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第6話 アーノルド様
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パーティの当日、珍しく、父が家にいた。
「あの、あなた、今日はお仕事は?」
義母がうろたえて父に聞いていた。
「今日は休みだ」
父は宮廷武官の仕事をしていた。仕事熱心で寡黙な人物だった。誰彼構わずじゃれつくグロリアでさえ、父には多少遠慮があった。
だが、私はほっとした。
正直、パーティに出られるかどうかよくわからなかった。
この前アーノルド様が来られた時、私はアーノルド様の顔を見ることさえできなかった。三階の狭い部屋に閉じ込められてしまったのだ。
父がいれば、パーティに出してもらえる!
ドーソン夫人が遅くなりましたと言いながら、数人のお針子と共に、ドレスを搬入してきた。
「まあ、伯爵様ご自身がわざわざドレスを運ばれるなんて……あの……ドレスは重うございます」
父が、自ら足早に使用人口に向かっていく。そしてドーソン夫人から、大事そうに箱を受け取った。
「アマリアの部屋へ持って行こう。ドーソン夫人、付いてきてくれ」
伯爵たる父が荷物を運ぶなんてありえない。
下男と執事が大慌てで走り寄って来た。
「旦那様、私どもが代わりに」
「いや、いい」
箱を父とドーソン夫人と一緒に開けると、夢のようなドレスが入っていた。
私の髪は亜麻色だ。ドレスは青だった。細かいレースやリボンが飾られていて、色調は穏やかで派手なところはなかったが、可憐で大人っぽいと言う矛盾した仕事をやってのけていた。
「すてき……」
私は思わず言った。
でも、これ、ドーソン夫人と打ち合わせしていたドレスの案とは全然違いますけど?
ドーソン夫人は、私の不思議そうな質問には何も答えず、コロコロとにこやかに笑って、一緒に来た針子たちを呼び寄せた。
着付けは彼女たちがしてくれるらしかった。
そして私は、その日、義母や義妹が何をしているのかわからないまま、父と同じ馬車で一緒にバーガンディ家のパーティに向かった。
バーガンディ家のパーティは華やかだった。
「これはこれは、ダラム伯爵がお越しとはお珍しい。お嬢様とご一緒とは更に珍しい」
父の知り合いが声をかけてきた。
「娘のアマリアだ」
「アマリア・エリナー・ダラムでございます」
私は、震え声であいさつした。
「マーチン男爵だ。昔の部下でね」
父がにっこり笑うのを見て、私はびっくりした。
家ではいつも仏頂面なのに?
次から次に、色々な人にお目にかかり、その都度丁重に挨拶はしたけど、どうしよう、覚えきれないわ。
人が多すぎる。
「そうでもない。一度覚えてしまえば、大丈夫。アマリアはほとんどパーティに出ていないから、知らないだけだ」
「私は、会話がまずいですし、人の気を悪くするようなことばかり言ってしまうんです。義母によく注意されています」
父は私の顔を見た。
「そんなことはない。普通の話しかしていないよね? もちろん、言葉尻だけを捉えてしまうとケチのつけようはいくらでもあるけれど」
義母の話が出たので、私は周りを見回した。
義母と義妹はどこかに紛れているのではないかしら。
「今日は呼ばれていない」
父が衝撃的なことを言い出した。
「え?」
「ジョアンナ(義母の名前だ)とグロリアが出てきては、まとまるものもまとまらない」
私は父の顔をまじまじと見つめた。
「今日はアーノルドが来ているはずだ。お前は本当は気に入らないそうだな。だが、私としては、こうするしかなかったのだ。私の知っているアーノルドなら、お前は好きではないかもしれないけれど、十分、お前を任せられると思った。だから、安全にあの家から出ていくことが出来ると思ったのだ」
私は父の顔を一生懸命見つめた。
私の味方がいたのだ。
ざわざわと人の多い会場で、アーノルド様を探すのは至難の業だった。
「でも、アーノルド様が気に入ってくださるかどうか。アーノルド様には五年くらいお目にかかっていません」
え? と父が目をむいた。
「最初のパーティで会っているはずだぞ?」
「いいえ。あの時は義母がアンダーソン夫人を紹介してくれて……夫人のお相手をするのに精いっぱいで」
私は父が舌打ちするのを初めて聞いた。
「なんでまた、あんな変わり者の面倒くさい女を。社交妨害で有名じゃないか」
「そうなのですか?」
「捕まってしまったのかと思った。紹介されたのか」
「ええ。義母に。お話し相手にちょうどいいでしょうって」
父はあきらめたのか、その話を打ち切ると、首を巡らせてアーノルド様を探し出したらしかった。
「すごい。どうしてわかるのですか?」
「アーノルドの交友関係は知っている」
父が指示した辺りには、黒服の正装に身を固めた数人の男性が立っていた。
「一緒に行こう」
「でも、お父さま、私はアーノルド様には嫌われていると思うんです」
私はあわてて言った。
「なぜ?」
父が不機嫌そうな顔になって聞いた。
「先日、自宅でお茶会を催した時、私が出られなくて……」
「閉じ込められたらしいな」
どんどんアーノルド様のところに近づいていく。
「グロリアが言うのには、私がアーノルド様を毛嫌いして、仮病を使ったのだと、アーノルド様に伝えたそうなんですの。だからきっと、アーノルド様は……」
父の手に力がこもった。
そして、足は一段と速くなった。
「リンカン殿」
父はアーノルド様向かって大きな声で呼びかけた。
ひときわ背の高い、黒髪の青年が振り返った。
アーノルド様だ。
私にはわかる。
その灰色の目は見覚えがある。
とても仲が良かったのに。
でも、グロリアが言った言葉の数々を思い出すと私は泣きたくなった。
「あなたの婚約者だ。相手をしてやって欲しい」
父が言い、私はあわてた。
「あの、あなた、今日はお仕事は?」
義母がうろたえて父に聞いていた。
「今日は休みだ」
父は宮廷武官の仕事をしていた。仕事熱心で寡黙な人物だった。誰彼構わずじゃれつくグロリアでさえ、父には多少遠慮があった。
だが、私はほっとした。
正直、パーティに出られるかどうかよくわからなかった。
この前アーノルド様が来られた時、私はアーノルド様の顔を見ることさえできなかった。三階の狭い部屋に閉じ込められてしまったのだ。
父がいれば、パーティに出してもらえる!
ドーソン夫人が遅くなりましたと言いながら、数人のお針子と共に、ドレスを搬入してきた。
「まあ、伯爵様ご自身がわざわざドレスを運ばれるなんて……あの……ドレスは重うございます」
父が、自ら足早に使用人口に向かっていく。そしてドーソン夫人から、大事そうに箱を受け取った。
「アマリアの部屋へ持って行こう。ドーソン夫人、付いてきてくれ」
伯爵たる父が荷物を運ぶなんてありえない。
下男と執事が大慌てで走り寄って来た。
「旦那様、私どもが代わりに」
「いや、いい」
箱を父とドーソン夫人と一緒に開けると、夢のようなドレスが入っていた。
私の髪は亜麻色だ。ドレスは青だった。細かいレースやリボンが飾られていて、色調は穏やかで派手なところはなかったが、可憐で大人っぽいと言う矛盾した仕事をやってのけていた。
「すてき……」
私は思わず言った。
でも、これ、ドーソン夫人と打ち合わせしていたドレスの案とは全然違いますけど?
ドーソン夫人は、私の不思議そうな質問には何も答えず、コロコロとにこやかに笑って、一緒に来た針子たちを呼び寄せた。
着付けは彼女たちがしてくれるらしかった。
そして私は、その日、義母や義妹が何をしているのかわからないまま、父と同じ馬車で一緒にバーガンディ家のパーティに向かった。
バーガンディ家のパーティは華やかだった。
「これはこれは、ダラム伯爵がお越しとはお珍しい。お嬢様とご一緒とは更に珍しい」
父の知り合いが声をかけてきた。
「娘のアマリアだ」
「アマリア・エリナー・ダラムでございます」
私は、震え声であいさつした。
「マーチン男爵だ。昔の部下でね」
父がにっこり笑うのを見て、私はびっくりした。
家ではいつも仏頂面なのに?
次から次に、色々な人にお目にかかり、その都度丁重に挨拶はしたけど、どうしよう、覚えきれないわ。
人が多すぎる。
「そうでもない。一度覚えてしまえば、大丈夫。アマリアはほとんどパーティに出ていないから、知らないだけだ」
「私は、会話がまずいですし、人の気を悪くするようなことばかり言ってしまうんです。義母によく注意されています」
父は私の顔を見た。
「そんなことはない。普通の話しかしていないよね? もちろん、言葉尻だけを捉えてしまうとケチのつけようはいくらでもあるけれど」
義母の話が出たので、私は周りを見回した。
義母と義妹はどこかに紛れているのではないかしら。
「今日は呼ばれていない」
父が衝撃的なことを言い出した。
「え?」
「ジョアンナ(義母の名前だ)とグロリアが出てきては、まとまるものもまとまらない」
私は父の顔をまじまじと見つめた。
「今日はアーノルドが来ているはずだ。お前は本当は気に入らないそうだな。だが、私としては、こうするしかなかったのだ。私の知っているアーノルドなら、お前は好きではないかもしれないけれど、十分、お前を任せられると思った。だから、安全にあの家から出ていくことが出来ると思ったのだ」
私は父の顔を一生懸命見つめた。
私の味方がいたのだ。
ざわざわと人の多い会場で、アーノルド様を探すのは至難の業だった。
「でも、アーノルド様が気に入ってくださるかどうか。アーノルド様には五年くらいお目にかかっていません」
え? と父が目をむいた。
「最初のパーティで会っているはずだぞ?」
「いいえ。あの時は義母がアンダーソン夫人を紹介してくれて……夫人のお相手をするのに精いっぱいで」
私は父が舌打ちするのを初めて聞いた。
「なんでまた、あんな変わり者の面倒くさい女を。社交妨害で有名じゃないか」
「そうなのですか?」
「捕まってしまったのかと思った。紹介されたのか」
「ええ。義母に。お話し相手にちょうどいいでしょうって」
父はあきらめたのか、その話を打ち切ると、首を巡らせてアーノルド様を探し出したらしかった。
「すごい。どうしてわかるのですか?」
「アーノルドの交友関係は知っている」
父が指示した辺りには、黒服の正装に身を固めた数人の男性が立っていた。
「一緒に行こう」
「でも、お父さま、私はアーノルド様には嫌われていると思うんです」
私はあわてて言った。
「なぜ?」
父が不機嫌そうな顔になって聞いた。
「先日、自宅でお茶会を催した時、私が出られなくて……」
「閉じ込められたらしいな」
どんどんアーノルド様のところに近づいていく。
「グロリアが言うのには、私がアーノルド様を毛嫌いして、仮病を使ったのだと、アーノルド様に伝えたそうなんですの。だからきっと、アーノルド様は……」
父の手に力がこもった。
そして、足は一段と速くなった。
「リンカン殿」
父はアーノルド様向かって大きな声で呼びかけた。
ひときわ背の高い、黒髪の青年が振り返った。
アーノルド様だ。
私にはわかる。
その灰色の目は見覚えがある。
とても仲が良かったのに。
でも、グロリアが言った言葉の数々を思い出すと私は泣きたくなった。
「あなたの婚約者だ。相手をしてやって欲しい」
父が言い、私はあわてた。
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