アネンサードの人々

buchi

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サイラム

第164話 首長たちの会合

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「でたらめだ」
 誰かがつぶやいた。

「シャルム、それより鋼鉄の騎士の話を!」
 サジシームが言った。

「鋼鉄の騎士は、強かった。」

「そんなことはわかっとる」

「あれは魔王だ」

「いい加減にしろ!」
 サジシームがもう一度叫んだ。

「魔王などいない。あれは人間だ。戦いの様子を話せ!」

「ザイード様は真っ先に狙われ、首を射抜かれ、落馬した」

「サジシームが生き残ったのはなぜじゃ」

「サジシーム様は最前線で戦っていた。ただのダリア軍と戦っていた」

「ザイード様が、最前線でなかったとでも?」

「ダリアの弱小軍と戦うのに、ザイード様が最前線に出る必要はない。魔王は背後から忍び寄り、主だった首長を狙って矢を射た」

 集まった者どもは、勇敢なふりをしていたが、気味悪がり、最初の勢いがなくなっていた。

「魔王?」

「魔王ではない、人間だ」
 サジシームは言った。
「ダリア軍は、必ず復讐にやって来る。ロンゴバルトには備えが必要なのだ」

「この度の騒ぎを起こしたのは、ハルラットが原因だ」

「ダリアの王と王妃を殺したのはザイードの首長だ」

「ザイードは神の教えに従っただけじゃ!」

 論拠のあやふやな感情論が始まった。いつものことだった。

 サジシームは、これまでそんな口論に加わったことはなかった。
 彼はそんな合理性のない口論は嫌いだった。部族の昔の諍いや、昔のもめ事などが蒸し返されて、非難の応酬が始まったり、意地になって果てしない議論が続いたりする。

 実際のところは、どんなに議論を続けても、ロンゴバルトがまとまって、ダリアに応戦することなどあり得なかった。

 まとまるはずがないのだ。
 首長たちの多くは死んだり、傷ついたりしていた。一緒にダリアへ出て行った兵たちも疲弊していた。
 今から戦う気などあるはずがなかった。
 それに、防衛戦は、消耗するだけで、金にならない。特に、本拠地が遠い部族にとっては、何の意味もなかった。

 だが、ハルラットが今回の首長たちの死の責任を取らされ、ロンゴバルトの他の部族から憎まれ、背後から攻められるような事態だけは避けたかった。
 むしろ、ハルラットはザイードたちの暴走の被害者だ。だが、説明しても理解する気のない連中にどう言えばいいのだ。

 むなしいだけの時間のかかる論戦だ。


 サジシームはハルラットを見捨てることだってできたのだ。

 いつもと同じように薄ら笑いを浮かべて、自分には関係ないと言った素振りで。わざと女好きなどと言う噂を流して、人々から軽くあしらわれる代わりに責任は取らない……そんな軽い立場を取れば、彼一人ならどこででも生きていける。

 だが、そうしなかった。


 彼は怒って、剣を半分抜きかけた。
「ハルラットをバカにする気か! この剣と神の御名に懸けて、ハルラットの戦いを侮辱する者は成敗する」

 ハルラットの者たちの方が内心ビビった。

 サジシームが剣の稽古が大嫌いで、大した腕前でないことはみんな知っていた。

 だが、その迫力に、彼らは彼らの首長の後ろに集まった。サジシームの言葉はハルラットの擁護だった。そして、姑息だろうが、意味のない神の言葉の繰り返しだろうが、サジシームは主張し続けた。

 まるで合理性はなかったが、自分の部族を徹底して守るサジシームの背中に、彼らの一族は集まり、他部族を圧した。

 数時間後、各部族はそれぞれの天幕に引き上げていった。


 サジシームも、他の首長と同じように、各部族ごとに決まった色とデザインの長衣を翻し、悠揚迫らざる足取りで広間から出て行った。
 彼のハルラットは、彼の後ろに付き従い、共に出て行った。




「サジシーム様に神のご加護を」

 メフメトの重用していたネジドとそのほかのハルラットの主だった者たちが祝福した。

「汝らに神のご加護を」

 サジシームは重々しく答えた。

 彼らは手まねで、次々と辞去の際の礼を尽くし、サジシームの前から去っていった。
 誰も何も言わなかったが、この身振りは、次のハルラットの首長はサジシームになったことを意味していた。



「ネジド」

 サジシームが呼びかけた。

 ネジドはきれいに口ひげを整えた、中年の肉付きの良い男だった。丸い目をしていて、それがどこかかわいらしい感じを与えていたが、見た目とは裏腹に非常に頭の回転が早い男だった。

 メフメトの異母兄弟で、戦には出ず、ロンゴバルトの守りを任されていた。

「サジシーム様」

 彼は、膝をついて頭を垂れた。

「聞きたいことがある」

「何でございましょうか」

 ネジドはメフメトの第一の部下だった。サジシームとは又従弟に当たる。

「ザイードは、亡くなる前に、ファン島に閉じ込めておいたダリアの王太子を殺害したと言っていた」

 ネジドは顔色を変えた。ファン島はハルラットの支配下にある。ザイードの部族が勝手に手を出してはならない。留守部隊の責任になる問題だ。

「なぜ、そんなことになったのだ」

 ネジドは頭を垂れた。

「ザイード様が、ダリアの王太子を歓待していると言って、成敗されたのでございます。女などをあてがい、見ていられぬと」

 サジシームはぐったりした。説明するのも面倒だった。

 せっかくの彼の智謀も、この辺の連中の手にかかると、さっぱり通じない。

「よいか、ネジド」

 ザイードは一生かかっても、サジシームの知略を尽くした謀策を理解できないだろうが(もっとも彼はもう故人だが)、ネジドには理解してもらわないとならなかった。でないと、メフメトに近いハルラットの連中がサジシームから離れて行ってしまう。

「王と王妃が亡くなった後、ダリアの王太子は王位を継ぐことになる。わかるか?」

「もちろんでございます」

「王太子に子供ができれば、王太子が亡くなったあと、その子供が王位を継ぐのだ」

「でも、王太子妃の子供でなければならないと聞いたことがあります」

「その通りだ。教会で結婚式を挙げた、正式な妻の子でなければならない」

 サジシームは、まだ、未婚のルシアのことをチラと思い出した。だが、続けた。

「王太子妃を殺し、ロンゴバルトの女と正式に教会で結婚式を挙げさせるつもりだった」

 ネジドは目を丸くした。

「子供が生まれれば、ロンゴバルト人との混血だ」

 ネジドは仕方がないので頷いた。間違いはない。

「ダリアの王子はロンゴバルト人になる。母親の縁で私が摂政になって、ダリアの領土を支配することが出来る」

「そんな……。無理でございましょう。ダリアの者が黙っていますまい」

「そのとおりだ。黙っているまい。だが、ダリアは間違いなく混乱する。ダリアの混乱は常にロンゴバルトにとって好都合だ。この話は長期計画で実現性は低いが、出来ることは仕掛けておいて損はない」

 ネジドはサジシームの顔を見た。彼はサジシームの話を完全に理解したらしい。驚きが丸い目に現れていた。

「しかし本当に欲しいのはダリアの領土ではない」

 ネジドはますますわからなくなった。

「欲しかったのは金だ」

「金……?」

「メフメト様も同じだ。王太子やその子供を盾に取り、金鉱山を引き換えに出させるつもりだった」

「金鉱山……でございますか」

「メフメト様が、金鉱山の話をしていただろう?」

「はい」

「そのために王太子は必要だったのだ。取引のための材料として」

 ネジドは頭の切れる、身づくろいのきれいな、諸事万端、要領よくまとめ上げる才に恵まれた男だった。ハルラット全体に言われていることだが、精悍な戦士というより策略家タイプだった。
 ダリアの王位継承の仕組みは馴染みがないので良く分からなかったかもしれないが、金鉱山を手に入れるための取引材料だったと言う点は理解した。

「さようでございましたか」

「貴重な人質を勝手に殺してくれて、なんということをするのだ」

「まことに……。まことに申し訳ございませんん」

「ネジドに言っているのではない。ザイードだ。ザイードの性格はよくわかっている。ましてやメフメト様が死んだと聞けば、ダリアに怒りを感じていたことであろう」

 ネジドはサジシームを見た。メフメトに仕えていたので、この若いメフメトの甥をよく知らなかったが、サジシームの話は彼にとって意外で新鮮だった。

「ネジド、来い」

 サジシームは自分の自室へ彼を連れて行った。

「マシム」

 合図するとマシムがしぶしぶ出てきた。彼は、サジシームがネジドを自分より重用するのではないかと恐れていたのだ。

「インゴットを持ってこい」


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