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第10話 銀行口座は裏切らない
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騎士様の意味深な発言に、なんだかいやな予感がした。
「心配しているドネルにお前の居場所を教えてやってもよかったんだが、やめといた。俺だけが知っている方が都合いいだろ?」
そりゃ知っている人が少ない方が安全だろうとは思うけど。なんだか、この騎士様に弱みを握られているようで嫌だわ。
「伯爵様はドネルに別なことを教えた。銀行口座の件さ」
騎士様は満足げにうなずいた。
「俺が助言した手続きだな。商会のお金は全部銀行を通すことになってる。お前がそう手配した。その結果、男爵はバリー商会のお金に手を出せない。間に代理人が挟まるってわけさ。バリー男爵は、公式には商会と何の関係もない。自称会長のジェロームなんか誰にも認められていないのだからなおさらだ」
私は意味が分かりかけてちょっと口元がほころんだ。自邸は乗っ取られたけど、お金と商会は安全だってことね。
「伯爵様は、バリー男爵一家が大嫌いだ」
わかる気がする。伯爵様は清廉潔白なお人だと言う評判だった。
「銀行はバリー男爵に何の権利があって、お金をおろすんですかって聞くだろう。そして、絶対にお金を渡さない。もちろんドネルはお金を動かせるよ? バリー商会の為であって自分が使うんじゃないからね。このことをドネルに説明してやったらニヤリとしていたよ。それから、銀行口座を開いたのがお前だと知って相当驚いていた。だが、大喜びだった。バリー男爵はあんな派手なパーティを開いてしまったが、その費用はどうやって払うつもりなんだろうな」
伯父は理解できているのかしら? 商会は自分のものだなんて言って回っている話を聞くと、わかっていないんじゃないかと思うわ。
「お前のことが心配だった」
騎士様は突然言い出した。
「お前が家出した理由がよくわかったよ。いい判断だった。あのバカのジェロームと結婚することになってしまったら、それこそ一生逃げられない」
あら?
いつも私のことをバカにしている騎士様が素直になった?
「むろん、あの男爵家の連中が気に入っていると言うなら別だが……」
私はブンブンと首を振った。
「なら、俺に任せてみないか? こっそり護衛に入ってやる。腕は確かだ」
えーと、ヘンリー君が護衛のポジションなのですが。一応。
そう言うと騎士様は笑い出した。
「何の冗談だ」
「まあ、それは確かに」
「そうだな。だけど、マッスル商会の御曹司だと言う肩書は役に立つだろう。昼間、店にいる限り心配はいらないな。あの中年男も時々様子を見に来ているみたいだし」
グスマンおじさんのことね。
「心配なのは夜なんだ」
一挙に食後のデザートの味が落ちた気がするわ。
「自分たちのおかれた状態を理解したら、バリー男爵家はお前を探すだろう」
騎士様が真剣だった。
それはそうかもしれない。
「新居披露の時の感じだと、すっかり浮かれていた。今やバリー商会のお金は使いたい放題だ、自分たちが後見人なんだからと公言していた。だけど誰も信じていなかった。ドネルも甘い男じゃない。じわじわわからせるだろう。そうなったらどうすると思う?」
騎士様の言葉は私を追い詰める。
「まさか私が市場で薬を売ってるだなんて、想像もしないと思うわ」
「それはそうだがね。今じゃ町でもローズ嬢はあの家にいないんじゃないかと噂になっている。なぜなら、お茶の会に招待状を出しても、欠席の返事しか来ない。おまけに全部男爵夫人の代筆だ。みんなおかしいと思うだろう」
「なぜ、お茶の会の招待状がそんなにたくさん来るんでしょう」
私は不思議に思って聞いた。
「だって、男爵がお前のことを仮病だなんていうからさ。実は元気でワガママいっぱい、私たちも持て余していますって」
むかつく。
「それに、お茶会に招くと、代わりに二人の姉妹のどっちかが出てくるんだ。招かれてもないのに。男爵は代わりに花をお届けしますとか言って、気の利いたことを言ったつもりらしいけど、評判は悪い」
なんて厚かましいのかしら、あの二人。
私が考えこんでいると、騎士様が遠慮っぽく言い出した。
「心配だろう。俺の家に来ないか?」
ええ?
「いえ。まさか。そんなご迷惑をかけるわけにはまいりません!」
この人の家? 誰が住んでいるの?
「俺の家は広い。料理人も掃除婦も馬の係もいるんだ。紛れてしまえばわからないし、常に誰かが見ている。それに特に夜は俺がいるしな」
それは、確かに伯爵様お気に入りの騎士様ともなれば、それくらい雇っているのかもしれませんが……なんか多いな?
「あのう、奥様やお子様は?」
騎士様は盛大に照れた。なぜっ?
「いないよ。知ってるだろう。早く承諾して欲しい。この腕にすっぽりと抱き締めたい。でも、お子様って。ローズが、そんなことを考えていただなんて意外だな。でも、嬉しいよ。うん、とても」
騎士様、何かトチ狂いだした。時々こうなる。いつものことだな。
私は冷たい目で騎士様が正気に戻るのを待った。
「気楽に考えて。面倒なことは何もない」
私の冷たい視線に気がついたらしい騎士様が急にペラペラしゃべるのをやめて、真面目に返事した。
「ご両親は?」
「いない。より一層気楽だ」
いや、今、ハードルがグィーーンと音を立てて上がりましたが?
その同居、従兄のジェロームとの同居くらい危険度マシマシですよね?
「えー、ですが、そのような居候は誤解を生むと言うか何というか。ご結婚なさりたい方がお出来になったら、どう説明されるおつもりで?」
高慢騎士様は、ムスッとした表情になって、腕を組んだ。
「バカにしてもらっては困るな」
「はい?」
「厚かましいにもほどがあるな。誰が賓客として迎え入れるなどと言った」
「心配しているドネルにお前の居場所を教えてやってもよかったんだが、やめといた。俺だけが知っている方が都合いいだろ?」
そりゃ知っている人が少ない方が安全だろうとは思うけど。なんだか、この騎士様に弱みを握られているようで嫌だわ。
「伯爵様はドネルに別なことを教えた。銀行口座の件さ」
騎士様は満足げにうなずいた。
「俺が助言した手続きだな。商会のお金は全部銀行を通すことになってる。お前がそう手配した。その結果、男爵はバリー商会のお金に手を出せない。間に代理人が挟まるってわけさ。バリー男爵は、公式には商会と何の関係もない。自称会長のジェロームなんか誰にも認められていないのだからなおさらだ」
私は意味が分かりかけてちょっと口元がほころんだ。自邸は乗っ取られたけど、お金と商会は安全だってことね。
「伯爵様は、バリー男爵一家が大嫌いだ」
わかる気がする。伯爵様は清廉潔白なお人だと言う評判だった。
「銀行はバリー男爵に何の権利があって、お金をおろすんですかって聞くだろう。そして、絶対にお金を渡さない。もちろんドネルはお金を動かせるよ? バリー商会の為であって自分が使うんじゃないからね。このことをドネルに説明してやったらニヤリとしていたよ。それから、銀行口座を開いたのがお前だと知って相当驚いていた。だが、大喜びだった。バリー男爵はあんな派手なパーティを開いてしまったが、その費用はどうやって払うつもりなんだろうな」
伯父は理解できているのかしら? 商会は自分のものだなんて言って回っている話を聞くと、わかっていないんじゃないかと思うわ。
「お前のことが心配だった」
騎士様は突然言い出した。
「お前が家出した理由がよくわかったよ。いい判断だった。あのバカのジェロームと結婚することになってしまったら、それこそ一生逃げられない」
あら?
いつも私のことをバカにしている騎士様が素直になった?
「むろん、あの男爵家の連中が気に入っていると言うなら別だが……」
私はブンブンと首を振った。
「なら、俺に任せてみないか? こっそり護衛に入ってやる。腕は確かだ」
えーと、ヘンリー君が護衛のポジションなのですが。一応。
そう言うと騎士様は笑い出した。
「何の冗談だ」
「まあ、それは確かに」
「そうだな。だけど、マッスル商会の御曹司だと言う肩書は役に立つだろう。昼間、店にいる限り心配はいらないな。あの中年男も時々様子を見に来ているみたいだし」
グスマンおじさんのことね。
「心配なのは夜なんだ」
一挙に食後のデザートの味が落ちた気がするわ。
「自分たちのおかれた状態を理解したら、バリー男爵家はお前を探すだろう」
騎士様が真剣だった。
それはそうかもしれない。
「新居披露の時の感じだと、すっかり浮かれていた。今やバリー商会のお金は使いたい放題だ、自分たちが後見人なんだからと公言していた。だけど誰も信じていなかった。ドネルも甘い男じゃない。じわじわわからせるだろう。そうなったらどうすると思う?」
騎士様の言葉は私を追い詰める。
「まさか私が市場で薬を売ってるだなんて、想像もしないと思うわ」
「それはそうだがね。今じゃ町でもローズ嬢はあの家にいないんじゃないかと噂になっている。なぜなら、お茶の会に招待状を出しても、欠席の返事しか来ない。おまけに全部男爵夫人の代筆だ。みんなおかしいと思うだろう」
「なぜ、お茶の会の招待状がそんなにたくさん来るんでしょう」
私は不思議に思って聞いた。
「だって、男爵がお前のことを仮病だなんていうからさ。実は元気でワガママいっぱい、私たちも持て余していますって」
むかつく。
「それに、お茶会に招くと、代わりに二人の姉妹のどっちかが出てくるんだ。招かれてもないのに。男爵は代わりに花をお届けしますとか言って、気の利いたことを言ったつもりらしいけど、評判は悪い」
なんて厚かましいのかしら、あの二人。
私が考えこんでいると、騎士様が遠慮っぽく言い出した。
「心配だろう。俺の家に来ないか?」
ええ?
「いえ。まさか。そんなご迷惑をかけるわけにはまいりません!」
この人の家? 誰が住んでいるの?
「俺の家は広い。料理人も掃除婦も馬の係もいるんだ。紛れてしまえばわからないし、常に誰かが見ている。それに特に夜は俺がいるしな」
それは、確かに伯爵様お気に入りの騎士様ともなれば、それくらい雇っているのかもしれませんが……なんか多いな?
「あのう、奥様やお子様は?」
騎士様は盛大に照れた。なぜっ?
「いないよ。知ってるだろう。早く承諾して欲しい。この腕にすっぽりと抱き締めたい。でも、お子様って。ローズが、そんなことを考えていただなんて意外だな。でも、嬉しいよ。うん、とても」
騎士様、何かトチ狂いだした。時々こうなる。いつものことだな。
私は冷たい目で騎士様が正気に戻るのを待った。
「気楽に考えて。面倒なことは何もない」
私の冷たい視線に気がついたらしい騎士様が急にペラペラしゃべるのをやめて、真面目に返事した。
「ご両親は?」
「いない。より一層気楽だ」
いや、今、ハードルがグィーーンと音を立てて上がりましたが?
その同居、従兄のジェロームとの同居くらい危険度マシマシですよね?
「えー、ですが、そのような居候は誤解を生むと言うか何というか。ご結婚なさりたい方がお出来になったら、どう説明されるおつもりで?」
高慢騎士様は、ムスッとした表情になって、腕を組んだ。
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