アネンサードの人々

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サイラム

第161話 王と王妃の葬儀

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 ロドリックは、使者を先に走らせ、総主教様の来訪をフリースラントに告げた。

「ルシアと女伯も一緒に連れて行くがよい。両者とも、王家の縁者なのだから」

 ロドリックは黙って、馬車の手配をし、王宮までの短い距離を走った。

 総主教以外の僧たちの多くが、馬車に乗らず、ウマで付き従った。その様子を見たロドリックは彼らがただの僧ではないことを確信した。いずれも見事にウマを乗りこなし、まったく隙がなかった。総主教府の中でも最高に腕の立つ護衛たちに違いない。

 馬車の中では、誰も一言もかわさなかったが、窓から見る光景は凄惨だった。

「ひどい……」

 特にカプトルの町の中に入ると、通り沿いに火をつけられ真っ黒になった家や、まだ片付けられていない兵士の死体などが目についた。



 王宮内で使える建物は、例のがらんとした古い建物だけだった。

「こんなところへ総主教様をお迎えするとは、恐れ多い」

 建物内には、かなりの数の人々がいたが、その多くが参戦するつもりだったので、戦闘用の格好のままだった。

 だが、それは、その場にふさわしい恰好だった。

 優雅で格式高かった王宮は、荒れ果て、殺伐としていた。
 男たちは皆、すさんだ顔をしていた。彼らは、手筈が整い次第、ロンゴバルトに攻め込む予定だったからだ。

「王と王妃はここか」

 礼拝堂は屋根がなくなっていたので安置できず、唯一無事に残った建物の中に遺体は置かれていた。


「なぜ、このようなむさくるしいところへお越しになられました?」

 知らせを聞いてあわててやって来たレイビック伯が緊張しながら尋ねた。

「ダリアの危機である」

 総主教は言った。
 総主教は黒っぽい僧服を身に纏い、そのあとには同じような格好の寡黙な僧たちが何人も付き従っていた。

「多くの死者が出、被害が大きかったと。敵も味方も」

 フリースラントはうなだれた。その通りだった。彼自身、多くを殺していた。



「この後、続く戦いに勝利を」

 総主教様は集まりだした人々に向き直った。

「戦さに出る者たちに栄光あれ」

 大勢が集まってきていた。建物の扉はひっきりなしに開けられ、次から次へと、人が入ってきていた。
 
 だんだん、さしもの広い建物も混み合い始めた。


「王と王妃の葬儀を執り行わねばならない」

 僧たちは地味な僧衣に身を包んで、静かに経典を唱え、王と王妃の遺体の脇に香炉を置き、ローソクを灯した。

「ああ、やっと、それらしい形になってきた」

 ザリエリ候がつぶやいた。

 街の人たちは、身分の低い司祭たちが葬儀を執り行っていた。だが、王と王妃については、どうしたらよいか迷いがあって、まだ葬儀は上げられていなかった。

 集まった者たちは、少し安心した。やっと、王と王妃も、ふさわしい扱いを受けることができるようになったのだ。
 生きている時、彼らは国を統べる人たちであった。命を失った今、敬意を欠いていいわけではない。

 僧たちが、死者を慰める経典を低い声で唱和し続け、鐘を鳴らし始めた。総主教様が壇上にゆっくり上り、死者を送る祈祷を詠みだすと、ふしぎに荘厳な雰囲気が広がった。
 いつの間にか、ただっぴろい会場を埋め尽くすほどの人が来ていたが、彼らは皆黙ってうなだれて、総主教様の祈祷を聞いていた。

「生前、いかなる行いだったとしても、死ねば神の子、最大限の敬意を持って、見送らねばなりませぬ」

「至らぬ私どもの手抜かりでございます。恥ずかしゅうございます」

 フリースラントたちは言った。

「そんなことはない」

 総主教様は否定した。

「レイビック伯、バジエ辺境伯、ザリエリ候、お主たちは国を守る大役を課せられた。それがおぬしたちの務め。祈ることは我らが務め。今、出来ることを懸命にしている。それこそが神の道じゃ」

 総主教様の声は、大きくなかったが、良く通る声で、見栄えのしない大きいだけの建物中によく聞こえた。

 静かなざわめきが広がり、そして、総主教様は言葉をつづけた。

「好んでする戦争などあるわけがない。しかし、戦わねばならぬ時、それは愛する者を守る時、今を守る時だ」

 総主教様は王と王妃、それからその場でロンゴバルトに殺された何人かの人々の棺の前に立ち、その場に集まった大勢の人々の方を向き直った。

「ここにいる人々よ」

 総主教の声は大きな声ではなかったが、よく通り隅々まで、明瞭に聞こえた。集まった大勢は沈黙し、総主教の声の続きを待った。

「神のご加護を。ダリアに勝利を」

 


 レイビック伯、バジエ辺境伯、ザリエリ候、フロランタン伯爵、ゼンダ殿、リグ殿等大勢の高位の貴族たちは、総主教のそばでかしこまっていた。

「さて、フリースラント。明日、そなたの結婚式を私が上げよう」

「え?」

 フリースラントはびっくりした。彼は思いもよらぬことを聞いて顔をあげた。

「私は前の王の懺悔を聞いた聴聞僧なのだ」

 フリースラントはまじまじと総主教の顔を見た。王の聴聞僧が総主教で不思議はないが、それが彼の結婚に何の関係があるのかわからなかった。
 他の貴族たちも、驚いて総主教様とレイビック伯爵の顔をかわるがわる見ていた。

「あのような勝手でゆがんだ愛は、残された者たちを不幸にした。お前たちも被害者だ。私なら、誤解を解き、お前たちを祝福することができる」

「このような時にでございますか?」

 明後日には戦場に出るのだ。

「仕度はいらない。お前たちは、兄妹だと信じられ、その誤解を解く方法がなかったので、結婚することが出来なかった」

 フリースラントは少し当惑した。彼の個人的な事情を総主教様が知っていて、みんなに話すのだということは、なんだか恥ずかしかった。

「今なら、国中の主だった貴族たちが集まっている。私の言葉なら誰もが信じる。国中の貴族を集めて誤解を解く機会などないからな」

 その通りだった。今、カプトルは国中の注目の的だった。大勢の貴族が集まっている。そして、アデリア王女の言葉など、誰も信じないだろうが、総主教様の言葉なら絶対だ。

「私も責任を感じている。あのふたつの結婚を認めたのは私だし、その結果が今のお前たちだ。私にできることは、私の手で、皆の誤解を解くことだけじゃ。よろしいかな?」

 なぜ、今、式を挙げなくてはいけないのか不思議だったが、これほどありがたい話はなかった。

 レイビック伯は頭を低く下げ、感謝の意を表した。

「身に余る栄誉でございます」



 総主教は、残っていた人たちの方に向き直り、手を上げた。

 人々は一斉に総主教様の方に注目した。

「これは私からのお願いなのだが……」

 総主教様は、よく通る声で呼びかけた。

 総主教様からのお願い?
 人々はざわざわし始めた。

「このレイビック伯のことじゃ」

 フリースラントは黙って隅の方に立っていた。これは一体どういう成り行きなのだろう。

「この者の結婚式を明日、上げたいと思う」

 より一層ざわざわが広がった。

「事情があるのじゃ。出来るだけ多くの者に参列を願いたい。簡単な式じゃ。場所は礼拝堂じゃ」

 あの屋根のない? またもや、ざわざわ話し始める声が高まった。

「故人の前で結婚式は抵抗があろう。着飾らなくてよい。明日は、神の御前での式だけだ。明後日には伯は戦場に赴く。その前に私の心残りだった、伯への負債を返しておきたいのだ」

 負債? 負債とは?

 葬儀が終わり、人々は帰り始めたが、最後の結婚式の話は意外だった。レイビック伯の方をチラチラと見る者も多かった。
 伯自身が、相当戸惑っていることは、人々にもわかった。沈着な伯が、珍しく少し赤くなって、もじもじしていた。


 ザリエリ候がフリースラントに言った。

「ロマンチックじゃないか」

「だけど、どうして今まで結婚していなかったのだ」

「それには理由があったのだ。その説明は私がする」

 総主教が言った。

「すまぬな。ルシア妃が、さぞ驚くだろうて。ルシアの衣装だけはどこぞで借りねばなるまい。わしはこのままで出席する。フリースラント、お前もその格好で出席せよ。ロドリックと母上も出席されるように」

 ルシアか!

 ルシアがどう思うか、フリースラントは見当がつかなかった。

 彼は砦に大急ぎで帰らなくてはならなかった。ロドリックにも知らせなくてはならない。しかし、後ろを見ると、ロドリックが立っていた。

「総主教様は、まず、砦にお越しになられたのだ。俺はお供をした」

 ロドリックは説明した。
 それから彼は、ちょっと笑った。

「ルシアがなんていうか全然わからないな。だが、ついに結婚できるじゃないか。よかったな、フリースラント」

 フリースラントはさすがにぼうっとした。

 今まで、もやもやしていた問題が一つ、とんでもない局面で片付いたのだ。

 総主教様は何もかも、おそらく彼が知らないことも、皆ご存じなのだ。
 そう思うと、なんだかほっとした。

 そして総主教様の言う言葉なら、誰もが信じるだろう。
 
 今度ばかりは、何も心配はいらない。


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