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第1話 姉の婚約者を欲しがる妹

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 私は筆頭公爵家リッチモンド家の長女で当年十七歳。



 リッチモンド家に男の子はいない。



 私と……一歳年下に妹のエレノアがいるだけだ。



 とてもかわいらしい、でも、私のものは何でも取って行ってしまう妹が。







 私は、十四歳の頃には、王太子殿下の婚約者の最有力候補になっていた。



 そして自由気ままに遊び惚ほうけている妹のエレノアをうらやましく思いながら、王太子妃教育にいそしんでいた。



 エレノアはお茶会だの、ショッピングだの、好き放題してるのに。

 そして、時々、お姉様は地味ねえ、ファッションセンスがないんだわ、とか言いに来た。

 王太子妃候補なんだから、楚々とした上品なドレスしか着られなかったのよ。

 王太子妃になんか、なりたくないのに。





 そしてある日、父が、私を書斎に呼び出した。かたわらでは、母の公爵夫人がにこやかに笑っていた。



「王家から、ついに正式な婚約のお申込みが来たのよ、オーガスタ」





 だが、その時、バーンと乱暴に書斎のドアを開ける音がして、妹のエレノアが飛び込んできた。



「お父さま! お母さま! お願いがあります!」



 私も両親も目を見張った。



「私、王太子妃になりたい!」



「えっ?」



 王太子妃って、希望すればなれるものだったの?



「いや、エレノア、何を言っているのだ。王妃様から、ようやく内諾を得たばかりのところだ。リッチモンド家から王太子妃をと」



 そう言う父に、エレノアは自信たっぷりに言い返した。



「だったら大丈夫ですわ!」



 何が? どこが?



「私だって、リッチモンド家の娘ですわ!」



 エレノアは淑女の品とか、たしなみとか、ぶっ飛ばす勢いで父に向かってしゃべった。



「お父さま! アレックス殿下が、お姉さまより私の方が婚約者にふさわしいとおっしゃられて……」



 ダンスを三回踊ったそうである。



 確かに三回は多い。



 昨夜のパーティで、私は、婚約者筆頭候補のよしみで王太子殿下と冒頭のダンスを踊った。だが、一回きりだ。



 エレノアは計三回踊っている。合間にほかの令嬢も挟はさまっていたけど。



 そのほかに、王太子殿下と一緒になってぺちゃくちゃしゃべったり、ワインやお菓子を一緒に食べていた。



 (あまりの品のなさに)みんな、密かにじろじろ見てましたけど。





 エレノアは、とても愛らしい。



 そしてエレノアは私みたいに、遠慮した話し方はしない。思ったままを言うし、笑い転げる。反応がわかりやすいので、彼女の言葉に王太子殿下は微笑んだり、時には声を立てて笑うことさえあった。



 なぜ、エレノアは王太子殿と婚約したがるのかしら。



 エレノアはデビュー以来、大勢の貴公子たちから公爵家の跡取り娘として、それはそれはチヤホヤされてきたではないか。めちゃくちゃうらやましかった。



 確かに王太子殿下と言えば、超絶イケメンで有名だった。私だって、王太子妃の座は、他人から見ればうらやましいに違いないと思うわ。



 でも、エレノアは知ってるわよね? 私が遊びにも行けないし、好みのドレスも着られないし、王妃様に叱られてばかりだってことを。いつも勉強漬けで苦労していることを。



 そのうえで、なんで、王太子妃になりたがるの?



「ダンスの時に、殿下は私に結婚して欲しいとおっしゃいましたの!」



 妹は胸を張って宣言した。



 両親はびっくりして目を丸くしていた。私もだけど。



「姉の婚約者なのですよ? それもやっとお許しを得て正式なものになったばかりだというのに……」



 母が言いかけたが、妹は母の言葉をさえぎって言い返した。



「お母さま。私とお姉さまは、リッチモンド家の娘と言う点では同じですわ。王家のお申込みが、当家の娘をと言うことなら、王太子殿下に選んでもらえばいいわ」



 それから彼女は、自信たっぷりに薄い茶色のくりくりした目を私に向けて言い放った。



「アレックス様は、私を好きだっておっしゃったのよ。この数か月の間に、事情はすっかり変わったのよ。お姉さまは何もご存じないでしょうけど」



 うん。知らない。



 妹はとても得意そうだ。そして、私の顔に悔しそうな表情がないか探している。



 残念ながら、私の表情筋は死んでいる。元々死んでるタイプなのだ。だから、美人だけど冷たそうとか言われ続けてきた。



「なんとか言ったらどうなの?」



 妹がキツイ口調で詰問してきた。



「愛のない結婚なんかつらいだけよ。鈍感で鈍いお姉さまには、分からないかも知れないけどね」



 十六才の妹にそんな説教、されたくない。



 だが、ここで口論してもあまり意味はなさそう。



「お父さま、お母さま、わたくしには何とも判じかねる問題でございます。王太子殿下の本心は存じません。またその影響については私の判断の及ぶところではないと存じます」



「ねえ、殿下は、その、もったいぶった訳の分からない言い回しが嫌なんですって」



 エレノアがちょっとイラついたように言った。



 でも、これが宮廷用語なのよ。あなたも王太子妃になったら、こんな感じでお話ししないといけないのよ?



「お父さま、お姉さまの話、お聞きになった? あんな口のきき方では、やりきれなくなるわ。王太子殿下がお姉さまを嫌がるのも無理もないわ」



 妹の言い分にはイラついたけど、うまくすると婚約を逃れられるかもしれない。 

 私は両親に向かって軽く会釈すると、そのまま自分の部屋に避難した。





 うち(公爵家)は当然大金持ちだ。



 それなのに、私が子どもの頃、公爵家は相当貧乏していた。父は時々金がないとこぼしていた。

 単に領地経営がへたくそなだけなのか、誰かに騙だまされているのか、いつもニコニコしている祖父の公爵の謎の散財に父は悩まされていた。



 二人分のドレスを新調できないときは、押しの強い妹のエレノアが出席するのが常だった。

 おかげで私は地味な令嬢と言う有難くないレッテルを張られてしまった。王妃様は、その地味なところが気に入ったみたいだけれど。



 その後、私が十歳くらいの頃に祖父は他界し、公爵位は父が継いだ。



 父は祖父のせいで苦労したせいか、一見、穏やかそうに見えるが、鞭むちのように抜け目なく、領地経営にも政治にもしっかり目配りできるなかなかの野心家だった。



 その結果、娘の私は王太子妃に据えられつつあった。



 同学年の少女たちは、のんびりお茶会やショッピングを楽しんだり、好きな本を読みふけったり、お芝居や音楽会に行ったりしているというのに、私は勉強ばかりで全然遊びに出られなかった。王妃様はなかなか小うるさい方なのだ。



「”顔だけ”のオーガスタ嬢ね」



 問題は顔じゃない。王家の教育係の先生たちからは、非常に優秀で妃殿下にふさわしいと褒められたのよ。

 ただ、問題は、それを聞くたびに、王妃様の機嫌が悪くなることだった。

 肝心の王太子殿下の成績がかなり……いや、相当……正直に言うと、殿下は頭が悪くて、王妃の頭痛の種だったからだ。



 しかし、そのため余計に王太子妃、将来の王妃に求められることは多くなった。

 王妃様からのご要望が増えて、私はげんなりした。



 しかも、殿下は、私が勉強に励めば励むほど、どうもなにか不満を募らせるらしかった。



 二人きりになることはなかった。殿下が出御される公式行事の際、たまたま同席した貴族令嬢として、さりげなく会話に加わって殿下をフォローしたり、殿下がさっぱり覚えてくれないアレキア語やイビス語の通訳を務めていた。



 殿下は母国語のルフラン語の会話だってピリッとしないし、時々へまをする。途端に、王妃様は殿下のへまは私のせいだと言わんばかりに睨にらんでくる。



 殿下も、都合の悪いことが起きると、私に罪をなすりつける癖があった。



 しかも、こんなに束縛されているのに、王太子妃の最終決定がまだなので、希望をすてない令嬢たちが殿下の周りをいつもウロウロしていた。



 私に対する彼女たちの視線は、当然冷たい。



「家柄だけよ」



「美人かも知れないけど、男に好かれる顔立ちじゃないわね」



「なんでも、アレキア大使に失言したそうよ?」



 それは、殿下のヘマです。そこだけは抗議したい。

 でも、結局、聞かなかったことにするのが一番楽だった。



 私は全員共通の敵なので、夜会などでは常に誰かが見張っていて、些細ささいな事でも王妃様に言いつける。

 そして、息子の嫁(候補)には基本的に好意的になれない王妃様から、叱責しっせきを食らうことになる。





「オーガスタ嬢、あなたはほかの令嬢とは少し違うな?」



 王太子殿下とダンスは必ずしないといけない。でも話をするのは、面倒くさい。



「まあ、そうでございますか」



「説明しにくいな。何と言うか、一人だけとても落ち着いている」



 ちょっと殿下は言葉に詰まったようだった。



「でも、あなたが一番美人だ。私は美人と結婚したい」



 なんだか、複雑な気分になった。私よりきれいな人が出てきたら乗り換えられるかもしれない。まあ、いいけど。
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