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後で聞いた話だけど、ロアン様は、アシュトン殿下が来て以来、イライライライラしていたようだった。

キティによると、それはもう、ピリついていたそうな。

「なぜ?」

聞くと、キティはあきれ返ったように教えてくれた。

「お嬢様がアシュトン王子殿下ととても仲良しだからですわ」

思わず、キティを殴りそうになってしまった。

だって、私がどんなに我慢してると思っているの。

殿下相手には、思ったことはストレートに言わない。都合の悪そうなことは全部飲み込んでしゃべらない。いつもニコニコ、愛想を絶やさない。

「えー? 言いたいこと全部言って、仏頂面されていますよ? 殿下は正直なところがとても気に入ったっておっしゃっています」

なんだとう。

***ロアン様目線***

「俺は決めた」

ロアン様は、遂に立ち上がった。

「婚約者を取り戻しに行く」


そう言うとロアン様はバリー家向かって突進した。目指すはバリー家の厨房。

「お二人がおられるガゼボは、厨房の窓からが一番よく見えますわ」

キティが吹き込んだ。

「お茶やお菓子をお持ちしたり、時には簡単なお食事をあそこで召し上がることもあるんですの。厨房から様子が見えないと、困りますから」

それって、よっぽど長時間一緒にいるんじゃ。

ロアン様は涙目になった。あんなにうまいこと、いってたのに。
ようやく相思相愛! 長年の思いが通じ合った(の一歩手前)

アシュトン殿下とローズは同い年。話も合うかもしれない。王子は金髪青目のなかなか美男子だと聞いた。それよりなにより王子である。それも大国の。万一、万一だが、王子妃にとか望まれたらどうするんだ。

ローズがどんなに断っても、相手は王子殿下。
ローズのことはよくわかっている。金や身分で釣られるような浅はかな女性ではない。しかし、好きに薬を作って売っていいと言われたら? 隣国のマーケットの方が大きいよ、とか致命的なことを言われたら?

ヤバい。

とにかく、とにかく近くに行かなくては!

そして、他家の厨房に無断進入を果たしたロアン様は、そこで思いがけないモノに出会ったのである。

ぜい肉。ではない、ヘンリー君である。

「お、おまえ! なぜ、ここに?」

ヘンリー君は驚き慌て、なおかつ、ご領主様の御曹司とはいえ憎い恋敵の出現に心が千々に乱れるのを感じた。

「ぼ、僕はローズ様に呼ばれてここにいるのです!」

「呼ばれただ?」

ロアン様は険悪な目つきでヘンリー君を眺めた。ロアン様は呼ばれていない。

「こってり料理とおいしいコーヒーを淹れるために呼ばれました」

「なんだと?」

ロアン様はヘンリー君を上から下までじっくり見た。間違いない。ヘンリー君はコック服に身を固めていた。

「おまえ……太ったな」

ヘンリー君はへなへなと崩れ落ちた。

そうなのだ。名誉な話かもしれないが、アシュトン王子殿下は、ヘンリー君の料理がいたく気に入った。ご用命に従い次から次へと脂ギッチョンな料理を作り続けてるうちに、ヘンリー君も急成長してしまって、すっかり元の木阿弥状態に戻ってしまったのであった。

そう説明すると、ロアン様は眉をしかめて言った。

「ローズが心配だ。ローズのウエストが」

「ああ! そうですね!」

自分以外の男にローズのウエストの心配をされて、怒りに打ち震えたロアン様は壁の釘に引っ掛かっていた給仕用の黒のエプロンに、ふと目を止めた。

「偵察に出てやる」

バッサリ上着を脱ぐとシャツ姿になって、ギャルソン風に黒のエプロンを身にまとい、黒髪をかき上げて、それ風に髪を整え(ちょっぴり後ろの毛だけいつものように反乱を起こしていたが)銀の盆を手にすると、キャーという悲鳴が聞こえた。

厨房の料理女や洗濯女、その場の女性陣があげた悲鳴である。

キティが一番甲高い悲鳴をあげたのだが、お嬢様の身近に仕えているだけあって、一番早く冷静になった。

「マイラ王女殿下も来られると言うのに、その姿! ロアン様が危険なのでは? マイラ王女殿下は、黒髪の美男子に弱くって、婚約クラッシャーと呼ばれているそうですのよ? 実は伯爵家の令息でローズ様の婚約者だなんてばれたら、略奪愛の野心が燃え上がりますわ」

「俺は流浪の旅に出たことになっている。ここにいるのはバリー家の使用人のロアンで、お嬢様の護衛だ」

「僕もぜい肉を減らす旅に出たことになっていて、ここにいるのは料理人のヘンリーです」

ヘンリー君の方に、あんまりロマンが感じられない気がするのはなぜだろう。

「ヘンリー様は大丈夫な気がしますわ。危険なのはロアン様でしょう……」

 





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