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サイラム
第178話 ロドリック、結婚予定報告をする
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戴冠式の儀式が全て終わってから一週間ほど経ったある日、ロドリックが王宮を訪ねてきた。
ロドリックは、レイビック城と金鉱を預かっていた。今では、レイビック城は金鉱と狩猟で有名な栄えた町になっていた。
問題だったハブファンは、財産をはく奪されたにもかかわらず、ゴーバーの経営を任されていた。
あいにく、そんなものの経営をできる人間なんか誰もいなかったからである。
全く畑違いのベルブルグの副院長が、ゴーバーで働く者たちの魂の救済と言う仕事を押し付けられて困惑していた。
「フリースラントではあるまいし、こんなところの管理はできん」
ゴーバーは金の生る木だった。誰かが管理しなくてはならない。その道で、大勢が暮らしているので、つぶすわけにもいかない。
せっかくある以上、利用しない手はないだろう。だが、王家がそのようないかがわしいシロモノから、金を巻き上げたかったら、言い訳が必要だったのだ。そこで修道院が登場した。
王家の命を受けた修道院に監督をさせる。そのうえで、運営を許すという形を取ったのだ。
しかし、修道院が色街の仕組みに詳しくないと言うのはいかんともしがたく、ロドリックはやむなく副院長の相談に乗らざるを得なかった。
副院長が、目をぎろりとさせて、ロドリックに詰め寄ったからだ。
「ロドリック、お前は、修道士のくせに、ゴーバーで、半裸になって用心棒をしとったそうだな」
「いやだな、副院長様。酔っ払いをなだめていただけですよ」
「いや。聞いたぞ。ロンゴバルトの用心棒と店内で大立ち回りをやらかして、そいつを殺してしまったそうではないか」
「そんなこと、やってませんよ!」
ロドリックは真剣に否定した。
副院長は、ロドリックの顔を信用できないような表情で見ていたが、言葉をつづけた。
「それは、まあいい」
よくねえよ、と、ロドリックは内心考えた。誤解だよ。
「で、ちと教えて欲しいのだが、この『きんにくせんぷう』と言う名の店は、店主が若い男を集めているそうだ。ハブファンは、男も女も、店の仕組みとしては、似たようなものだと説明するのだが、わしには何のことかわからぬ。店の店員が、客に金を払うようでは、店が成り立たないと思うが?」
ロドリックは、何のことだかわからず、首をひねったが、副院長は客が女だと誤解していることが判明した。
「客も男ですから、そこは」(副院長の頭には、男から女に支払う思考回路しか、存在しないらしかった)
「なに? そうか、そのようないかがわしい場所に出入りする女はいないだろう。だが、それだと、話がさらに良く分からぬ。この店に行くメリットがわからぬ。武芸道場か? ここは。名前からしてそんな感じだが?」
ロドリックは、一瞬黙ったが、作戦を切り替えた。説明は無駄だ。
「副院長様におかれましては、店の仕組みはさておいて、利益の十%を受け取る問題の方に専念されましてはいかがでしょうか」
「しかしな、儲かる仕組みがわからぬと、わしは落ち着かんのだ。帳簿が間違っているのかどうかも良く分からぬゆえ」
チッとロドリックは舌打ちしそうになった。
わかったところで、副院長は腐っても修道士である。うっかりすると、ハブファンもろとも、ゴーバーを焼け野原に改造してしまいかねない。
一瞬フィリスに任せたらどうかとも思った。フィリスなら確かに出来そうだったし、前代未聞の利益を上げそうだったが、あいにく、ハブファンも真っ青になりそうな悪の組織を構築しかねない。
「あぶなすぎる……」
ロドリックは、眉根にしわを寄せた。結局、彼が、副院長に疑惑の目を向けられながら、ゴーバーの実質管理をせざるを得ないだろう。
(フリースラントめ。どうせ、俺がどうにかするだろうと、踏んでいるに違いない……)
しかし、ロドリックは、今日はフリースラントに抗議するために、わざわざ王宮まで来たのではなかった。
彼は、猛烈に緊張していた。
フリースラントに言わなければならないことがあるのだ。
「フリースラント、いやヴォルダ公爵、っていうか摂政猊下」
「なんなんだ、その呼び方」
すっかり疲れて、手袋をペリルに投げつけるように渡したフリースラントは、背もたれのついた大きなイスにどさりと座った。
「お知らせしないといけないことができて」
「お知らせ?」
フリースラントは怪訝そうだった。ロドリックは、彼には珍しいことだが、もじもじしているように見えた。
「この度、私こと、ええと、ロドリック・テンセストは、再婚が決まりまして……」
「え?!」
フリースラントは、本気でびっくりしていた。
ものすごくまずかったので、ロドリックは猛烈に上がってしまった。普通の結婚の報告なら、こんなことにはならない。
「だ、誰と?!」
「ああ、あの、従姉弟にあたる女性だ」
「従姉弟! 従姉弟なんかいたの! 知らなかった。いつの間に! どこにそんな暇があったんだ」
フリースラントは最初の驚きから覚めると、しかし、だんだんとおかしそうに笑いだした。
「すごいな! あんなに忙しかったと言うのに。ここ数か月は戦場や政務で忙殺されていたと言うのに」
実は、その戦場で知り合いました。……とは言いにくいので、黙っていた。フリースラントは、好奇心ではち切れそうだった。でも、彼は同時に喜んでくれていた。
「いつか、僕の結婚式の時、みんなで下品な手真似をして笑ったよね? あれ、やっていい?」
「いや、待って。相手の名前を聞いてからにして」
「誰なんだい?」
フリースラントは愉快そうに、イスの上で長くなった。
「知っている人? 紹介してくれないと困るな。ルシアにも知らせないと」
「まあ、ルシアにも当然言わないといけないんだけど」
「誰なの? もったいぶらずに教えてよ。お祝いをしないといけない」
「ええ、フィリスだ。君の母上だ」
フリースラントの動きがピタリと止まった。
「誰?」
「だから、フィリス。君の母上……」
冗談だと思ったのか、フリースラントの目が真剣にロドリックの顔の上を動いた。ロドリックはさすがに真っ赤になった。
「冗談だろう」
「……本当です」
「いとこ! いとこだったの?!」
「言わなかったっけ?」
フリースラントは深刻な顔をして、首を振った。
「それで、一族の方にお聞きします。結婚をお許しくださいますか?」
フリースラントは長い間黙っていたが、ついに言った。
「僕から、母を取り上げるのか」
ロドリックはちょっとびっくりした。
「フリースラント、何言っているんだ。バカ言っちゃいけない。その言い方はないだろう。そんなこと言うなら、フィリスを連れて行くだけだ」
「ロドリック! なんだ、その我が物顔は!」
「だって、好きなのだもの」
「なんだと?」
フリースラントは気色ばみ、それからあからさまに怒りと侮蔑の表情を浮かべた。
「あーあー、いろんなおっさん貴族が、一生懸命、アプローチかけてたが、あんたもシュウディ公爵並みか」
「唯一、違うところは承諾してもらえた点だと思う」
ロドリックは大胆不敵にも言い放った。
フリースラントは真っ赤になった。
「あんたのことが初めて嫌いになったよ!」
そこへルシアが、目に涙を浮かべて走り込んできた。
「フリースラント、お母さまが!」
ロドリックを見つけると彼女は叫んだ。
「あっ! フリースラント、こいつが敵よ!」
「なに訳の分かんないこと言ってるんだ、この兄妹は!」
ロドリックは思わず笑いだした。
「「兄妹ではない!」」
二人は同時に叫んだ。
「どうでもいいから、承諾しなさいよ。してもらわなくっても、別にかまわないけど」
「なんて、ふてぶてしい!」
ルシア女王陛下が真っ赤になって怒り出した。
女王陛下になって、不便なのは、この時点で、すでに野次馬が部屋の外に詰めかけ始めたことだった。
すぐに気づいた摂政殿下が、ムスッとした表情になると、連中を追っ払った。
「大したことではない」
そう言って、フリースラントは野次馬に散会を命じた。野次馬はしぶしぶ離れていった。
好奇心にあふれた貴族や召使たちが、どんなに足音を忍ばせてやってこようと、フリースラントの耳は、恐ろしくよかった。そのうえ、匂いで個人を特定することすらできるのだ。絶対に見つからないつもりで、暗いところに潜んでいたザリエリ候は、名指しで隠れている場所まで言い当てられて、心臓が止まるかと思う程、驚いたことがある。
「全く。話もできやしない」
フリースラントはドアを念入りに閉めると、不満そうにロドリックの方に向き直った。
「そもそも、いつからそんな下心があって、お母さまに近づいたのかしら、あつかましい」
堂々たる威厳を見せて、ルシア陛下が尋問を始めた。
「従姉弟ですから」
この際、従姉弟でよかった。ルシアはびっくりしたらしかった。
「いとこ同士だったの?」
「実は」
「どうして、黙っていたの!」
結局、なんと、総主教様が仲裁に当たる程の騒ぎになった。
翌朝、慈悲にあふれた(だが、ロドリックの目から見ると、微妙に笑いで口元が震えているように見える)総主教様自らが、城へやって来た。家庭内争議の仲裁である。
「ルシア陛下、フリースラント、そんなことを言ってはいけない。これは私の望みでもあるのだ」
「総主教様の望み?」
フリースラントとルシアは目を丸くした。
「そう。あの二人の結婚は、私の希望だ。理由は言えない。だが、許してやって欲しい」
それでも二人が黙っているので、総主教様は続けた。
「ロドリックはフリースラントには兄のような存在だった。そして、二人にとってフィリス女伯は母だ。そこは変わらない」
「でも、母が行ってしまうのが悲しいんです」
「僕もです。僕らは、家族が離散した。取り戻すのに時間がかかった。また、離れるのはイヤなのです。兄の行方も見つからないし」
「ああ」
その気持ちは総主教様にも良く分かった。
「母上とロドリックはどこにも行かないよ。せいぜいレイビックだ。ロドリックは今までだって、家族みたいなものだった。それが本当の家族になるのだ。大事な人たちが、お互いを大事にするのだ。悲しむべきことではないだろう」
総主教様が乗り込んでくるくらい、深刻な問題とは何かと噂になったが、結局四人はピタリと口を閉ざし、騒ぎの原因は知られることはなかった。
「少なくとも、考える時間をちょうだい」
ルシアは、何か恨みがましい目つきでロドリックを見ながら命令した。考えても同じだと思うんだが……
「予定しておいていただけると……」
「当分先でもいいと思うわ」
彼女はきっぱり言い切った。
「それから、この話は秘密よ、秘密。いいわね? ロドリック」
ロドリックと総主教様は、陛下自らに部屋の外に押し出された。総主教様は、押し出されながら、なにかクツクツ笑っているらしかった。
ロドリックは、総主教様に感謝の言葉を述べ、丁重にお送りしたが、総主教様の口元がずっと妙にほころんでいるのが気になって仕方がなかった。
ロドリックは、レイビック城と金鉱を預かっていた。今では、レイビック城は金鉱と狩猟で有名な栄えた町になっていた。
問題だったハブファンは、財産をはく奪されたにもかかわらず、ゴーバーの経営を任されていた。
あいにく、そんなものの経営をできる人間なんか誰もいなかったからである。
全く畑違いのベルブルグの副院長が、ゴーバーで働く者たちの魂の救済と言う仕事を押し付けられて困惑していた。
「フリースラントではあるまいし、こんなところの管理はできん」
ゴーバーは金の生る木だった。誰かが管理しなくてはならない。その道で、大勢が暮らしているので、つぶすわけにもいかない。
せっかくある以上、利用しない手はないだろう。だが、王家がそのようないかがわしいシロモノから、金を巻き上げたかったら、言い訳が必要だったのだ。そこで修道院が登場した。
王家の命を受けた修道院に監督をさせる。そのうえで、運営を許すという形を取ったのだ。
しかし、修道院が色街の仕組みに詳しくないと言うのはいかんともしがたく、ロドリックはやむなく副院長の相談に乗らざるを得なかった。
副院長が、目をぎろりとさせて、ロドリックに詰め寄ったからだ。
「ロドリック、お前は、修道士のくせに、ゴーバーで、半裸になって用心棒をしとったそうだな」
「いやだな、副院長様。酔っ払いをなだめていただけですよ」
「いや。聞いたぞ。ロンゴバルトの用心棒と店内で大立ち回りをやらかして、そいつを殺してしまったそうではないか」
「そんなこと、やってませんよ!」
ロドリックは真剣に否定した。
副院長は、ロドリックの顔を信用できないような表情で見ていたが、言葉をつづけた。
「それは、まあいい」
よくねえよ、と、ロドリックは内心考えた。誤解だよ。
「で、ちと教えて欲しいのだが、この『きんにくせんぷう』と言う名の店は、店主が若い男を集めているそうだ。ハブファンは、男も女も、店の仕組みとしては、似たようなものだと説明するのだが、わしには何のことかわからぬ。店の店員が、客に金を払うようでは、店が成り立たないと思うが?」
ロドリックは、何のことだかわからず、首をひねったが、副院長は客が女だと誤解していることが判明した。
「客も男ですから、そこは」(副院長の頭には、男から女に支払う思考回路しか、存在しないらしかった)
「なに? そうか、そのようないかがわしい場所に出入りする女はいないだろう。だが、それだと、話がさらに良く分からぬ。この店に行くメリットがわからぬ。武芸道場か? ここは。名前からしてそんな感じだが?」
ロドリックは、一瞬黙ったが、作戦を切り替えた。説明は無駄だ。
「副院長様におかれましては、店の仕組みはさておいて、利益の十%を受け取る問題の方に専念されましてはいかがでしょうか」
「しかしな、儲かる仕組みがわからぬと、わしは落ち着かんのだ。帳簿が間違っているのかどうかも良く分からぬゆえ」
チッとロドリックは舌打ちしそうになった。
わかったところで、副院長は腐っても修道士である。うっかりすると、ハブファンもろとも、ゴーバーを焼け野原に改造してしまいかねない。
一瞬フィリスに任せたらどうかとも思った。フィリスなら確かに出来そうだったし、前代未聞の利益を上げそうだったが、あいにく、ハブファンも真っ青になりそうな悪の組織を構築しかねない。
「あぶなすぎる……」
ロドリックは、眉根にしわを寄せた。結局、彼が、副院長に疑惑の目を向けられながら、ゴーバーの実質管理をせざるを得ないだろう。
(フリースラントめ。どうせ、俺がどうにかするだろうと、踏んでいるに違いない……)
しかし、ロドリックは、今日はフリースラントに抗議するために、わざわざ王宮まで来たのではなかった。
彼は、猛烈に緊張していた。
フリースラントに言わなければならないことがあるのだ。
「フリースラント、いやヴォルダ公爵、っていうか摂政猊下」
「なんなんだ、その呼び方」
すっかり疲れて、手袋をペリルに投げつけるように渡したフリースラントは、背もたれのついた大きなイスにどさりと座った。
「お知らせしないといけないことができて」
「お知らせ?」
フリースラントは怪訝そうだった。ロドリックは、彼には珍しいことだが、もじもじしているように見えた。
「この度、私こと、ええと、ロドリック・テンセストは、再婚が決まりまして……」
「え?!」
フリースラントは、本気でびっくりしていた。
ものすごくまずかったので、ロドリックは猛烈に上がってしまった。普通の結婚の報告なら、こんなことにはならない。
「だ、誰と?!」
「ああ、あの、従姉弟にあたる女性だ」
「従姉弟! 従姉弟なんかいたの! 知らなかった。いつの間に! どこにそんな暇があったんだ」
フリースラントは最初の驚きから覚めると、しかし、だんだんとおかしそうに笑いだした。
「すごいな! あんなに忙しかったと言うのに。ここ数か月は戦場や政務で忙殺されていたと言うのに」
実は、その戦場で知り合いました。……とは言いにくいので、黙っていた。フリースラントは、好奇心ではち切れそうだった。でも、彼は同時に喜んでくれていた。
「いつか、僕の結婚式の時、みんなで下品な手真似をして笑ったよね? あれ、やっていい?」
「いや、待って。相手の名前を聞いてからにして」
「誰なんだい?」
フリースラントは愉快そうに、イスの上で長くなった。
「知っている人? 紹介してくれないと困るな。ルシアにも知らせないと」
「まあ、ルシアにも当然言わないといけないんだけど」
「誰なの? もったいぶらずに教えてよ。お祝いをしないといけない」
「ええ、フィリスだ。君の母上だ」
フリースラントの動きがピタリと止まった。
「誰?」
「だから、フィリス。君の母上……」
冗談だと思ったのか、フリースラントの目が真剣にロドリックの顔の上を動いた。ロドリックはさすがに真っ赤になった。
「冗談だろう」
「……本当です」
「いとこ! いとこだったの?!」
「言わなかったっけ?」
フリースラントは深刻な顔をして、首を振った。
「それで、一族の方にお聞きします。結婚をお許しくださいますか?」
フリースラントは長い間黙っていたが、ついに言った。
「僕から、母を取り上げるのか」
ロドリックはちょっとびっくりした。
「フリースラント、何言っているんだ。バカ言っちゃいけない。その言い方はないだろう。そんなこと言うなら、フィリスを連れて行くだけだ」
「ロドリック! なんだ、その我が物顔は!」
「だって、好きなのだもの」
「なんだと?」
フリースラントは気色ばみ、それからあからさまに怒りと侮蔑の表情を浮かべた。
「あーあー、いろんなおっさん貴族が、一生懸命、アプローチかけてたが、あんたもシュウディ公爵並みか」
「唯一、違うところは承諾してもらえた点だと思う」
ロドリックは大胆不敵にも言い放った。
フリースラントは真っ赤になった。
「あんたのことが初めて嫌いになったよ!」
そこへルシアが、目に涙を浮かべて走り込んできた。
「フリースラント、お母さまが!」
ロドリックを見つけると彼女は叫んだ。
「あっ! フリースラント、こいつが敵よ!」
「なに訳の分かんないこと言ってるんだ、この兄妹は!」
ロドリックは思わず笑いだした。
「「兄妹ではない!」」
二人は同時に叫んだ。
「どうでもいいから、承諾しなさいよ。してもらわなくっても、別にかまわないけど」
「なんて、ふてぶてしい!」
ルシア女王陛下が真っ赤になって怒り出した。
女王陛下になって、不便なのは、この時点で、すでに野次馬が部屋の外に詰めかけ始めたことだった。
すぐに気づいた摂政殿下が、ムスッとした表情になると、連中を追っ払った。
「大したことではない」
そう言って、フリースラントは野次馬に散会を命じた。野次馬はしぶしぶ離れていった。
好奇心にあふれた貴族や召使たちが、どんなに足音を忍ばせてやってこようと、フリースラントの耳は、恐ろしくよかった。そのうえ、匂いで個人を特定することすらできるのだ。絶対に見つからないつもりで、暗いところに潜んでいたザリエリ候は、名指しで隠れている場所まで言い当てられて、心臓が止まるかと思う程、驚いたことがある。
「全く。話もできやしない」
フリースラントはドアを念入りに閉めると、不満そうにロドリックの方に向き直った。
「そもそも、いつからそんな下心があって、お母さまに近づいたのかしら、あつかましい」
堂々たる威厳を見せて、ルシア陛下が尋問を始めた。
「従姉弟ですから」
この際、従姉弟でよかった。ルシアはびっくりしたらしかった。
「いとこ同士だったの?」
「実は」
「どうして、黙っていたの!」
結局、なんと、総主教様が仲裁に当たる程の騒ぎになった。
翌朝、慈悲にあふれた(だが、ロドリックの目から見ると、微妙に笑いで口元が震えているように見える)総主教様自らが、城へやって来た。家庭内争議の仲裁である。
「ルシア陛下、フリースラント、そんなことを言ってはいけない。これは私の望みでもあるのだ」
「総主教様の望み?」
フリースラントとルシアは目を丸くした。
「そう。あの二人の結婚は、私の希望だ。理由は言えない。だが、許してやって欲しい」
それでも二人が黙っているので、総主教様は続けた。
「ロドリックはフリースラントには兄のような存在だった。そして、二人にとってフィリス女伯は母だ。そこは変わらない」
「でも、母が行ってしまうのが悲しいんです」
「僕もです。僕らは、家族が離散した。取り戻すのに時間がかかった。また、離れるのはイヤなのです。兄の行方も見つからないし」
「ああ」
その気持ちは総主教様にも良く分かった。
「母上とロドリックはどこにも行かないよ。せいぜいレイビックだ。ロドリックは今までだって、家族みたいなものだった。それが本当の家族になるのだ。大事な人たちが、お互いを大事にするのだ。悲しむべきことではないだろう」
総主教様が乗り込んでくるくらい、深刻な問題とは何かと噂になったが、結局四人はピタリと口を閉ざし、騒ぎの原因は知られることはなかった。
「少なくとも、考える時間をちょうだい」
ルシアは、何か恨みがましい目つきでロドリックを見ながら命令した。考えても同じだと思うんだが……
「予定しておいていただけると……」
「当分先でもいいと思うわ」
彼女はきっぱり言い切った。
「それから、この話は秘密よ、秘密。いいわね? ロドリック」
ロドリックと総主教様は、陛下自らに部屋の外に押し出された。総主教様は、押し出されながら、なにかクツクツ笑っているらしかった。
ロドリックは、総主教様に感謝の言葉を述べ、丁重にお送りしたが、総主教様の口元がずっと妙にほころんでいるのが気になって仕方がなかった。
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