アネンサードの人々

buchi

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サジシーム

第158話 戦勝祝賀会

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「ぜひとも、あの騎士様に感謝の気持ちをお伝え申し上げたい。私どもの命の恩人でございます」

 タウンゼントは熱烈に叫んだ。
 
「鋼鉄の騎士とは、ロドリック、テンセスト殿だ」

 レイビック伯爵が静かに紹介した。

「しかし、彼は同時に修道僧でもある。人を殺めることを潔しとしないのだ」

 一緒に戦った連中は目を白黒させた。え?

 殺生を好まぬって、たしか、先頭切って走って行ってたよね? それに、あの殺し方、おかしくないですか?

「いや、テンセスト殿のご活躍には、参戦した私どもも感謝している。あの悪魔のような、頭をカチ割り、胸を突き刺し、一振りで……」

 ザリエリ候が褒め称え始めた途端、レイビック伯爵が大声で割って入った。

「そのようなわけで、私としては彼に無理を頼んで戦に加わり殺生を重ねさせたことを申し訳なく思っている! カプトルの町衆の謝意は感謝する」

「それに、お前にだって……オレは感謝しているぞ。すごい戦いぶりだったじゃないか。礼を言う機会がなくて……」

 バジエ辺境伯が例のだみ声でしゃべりだした。

「たった一人の鋼鉄の騎士に負うものは非常に大きい! しかし、彼の負担にならぬようとも同時に思っているのです!」

 だんだん話が合わなくなってきて、ロドリックは隅っこの方で頭を抱えていた。

 しかし、そこは空気を読むのに長けた豪商タウンゼント、割って入った。 

「そのような深いわけが! しかし、我々カプトルの武器を持たない市民をお救い下さったことは、どなた様であろうとも、功徳以外の何物でもありません。神の御心に適うことでございましょう。私どもの深い感謝と尊敬の念は少しも揺らぐものではございません」

 おお、タウンゼント、訳の分からない会話をまとめ切った! フリースラントは感謝した。さすがは豪商、切れる男だ。

「そして、私どもからの感謝の心を、皆様方には、ぜひにもお受け取りいただきたいのです!」

 タウンゼントが合図すると、後ろから若者が何人がやってきて、フローリン金貨の入った大きな袋を重そうに運んできた。

「皆で集めました。城とカプトルの警備にお使いくださいませ」

 レイビック伯爵以下は仰天した。

「ありがたいが、カプトルの復興資金は?」

 タウンゼントは首を振った。

「このカプトルの安全が保証されない限り、私たちは安心して立て直しに取り掛かれません」

 カルケが真剣に言った。

「それに、王に税金を払う気は、もうありません!」

 レイビック伯とバジエ辺境伯は顔を見合わせた。それはもっともだった。

「さあさあ、最高の料理と極上の酒を持ってまいりました。ささやかながら、皆様方への感謝の祝宴を開催させていただきたく……」

「えーと、すべてが終わったわけではないのだが……」

 隅の方には、王家の人々の首桶がまだ置きっぱなしになっている。王太子は人質のままだ。

 だが、ダウンゼントを始めとした町の連中は、首桶なんかには目もくれなかった。

「ぜひご賞味くださいませ! 勝ったのはダリア! こんな嬉しいことはございません」

 亡国の王家なんか、何の意味もない。

 未来にしか用事はないのだ。

 たちまち、テーブルと椅子が持ち込まれ、ニコニコと満面の笑みの男たちが焼肉だの鶏のローストだの、焼き立てパンとバター、おいしそうな揚げ団子やいい匂いのするスープや菓子などを次から次にテーブルに並べ始めた。

「厚切りの豚肉をとろりと煮込んで味と香りを付けました。当店の自慢料理です」
「こちらは今朝摘んだ苺で作ったタルトでございます」

 酒がどんどん持ち込まれ、ビンの銘柄を見たゼンダの領主は目の色を変えた。
「これはいい。フリースラント、一息入れよう」

 なーにが一息入れようだ……と思ったのはフリースラントだけで、ほかの連中はニヤリと頬を崩していた。

 勝ったのだ。

 道筋はどうあれ、とにかく勝った。ロンゴバルトはもういない。

「フリースラント、ロドリック、お前らのおかげで大勝利だ。それはわかってる。だから後はどうでもいいじゃないか。目的が果たせたらそれでいいだろう」

「そうだ。大体、こんな戦いなんか、計画通りに進むわけがないだろ。さあ、飲むんだ。カプトルの町の皆さんも、どんどん酒を出してくれるって言ってるじゃないか」

「ええ、ええ、もちろんでございます。ロンゴバルトは、ほぼ全滅だったではございませんか!? レイビック伯爵様と皆様方は、このカプトルの救世主でございます!」


 一方、カプトルの街中では、町の人間によるロンゴバルト兵の残党狩りが行われていた。隊列を組んだまま敗走するロンゴバルト兵はまだ運が良かった。はぐれたり、仲間が壊滅状態になったロンゴバルト兵は戻るに戻れず、カプトルの町のそこここに隠れ潜んでいた。

「殺せ」

 ロンゴバルト人を見つけると、普段は温厚な商人たちまでが色めきだった。

 捕まったロンゴバルト人の中には、カプトルで長らく商売をしている者も含まれていた。

「スパイに手加減無用だ!」

「穴倉や倉庫の片隅、枯れ井戸の底、使わなくなった家畜小屋など片っ端から捜索しろ。やつらに正義の鉄槌を!」

 人々は叫んだ。大勝しても怒りは消えていないのだ。賛成の声が沸き上がった。

「縛り首では飽き足らない。拷問の上、火あぶりだ」
「城門に磔だ!」
「さらし者にせよ!」





「あの……皆さま、あまりの残虐は……」

 末席にはテンセスト女伯が連なっていた。女性の小さな声に、全員が吸い込まれるように黙った。

「あ、ベルブルグの慈悲の家のご高名な尼僧様であられる」

 ベルブルグの修道院の副院長が慌てて紹介した。フィリスは尼僧にしては、あり得ない感じに美人である。そのうえ、今朝はいつもよりはかなげに見えた。
 町人も騎士たちもうっかり、その顔貌に見とれた。

「過ぎたる残虐行為と復讐は怨恨の繰り返しになるだけかもしれませぬ」

 皆はあっけにとられたが、やがて具合悪そうに顔が赤レンガ色に染まっていった。

「しかし、フィリス様、奴らは神の教えに背く悪党どもでございます」

 ザリエリ候が皆を代弁した。

「たった一人の鋼鉄の騎士の強さを、今朝、初めて目の当たりにして……あまりの勝ち戦に少しばかり怖れる気持ちが……」

 たった一人の鋼鉄の騎士か。まあ、確かに顔は見えないし、同時に出現したわけではないから、ひとりだか二人だか、わからないだろう。三人だと言っても通りそうだ。

「そして皆様方のお強さを信じながらも、昨夜は心配で、一晩中ずっと祈りをささげておりました……」

 このような見目麗しい儚げで清らかな尼僧が心を痛めていると思うと、貴族も町人も、なにかこうグッとくるものがあった。

「ご安心くださいませ。決して無体なことは致しません。とはいえ、ダリアの安寧だけは何としても守り通さねばなりませぬ……」

 ザリエリ候が、雰囲気にのまれたか、なんだか演説を始めた。

 男性ばかりの騎士と町人は、女性たちから自分たちが期待され心配されていると言う妙な高揚感に浸った。ロドリック以外。

「まあ、昨夜の惨殺ぶりと言ったら、女性には刺激が強すぎたのでございましょうな」

「不要な残虐はならぬと。高徳の尼僧のお言葉は心が洗われるものよ」

「しかし、女性はやはり線が弱い。我々が、しかとお守り申し上げねば」



 なんだこの茶番は。

 バッチリ守られていたのは、守りたいとか言ってる本人たちである。

 バジエ辺境伯もザリエリ候も、あれほどフリースラントに全面衝突は避けろと言われていたのに、わざわざルシア妃の城館に火を放って、背水の陣を引いたのである。
 フィリスは連中を馬鹿とか的確な表現で評していた。まあ、あながち間違ってはいない。

 ザリエリ候が心の底から心配して、あれこれ気を使っている様子を見ると、うまくだまくらかせているようだ。疑り深くて、そうそう心を動かされないゼンダの領主まで、心配そうな目つきでフィリスの後ろ姿を追っていた。

 残虐って、ダリアやロンゴバルトのどの戦士より(ロドリックを除く)、残虐だったのは当のフィリスだろう。神をも恐れぬ所業とは彼女のことだ。



 フィリスは最凶の戦士だった。戦うフィリスは凄絶で……だが、正直なところ、かっこよかった。
 ロンゴバルトに向かって、炎のような殺気を放っている姿には、ほれぼれした。

 ただ、殺害方法がちょっと……アレな……奇想天外と言うか、まあ、誤解が多いと言うか……。



「母上、顔色が悪うございます。無理をなさらず、お部屋でゆっくりお休みになられては……」

 フィリスは役割を終えた。彼女は夕べ一晩中砦に居たし、アネンサードの鋼鉄の騎士はたったひとりだ。

 「それでは、失礼させていただきますわ」


 ロドリックは、次は鶏のローストに挑戦することにした。フィリスの一人芝居なんか見てても仕方ない。
 隣の席の商人がロドリックの食べっぷりをまじまじと見ていることに気はついていたが、なに、遠慮することはない。昨夜のロンゴバルト兵の死体の少なくとも半分は、ロドリックのおかげだ。あと、さっき出て行ったフィリスの力のおかげなんだから。



 フィリスが出て行ったあと、祝勝会とやらは大盛り上がりに盛り上がった。
 辛気臭い尼僧なんか、なんぼ美人でも不要である。

 町人たちご推薦の料理店から、料理以外にとてもかわいいウェイトレスの女の子たちが大勢現れて、甲斐甲斐しく給仕してくれたのである。

 女性はしっかりお守りするだけではない。手を握ってみたり、酔ったふりをして抱き着いたりすると、嬉しそうに「きゃっ」とか言ってくれるのである。後のことは知らん。


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