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第9話 舞踏会に出撃
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侍女のソフィアは、えらく早く私が帰って来たのを見て、驚いた様子だった。
「ずいぶんお早いお帰りでございますね? お嬢様」
「ええ。ちょっといろいろあったのよ」
ソフィアになら話せる。
私は声をひそめてソフィアに言った。
「王太子殿下とベロス公爵令嬢がデートしているところに鉢合わせしちゃったのよ!」
ソフィアの顔色が変わった。
「ベロス嬢と?! 噂にはなっていましたが、それはどういうことでございましょう?」
少々生臭い話なので話していいのか迷ったが、ソフィアは私の忠実な侍女で、相応の家の貴族の夫人だったのだ。公爵家の一員として知っておいてもらわねばなるまい。
「あの二人はベロス公爵家の別邸に泊まったんじゃないかって、ラルフは言うの」
「まあ……お嬢様、エレノア様では対抗できないのでは?」
私もそれは考えていた。
エレノアには何もない。ただ、かわいらしくすねて見せたり、愛らしくまとわりついたりするだけだ。
別にそれでもいいと思うのだけれど、リリアン・ベロス嬢の大人の魅力は、まだ少年じみたところのある殿下にとって危険じゃないかしら。
「ここは最終兵器、姉のオーガスタ様の出番では?」
「えっ?」
最終兵器って何?
ソフィアを見返したが、彼女は真剣だった。微塵もふざけた様子はなかった。
「手に入りそうで入らない、孤高の美人でございます」
「えっ?」
ソフィアは熱を込めて言った。
「行きましょう! お城の舞踏会。よいではありませんか。ベロス嬢が来るのか来ないのか知りませんが、そして、仮に殿下がオーガスタ様に興味がないとおっしゃっても、他の殿方が黙って居ないでしょう! 公爵家の跡取り令嬢で、すばらしい美女でございます。ベロス嬢なんか、相手にもなりませんわ!」
あの、あの、闘志を燃やすところが間違っているのでは?
「王太子妃の地位に未練があるわけではないのよ?」
「もちろんでございますよ。でも、こんなにも美しくて非の打ちどころのないオーガスタ様を袖にして、あの下品なベロス嬢なんかをもてはやしているのを見ると腹が立ちます。どちらが上か思い知らさねば気が済みません」
上下問題?
「私は気にしてないわ」
それより、不用品(王太子殿下)の回収をしてくれてありがとう位に思っているんだけど。
「あ、でも、ダメよ。ラルフに言われたのよ。ベロス家を油断させて時間稼ぎをするために、私は海辺の別邸に残っていることにした方がいいって」
ソフィアがぎろりとにらんだ。
「油断? 時間稼ぎ? 何の必要があるんです?」
それから彼女はフフンと鼻で笑った。
「ははあ。わかりましたわ。さてはラルフ様、お嬢様をダンスパーティに出したくないのでしょう。ライバルが山ほど来ますからね」
え? そうなの?
「当たり前でございましょう! なんの取り柄もないエレノア様にまで、リッチモンド家の跡取りというだけで、わんさか殿方が押し寄せられたのでございますよ? オーガスタ様がご降臨されたら、一体、どんな騒ぎになることやら」
ソフィアのエレノア評、なんかひどい。
それに、私は生まれてこの方、お美しいとお愛想は言われても、男性からの好意は誰からも仄めかされたことすらないのよ?
「なんだかんだ、理屈をつけて他の殿方に見せたくないのでしょうよ。まあ、実力だけならラルフ様ほどの候補は確かにいませんけどね。ですけど、それはお嬢様がお選びになることです」
確かに馬車の中のラルフの理屈は、わかったような、わからなかったような。
特に、どうして恋人同士のふりをしなくちゃいけなかったのか、それがよく分からなかった。ラルフの説明を聞いた時はそうかな?って思ってしまったけれど。
ソフィアはその話を聞くと目を丸くしたが、次の瞬間、実に人の悪そうな顔をして、高らかに笑い始めた。
「牽制! 牽制でございますよ! これまでの鬱屈した思いが表に出たのですね。特に、殿下に直接言える機会を絶対逃したくなかったんですよ!」
「牽制?」
さっぱり意味が分からない。だが、ソフィアはそれどころではないらしかった。
「それより! ベロス家だって、いずれどこかで王太子殿下とリリアン嬢の仲を見せつけて挑んでくるでしょう。この際、リッチモンド家としても、オーガスタ様が正々堂々と姿を現した方がいいんじゃございませんか?」
「正々堂々と戦うのはエレノアの役目じゃないの?」
私はソフィアに聞いたが、ソフィアは無視した。
あっという間に侍女たちが呼び集められ、私の部屋は異常な熱気に包まれた。
呼ばれた母は、最初は訳が分からないと言う顔をしていたが、ソフィアの、ベロス嬢に負けるまじの闘志は、あっという間に母にも類焼し、他の侍女同様、大炎上した。
「そうなのね? ついに、証拠をつかんだと言うのね? あのあばずれ」
母は奥歯をかみしめて言った。お母さま、言葉が乱れていますわ?
「婚約者でもない二人がそんなことを。絶対にリリアン様が誘ったに違いありません。王家の別邸になんて、絶対泊まれませんからね。ロベス家の別邸に泊まったに決まってます」
ソフィアと、母付きの侍女は深くうなずき合った。
「卑怯な手口を。任せたわ。ソフィア。思う存分着飾らせてちょうだい。エレノアで勝てないなら、オーガスタをぶっこむわ」
え? なにそれ、姉妹総力戦?
「かしこまりました。リッチモンド家対ベロス家でございますね。奥様。お任せくださいませ」
なんなの? ベロス家に対して何か恨みとか、特別な敵対意識とかがあるの?
「これまで幾度となくエレノア様が涙をのんだ相手でございます。完膚なきまでに打ちのめして見せますわ」
「涙を飲んだ?」
怪訝な気持ちで私は聞いた。
エレノアの忠実な侍女のアンまでやって来て、涙を拭いた。
なんでも、最近の陛下はエレノアが近づいてもいい顔をしないらしい。
「まだ、アリサ・ボーネル伯爵令嬢くらいなら、生易しいものでございました」
アリサ・ボーネル嬢が褒められる日が来ようとは! あ、生易しいは誉め言葉じゃないか……
「さすが公爵家でございます。エレノア様がお出にならなかったお茶会の席で殿下と親密になられまして。気分が悪いと倒れ掛かったそうでございます。リリアン様は大変な巨乳で」
そりゃ凄い。
「……チョロいな殿下。そんな古典的な手に引っかかるとは」
心の声がうっかり発音されてしまったらしい。
「ええ。本当に。エレノア様は、そんな真似はなさいません」
確かに。エレノアの乳では無理かも。
「でも、それ、さすが公爵家と言う話ではないのでは?」
それはむしろ、公爵令嬢にふさわしくないような……。
「とんでもございません。そのお茶会には、本来招かれていなかったのに、公爵家の権威を振りかざして無理矢理、参加されたのでございます」
「権威を振りかざしてって、どういう意味?」
「公爵家の馬車で、他人様の邸宅の内庭まで厚かましく乗り付けて来たそうです。そして、殿下を心配だからと言うか気になるからと言うか口説いて、同乗させて、公爵家に連れて行って……」
権威どころの騒ぎじゃない。なにか犯罪臭い。それは、拉致と言うんじゃないの?
「王家の護衛は何をしていたの?」
「その日の護衛はベロス公爵家の息のかかった者ばかりだったそうでございます」
私は青ざめた。
事態の深刻さをようやく悟ったのである。
これは一朝一夕に仕組まれた計画ではない。
殿下の周りを、ベロス家の手の者が囲んでいたのだ。
「オーガスタ様の王太子妃の座は盤石でございました。オーガスタ様の美貌と、非の打ちどころのない教養や礼儀正しさ、国王陛下と王妃様もオーガスタ様が妃になられるならと歓迎されていました」
自分たちの仕事が軽減されるからである。
現金な人たちだ。
だが、ある意味、他人への評価は正しかった。
バカ王太子が、妃をエレノアに変更すると騒いだ時、最も反対したのは、王と王妃だった。
王太子妃を選ぶため、年回りのいい名家の令嬢たちは、一度は、一見意味のなさそうな殿下や王妃のお茶会などに呼ばれている。
エレノアの場合は姉の私が十分王家の要求を満たしていたのと、一家から二人は出さない原則から呼ばれなかったのだろう。
リリアン嬢の場合は、おそらく、能力的な面で早々にふるい落とされた。
だから殿下は二人を知らなかった。
多分、アリサ・ボーネル嬢も同じ理由で殿下は会ったことがなく、よく知らなかったのだろう。
すっかり大人になってから、初めて会ったのだ。
社交界には魅力的な女性がこんなにたくさんいたのかと、温室育ちの殿下には新鮮な驚きだったに違いない。
新鮮さと言うのは大きな魅力だ。
始めはエレノアが魅力的に見えた。
姉の私にはない無邪気さ、はっきりした感情、遠慮のない率直な話ぶり。
だが、多分、後発隊はエレノアより狡猾だったのだ。
「ですから、オーガスタ様が新鮮に映ればよいわけでございますよ」
エレノア付きの侍女のアンは苦々し気に言った。
「オーガスタ様のお美しさでリリアン様を平凡以下に叩きのめしてくださいませ!」
彼女はすぐにエレノアの支度に戻らなければならなかったが、一言付け加えずにはいられなかったらしい。
「もう、王太子妃の候補ではないのでございますから、今まで遠慮なさっていたことなど全部忘れて、思い切りゴージャスに着飾って、憎っくきベロス嬢をコテンパンにに叩きのめしてくださいませ!」
えええ…… 私はどうしたらいいの……
エレノアから嫌がらせを言われたり、馬鹿にしたようなことばかり言われてきたので、もう面倒になって出来るだけ王太子殿下の婚約者選びの話題からは遠ざかってきた。
それに私は敗残者。妹の言い分によれば、何の魅力もない、つまらない女で、そのために殿下に捨てられたのだ。
これまでだって、それなりに着飾って来たのに、結局、殿下には棄てられてしまったのだ。これ以上どうしろと?
しかし、頬を真っ赤に染めて、なにやら嬉しそうにソフィアが腕一杯に抱えて持ってきたのは、真紅のドレスだった。
王太子妃候補にはふさわしくないドレスだからと着たことのない、ド派手な衣装だった。
「常々、お嬢様にはこちらの方がお似合いだと思っておりました」
ソフィアは宣言した。
私は後ずさりした。
「似合わないと思うわ!」
「絶対にお似合いです! 清楚で慎まやかな上品なドレスばかりで、印象が薄かったのです! お嬢様がお召しになれば、どんなに下品なドレスでもただの華やかなドレス、行き過ぎたド派手ドレスもインパクト抜群の心に残るドレスに大変身ですわ!」
そんなことあるわけないでしょう! 何を着せるつもりなの?
「さあ、出陣です! 女の戦いですわ!」
「……は、はあ?」
「忘れてはなりません。お妹様のエレノア様の敵討ちですわ」
それが全然わからない。被害者はわたくしの方なのよ? なんでエレノアの敵討ちなんかしなくちゃいけないの?
______________
がんばれ、オーガスタ。
「ずいぶんお早いお帰りでございますね? お嬢様」
「ええ。ちょっといろいろあったのよ」
ソフィアになら話せる。
私は声をひそめてソフィアに言った。
「王太子殿下とベロス公爵令嬢がデートしているところに鉢合わせしちゃったのよ!」
ソフィアの顔色が変わった。
「ベロス嬢と?! 噂にはなっていましたが、それはどういうことでございましょう?」
少々生臭い話なので話していいのか迷ったが、ソフィアは私の忠実な侍女で、相応の家の貴族の夫人だったのだ。公爵家の一員として知っておいてもらわねばなるまい。
「あの二人はベロス公爵家の別邸に泊まったんじゃないかって、ラルフは言うの」
「まあ……お嬢様、エレノア様では対抗できないのでは?」
私もそれは考えていた。
エレノアには何もない。ただ、かわいらしくすねて見せたり、愛らしくまとわりついたりするだけだ。
別にそれでもいいと思うのだけれど、リリアン・ベロス嬢の大人の魅力は、まだ少年じみたところのある殿下にとって危険じゃないかしら。
「ここは最終兵器、姉のオーガスタ様の出番では?」
「えっ?」
最終兵器って何?
ソフィアを見返したが、彼女は真剣だった。微塵もふざけた様子はなかった。
「手に入りそうで入らない、孤高の美人でございます」
「えっ?」
ソフィアは熱を込めて言った。
「行きましょう! お城の舞踏会。よいではありませんか。ベロス嬢が来るのか来ないのか知りませんが、そして、仮に殿下がオーガスタ様に興味がないとおっしゃっても、他の殿方が黙って居ないでしょう! 公爵家の跡取り令嬢で、すばらしい美女でございます。ベロス嬢なんか、相手にもなりませんわ!」
あの、あの、闘志を燃やすところが間違っているのでは?
「王太子妃の地位に未練があるわけではないのよ?」
「もちろんでございますよ。でも、こんなにも美しくて非の打ちどころのないオーガスタ様を袖にして、あの下品なベロス嬢なんかをもてはやしているのを見ると腹が立ちます。どちらが上か思い知らさねば気が済みません」
上下問題?
「私は気にしてないわ」
それより、不用品(王太子殿下)の回収をしてくれてありがとう位に思っているんだけど。
「あ、でも、ダメよ。ラルフに言われたのよ。ベロス家を油断させて時間稼ぎをするために、私は海辺の別邸に残っていることにした方がいいって」
ソフィアがぎろりとにらんだ。
「油断? 時間稼ぎ? 何の必要があるんです?」
それから彼女はフフンと鼻で笑った。
「ははあ。わかりましたわ。さてはラルフ様、お嬢様をダンスパーティに出したくないのでしょう。ライバルが山ほど来ますからね」
え? そうなの?
「当たり前でございましょう! なんの取り柄もないエレノア様にまで、リッチモンド家の跡取りというだけで、わんさか殿方が押し寄せられたのでございますよ? オーガスタ様がご降臨されたら、一体、どんな騒ぎになることやら」
ソフィアのエレノア評、なんかひどい。
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「なんだかんだ、理屈をつけて他の殿方に見せたくないのでしょうよ。まあ、実力だけならラルフ様ほどの候補は確かにいませんけどね。ですけど、それはお嬢様がお選びになることです」
確かに馬車の中のラルフの理屈は、わかったような、わからなかったような。
特に、どうして恋人同士のふりをしなくちゃいけなかったのか、それがよく分からなかった。ラルフの説明を聞いた時はそうかな?って思ってしまったけれど。
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「牽制! 牽制でございますよ! これまでの鬱屈した思いが表に出たのですね。特に、殿下に直接言える機会を絶対逃したくなかったんですよ!」
「牽制?」
さっぱり意味が分からない。だが、ソフィアはそれどころではないらしかった。
「それより! ベロス家だって、いずれどこかで王太子殿下とリリアン嬢の仲を見せつけて挑んでくるでしょう。この際、リッチモンド家としても、オーガスタ様が正々堂々と姿を現した方がいいんじゃございませんか?」
「正々堂々と戦うのはエレノアの役目じゃないの?」
私はソフィアに聞いたが、ソフィアは無視した。
あっという間に侍女たちが呼び集められ、私の部屋は異常な熱気に包まれた。
呼ばれた母は、最初は訳が分からないと言う顔をしていたが、ソフィアの、ベロス嬢に負けるまじの闘志は、あっという間に母にも類焼し、他の侍女同様、大炎上した。
「そうなのね? ついに、証拠をつかんだと言うのね? あのあばずれ」
母は奥歯をかみしめて言った。お母さま、言葉が乱れていますわ?
「婚約者でもない二人がそんなことを。絶対にリリアン様が誘ったに違いありません。王家の別邸になんて、絶対泊まれませんからね。ロベス家の別邸に泊まったに決まってます」
ソフィアと、母付きの侍女は深くうなずき合った。
「卑怯な手口を。任せたわ。ソフィア。思う存分着飾らせてちょうだい。エレノアで勝てないなら、オーガスタをぶっこむわ」
え? なにそれ、姉妹総力戦?
「かしこまりました。リッチモンド家対ベロス家でございますね。奥様。お任せくださいませ」
なんなの? ベロス家に対して何か恨みとか、特別な敵対意識とかがあるの?
「これまで幾度となくエレノア様が涙をのんだ相手でございます。完膚なきまでに打ちのめして見せますわ」
「涙を飲んだ?」
怪訝な気持ちで私は聞いた。
エレノアの忠実な侍女のアンまでやって来て、涙を拭いた。
なんでも、最近の陛下はエレノアが近づいてもいい顔をしないらしい。
「まだ、アリサ・ボーネル伯爵令嬢くらいなら、生易しいものでございました」
アリサ・ボーネル嬢が褒められる日が来ようとは! あ、生易しいは誉め言葉じゃないか……
「さすが公爵家でございます。エレノア様がお出にならなかったお茶会の席で殿下と親密になられまして。気分が悪いと倒れ掛かったそうでございます。リリアン様は大変な巨乳で」
そりゃ凄い。
「……チョロいな殿下。そんな古典的な手に引っかかるとは」
心の声がうっかり発音されてしまったらしい。
「ええ。本当に。エレノア様は、そんな真似はなさいません」
確かに。エレノアの乳では無理かも。
「でも、それ、さすが公爵家と言う話ではないのでは?」
それはむしろ、公爵令嬢にふさわしくないような……。
「とんでもございません。そのお茶会には、本来招かれていなかったのに、公爵家の権威を振りかざして無理矢理、参加されたのでございます」
「権威を振りかざしてって、どういう意味?」
「公爵家の馬車で、他人様の邸宅の内庭まで厚かましく乗り付けて来たそうです。そして、殿下を心配だからと言うか気になるからと言うか口説いて、同乗させて、公爵家に連れて行って……」
権威どころの騒ぎじゃない。なにか犯罪臭い。それは、拉致と言うんじゃないの?
「王家の護衛は何をしていたの?」
「その日の護衛はベロス公爵家の息のかかった者ばかりだったそうでございます」
私は青ざめた。
事態の深刻さをようやく悟ったのである。
これは一朝一夕に仕組まれた計画ではない。
殿下の周りを、ベロス家の手の者が囲んでいたのだ。
「オーガスタ様の王太子妃の座は盤石でございました。オーガスタ様の美貌と、非の打ちどころのない教養や礼儀正しさ、国王陛下と王妃様もオーガスタ様が妃になられるならと歓迎されていました」
自分たちの仕事が軽減されるからである。
現金な人たちだ。
だが、ある意味、他人への評価は正しかった。
バカ王太子が、妃をエレノアに変更すると騒いだ時、最も反対したのは、王と王妃だった。
王太子妃を選ぶため、年回りのいい名家の令嬢たちは、一度は、一見意味のなさそうな殿下や王妃のお茶会などに呼ばれている。
エレノアの場合は姉の私が十分王家の要求を満たしていたのと、一家から二人は出さない原則から呼ばれなかったのだろう。
リリアン嬢の場合は、おそらく、能力的な面で早々にふるい落とされた。
だから殿下は二人を知らなかった。
多分、アリサ・ボーネル嬢も同じ理由で殿下は会ったことがなく、よく知らなかったのだろう。
すっかり大人になってから、初めて会ったのだ。
社交界には魅力的な女性がこんなにたくさんいたのかと、温室育ちの殿下には新鮮な驚きだったに違いない。
新鮮さと言うのは大きな魅力だ。
始めはエレノアが魅力的に見えた。
姉の私にはない無邪気さ、はっきりした感情、遠慮のない率直な話ぶり。
だが、多分、後発隊はエレノアより狡猾だったのだ。
「ですから、オーガスタ様が新鮮に映ればよいわけでございますよ」
エレノア付きの侍女のアンは苦々し気に言った。
「オーガスタ様のお美しさでリリアン様を平凡以下に叩きのめしてくださいませ!」
彼女はすぐにエレノアの支度に戻らなければならなかったが、一言付け加えずにはいられなかったらしい。
「もう、王太子妃の候補ではないのでございますから、今まで遠慮なさっていたことなど全部忘れて、思い切りゴージャスに着飾って、憎っくきベロス嬢をコテンパンにに叩きのめしてくださいませ!」
えええ…… 私はどうしたらいいの……
エレノアから嫌がらせを言われたり、馬鹿にしたようなことばかり言われてきたので、もう面倒になって出来るだけ王太子殿下の婚約者選びの話題からは遠ざかってきた。
それに私は敗残者。妹の言い分によれば、何の魅力もない、つまらない女で、そのために殿下に捨てられたのだ。
これまでだって、それなりに着飾って来たのに、結局、殿下には棄てられてしまったのだ。これ以上どうしろと?
しかし、頬を真っ赤に染めて、なにやら嬉しそうにソフィアが腕一杯に抱えて持ってきたのは、真紅のドレスだった。
王太子妃候補にはふさわしくないドレスだからと着たことのない、ド派手な衣装だった。
「常々、お嬢様にはこちらの方がお似合いだと思っておりました」
ソフィアは宣言した。
私は後ずさりした。
「似合わないと思うわ!」
「絶対にお似合いです! 清楚で慎まやかな上品なドレスばかりで、印象が薄かったのです! お嬢様がお召しになれば、どんなに下品なドレスでもただの華やかなドレス、行き過ぎたド派手ドレスもインパクト抜群の心に残るドレスに大変身ですわ!」
そんなことあるわけないでしょう! 何を着せるつもりなの?
「さあ、出陣です! 女の戦いですわ!」
「……は、はあ?」
「忘れてはなりません。お妹様のエレノア様の敵討ちですわ」
それが全然わからない。被害者はわたくしの方なのよ? なんでエレノアの敵討ちなんかしなくちゃいけないの?
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