アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第159話 本命はめんどくさいかもしれないが大事にしなくてはいけない

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 宴会が終わり、砦に帰ったフリースラントは、ルシアの部屋の外にいた。

 部屋に入るのをためらっているのには理由があった。
 さんざん町の女の子たちにモテたからだ。



 フリースラントは自他ともに認める堅物だった。だが、今回は如何ともしがたかった。
 どうも後ろめたかったらしいギュレーターが、この騒ぎでフリースラントを懐柔してしまえとでも思ったらしく、酒を勧め、フリースラントを巻き込んできたのである。

 ギュレーターの平民女子への接し方は、完全に大貴族のそれだった。
 
 フリースラントは長らく平民の中で働いていた。だから、平民女子でも、女性にはなんとなく距離を取る。平民でも貴族でも、態度は変わらない。

 ところが、ギュレーターは横暴で自分勝手なお殿様だった。相手が貴族か平民かで態度が豹変する。平民の娘など、自分の思い通りになって当たり前なのだ。それでも領民だといろいろ外聞が悪いが、今のカプトルのこの狂ったような、英雄を讃える雰囲気の中、自分たちを憧れの目で見つめる娘たちは、どうでもなるし、それで当たり前だった。

 フリースラントは、ギュレーターが自分を完全に同じ仲間の大領主と認識しているのを新鮮に感じた。学校にいた頃、みんながフリースラントを大貴族の御曹司として遠慮していた。そんな昔の世界が戻ってきた気がする。

 しかしその結果、フリースラントはどんどんギュレーター式の強引な遊びに巻き込まれた。

 フリースラントは(ギュレーターに比べれば)対応がソフトだし、はるかに見た目がいい。たくましいのに顔はさわやか系に見える。彼を見る女の子たちの目の色が違う。

 仲間扱いはするが、ギュレーターは、やっぱりそれは気に入らないらしい。

「お前はいっつもそうだった。すかしやがって」

 そう言って、ギュレーターが腕を引っ張る。

「競りにかけてやる。この男を欲しい女は誰だ」

 キャーと嬌声が響き、目を輝かせた女子がどっと押し寄せた。前代未聞、一世一代の無礼講の始まりだった。自分自身も流れ弾(注;女子)を受けながら、ロドリックは、これは事故だと判断した。見なかったことにしよう。




 したがって今、ルシアの部屋の前のフリースラントは、酒臭いし、焼肉の匂いのほかに、町娘御用達の安物の香水の匂いがする。
 本来、ルシアの前に来てはダメな状態だ。だが、そんなこと、言ってられない。

 フリースラントはしっぽを下げて、しょんぼりしたイヌみたいだった。だが、同時に、俺を欲しくないのかと詰め寄りたかった。ほかの女子には、ものすっごく人気があったんだ。

「ルシア」

 ルシアが落ち込んでいる理由はわかっていた。
 あの晩、フリースラントは、ルシアが唯一できることとして力を出そうとしたのを拒否したのだ。
 フリースラントにしてみれば、ルシアが弱るのがわかっているのに、そんなものはもらえない。
 フリースラントはルシアが大事なのに。どうしてわかってくれないんだ。(女の子たちに揉みくちゃにされたこの格好で言うのも、なんだったが)
 


『なあ、フリースラント。後でいいから、ルシアの機嫌を取って来いよ? しおれていたぞ』

 かわいい女子がもじもじしながら、どさくさ紛れにそっと彼の腕や指に触れてきたり、『時々会ってくださるだけでもいいんです』とか『一生の思い出にします』とか、真っ赤な顔と潤んだ瞳で切々と口説かれている最中に、そんな忠告を受けて、フリースラントは一気に零下まで盛り下がった。せっかくルシアのことを忘れていたのに。

 大きなお世話である。ルシアを思い出すとフリースラントはイライラした。ロドリックに何がわかるって言うんだ。

『わかるよ。ルシアは両親に愛されなかった。だから自分に自信がないのだ。あんなに美人でちやほやされてても、子供の頃の経験は一生を左右する。拒否されると、途端に弱い。特にフリースラントには。大事にしてやらないと。そして言葉で伝えないと』

 大柄の巨乳に迫られて大わらわの中年の独身男に言われたくない。

「あたしより大きくて力のある男、初めてよ。嬉しいわ……」

 結構、邪険に女を追い払ったのだが、それがかえってまずかったらしい。女を夢中にさせたらしく、太ももを擦り寄せられ、ロドリックはお断りするのに苦労していた。

 ベルブルグとカプトルの副修道院長は、あっという間に姿を消していた。彼らはさすがに副修道院長と言う地位に就くだけあって、コンプライアンスは完璧だった。こんな場所に残って、余計な憶測を呼ぶわけにはいかない。ロドリックは修行僧のくせに逃げ遅れたのだ。

『早くいってやれよ』




 ルシアの部屋に入ると、フリースラントはいきなりルシアを抱きしめた。

「お酒臭い。フリースラント」

 ルシアは文句を言って、フリースラントの腕から逃れようとしたが、知ったこっちゃなかった。もはや面倒くさい。

 誰が大事にしてないって言うんだ。

『伝えるんだよ!』

「ルシア、君が大事なんだ。力をくれて、君が青ざめたら、僕は自分が許せない」

 ルシアはわかってくれるだろうか。

「早く結婚したい」
 耳元で囁いた。

 本当にそうだった。

 結婚式には、もう、なんの意味もなくなってしまっていた。

 彼らが兄妹でないことを証明できる人間は、もう誰もいない。ルシアが王女であることも。
 王と王妃が死んでしまったのだ。アデリア王女の言葉なんか誰も信用しないだろう。

 それに、結婚を知らしめるべき貴族社会が消滅してしまった。

 ガシェ子爵夫妻もバジエ辺境伯も、そのほか多くの、フリースラントが参列を希望していた大貴族が鬼籍に入ってしまった。かつての優雅な雰囲気は微塵もない。

 フリースラントの結婚計画は、全部、灰燼に帰した。あんなに我慢したのに。
 
 残ったのは、ただの娘と惚れてる男だけだ。

 フリースラントはルシアを抱きしめて、耳元で言った。

「結婚式も必要なくなった。誰に知られても、知られなくてもいい。ヴォルダ家の家名も、王女の地位も、兄妹だろうが関係ない。愛してる。それだけだ。このまま、ここで……」

 いきなり、ルシアに爪を立てられた。痛い。

「え?」

 怒っている?

「正式な結婚だけは……」

 あ。これ、ダメなヤツだったか。フリースラントは急旋回した。

「明日でも、カプトルの教会で式を挙げよう。待つ必要がなくなったんだから……結婚パーティは、この戦いが一段落してからすればいい」

 へこんでいたルシアが急に怒り出した。怒ってる方がルシアらしい。
 プンスカしているいつものルシアの顔が目に入った。それでも、目は潤んで、顔は真っ赤だった。
 フリースラントは口元が勝手にゆるんだ。

「ルシア、愛している」

 どんなへぼ司祭だってかまわない。式を挙げてもらおう。野花の髪飾りとくたびれた軍服で挙げる式でいい。金も地位も格式もいらない。長く待ち過ぎた。

 フリースラントは急に自由を感じた。

「明日、結婚しよう」

 熱っぽく湿ったルシアの金髪の頭を抱きしめて、フリースラントは耳にささやいた。



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