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第4話 婚約者問題白紙化
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どうしてバレたのかしら。
みんなにバレバレなのかしら。マズイわ。
あ、でも、殿下には全くバレてませんわ。それは保証しますけれど。
「オーガスタ、お前もわかっているのだと思っていた。殿下はエレノアが好きなわけじゃないんだ。お前のことが……」
私は父をさえぎった。
「うちがそこまであの王太子に肩入れする必要がわかりませんわ」
私はやんわりと言った。
「殿下は、政治向きの方ではないかもしれませんわ」
父は驚いた様子も見せなかった。知っているのだろう。
「なんというか覚悟の足りない方です」
「だからこそお前が良いのだ。殿下をフォローできるだろう」
「私の言うことを聞かないと思いますわ。私に不満を抱いていらっしゃいます」
お父さま、ココ! ここが最重要ポイントなんです!
「私が嫁いでも意味はないと思います」
「そんなことはない。たとえ、王太子との仲が絶対的に悪くても妃は妃だ。殿下はお前のことを……」
「そうは参りませんでしょう。お気に召された方を大勢作られると思います」
「先のことはわからないが、公式の妃は違う……」
「妃の影響力はないでしょう。そして、わたくしが提言したことと反対のことをなさるかもしれません」
殿下は私と一緒の時、不満そうにしていることがよくある。あれはやっぱり、指図されるのが嫌なのだと思うわ。
「お前ほどの美人なら……」
誰しも好みのタイプの美人ってもんがありますのよ?
「さあ、殿下の趣味がわかりません。かえってエレノアの方が、殿下をつなぎとめるのはうまいかもわかりません」
父が黙った。
「エレノアにしたところで、最初はとにかく、ずっと一人だけお気に入りと言う訳にはいかなくなるかもしれません。でも公爵家から嫁いだ正式の妻。殿下がかわいいとお思いになるなら、ある程度は影響力を残していくことでしょう。殿下に強力にエレノアを望んでいただくのはいい方法かもしれません」
父はムスッとした。
「お前はそこまで殿下が嫌いか」
「あら。殿下が私をお嫌いなのですわ。でなかったら、エレノアと出かけたりしませんでしょ?」
私は父の意図を理解して行動してするが、妹の場合はそうはいかない。
そもそもエレノアだと損得勘定の理屈が通らない可能性があった。父の手駒として、動いてくれるかどうかわからない。
「とにかく殿下は、今はエレノアに夢中ですわ」
結論から言うと、一週間後、私は完全に殿下の婚約者候補から外れた。
頬を染めた王太子殿下たってのご希望である。
「オーガスタ嬢は冷たい。自宅では妹のエレノア嬢をいじめ抜いていると聞いた。ドレスを取り上げたら、宝石を巻き上げたり……」
それをいじめと言うなら、いじめられているのは私ですよ。
さすがにこのくだりは公表されなかった。
殿下とエレノアは公表したがったが、無分別にも程がある。
考えなしの殿下はとにかく、なんでエレノアがそんなことを公表したがったんだか、わからない。もう少し頭がいいと思っていた。
こんなことを表沙汰にしたら、生家の公爵家が恥をかくだけだ。さらには、自分の値打ちも下がってしまう。どこのシンデレラ気取りだ。義妹でもなんでもないのに。
何年も王太子妃を目指して(目指させられて)苦労した挙句の果てが、こんなチョロイ理由でパーになってしまったのは、さすがに悔しかった。
「お姉さまには、女性としての魅力がおありにならないから」
こんなことを、本人の目の前で言うエレノアもエレノアである。
こんな妹に勝利宣言されると余計腹が立つ。殿下そのものは、どんなに金髪で青い目をしていても、本気でどうでもいいけど。
覚えとけよ、とか言いたいくらいだ。
一家から二人も候補が出るのはおかしいので、正式に私は降りて、妹のエレノアが婚約者候補として名乗り出ることとなった。
父はカンカンになって怒ったが、エレノアはガンとして譲らなかった。お姉様に魅力がないのが理由なのだから、自分の責任じゃないし、殿下が自分(エレノア)に惚れ込んだんだからと言い募った。
さすがの父も折れるしかなかった。
肝心の殿下が意気揚々と婚約破棄を力説する上に、同じ家の娘である。反対する理由がない。
王太子殿下の婚約者のすげ替えは公表せざるを得ない。
当然理由が詮索される。
姉のイジメの件はとにかく、元の婚約者を嫌っての婚約破棄に間違いはないだろう。
正確には婚約者が決まって公表される寸前だったので、婚約者候補が差し替えになったわけだ。
あんまりうれしくない。
「ほとぼりが冷めたら、お前には誰か別の良い婚約者を探さねばなるまい」
父はため息をつきながら言った。
そんなにうまい具合に見つかるかしら。
でも、見つけてくださるつもりはおありなのね。
私のことなど、どうでもいいのかと疑ってしまいましたわ、この一連の婚約騒動で。
それはとにかく、エレノアは思い通りに事が進み、まさしく順風満帆、堂々と社交界に君臨した。
見目麗しい王太子殿下に愛される未来の妃殿下である。
ただ、エレノアは忘れていた。と言うか気が付いていなかった。
王太子殿下に取り入りたい娘は大勢いるのである。
相手が私だから、みんな黙って居たのだ。
公爵家の娘。
自分で言うのもなんだけど、ふさわしい感じの美人(つまり、王家っぽい、正統派の美人)、品行方正、感情的でない性格。
王妃がヒステリーだとみんな苦労するよね。
そして、礼儀正しく、一言で言えば隙のない、王家に嫁いでも納得できるタイプ。
王妃様の折り紙付き。
「でも、魅力がないのよ!」
妹は痛いところを突いてきた。
侍女のソフィアは、そんなことはございませんと言って必死で私をなぐさめてくれたが、確かに社交界デビュー後、あっという間に話題をさらい、求婚者が引きも切らなかった妹に比べると、私の戦歴はほぼゼロだ。
まあ、王太子妃候補なので、誰も声もかけられなかったのだろうと(一応は)納得していたが。
宮廷はざわざわしていた。
そして父は最近はいつも渋い顔をしていた。
私はダンスパーティにせよ、お茶会にせよ、行くとろくでもないことになりそうなので、最近は引きこもりがちだった。だが、噂は、宮廷にちゃんとした地位があるくせに父の私設秘書みたいになってるラルフや、騎士のくせに父の相談役みたいになっているゲイリーを通じて入ってくる。
彼らは、私がどういう風に噂されているかは教えてくれなかった。
だけど、私の陰で蠢《うごめ》いていた令嬢たちは、今頃さぞ鬱憤《うっぷん》を晴らしているのだろうな。
私自身は、殿下の婚約者になりたかったわけじゃなかった。
だから、本当にほっとしている。
だけど、多分、そんなことを言っても誰一人、本気にしないだろうし、負け犬の遠吠えとか、酸っぱいブドウと言われるのがオチだろう。
エレノアは絶好調だったが、彼女は気が付いていない。
エレノア程度の美女は宮廷にたくさんいるのだということに。
エレノアが自慢できるのは公爵家令嬢と言う身分だけ。別に特に頭がいいわけでもなければ、社交術に優長けてわけでもない。
感情がわかりやすくて、親しみやすいってことは、よほどでない限り、隙が多いってことだ。
そして決定的にまずかったのは、殿下が気が付いてしまったのだ。
王太子妃は、自分の意志で変更できると言うことに。
エレノアと殿下との婚約は、私の後釜と言うことでほぼ秒読み状態のはずだったのに、殿下がアリサ・ボーネル伯爵令嬢と知り合ったあたりからあやしくなってきた。
それまで、婚約者候補とお茶くらいしかしたことのなかった初心な殿下は、じゃれつくエレノアとゴチャゴチャやっているうちに、何かの自制心が外れてしまったらしい。
何しろ、殿下は絶世の美男子だ。
本気で殿下に惚れ込む令嬢も多い。
殿下は私と出歩くくらいしか、女性とのお付き合いがなかったと思うので、きっととても、新鮮に感じたに違いない。
いろんな女性に気軽に声をかけ、話をし、踊るようになった。
こうなると、だんだん誰が本命なのか混戦状態になってきた。
「まあ、いっそいい傾向じゃないかしら?」
私は、王宮で催されたダンスパーティの晩、私のエスコート役を引き受けてくれた、従兄弟のラルフ・オールバンスと並んで見物に徹していた。
エスコート役がいないダンスパーティなんか出たくなかったが、王宮のダンスパーティに欠席は出来ない。エスコート役には、父がラルフを選んで押し付けてきた。
「父上に頼まれまして」
こういう時、兄か弟がいれば便利なのだが、当家は二人姉妹。従兄妹のラルフにお鉢が回ってくるのは仕方なかった。親戚な上、父の部下だ。
私はそろそろ引きこもりを脱しないといけなかった。
私の感情とは別に貴族令嬢には役割がある。
ラルフが真面目くさって丁重にエスコートをしてくれた。
ラルフはまだ若かった。父の姉の子で私より五歳くらい上。何年か前に公爵家にやって来た。その後、父の後押しで文官として職を得ている。
殿下と違って、髪が黒く、引き締まった顔つきだった。文官なのだが、大柄で騎士と言っても十分通用する体格だった。
実際、父にきわめて忠実な騎士ゲイリー・チェスターも、ラルフの剣の腕を騎士になったらよかったのにと惜しがっていた。
「問題は誰を選ぶかになってきましたね」
ラルフが言った。彼の祖父は先々代の王なのだ。血筋から言えば、これ以上の家柄はなかった。ただ、先々代の王は子だくさんで王孫は大勢いたので、ありがたみが少なく、更に言うなら、王孫にまで領地の工面がつかなかったので、全員貧乏だった。
だが、身分としてはケチのつけようがないので、こんな場合の相手にはうってつけだ。
「エレノアではないかも知れなくなってきたわ」
殿下以外の男性とふたりで夜会に出るなんて初めてだ。
殿下と一緒に居る時と比べると、こんなに気楽なのかしらと私は驚いた。
誰も私を見ない。
私はうっとりと夜会の様子を見物した。
外から見ればこんな感じだったのね。
「ところで、オーガスタ嬢」
ラルフが話しかけてきた。
「来週、ウマで遠乗りに行きませんか? あなたの乗馬の腕はなかなかのものだと聞いているので」
「え?」
ちょっと驚いた。
冷静沈着で仕事一筋のラルフがこんなことを言ってくるだなんておかしい。
でも、よく考えたら、私は今は自由の身だった。誰の婚約者でもない。その上、エレノアが王太子と婚約するのだったら、私が公爵家の跡取り娘になってしまう。
つまり、エレノアの代わりに私と結婚する男性が公爵家を取り仕切ることになる。
なるほど。
私はラルフの顔を見た。
私に夫が決まれば、ラルフは自動的にその人物に仕える身の上になってしまう。
そう言うことか。
それくらいなら、いっそ娘婿に立候補して自分が跡継ぎになってしまえばいいと彼が考えてもおかしくない。
ラルフがエレノアに求婚したと言う話は聞いたことがなかったが、私が知らないだけかもしれなかった。
そのためのお誘いと言う訳なのね。
「来週末は、陛下のダンスパーティーの招待状が来ているの。女性は準備にいろいろと時間がかかるのよ」
やんわりお断りした。
「それなら、今晩は踊りませんか? もう婚約者候補ではないのだから構わないでしょう」
私は笑った。王太子妃を外された私の動向が人の噂になることもわかっていた。
愛らしさに勝る妹に出し抜かれた、美人なだけの間抜けな姉を、陰で嗤う輩が多いこともわかっていた。
「当面、ダンスは控えた方がいいかもしれないと思っていますの」
彼は父の部下なので自邸にもしょっちゅう出入りしていた。私が王太子妃になった暁には、名門伯爵家の嫡子であり優秀な官僚でもある彼は、父と共に私を支えるはずだった。
だからラルフとは非常に親しい、しかしきわめて事務的な付き合いだった。急に恋人風に振舞われても、なんだかピンとこない。
「なのに、夜会には出るんですね?」
「出ないと、きっとすごく評価が下がると思うの。きれいにして出席するように心がけないと」
「とてもきれいだ、本当に」
ラルフはいかにも心を込めたふうに言ってくれたが、私はもう、笑うしかなかった。
みんなにバレバレなのかしら。マズイわ。
あ、でも、殿下には全くバレてませんわ。それは保証しますけれど。
「オーガスタ、お前もわかっているのだと思っていた。殿下はエレノアが好きなわけじゃないんだ。お前のことが……」
私は父をさえぎった。
「うちがそこまであの王太子に肩入れする必要がわかりませんわ」
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「殿下は、政治向きの方ではないかもしれませんわ」
父は驚いた様子も見せなかった。知っているのだろう。
「なんというか覚悟の足りない方です」
「だからこそお前が良いのだ。殿下をフォローできるだろう」
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お父さま、ココ! ここが最重要ポイントなんです!
「私が嫁いでも意味はないと思います」
「そんなことはない。たとえ、王太子との仲が絶対的に悪くても妃は妃だ。殿下はお前のことを……」
「そうは参りませんでしょう。お気に召された方を大勢作られると思います」
「先のことはわからないが、公式の妃は違う……」
「妃の影響力はないでしょう。そして、わたくしが提言したことと反対のことをなさるかもしれません」
殿下は私と一緒の時、不満そうにしていることがよくある。あれはやっぱり、指図されるのが嫌なのだと思うわ。
「お前ほどの美人なら……」
誰しも好みのタイプの美人ってもんがありますのよ?
「さあ、殿下の趣味がわかりません。かえってエレノアの方が、殿下をつなぎとめるのはうまいかもわかりません」
父が黙った。
「エレノアにしたところで、最初はとにかく、ずっと一人だけお気に入りと言う訳にはいかなくなるかもしれません。でも公爵家から嫁いだ正式の妻。殿下がかわいいとお思いになるなら、ある程度は影響力を残していくことでしょう。殿下に強力にエレノアを望んでいただくのはいい方法かもしれません」
父はムスッとした。
「お前はそこまで殿下が嫌いか」
「あら。殿下が私をお嫌いなのですわ。でなかったら、エレノアと出かけたりしませんでしょ?」
私は父の意図を理解して行動してするが、妹の場合はそうはいかない。
そもそもエレノアだと損得勘定の理屈が通らない可能性があった。父の手駒として、動いてくれるかどうかわからない。
「とにかく殿下は、今はエレノアに夢中ですわ」
結論から言うと、一週間後、私は完全に殿下の婚約者候補から外れた。
頬を染めた王太子殿下たってのご希望である。
「オーガスタ嬢は冷たい。自宅では妹のエレノア嬢をいじめ抜いていると聞いた。ドレスを取り上げたら、宝石を巻き上げたり……」
それをいじめと言うなら、いじめられているのは私ですよ。
さすがにこのくだりは公表されなかった。
殿下とエレノアは公表したがったが、無分別にも程がある。
考えなしの殿下はとにかく、なんでエレノアがそんなことを公表したがったんだか、わからない。もう少し頭がいいと思っていた。
こんなことを表沙汰にしたら、生家の公爵家が恥をかくだけだ。さらには、自分の値打ちも下がってしまう。どこのシンデレラ気取りだ。義妹でもなんでもないのに。
何年も王太子妃を目指して(目指させられて)苦労した挙句の果てが、こんなチョロイ理由でパーになってしまったのは、さすがに悔しかった。
「お姉さまには、女性としての魅力がおありにならないから」
こんなことを、本人の目の前で言うエレノアもエレノアである。
こんな妹に勝利宣言されると余計腹が立つ。殿下そのものは、どんなに金髪で青い目をしていても、本気でどうでもいいけど。
覚えとけよ、とか言いたいくらいだ。
一家から二人も候補が出るのはおかしいので、正式に私は降りて、妹のエレノアが婚約者候補として名乗り出ることとなった。
父はカンカンになって怒ったが、エレノアはガンとして譲らなかった。お姉様に魅力がないのが理由なのだから、自分の責任じゃないし、殿下が自分(エレノア)に惚れ込んだんだからと言い募った。
さすがの父も折れるしかなかった。
肝心の殿下が意気揚々と婚約破棄を力説する上に、同じ家の娘である。反対する理由がない。
王太子殿下の婚約者のすげ替えは公表せざるを得ない。
当然理由が詮索される。
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正確には婚約者が決まって公表される寸前だったので、婚約者候補が差し替えになったわけだ。
あんまりうれしくない。
「ほとぼりが冷めたら、お前には誰か別の良い婚約者を探さねばなるまい」
父はため息をつきながら言った。
そんなにうまい具合に見つかるかしら。
でも、見つけてくださるつもりはおありなのね。
私のことなど、どうでもいいのかと疑ってしまいましたわ、この一連の婚約騒動で。
それはとにかく、エレノアは思い通りに事が進み、まさしく順風満帆、堂々と社交界に君臨した。
見目麗しい王太子殿下に愛される未来の妃殿下である。
ただ、エレノアは忘れていた。と言うか気が付いていなかった。
王太子殿下に取り入りたい娘は大勢いるのである。
相手が私だから、みんな黙って居たのだ。
公爵家の娘。
自分で言うのもなんだけど、ふさわしい感じの美人(つまり、王家っぽい、正統派の美人)、品行方正、感情的でない性格。
王妃がヒステリーだとみんな苦労するよね。
そして、礼儀正しく、一言で言えば隙のない、王家に嫁いでも納得できるタイプ。
王妃様の折り紙付き。
「でも、魅力がないのよ!」
妹は痛いところを突いてきた。
侍女のソフィアは、そんなことはございませんと言って必死で私をなぐさめてくれたが、確かに社交界デビュー後、あっという間に話題をさらい、求婚者が引きも切らなかった妹に比べると、私の戦歴はほぼゼロだ。
まあ、王太子妃候補なので、誰も声もかけられなかったのだろうと(一応は)納得していたが。
宮廷はざわざわしていた。
そして父は最近はいつも渋い顔をしていた。
私はダンスパーティにせよ、お茶会にせよ、行くとろくでもないことになりそうなので、最近は引きこもりがちだった。だが、噂は、宮廷にちゃんとした地位があるくせに父の私設秘書みたいになってるラルフや、騎士のくせに父の相談役みたいになっているゲイリーを通じて入ってくる。
彼らは、私がどういう風に噂されているかは教えてくれなかった。
だけど、私の陰で蠢《うごめ》いていた令嬢たちは、今頃さぞ鬱憤《うっぷん》を晴らしているのだろうな。
私自身は、殿下の婚約者になりたかったわけじゃなかった。
だから、本当にほっとしている。
だけど、多分、そんなことを言っても誰一人、本気にしないだろうし、負け犬の遠吠えとか、酸っぱいブドウと言われるのがオチだろう。
エレノアは絶好調だったが、彼女は気が付いていない。
エレノア程度の美女は宮廷にたくさんいるのだということに。
エレノアが自慢できるのは公爵家令嬢と言う身分だけ。別に特に頭がいいわけでもなければ、社交術に優長けてわけでもない。
感情がわかりやすくて、親しみやすいってことは、よほどでない限り、隙が多いってことだ。
そして決定的にまずかったのは、殿下が気が付いてしまったのだ。
王太子妃は、自分の意志で変更できると言うことに。
エレノアと殿下との婚約は、私の後釜と言うことでほぼ秒読み状態のはずだったのに、殿下がアリサ・ボーネル伯爵令嬢と知り合ったあたりからあやしくなってきた。
それまで、婚約者候補とお茶くらいしかしたことのなかった初心な殿下は、じゃれつくエレノアとゴチャゴチャやっているうちに、何かの自制心が外れてしまったらしい。
何しろ、殿下は絶世の美男子だ。
本気で殿下に惚れ込む令嬢も多い。
殿下は私と出歩くくらいしか、女性とのお付き合いがなかったと思うので、きっととても、新鮮に感じたに違いない。
いろんな女性に気軽に声をかけ、話をし、踊るようになった。
こうなると、だんだん誰が本命なのか混戦状態になってきた。
「まあ、いっそいい傾向じゃないかしら?」
私は、王宮で催されたダンスパーティの晩、私のエスコート役を引き受けてくれた、従兄弟のラルフ・オールバンスと並んで見物に徹していた。
エスコート役がいないダンスパーティなんか出たくなかったが、王宮のダンスパーティに欠席は出来ない。エスコート役には、父がラルフを選んで押し付けてきた。
「父上に頼まれまして」
こういう時、兄か弟がいれば便利なのだが、当家は二人姉妹。従兄妹のラルフにお鉢が回ってくるのは仕方なかった。親戚な上、父の部下だ。
私はそろそろ引きこもりを脱しないといけなかった。
私の感情とは別に貴族令嬢には役割がある。
ラルフが真面目くさって丁重にエスコートをしてくれた。
ラルフはまだ若かった。父の姉の子で私より五歳くらい上。何年か前に公爵家にやって来た。その後、父の後押しで文官として職を得ている。
殿下と違って、髪が黒く、引き締まった顔つきだった。文官なのだが、大柄で騎士と言っても十分通用する体格だった。
実際、父にきわめて忠実な騎士ゲイリー・チェスターも、ラルフの剣の腕を騎士になったらよかったのにと惜しがっていた。
「問題は誰を選ぶかになってきましたね」
ラルフが言った。彼の祖父は先々代の王なのだ。血筋から言えば、これ以上の家柄はなかった。ただ、先々代の王は子だくさんで王孫は大勢いたので、ありがたみが少なく、更に言うなら、王孫にまで領地の工面がつかなかったので、全員貧乏だった。
だが、身分としてはケチのつけようがないので、こんな場合の相手にはうってつけだ。
「エレノアではないかも知れなくなってきたわ」
殿下以外の男性とふたりで夜会に出るなんて初めてだ。
殿下と一緒に居る時と比べると、こんなに気楽なのかしらと私は驚いた。
誰も私を見ない。
私はうっとりと夜会の様子を見物した。
外から見ればこんな感じだったのね。
「ところで、オーガスタ嬢」
ラルフが話しかけてきた。
「来週、ウマで遠乗りに行きませんか? あなたの乗馬の腕はなかなかのものだと聞いているので」
「え?」
ちょっと驚いた。
冷静沈着で仕事一筋のラルフがこんなことを言ってくるだなんておかしい。
でも、よく考えたら、私は今は自由の身だった。誰の婚約者でもない。その上、エレノアが王太子と婚約するのだったら、私が公爵家の跡取り娘になってしまう。
つまり、エレノアの代わりに私と結婚する男性が公爵家を取り仕切ることになる。
なるほど。
私はラルフの顔を見た。
私に夫が決まれば、ラルフは自動的にその人物に仕える身の上になってしまう。
そう言うことか。
それくらいなら、いっそ娘婿に立候補して自分が跡継ぎになってしまえばいいと彼が考えてもおかしくない。
ラルフがエレノアに求婚したと言う話は聞いたことがなかったが、私が知らないだけかもしれなかった。
そのためのお誘いと言う訳なのね。
「来週末は、陛下のダンスパーティーの招待状が来ているの。女性は準備にいろいろと時間がかかるのよ」
やんわりお断りした。
「それなら、今晩は踊りませんか? もう婚約者候補ではないのだから構わないでしょう」
私は笑った。王太子妃を外された私の動向が人の噂になることもわかっていた。
愛らしさに勝る妹に出し抜かれた、美人なだけの間抜けな姉を、陰で嗤う輩が多いこともわかっていた。
「当面、ダンスは控えた方がいいかもしれないと思っていますの」
彼は父の部下なので自邸にもしょっちゅう出入りしていた。私が王太子妃になった暁には、名門伯爵家の嫡子であり優秀な官僚でもある彼は、父と共に私を支えるはずだった。
だからラルフとは非常に親しい、しかしきわめて事務的な付き合いだった。急に恋人風に振舞われても、なんだかピンとこない。
「なのに、夜会には出るんですね?」
「出ないと、きっとすごく評価が下がると思うの。きれいにして出席するように心がけないと」
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ラルフはいかにも心を込めたふうに言ってくれたが、私はもう、笑うしかなかった。
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