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第11話 義母宛ての脅迫状の理由
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その晩からいろいろなものが全部変わってしまった。
リンカン夫人は私を心配して、しばらく騒動が治まるまで、リンカン伯爵家で過ごしたらどうかと言ってくれたけれど、私は自分の家に帰りますと夫人に言った。
「父がかわいそうですわ」
アーノルド様に送られて自分の屋敷に帰った時、私を迎え入れてくれたのは、五年前に義母の手によって解雇されたはずのなつかしい乳母のマーサだった。
「マーサ!」
マーサは大きな声を出さないように、合図した。
「まずは、お嬢様のお部屋で」
だが、部屋のドアを開けた途端、私はびっくり仰天した。
部屋は荒らされて、金目のものは皆持ち去られていた。
「解雇された侍女たちの仕業ですよ」
忌々しそうにマーサは言った。
「解雇された?」
私は驚いて、マーサに聞き返した。
「伯爵さまが、義母のジョアンナ様の侍女たちをクビにしたのです。私もジョアンナ様との結婚はおかしいとずっと思っていました。でも、突き付けられた証拠は全部本物に見えましたしね」
それは五年前の話。義母はグロリアを連れて、グロリアは父の子どもだから認めて欲しいとやって来たそうだ。
「十何年か前の話です。戦争があって、武官の伯爵は戦地におられました。ようやく勝って、故郷にお戻りになる時は、それはもう喜んでみんなで飲み明かし、伯爵さまも飲み過ぎて覚えはなかったらしいです。その晩はみんなそうだったらしいです。だけど、奥様が亡くなって空席だったのは、ダラム伯爵一人だったそうです」
マーサは悔しそうだった。
「旦那様は狙われたのでしょう。一番爵位も高くてお金持ちですから。そして妻を亡くしたばかりだったので、正妻になれると考えたのでしょう」
「好きで結婚したわけではなかったの?」
「旦那様は何もおっしゃいませんでした。元々、無口な方です。ただでさえ、奥様を亡くして悲しい思いをされていた伯爵さまのところに、そんなトラブルを持ち込むだなんて」
ちなみに、その時の証言や証拠は、後日、全部偽造だったことがわかった。
五年前、信じられない伯爵が確認しに行った時は、関係者全員口裏を合わせて証言をしたが、今になって偽造がバレたのは、そのうちの一人が喰い詰めて義母の行方を突き止め、金をせびりに来たかららしい。
義母宛の脅迫状が行き来しているうちに、ぼろが出てきたのだとマーサは言った。
「そのうちの一通を伯爵さまが間違えて開けてしまったそうです。ずっとおかしいと思っておられたことと、つじつまが合うので、すっかりバレました。グロリア様はあの有様ですし、実の娘のアマリア様を虐めている様子がチラホラ見えてきたので、一気に解決を図られたのですわ」
思い出したことがあった。
いつも義母あてに届いていた奇妙な汚い手紙。
一度だけ父へ届けたことがあった。
あれがそれか。
父に罪はないけれど、当分、色々と詮索されるだろう。
私は父のそばにいて、父を助けたかった。
もし、父がいなかったら、私は本当に家から追いだされていたかもしれない。
「親がいるのに、そんなことにはならないですよ」
マーサはそう言うけれど、父は仕事があるので一日中見張ってなんかいられない。
この頃は、グロリアをなんとか縁付けたいと、義母は露骨だった。そして私を飼い殺しにしようと、社交界でも噂を撒き散らしていた。
変人、礼儀作法を弁えない、暗い、醜い、社交界を嫌っている、一方で令嬢にあるまじき男好きなどなど。
「でも、今度は私が頑張ります。名誉回復を図りたいわ。そして父を支えます」
社交がダメだと義母と義妹には散々叱られてきた。
正直、自信もないし、怖い。
だけど、私を名指しで義妹はあることないこと、悪い噂を広めてきたのだ。
黙っていてはいけないと思う。
黙っていたら、それを認めたことになってしまいそう。
「やってみますわ」
アーノルド様のことが頭に浮かんだ。
やらなきゃいけないと思った。
リンカン夫人は私を心配して、しばらく騒動が治まるまで、リンカン伯爵家で過ごしたらどうかと言ってくれたけれど、私は自分の家に帰りますと夫人に言った。
「父がかわいそうですわ」
アーノルド様に送られて自分の屋敷に帰った時、私を迎え入れてくれたのは、五年前に義母の手によって解雇されたはずのなつかしい乳母のマーサだった。
「マーサ!」
マーサは大きな声を出さないように、合図した。
「まずは、お嬢様のお部屋で」
だが、部屋のドアを開けた途端、私はびっくり仰天した。
部屋は荒らされて、金目のものは皆持ち去られていた。
「解雇された侍女たちの仕業ですよ」
忌々しそうにマーサは言った。
「解雇された?」
私は驚いて、マーサに聞き返した。
「伯爵さまが、義母のジョアンナ様の侍女たちをクビにしたのです。私もジョアンナ様との結婚はおかしいとずっと思っていました。でも、突き付けられた証拠は全部本物に見えましたしね」
それは五年前の話。義母はグロリアを連れて、グロリアは父の子どもだから認めて欲しいとやって来たそうだ。
「十何年か前の話です。戦争があって、武官の伯爵は戦地におられました。ようやく勝って、故郷にお戻りになる時は、それはもう喜んでみんなで飲み明かし、伯爵さまも飲み過ぎて覚えはなかったらしいです。その晩はみんなそうだったらしいです。だけど、奥様が亡くなって空席だったのは、ダラム伯爵一人だったそうです」
マーサは悔しそうだった。
「旦那様は狙われたのでしょう。一番爵位も高くてお金持ちですから。そして妻を亡くしたばかりだったので、正妻になれると考えたのでしょう」
「好きで結婚したわけではなかったの?」
「旦那様は何もおっしゃいませんでした。元々、無口な方です。ただでさえ、奥様を亡くして悲しい思いをされていた伯爵さまのところに、そんなトラブルを持ち込むだなんて」
ちなみに、その時の証言や証拠は、後日、全部偽造だったことがわかった。
五年前、信じられない伯爵が確認しに行った時は、関係者全員口裏を合わせて証言をしたが、今になって偽造がバレたのは、そのうちの一人が喰い詰めて義母の行方を突き止め、金をせびりに来たかららしい。
義母宛の脅迫状が行き来しているうちに、ぼろが出てきたのだとマーサは言った。
「そのうちの一通を伯爵さまが間違えて開けてしまったそうです。ずっとおかしいと思っておられたことと、つじつまが合うので、すっかりバレました。グロリア様はあの有様ですし、実の娘のアマリア様を虐めている様子がチラホラ見えてきたので、一気に解決を図られたのですわ」
思い出したことがあった。
いつも義母あてに届いていた奇妙な汚い手紙。
一度だけ父へ届けたことがあった。
あれがそれか。
父に罪はないけれど、当分、色々と詮索されるだろう。
私は父のそばにいて、父を助けたかった。
もし、父がいなかったら、私は本当に家から追いだされていたかもしれない。
「親がいるのに、そんなことにはならないですよ」
マーサはそう言うけれど、父は仕事があるので一日中見張ってなんかいられない。
この頃は、グロリアをなんとか縁付けたいと、義母は露骨だった。そして私を飼い殺しにしようと、社交界でも噂を撒き散らしていた。
変人、礼儀作法を弁えない、暗い、醜い、社交界を嫌っている、一方で令嬢にあるまじき男好きなどなど。
「でも、今度は私が頑張ります。名誉回復を図りたいわ。そして父を支えます」
社交がダメだと義母と義妹には散々叱られてきた。
正直、自信もないし、怖い。
だけど、私を名指しで義妹はあることないこと、悪い噂を広めてきたのだ。
黙っていてはいけないと思う。
黙っていたら、それを認めたことになってしまいそう。
「やってみますわ」
アーノルド様のことが頭に浮かんだ。
やらなきゃいけないと思った。
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