2 / 16
第2話 アーノルド様からの婚約申し込み
しおりを挟む
そのしばらくは結構長く続いた。
その間、私は自宅で繕い物をしたり、本を読むくらいしかやることがなかった。
唯一、人の役に立ったのは父の手伝いで手紙を整理したり、帳簿を付けたり、計算のやり直しをしたことくらいだろう。
「うーん。この変な手紙、何回目かしら」
それはいつも義母宛に送られてくる汚い手紙だった。下手な字で書いてあって、封筒も安物だった。最近、回数が増えた。
今日の手紙には『伯爵に見せろ』って表書きに書いてあった。
「本当に変」
ちょっと悩んだけど、私は封を切らずに父の文書箱にその手紙を入れて、そのあと忘れてしまった。
季節は春でだんだん夏に移り変わっていく頃だった。
空は明るいのに、私は何もできなかった。ずっと家に閉じこもっているしかなかった。
侍女のメアリに言わせると、グロリアは、私の社交界デビューのパーティの後始末のために頑張ってくれているそうだ。
「アマリアを招いてくれる招待状もあるにはあるけど、事情を話すとグロリアに差し替えを快諾してくださる方も多いの」
書斎の前を通りすがりに、義母が機嫌良さそうに父に説明しているのを聞いた時、私はもうだめだなと思った。
「せっかくのデビューをあんな格好でダメにしてしまって。まあ、アマリアに近づきたいと言う男性は誰もいなかったのだから、どうしようもなかったけれど」
義母は、地方の男爵家の出身で再婚、妹のグロリアは義母の連れ子だった。
グロリアは明るく陽気で派手だ。きっと男性には人気なのだろう。
書斎の扉が少し開いていたので、両親の話はよく聞こえる。
貴族の娘の至上命題は結婚。
貴族でなくても、若い娘なら結婚は一度は考えてみるべき将来の進路だと思う。
でも、結婚できない、誰にも選ばれない娘もいる。
その場合、家に残って、家事や家政の手伝いをすることになる。私は文句を言わない方なので、義母と義妹はその方が都合がいいと思っているのだと思う。少なくとも、お給金を払わなくていいわけだし、役には立つと言っていたから。
義姉なんてうっとうしいので、どんなところでもいいから嫁に出したいのかと思っていたがそうではなかったらしい。
だが、その時、父の声が響いた。
「リンカン伯爵家のアーノルドから、アマリアには申し込みがある」
私はびっくり仰天した。
椅子が動くガタンとか言う音がしたから、義母もびっくりしたらしい。
「え? あのリンカン伯爵のご子息からですか? どうしてですか?」
父が、ちょっと黙り込んだ。
「どうしても、こうしても、頃合いのご縁ではないか。向こうの希望で申し込みがあったのだ。何も不思議はあるまい」
「リンカン家のアーノルド様と言えば……長子でしたわね?」
「そうだな」
「この家を継ぐのなら、次男か三男の方の方がよいのでは?」
「それはそうだが、今の話だと、アマリアの相手をしてくれそうな方がおられないそうじゃないか」
「……ええと、グロリアの間違いではございませんこと? よく招かれたりしていますわ。夜会でご一緒することも多いとグロリアは言っていました」
「昔からよく知った家同士の仲だ。姉妹の名前を間違えるなどと言うことはない」
義母は少し考えているようだった。
「あなた、この話はアマリアには少し黙っておきましょうよ」
「どうしてだ? 今の話だと、アマリアには、ほかに選択はないようだが」
「ええと、でも、万一勘違いだっただなんてことになったらきっとアマリアは傷つきますわ。グロリアに確認させてみたいですわ」
「下手にグロリアをアーノルド殿に近づけない方がいいぞ? 破談になったら、困るのはアマリアだ。それに、アマリアは全然モテないみたいじゃないか。この話を逃したら次はないんじゃないか。承諾しておくから」
「でも、あなた……」
二人が書斎から出てくる気配がしたので、私はあわててその場を去った。
その間、私は自宅で繕い物をしたり、本を読むくらいしかやることがなかった。
唯一、人の役に立ったのは父の手伝いで手紙を整理したり、帳簿を付けたり、計算のやり直しをしたことくらいだろう。
「うーん。この変な手紙、何回目かしら」
それはいつも義母宛に送られてくる汚い手紙だった。下手な字で書いてあって、封筒も安物だった。最近、回数が増えた。
今日の手紙には『伯爵に見せろ』って表書きに書いてあった。
「本当に変」
ちょっと悩んだけど、私は封を切らずに父の文書箱にその手紙を入れて、そのあと忘れてしまった。
季節は春でだんだん夏に移り変わっていく頃だった。
空は明るいのに、私は何もできなかった。ずっと家に閉じこもっているしかなかった。
侍女のメアリに言わせると、グロリアは、私の社交界デビューのパーティの後始末のために頑張ってくれているそうだ。
「アマリアを招いてくれる招待状もあるにはあるけど、事情を話すとグロリアに差し替えを快諾してくださる方も多いの」
書斎の前を通りすがりに、義母が機嫌良さそうに父に説明しているのを聞いた時、私はもうだめだなと思った。
「せっかくのデビューをあんな格好でダメにしてしまって。まあ、アマリアに近づきたいと言う男性は誰もいなかったのだから、どうしようもなかったけれど」
義母は、地方の男爵家の出身で再婚、妹のグロリアは義母の連れ子だった。
グロリアは明るく陽気で派手だ。きっと男性には人気なのだろう。
書斎の扉が少し開いていたので、両親の話はよく聞こえる。
貴族の娘の至上命題は結婚。
貴族でなくても、若い娘なら結婚は一度は考えてみるべき将来の進路だと思う。
でも、結婚できない、誰にも選ばれない娘もいる。
その場合、家に残って、家事や家政の手伝いをすることになる。私は文句を言わない方なので、義母と義妹はその方が都合がいいと思っているのだと思う。少なくとも、お給金を払わなくていいわけだし、役には立つと言っていたから。
義姉なんてうっとうしいので、どんなところでもいいから嫁に出したいのかと思っていたがそうではなかったらしい。
だが、その時、父の声が響いた。
「リンカン伯爵家のアーノルドから、アマリアには申し込みがある」
私はびっくり仰天した。
椅子が動くガタンとか言う音がしたから、義母もびっくりしたらしい。
「え? あのリンカン伯爵のご子息からですか? どうしてですか?」
父が、ちょっと黙り込んだ。
「どうしても、こうしても、頃合いのご縁ではないか。向こうの希望で申し込みがあったのだ。何も不思議はあるまい」
「リンカン家のアーノルド様と言えば……長子でしたわね?」
「そうだな」
「この家を継ぐのなら、次男か三男の方の方がよいのでは?」
「それはそうだが、今の話だと、アマリアの相手をしてくれそうな方がおられないそうじゃないか」
「……ええと、グロリアの間違いではございませんこと? よく招かれたりしていますわ。夜会でご一緒することも多いとグロリアは言っていました」
「昔からよく知った家同士の仲だ。姉妹の名前を間違えるなどと言うことはない」
義母は少し考えているようだった。
「あなた、この話はアマリアには少し黙っておきましょうよ」
「どうしてだ? 今の話だと、アマリアには、ほかに選択はないようだが」
「ええと、でも、万一勘違いだっただなんてことになったらきっとアマリアは傷つきますわ。グロリアに確認させてみたいですわ」
「下手にグロリアをアーノルド殿に近づけない方がいいぞ? 破談になったら、困るのはアマリアだ。それに、アマリアは全然モテないみたいじゃないか。この話を逃したら次はないんじゃないか。承諾しておくから」
「でも、あなた……」
二人が書斎から出てくる気配がしたので、私はあわててその場を去った。
33
お気に入りに追加
2,917
あなたにおすすめの小説

バカ二人のおかげで優秀な婿と結婚できるお話
下菊みこと
恋愛
バカ二人が自滅するだけ。ゴミを一気に処分できてスッキリするお話。
ルルシアは義妹と自分の婚約者が火遊びをして、子供が出来たと知る。ルルシアは二人の勘違いを正しつつも、二人のお望み通り婚約者のトレードはしてあげる。結果、本来より良い婿を手に入れることになる。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】賢く立ち回ったと考えているのかもしれませんが、信用を失ったらどうなるのか想像できなかったのでしょうか?
白草まる
恋愛
領地の発展のために共同で事業を行うことになり、両家の繋がりを深めるために婚約することになったアマーリアとモーリッツ。
しかしモーリッツは別の女性を選びアマーリアに婚約破棄を告げた。
事業は履行するが婚約破棄した場合のペナルティは決められていないから問題ないという言い分だった。
いいように扱われたアマーリアは、このまま何もせずに済ませるはずがなかった。

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

この国では魔力を譲渡できる
ととせ
恋愛
「シエラお姉様、わたしに魔力をくださいな」
無邪気な笑顔でそうおねだりするのは、腹違いの妹シャーリだ。
五歳で母を亡くしたシエラ・グラッド公爵令嬢は、義理の妹であるシャーリにねだられ魔力を譲渡してしまう。魔力を失ったシエラは周囲から「シエラの方が庶子では?」と疑いの目を向けられ、学園だけでなく社交会からも遠ざけられていた。婚約者のロルフ第二王子からも蔑まれる日々だが、公爵令嬢らしく堂々と生きていた。
言いたいことは、それだけかしら?
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】
ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため――
* 短編です。あっさり終わります
* 他サイトでも投稿中

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる