【完結】町のはずれで小さなお店を。

buchi

文字の大きさ
上 下
5 / 47

第5話 訪問客

しおりを挟む
店からの帰りに買い物も済ませ、私はコソコソと家にたどり着いた。茂みの陰になるよう気をつけて裏口から家に入る。

「あー、良かった」

こんなにうまくいくなんて。グスマンおじさんは見かけによらずいい人だった。市場の管理人だけあって、悪い客への押さえもきく。

薬は売れまくって、すぐに完売御礼。
市場にいる時間が短いので、家に帰ってから、お茶をしたり本を読む時間も十分ある。

「もしかしたら、家で使用人がいた時より、気楽かも」

礼儀作法が、とか叱られないもんね。一人暮らし最高。

でも、お客様とお話する機会が多いので、気になる噂もいろいろ聞いてしまった。

まず、バリー男爵家。つまり伯父の一家だけど、新居披露のパーティーをしたんですって! 誰の家だと思ってるのかしら! 私の邸よ!

あのエリザベスとリンダは身分相応なくらい着飾って、噂になったらしい。

両親の乗った船について、新しい噂はなかった。どこかの港に無事に着いたという噂を期待していたのだけど。

「ねえ、それより伯爵様のご子息の話、聞いた?」

伯爵様には大変にイケメンな息子がいるらしい。

「その方がバリー男爵家の新邸披露の会に出席されたんだって!」

「へええ!」

「下の娘さんのリンダ様は大変な美女だそうで、その方狙いじゃないかって噂になってる」

へー。

伯爵様には息子がいたのか。
そして、リンダ狙いなのか。

ちょっと私は暗くなった。

リンダは美人だ。そりゃ若い男性なら夢中になるかも。
でも、息子の嫁の一家のためなら、私の財産なんか伯爵家の権力で没収されちゃうかもしれない。

もう外は暗くなっていた。私の心も真っ暗になった。

父になんとなく恩義を感じているらしい伯爵様だけが頼りだったのに。息子がリンダに夢中なら、叔父一家の味方になってしまうかもしれない。まあ、私の味方になる理由もないけど、せめて銀行らしく適正に預かり金の管理をしてくれないだろうか。



その時、家の扉を元気よくたたく音がした。

私は震えあがった。泥棒? 怖くて動けなかった。するとしばらく間をおいて、

「開けろ。いないのか?」

誰? 男の声だ。それから独り言のように、

「ローズ、夜遊びか? まったくあの家は変な女ばっかりだな。みんなでたかってきて。いくら俺がイケメンで将来有望だからって」

声ではわからなかったが、独り言の内容に心当たりがあった。

私はそーっとそーっとカーテンの隙間からのぞいた。多分間違いない。

うん。あの髪のハネ方。いつもの騎士様だ。

私はそーっと灯りを消した。無視。

「ドアを開けろ。両親の知らせを持ってきたんだが……」

騎士様が怒鳴った。

なんですって?

私はドアに突進して、ガンッとドアを開け、ドアにもたれかかっていた騎士様は突き飛ばされて地面に手をついた。

「痛い!」

「なんの知らせですか?」

騎士様は立ち上がろうとしていた。

「この乱暴者。わざわざ来てやったのに」

確かにそれは申し訳ない。そうか。伯爵様のお使いだったのね。

「申し訳ありません」

私は平謝りに謝った。

あの家出以来、すっかり忘れていたが、この騎士様は本来伯爵様のお使いが仕事だった。

来ないでくれとあんなに頼んだのに家まで来られて腹が立ったのだけど、両親について何かわかったのだったら、知らせてくれてありがたい。

「申し訳ございません。ようこそ来てくださいました」

私はもう一度謝って、騎士様を家に入れ、椅子を勧めた。

騎士様はしきりと手をフーフーしている。土が床に飛ぶんで止めて欲しいんだけど、つっころばしたのは私なのであまり文句も言えない。

「何か手を拭くものない?」

きれいなハンカチを濡らしたものを渡すと、彼は言った。

「拭いて」

うーむ。なんとなく性格に難があると言うか、めんどくさい騎士様だ。
伯爵様も別な人をお使いにしてくれればいいのに。

しかし、土を拭き取って、私はびっくりした。意外なことに血が出ていた。弱っちいいな、騎士のくせに。私の突きごときで転んでケガするだなんて。

「申し訳ございません」

急いでケガ用の薬を持ってきて渡した。すると彼はケガした左手を突き出した。

「塗って」

子どもか!

手を取って塗ってやるとニンマリして満足そう。どこかのいい家の坊ちゃまなのかしら。いつも使用人に甘やかされているとか。

「それで騎士様、どのような知らせが伯爵様のところに届いたのでしょうか」

私は改めて騎士様に尋ねた。いい知らせなのか、悪い知らせなのか、ドキドキする。
あれほど情報が飛び交う市場でも、バリー商会の会長夫妻については新しい話は何もなかった。

どんな知らせでもびっくりしない。嘆かない。指先が冷たくなってくるのを感じながら私は騎士様の顔を見つめた。






しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでのこと。 ……やっぱり、ダメだったんだ。 周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間でもあった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表する。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放。そして、国外へと運ばれている途中に魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※毎週土曜日の18時+気ままに投稿中 ※プロットなしで書いているので辻褄合わせの為に後から修正することがあります。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

聖女様の生き残り術

毛蟹葵葉
恋愛
「お前なんか生まれてこなければ良かった」 母親に罵倒されたショックで、アイオラに前世の記憶が蘇った。 「愛され聖女の物語」という物語の悪役聖女アイオラに生まれて変わったことに気がつく。 アイオラは、物語の中で悪事の限りを尽くし、死刑される寸前にまで追い込まれるが、家族の嘆願によって死刑は免れる。 しかし、ヒロインに執着する黒幕によって殺害されるという役どころだった。 このままだったら確実に殺されてしまう! 幸い。アイオラが聖女になってから、ヒロインが現れるまでには時間があった。 アイオラは、未来のヒロインの功績を奪い生き残るために奮闘する。

年下にもほどがある!

明日葉
恋愛
恋愛から遠ざかりすぎて恋愛感情を抱くこと自体に躊躇する…を通り越して恥ずかしいとすら思うアラフォー女子に、ハイスペックな20代の後輩が絡んでくる。 歳の差がありすぎて、からかわれているとも認識されず、距離感近い子だな、で来てしまったスパダリ男子の攻勢をスルースキルで呆れるほどに空振らせ続ける人。 逃げ腰女と、捕まえたい男の恋時間。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

処理中です...