか眼中にないと思う。
「たまには役に立ちなさいよ」
しかし、ごちゃごちゃやってるうちに殿下が来てしまった。
「ごきげんよう、オーガスタ!」
殿下が弾んだ声で声をかけてきた。
私はエレノアの後ろへ回って、王太子殿下が私の顔を見ると同時にエレノアの顔が目に入る位置にスタンバイした。
「これは王太子殿下、ごきげんうるわしゅう……」
「久しぶりだね!」
「婚約破棄以来でしょうか」
「イヤなことを言うね、オーガスタ」
したのは殿下でしょ?
それと、今は他人なんで呼び捨てはやめてほしいわ。
「殿下、姉は殿下の婚約者候補ですらありませんわ。呼び捨てはおやめくださいませ」
エレノアが言うと、息を切らせて追いついてきたリリアン嬢も言った。
「殿下、リッチモンド公爵令嬢は、婚約者候補ではないのですから、呼び捨てなさらないで」
おおっ。息があったわね、おふたり。
しかし、殿下は二人を完全無視して、私に向かって話を続けた。
「今宵はまた素晴らしい美しさだ。こんなにも真紅のドレスが似合うとは思ってもいなかった。婚約者時代は常に白いドレスだったような記憶がある」
リリアン嬢がグイッと私と殿下の間に割り込んだ。
「リリアン嬢も派手なドレスが似合うと思っていたが、オーガスタ嬢には威厳があるな」
リリアン嬢が殿下の手を取った。
「殿下、まだ、踊り足りませんわ。もう一曲」
「殿下、わたくしはまだ一曲も踊っておりません。是非ともお相手をお願いしとうございますわ」
エレノアも舌っ足らずな甘え声で参戦した。
リリアン嬢は殿下の手を自分の胸のあたりに持っていっている。露骨だ。
だが、殿下は一顧だにせず、熱心に言った。
「オーガスタ、一曲お願い出来ないか? 実は婚約を戻そうと考えているんだ」
この男、天罰が当たって死ねばいいのに。
一瞬、貴族令嬢には、ふさわしからぬことを思ってしまった。
私は悪くない。
それなのに、殿下以外の五人の視線が痛い。
しかも全員、私と殿下のダンスには反対の意向ですよね。わかります。
殿下はリリアン嬢を振り切って、私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。一歩後じさるとラルフの胸に突き当たった。
「殿下、わたくしはリッチモンド公爵令嬢に婚約を願い出ております」
後ろからラルフの重々しい声が響いた。(背中から彼の胸板を通じて)
初めて、殿下は人の顔を見た。
それまで誰の話も真面目に聞いていなかったし、顔も見ていなかったのだ。
「今朝、お目にかかりましたね」
ラルフの冷たい一言に殿下は冷水を浴びせかけられたようだった。
思い出したのだ。
どうして今朝の話を忘れていたのだ。
ラルフの顔を見て、思い出さない方がおかしいと思う。
だが、殿下は笑い出した。
嫌な笑いだ。
「そうか。お前か。だが、リッチモンド公爵に黙っていて欲しかったら、おとなしくしているんだな」
ラルフ! あなた、殿下を脅すつもりだって言ってたわよね? 殿下には通じていないらしいわよ?
殿下は、リリアン嬢の手を乱暴に振り切って、私の手を取り、さっきのラルフみたいに私を引きずるようにしてダンスの場所へ連れ出した。
「この方がいい。あんな連中と一緒にいても、面白くもなんともない。そうだろう?」
私がなんとも答えないでいると、殿下は言葉を続けた。
「婚約破棄は失敗だった。せっかくオーガスタと結婚できたのに。エレノアが割り込んできたせいで」
「エレノアと婚約したいとおっしゃったのは、殿下、あなたですわ」
私は注意した。
「オーガスタもひどいよ。止めてくれたらよかったのに」
誰が止めるか。
「だって、可愛い妹があなたを心から愛しているのですもの。あなたもエレノアを愛しているとおっしゃられました。身を引くのは当然でしょう」
私はエレノアを売り込みにかかった。
「無邪気で可愛い妹ですわ。ちょっとわがままなのかもしれませんが、殿下を心底愛しています。政略や実家のことを考えているわけではありません。心の中は殿下だけなのです」
間違いない。エレノアは、リッチモンド家の利益のことなんかまったく考えていない。自分のことしか考えていない。殿下のことも考えてないと思うけど。
殿下はちょっと嫌な顔をした。
エレノアの愛が重いのかしら?
「だが、私に仕えるのではなく、私に要求するのだ。そこにあるものを取ってくれだとか、プレゼントが欲しいとか。侍従に言えばいいのに」
ああ、しょっちゅう私が代わりに物を取ったり、渡したり、こっそり侍従に指示したりしていたわね。
まあ、エレノアには無理でしょうね。そもそも慣れていないし。気も利かないし。
でも、理由はそれなの?
真実の愛は、めんどくささに勝てないの!?
「リリアン様はどうなのですか?」
一応、聞いてみた。
「リリアンもその点ではあんまり役には立たないな。だが、いつも年寄りの侍女が付いてきていて、代わりにしてくれる」
この男、チマチマ役に立つかどうかだけが、判断材料なのかい。
自宅に帰ったら早速母に提言しよう。エレノアに侍女を付けておけばいいだけだ。
「でも、二人きりでいたいときに侍女は邪魔だよ」
殿下は目を細めて見つめた。
「本当にキレイだ。こんな人だっただなんて、どうして僕にもっと早く教えてくれなかったの? 婚約破棄なんかしなかったのに」
私は黙って居た。言葉がもったいない気がしてきた。どうせ何を言っても通じないし。
「僕が嫌いなの?」
嫌い。だけど言えない。
回り中が見ている。
今日出席しているすべての貴族たち、令嬢たち、令息たち、ベロス公爵もうちの父も、それから大勢の召使たち。
国王陛下と王妃様も。
何気ない風をしながら、絶対に、殿下の動向を見ている。聞いている。
嫌いだなんて言えないではないか。誰かに聞かれたら具合が悪い。
「ああ、残念。曲が終わってしまう」
だが、殿下は思っていたほど頭が悪いわけでもなければ、人の話を聞いていなかったわけでもなかったらしい。
「あのラルフとか言う男が恋人だとは思えない。騙そうと思うな。再婚約は陛下御夫妻も望まれている」
私は呆然とした。
「再婚約を、楽しみにしているよ。君に比べればリリアンも光を失う。なんと言う美しさだ。ぜひとも自分のものにしたい」
私には、エレノアのところに行かなければならない理由があった。
彼女は優秀な王太子避けだからだ。
エレノアは婚約者候補なのに、エレノアがいる限り王太子殿下がそばに寄ってこないってどうなのかしらとは思ったが。
ビンセント様は、なにがなんでも私と踊りたかったらしい。私がエレノアのところへ戻ってくることがわかっていたらしく、エレノアとは言葉も交わさず微妙な立ち位置で待っていた。
エレノアは、デビュー以来、私のことなんか見向きもしなくなった。
お相手を乞い願う数多の若い貴族に取り囲まれ、休む暇もなく、ダンスや会話や食事を楽しんでいたからだ。
だが、今は王太子殿下の婚約者候補と言う立場上、誰とも踊るわけにもいかなかったので、渋々私を待っていた。
ビンセントは、私が戻ってくると顔を輝かせて、ダンスを申し込んだ。
「ビンセント、君の妹は、王太子殿下の婚約者候補だよね?」
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「もちろん。殿下はリリアンをことの他、気に入っていらっしゃる」
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少し離れたところで、殿下はリリアン嬢と話をしていた。
「それなのに、オーガスタ嬢にダンスを申し込むとはどういうつもりかな? オーガスタ嬢の妹のエレノア嬢も婚約者候補だ。王太子妃の座を巡って、いわば君の家とは敵対関係にあるだろう?」
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え? 何しに来るの?
その後ろから、リリアン嬢がドレスが許す限りの速さで付いてくる。
どうして殿下がこっちに向かってやってくるの?
言い争ってる二人とエレノアは、まだ気が付いていなかったが、私は大慌てで言った。
「あの、お取り込み中失礼ですけど、王太子殿下がご用があるようですわ。私、婚約破棄された身の上ですので、この場を外させていただきます」
エレノアの顔がパッと輝き、嬉しそうに殿下の方に向き直り、しかし次の瞬間、背後から迫り来るリリアン嬢を見て顔をしかめた。
よほど嫌いらしい。
「お姉様、ベロス公爵令嬢がご一緒ですわ。私、あの方がとても怖いの。一緒にいてちょうだい」
「ダメよ、王太子殿下がご一緒です」
「殿下のお相手は私が務めますから、お姉さまはベロス公爵令嬢のお相手をして」
「無理ですわ、エレノア」
それは無理だから。その二人、セットだから。それに、そもそもベロス嬢、私なんか眼中にないと思う。
「たまには役に立ちなさいよ」
しかし、ごちゃごちゃやってるうちに殿下が来てしまった。
「ごきげんよう、オーガスタ!」
殿下が弾んだ声で声をかけてきた。
私はエレノアの後ろへ回って、王太子殿下が私の顔を見ると同時にエレノアの顔が目に入る位置にスタンバイした。
「これは王太子殿下、ごきげんうるわしゅう……」
「久しぶりだね!」
「婚約破棄以来でしょうか」
「イヤなことを言うね、オーガスタ」
したのは殿下でしょ?
それと、今は他人なんで呼び捨てはやめてほしいわ。
「殿下、姉は殿下の婚約者候補ですらありませんわ。呼び捨てはおやめくださいませ」
エレノアが言うと、息を切らせて追いついてきたリリアン嬢も言った。
「殿下、リッチモンド公爵令嬢は、婚約者候補ではないのですから、呼び捨てなさらないで」
おおっ。息があったわね、おふたり。
しかし、殿下は二人を完全無視して、私に向かって話を続けた。
「今宵はまた素晴らしい美しさだ。こんなにも真紅のドレスが似合うとは思ってもいなかった。婚約者時代は常に白いドレスだったような記憶がある」
リリアン嬢がグイッと私と殿下の間に割り込んだ。
「リリアン嬢も派手なドレスが似合うと思っていたが、オーガスタ嬢には威厳があるな」
リリアン嬢が殿下の手を取った。
「殿下、まだ、踊り足りませんわ。もう一曲」
「殿下、わたくしはまだ一曲も踊っておりません。是非ともお相手をお願いしとうございますわ」
エレノアも舌っ足らずな甘え声で参戦した。
リリアン嬢は殿下の手を自分の胸のあたりに持っていっている。露骨だ。
だが、殿下は一顧だにせず、熱心に言った。
「オーガスタ、一曲お願い出来ないか? 実は婚約を戻そうと考えているんだ」
この男、天罰が当たって死ねばいいのに。
一瞬、貴族令嬢には、ふさわしからぬことを思ってしまった。
私は悪くない。
それなのに、殿下以外の五人の視線が痛い。
しかも全員、私と殿下のダンスには反対の意向ですよね。わかります。
殿下はリリアン嬢を振り切って、私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。一歩後じさるとラルフの胸に突き当たった。
「殿下、わたくしはリッチモンド公爵令嬢に婚約を願い出ております」
後ろからラルフの重々しい声が響いた。(背中から彼の胸板を通じて)
初めて、殿下は人の顔を見た。
それまで誰の話も真面目に聞いていなかったし、顔も見ていなかったのだ。
「今朝、お目にかかりましたね」
ラルフの冷たい一言に殿下は冷水を浴びせかけられたようだった。
思い出したのだ。
どうして今朝の話を忘れていたのだ。
ラルフの顔を見て、思い出さない方がおかしいと思う。
だが、殿下は笑い出した。
嫌な笑いだ。
「そうか。お前か。だが、リッチモンド公爵に黙っていて欲しかったら、おとなしくしているんだな」
ラルフ! あなた、殿下を脅すつもりだって言ってたわよね? 殿下には通じていないらしいわよ?
殿下は、リリアン嬢の手を乱暴に振り切って、私の手を取り、さっきのラルフみたいに私を引きずるようにしてダンスの場所へ連れ出した。
「この方がいい。あんな連中と一緒にいても、面白くもなんともない。そうだろう?」
私がなんとも答えないでいると、殿下は言葉を続けた。
「婚約破棄は失敗だった。せっかくオーガスタと結婚できたのに。エレノアが割り込んできたせいで」
「エレノアと婚約したいとおっしゃったのは、殿下、あなたですわ」
私は注意した。
「オーガスタもひどいよ。止めてくれたらよかったのに」
誰が止めるか。
「だって、可愛い妹があなたを心から愛しているのですもの。あなたもエレノアを愛しているとおっしゃられました。身を引くのは当然でしょう」
私はエレノアを売り込みにかかった。
「無邪気で可愛い妹ですわ。ちょっとわがままなのかもしれませんが、殿下を心底愛しています。政略や実家のことを考えているわけではありません。心の中は殿下だけなのです」
間違いない。エレノアは、リッチモンド家の利益のことなんかまったく考えていない。自分のことしか考えていない。殿下のことも考えてないと思うけど。
殿下はちょっと嫌な顔をした。
エレノアの愛が重いのかしら?
「だが、私に仕えるのではなく、私に要求するのだ。そこにあるものを取ってくれだとか、プレゼントが欲しいとか。侍従に言えばいいのに」
ああ、しょっちゅう私が代わりに物を取ったり、渡したり、こっそり侍従に指示したりしていたわね。
まあ、エレノアには無理でしょうね。そもそも慣れていないし。気も利かないし。
でも、理由はそれなの?
真実の愛は、めんどくささに勝てないの!?
「リリアン様はどうなのですか?」
一応、聞いてみた。
「リリアンもその点ではあんまり役には立たないな。だが、いつも年寄りの侍女が付いてきていて、代わりにしてくれる」
この男、チマチマ役に立つかどうかだけが、判断材料なのかい。
自宅に帰ったら早速母に提言しよう。エレノアに侍女を付けておけばいいだけだ。
「でも、二人きりでいたいときに侍女は邪魔だよ」
殿下は目を細めて見つめた。
「本当にキレイだ。こんな人だっただなんて、どうして僕にもっと早く教えてくれなかったの? 婚約破棄なんかしなかったのに」
私は黙って居た。言葉がもったいない気がしてきた。どうせ何を言っても通じないし。
「僕が嫌いなの?」
嫌い。だけど言えない。
回り中が見ている。
今日出席しているすべての貴族たち、令嬢たち、令息たち、ベロス公爵もうちの父も、それから大勢の召使たち。
国王陛下と王妃様も。
何気ない風をしながら、絶対に、殿下の動向を見ている。聞いている。
嫌いだなんて言えないではないか。誰かに聞かれたら具合が悪い。
「ああ、残念。曲が終わってしまう」
だが、殿下は思っていたほど頭が悪いわけでもなければ、人の話を聞いていなかったわけでもなかったらしい。
「あのラルフとか言う男が恋人だとは思えない。騙そうと思うな。再婚約は陛下御夫妻も望まれている」
私は呆然とした。
「再婚約を、楽しみにしているよ。君に比べればリリアンも光を失う。なんと言う美しさだ。ぜひとも自分のものにしたい」
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