アネンサードの人々

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サイラム

第177話 ルシアの即位。総主教様の思うつぼ

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 喪明けが近づく前に、ゾフから便りがあった。

『シュウディ公爵様、マルギスタン公爵様、バジエ辺境伯様、ザリエリ候爵様を筆頭に、数百名の貴族からの連名の、ルシア様にご即位を促す嘆願書が届きました』

 フィリス女伯とロドリックは、顔を見合わせた。

 ロドリックはつい彼女にキスした。
 そして、手紙で殴られた。

「続きを読もう」
「まじめにね? ロドリック」

『喪明けに総主教様がお見えになられます。その際、戴冠式を行うとおっしゃっておられます。テンセスト女伯とテンセスト殿にも御参列いただきたいとのことです』

「まるで、夫婦のようだ」

「戴冠式だなんて……。ルシアとフリースラントはイヤじゃないのかしら」

 フィリス女伯はロドリックを無視して心配した。

「いやだろうね。でも、これはだめだろうな。拒否できない。アデリア王女が戴冠してもいいんだが、そうなると、前の王妃どころではなくなるから」

 仕組んだのが誰だかわかるような気がした。

 そして、その人は止むにやまれぬ選択をしたのだろう。

「なりたい人が適任と言うわけじゃない」



 総主教様は、以前と同じく砦に滞在した。
 ハリルが呼び出され、前と同じくおそばに仕えた。

「ここは王宮から適度に遠い」

 総主教様は愉快そうだった。

「フリースラントはどう言っているのですか?」

「私は知らないが、ルシアは怒っておるらしい」

 戴冠式が決まったとたん、女伯はルシアのもとへ飛んでいった。

 準備がいるのだ。ロドリックは鉱山の管理と屋敷の管理を同時に受け持った。そして、戴冠式が近づいて来たので、カプトルまで出てきて、総主教様に合流したのだった。


 フリースラントこと、ヴォルダ公爵は結局、自分はレイビックに戻れない運命らしいと観念し始めた。フリースラントはルシアの夫として、新しくできた王城の主として、国に君臨する運命だったのかもしれなかった。

 何しろ、ルシアが美人でフリースラントも男前だったので民衆の受けが大変に良かったし、王女様と名門の貴公子だったので、これ以上の逸材はなかなか見つけにくかった。

「ルシア王女はとにかく、ヴォルダ公爵はそれだけの男ではないと思うが……」

 反対派もいないわけではなかったが、対抗馬がアデリア王女では自然声が小さくなった。



「さあさあ、戴冠式じゃ」

 そして、高徳の僧として高名のピオス六世がわざわざやってきて準備万端、戴冠式を待ち構えていた。



「なにかが、おかしい」

「その通り。フリースラント、お前は勘がいい」

 ようやく新築相成った豪華な宮殿で摂政となる運命の青年に、仕方がないので、ロドリックは総主教様の意向を語って聞かせた。

「あの時の? 禁断の庭の僧侶が?」

「結構な狸爺さんだった」

 フリースラントは黙り込んだ。他人の手の平で転がされたと感じることは愉快ではなかった。

「だが、ほかに方法があったか?」

 ロドリックが聞いた。原因はルシアでフリースラントではなかった。こうなった以上、ルシアと結婚する男には洩れなく王冠がくっついてくるのだ。だが、それを勘案しても、フリースラントは、ルシアをあきらめることができなかった。

 彼が少年だったころ、かわいらしかった妹は、実は王女だった。

 そして何代か前の王が、父王の新しい花嫁に恋心を抱いたのと、全く同じように、小さくて元気な少女に惹きつけられただけだったのだ。

「結果がこれか」

 フリースラントは立派な大人になっていた。
 まじめで、おとなしかった少年時代、彼は、いかにも勤勉で、一生懸命勉学に励んでいた。
 その結果、剣術では先生を打ちのめして骨折させてしまったし、弓の先生は彼の前では委縮していた。
 まだ少年だとなめてかかって、偽の証書やインチキ商談を持ち込むベルブルグの商人も最初はいたが、気が付いたら破産していた。
 商売人としてフリースラントが最も嫌われたのは、記憶力が尋常でないことだった。時期や顛末もしっかり覚えていて、ごまかしが全然きかなかった。
 サジシームが言った通り、まじめで全く面白みのない男だったのである。
 ベルブルグの副院長は面白がっていたが、本人は全く面白がらず、破産に至ったのも当然の成り行きだと冷たく言い放ち、顧みることもなく、次の仕事にかかっていた。ベルブルグの副院長とはウマが合って、よく話し込んだり笑ったりしていたが、お世辞に反応しないタイプなので、王宮によくいるお世辞たらたらのタイプにとっては、やりにくい摂政になりそうだと副院長は思っていた。

 商人としてはゼロからのスタートだったが、宮廷では彼はもっとも家格の高い家柄の御曹司だったから、どんな大貴族も彼の前ではかしこまらざるを得なかった。少なくとも、へりくだっているふりはした。極めて有利だった。

 すでに彼の周りには、何人かの側近が決まってきていて、国政を一緒に決定していた。
 任せきりと言う言葉は彼の辞書にはないので、いつでも複数が同時に働いていた。

「向いてるじゃないか」

 ロドリックは観察結果を述べた。

「俺じゃあ無理だ」

 フリースラントは黙っていたが、同意しているのだろう。



 国中が注目した戴冠式は、荘厳な雰囲気の中、行われた。

 喪明けから一か月後、王と王妃、王太子の死から、ほぼ一年がたっていた。


 すでにダリアの政治はフリースラントを中心に動いていた。
 だから、戴冠式にあまり意味はなかったが、王宮に住まない平民や農民、国中の者たちは、正式な王が定まらないと落ち着かなかなかったらしい。

 礼拝堂は、基礎を残して建て替えられ、厳かな感じの装飾が施された。
 
 準備は抜かりなく行われ、白銀の衣を着たルシアが王の座に就いた。ダリアにようやく王が誕生したことを人々は歓迎した。
 公爵家の人々や、そのほか準じる貴族の家々、軍人の家系、代々大領主の家系など多くの人々が、序列に従って並ぶさまは、壮観だった。

 総主教様が真紅の見事な法衣を身に着けて、現れた。ローソクを手にした大勢の僧たちが、続々と後に続き、壇上は一挙に明るくなった。

 式典が始まった。神を讃える祝辞、ロンゴバルトの脅威から国を守った勇気ある人々への賛辞、ダリアの長く続く栄華を祈念する言葉が終わると、参列者は固唾をのみ、静まり返った。
 総主教様が壇上から手招きし、ルシアが前に進んだ。そして総主教様の前に跪くと、総主教は宝冠をその頭上に置いた。

「これで、ダリアも一段落じゃ」

 ザリエリ候は、感動して傍らのルストガルデ殿に囁いた。ルストガルデ殿は、感極まって泣いているようだった。彼は、フリースラントの手によって、ロンゴバルトから助けられたのだ。

 やがて、総主教様が一歩引き、ルシアが立ち上がると、夫君のヴォルダ公爵が傍らに寄り添った。

「ともに国をよりよく治めるよう」

 多くの貴族たち、特に前の王の時代から王家に親しく仕えた者たち、ロンゴバルトに踏みにじられ、その後、自分たちダリアの力でロンゴバルトを撃退したと言う自負を持つ者たちにとって、戴冠式は新しい時代の象徴だった。

 もう、ロンゴバルトは攻めてこないだろう。攻めてきても、この王の下で戦うのだ。そして、絶対に負けない。


「きっとこれが運命だったのだよ」
 ロドリックは隣席のゼンダの領主に話しかけられた。

 十五歳の頃のフリースラントは、欲しいもののところへまっしぐらに走って行く若者だった。
 彼は彼の思い通りになる世界を欲していた。それとルシアを。

「この形を目指していたわけじゃないだろうけど……」

 フリースラントはこのチャンスを活かすだろう。手綱を絶対に離さないだろう。そして彼の思うままの世界を作るに違いない。邪魔する者はなぎ倒して進むだろう。

 それくらいの男でないと務まらない。総主教様は満足そうに微笑んでいた。


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