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第9話 パーティとドレス2
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「やっぱり、あなたをパーティに出したのは失敗だったかも」
伯母は言った。
「ジェームズったら、あなたが自慢で仕方がなくて、みんなに見せびらかしたかったのよ」
伯母は申し訳ないと言った様子で私に謝った。
「そんな……。伯母様、私はとても楽しかったので、パーティに出られてよかったですわ」
「うーん……でもねえ」
伯母が一番いい木陰と言っただけあって、その木陰は風がそよそよと吹き抜け、まわり中が花で素晴らしい香りに包まれていた。とても居心地がいい。
「でも、あの後、ぜひ、うちの息子にって話が殺到して、本当に困ってしまったのよ」
「へ、へえー」
思わず令嬢らしくない声が出てしまった。あれから二日しか経っていないのに?
「あと、お茶会への招待や、自邸で開かれるダンスパーティに参加されませんかとか」
伯母がこめかみを押さえた。
「ドレスがいけなかったのね。あなたが着るには安物過ぎた。誰もモンフォール家の令嬢だなんて考えなかったのね」
伯父はあちこちに私のことは売約済みだ(!)と説明して歩き、親友で事情を知るローレンス様には厳重に口止めして、おかげで私の休暇は予定通り、伯父伯母だけと一緒に湖や庭を楽しむものになった。
伯父は大弱りの羽目に陥っていたが、自業自得だと伯母は批評した。
「ジェームズが嬉しそうに紹介して歩かなければ、あれは誰だくらいで終わった話だったのに」
でも、伯父はとても嬉しそうで、誇らしそうだった。
私の父も、あれくらい喜んで甘やかしてくれたらよかったのに。
父は、穏やかだが、いつも母の命令を唯々諾々として聞いていて、ちっとも私の方を見てくれなかった。
王都に帰る前に、ハリソン夫人が訪ねてきてくれて、私に一枚の紙をくれた。
「お嬢様が、王都にお戻りになると聞きましたので、お邪魔しました」
ハリソン夫人は平民だが、ここの誰よりも実は目が鋭いのではないだろうか。
「いつもナイジェルのメゾンで仕立てていると言うことは、お嬢様は、ただの貴族の令嬢ではないでしょう。あの店は王家の方が良くお使いになる店ですから客を選びます。それに決して安くはありません」
私は黙って居るしかなかった。
その通りだからだ。
「ナイジェルの店では昔の同僚のマチルダが働いていますわ。彼女に相談してみてはいかがでしょうか? それと言うのも……」
彼女は私が持参したダンスパーティ用のドレスを指して言った。
「あのドレスは特注品です。お母さまが発注されたのでしょうけれど、さぞかし高かったことでしょう」
「私、値段のことは聞いたことがないので……」
「でも、お嬢様にはもっと似合うドレスがあります。ナイジェルの店が王都で超一流なのには理由があって、それはドレスのセンスや腕が一流だと言うことはもちろんなのですけれど、それ以上に気難しいお客様をうまく誘導する術に長たけているからですわ」
ハリソンン夫人は、ちょっとおどけて笑って見せた。
「こういう言い方をすると、誤解を呼ぶかもしれませんが、お客様の言うとおりに作っていたら、恐ろしいものが出来上がってしまいます。好きなドレスと似合うドレスは違うのです」
ハリソン夫人の言葉は、すとんと胸に落ちる。
「昔、若くて、もてはやされていた頃のデザインに固執されるお客様もおられます。ナイジェルは、お客様のご希望におおむね沿いながら、今の流行を取り入れ、お客様に似合うドレスを仕立て上げるのです。そうすれば、自分の希望も取り入れられている上に、夜会に出ても笑われなくて済みます。褒められることもあるでしょう。それで、次の注文も取れると言うわけですよ」
納得できる、良い説明だった。
「きっとあなたのお母さまは、メゾンを変えようとなさらないでしょう。でも、お嬢様が自分の希望を聞いて欲しいとおっしゃれば、そこは聞いてくれると思います。マチルダを指名してもらえば、お母さまの希望も取り入れながら、あなたの希望も上手に入れてくれると思いますわ」
「……そうね。あんなドレスは着たくないわ」
私は思わずつぶやいた。
ハリソン夫人はにっこり笑った。
「お嬢様にはセンスがおありです。これは誰もが持っているものではありません。才能です」
伯母は言った。
「ジェームズったら、あなたが自慢で仕方がなくて、みんなに見せびらかしたかったのよ」
伯母は申し訳ないと言った様子で私に謝った。
「そんな……。伯母様、私はとても楽しかったので、パーティに出られてよかったですわ」
「うーん……でもねえ」
伯母が一番いい木陰と言っただけあって、その木陰は風がそよそよと吹き抜け、まわり中が花で素晴らしい香りに包まれていた。とても居心地がいい。
「でも、あの後、ぜひ、うちの息子にって話が殺到して、本当に困ってしまったのよ」
「へ、へえー」
思わず令嬢らしくない声が出てしまった。あれから二日しか経っていないのに?
「あと、お茶会への招待や、自邸で開かれるダンスパーティに参加されませんかとか」
伯母がこめかみを押さえた。
「ドレスがいけなかったのね。あなたが着るには安物過ぎた。誰もモンフォール家の令嬢だなんて考えなかったのね」
伯父はあちこちに私のことは売約済みだ(!)と説明して歩き、親友で事情を知るローレンス様には厳重に口止めして、おかげで私の休暇は予定通り、伯父伯母だけと一緒に湖や庭を楽しむものになった。
伯父は大弱りの羽目に陥っていたが、自業自得だと伯母は批評した。
「ジェームズが嬉しそうに紹介して歩かなければ、あれは誰だくらいで終わった話だったのに」
でも、伯父はとても嬉しそうで、誇らしそうだった。
私の父も、あれくらい喜んで甘やかしてくれたらよかったのに。
父は、穏やかだが、いつも母の命令を唯々諾々として聞いていて、ちっとも私の方を見てくれなかった。
王都に帰る前に、ハリソン夫人が訪ねてきてくれて、私に一枚の紙をくれた。
「お嬢様が、王都にお戻りになると聞きましたので、お邪魔しました」
ハリソン夫人は平民だが、ここの誰よりも実は目が鋭いのではないだろうか。
「いつもナイジェルのメゾンで仕立てていると言うことは、お嬢様は、ただの貴族の令嬢ではないでしょう。あの店は王家の方が良くお使いになる店ですから客を選びます。それに決して安くはありません」
私は黙って居るしかなかった。
その通りだからだ。
「ナイジェルの店では昔の同僚のマチルダが働いていますわ。彼女に相談してみてはいかがでしょうか? それと言うのも……」
彼女は私が持参したダンスパーティ用のドレスを指して言った。
「あのドレスは特注品です。お母さまが発注されたのでしょうけれど、さぞかし高かったことでしょう」
「私、値段のことは聞いたことがないので……」
「でも、お嬢様にはもっと似合うドレスがあります。ナイジェルの店が王都で超一流なのには理由があって、それはドレスのセンスや腕が一流だと言うことはもちろんなのですけれど、それ以上に気難しいお客様をうまく誘導する術に長たけているからですわ」
ハリソンン夫人は、ちょっとおどけて笑って見せた。
「こういう言い方をすると、誤解を呼ぶかもしれませんが、お客様の言うとおりに作っていたら、恐ろしいものが出来上がってしまいます。好きなドレスと似合うドレスは違うのです」
ハリソン夫人の言葉は、すとんと胸に落ちる。
「昔、若くて、もてはやされていた頃のデザインに固執されるお客様もおられます。ナイジェルは、お客様のご希望におおむね沿いながら、今の流行を取り入れ、お客様に似合うドレスを仕立て上げるのです。そうすれば、自分の希望も取り入れられている上に、夜会に出ても笑われなくて済みます。褒められることもあるでしょう。それで、次の注文も取れると言うわけですよ」
納得できる、良い説明だった。
「きっとあなたのお母さまは、メゾンを変えようとなさらないでしょう。でも、お嬢様が自分の希望を聞いて欲しいとおっしゃれば、そこは聞いてくれると思います。マチルダを指名してもらえば、お母さまの希望も取り入れながら、あなたの希望も上手に入れてくれると思いますわ」
「……そうね。あんなドレスは着たくないわ」
私は思わずつぶやいた。
ハリソン夫人はにっこり笑った。
「お嬢様にはセンスがおありです。これは誰もが持っているものではありません。才能です」
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