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サジシーム
第157話 顔の分からない僧からの奇妙な手紙
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戦いが終わり、完全に朝になってから、ロドリックとフリースラントは砦に帰り着いた。
フリースラントは、もう完全にへばっていた。重い鎧兜を脱ぎ捨て、簡単に体をふくとそのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
だから彼は知らない。ルシアが心配そうに部屋に入ってきて、無心に眠る彼の横顔を見つめ、とっても恥ずかしそうにこっそり頬にキスしていったことを。
ロドリックはかなりましだった。フィリスがついていたからだ。
ただ、いくらエネルギーはあっても、フィリスに動く能力はさほどない。もともとついていない筋肉は活躍しようがない。
ロドリックはフィリスをウマに乗せてやったり、背負ったり、肩に乗せたりして暗いうちに砦に帰した。
「考えたら、結局、戦ったのって俺だよね。フィリスじゃないよね」
更に寝ているところを叩き起こされ、テンセスト女伯の部屋に来るように命じられるに至って、ロドリックの機嫌は最悪化した。
「何の用事ですか?」
寝室に呼ばれて誤解されたくない。ロドリックは大きめの声で聞いた。
中に入ってフィリスを見て、少し驚いた。
顔色が悪い。
なんでだ。
夕べあんなにたっぷり好物の死体を詰め込んだのに。今頃、ツヤツヤだと思っていた。
顔の表情がこわばっていた。
彼女は一枚の手紙を差し出した。
「今朝、修道僧が届けに来たのです。テンセスト様へと言って」
「テンセスト様?」
ロドリックは眉をしかめた。どちらの? ロドリックとフィリスは、ふたりともテンセスト姓を名乗っていた。
ロドリックは、ちょっとためらってから手紙を受け取った。
それは、僧院で用いられる用箋の中で最高級の品質の紙だった。誰のものともわからない、特徴のない筆跡で書かれていた。
『王が死んだ今、守ることが出来るアネンサードは一人だけ。沈黙は金』
たったそれだけだった。
日付も署名もない。
二人は顔を見合わせた。
アネンサードのことは誰も知らない。……はずだ。
そして手紙の意味はあいまいで、良く分からない。
ロドリックは、持参してきた僧の様子を問いただした。
「どんな修道僧だったのだ? 僧衣には必ず所属の修道院のしるしが付いているはずだが」
フィリスは首を振った。
「何も付いていませんでした」
「そんな者を、なぜ、ここへ通した? 警備兵は何をしていたんだ」
「警備兵にはどこかの修道院の印形を見せたそうです。どこのものなのか兵にはわからなかったそうですが、重厚で高価そうな古いものだったので通したと……」
「偽物の可能性もある」
「いえ、いかにも身分のある礼儀正しい僧で……僧衣も地味でしたが上等でした……只者ではない」
只者ではない?
「封筒は? あて先は何と書いてあったのです?」
「封筒は僧が持って帰りました。手紙だけ……」
「どのような年配の、どんな顔の男だったのだ?」
「わからない。とても変な印象でした。顔立ちがわからない感じでした。表情がなかった」
訳が分からない。フィリスはぼんやりでもなければ、鈍いわけでもない。その彼女が顔がわからないと言うとは、どういうことなんだろう。
ロドリックはその修道僧を部屋に案内した衛兵を呼んだ。
「そのような怪しげな者を、どうして案内したのだ。ロンゴバルトの者かもしれないのに」
「ロンゴバルト人ではありません。生粋のダリア語でした。振る舞いはすべて貴族階級の方のものでした。それもかなり上流の。間違いありませんわ」
フィリスが言う。
衛兵がおそるおそる口を出した。
「その僧は、顔を覆っていました。なにかの革のようなもので。多分」
フィリスとロドリックは、すばやく衛兵の顔を見た。
衛兵はおびえたように続けた。
「その僧は私を手招きし、手紙を私から奥方様へ渡すよう指示したのです」
フィリスがうなずいた。
「僧は、扉の所から奥に入らず……奥方様からは距離がありました」
「あまり近づけたくなかったのです」
フィリスが言い訳をし、ロドリックはうなずいた。当然の用心だろう。
「遠目からはわからなかったと思います。一番そばに寄ったのは、衛兵の私ですが、しげしげと顔を見ることははばかられました。なにしろ、見るからに身分のある僧でしたので。その僧の顔立ちがあいまいなのは、目や鼻や口以外を薄い膜で覆っていたからだと気が付きましたが、それも一瞬だけで……」
顔を隠した男?
「口ぶりは丁寧でしたが、手紙を届けに来たという要件と、テンセスト様でしょうかという確認以外、口はききませんでした」
アネンサードが生きているなんて、誰も信じてはいない。
……それなのに、誰かが何かを知っているのだ。
だからこそ、この手紙はここへ届けられた。
なぜ、僧の格好の人物が届けに来たのかと言えば、フィリスが尼僧だからかも知れないし、ロドリックが修道僧だからかもしれない。
一体、どっちのテンセストに届けたかったのだろう?
「多分、俺だろう」
ロドリックは言った。半ば、フィリスを安心させるためだった。
これは警告だった。黙っておけということか、おそらくは。
「アネンサードは一人……」
「それは俺だ」
ロドリックは言った。
ロドリックは十五年ほど前のロンゴバルトの戦いの時にすでに鋼鉄の騎士として活躍している。ダリアはおろか、ロンゴバルト人も知っている。
そして、あんな鎧兜を着ることが出来るのはアネンサードしかいない。
「アネンサードが、怪力だということも知っているのかしら」
「俺のところへわざわざ届けたくらいだ。だから……」
プツンと糸が切れた。
気が付いたのだ。
鋼鉄の騎士を守るとは書いていない。
アネンサードとは誰のことを指すのだ。何を知っているのだ。
「あ、ああ。とにかく、沈黙は金なりというのは正しいだろう」
「なにも話すなということ?」
ロドリックはフィリスの顔を見ることが出来なかった。
「そうだな……フリースラントにも言っておく」
ロドリックは言った。
フリースラントは夕べの疲れで、前後不覚に寝入ってた。
「フリースラント」
ロドリックは声をかけて彼を起こした。
フリースラントは寝返りを打ち、ため息をついて、彼を見た。目は覚めたらしい。
「なんだ? 何か起きたのか?」
ロドリックは黙って手紙を出した。
怪訝そうに手紙に目をやると、フリースラントはようやく体を起こして広げて読んだ。
『王が死んだ今、守ることが出来るアネンサードは一人だけ。沈黙は金』
「なんだ、これ? いたずらか?」
ロドリックは首を振った。
「いたずらではないだろう。修道士の格好をした僧が今朝届けに来た。テンセスト様へと」
「ロドリックにか?」
ロドリックはうなずいた。フリースラントはフィリスの正体を知らない。
「……意味が分からない」
「警告だろう。黙っていろということだろう。沈黙は金と書いてある」
「何を黙れと?」
「アネンサードの存在だろう」
それまで、フリースラントはロドリックの口から以外、アネンサードの名を聞くことがなかった。
噂や文献に、その名は載っていたが、実在しない前提だった。
だが、今、突然、アネンサードは噂や伝説ではなくなった。
知らない第三者が「アネンサード」名指しで手紙を送って来たのだ。
「こんな手紙を持ってきたのは、誰だろう?」
「顔のわからない修道僧」
フリースラントは思わずロドリックの顔を見た。
ロドリックの説明を聞いて、フリースラントさえ「気味が悪い」そう思った。
誰がこの手紙を書いたのだろう。
「こんなもの、信用するのか?」
「信用する訳ではないが、鋼鉄の騎士は一人でいい」
ロドリックは言った。
「俺が一人で、鋼鉄の騎士の大活躍の栄誉を担ってやるよ、フリースラント」
ロドリックは出来るだけ軽い調子で言った。
「ロドリック一人だけが犠牲に……」
「俺は、もう知られている」
ロドリックが鋼鉄の騎士であることは、十五年前の戦いの時に国中に知れ渡ってしまっている。でも、フリースラントのことは誰も知らない。
正直、ロドリックにも、この手紙の意味は分からなかった。一見、忠告に見える。だが、その真意は悪意なのか、罠なのか、それとも?
「お前のことは黙っていよう」
フリースラントの為だけではないのだ。フィリスの為だった。
フリースラントは、もう完全にへばっていた。重い鎧兜を脱ぎ捨て、簡単に体をふくとそのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
だから彼は知らない。ルシアが心配そうに部屋に入ってきて、無心に眠る彼の横顔を見つめ、とっても恥ずかしそうにこっそり頬にキスしていったことを。
ロドリックはかなりましだった。フィリスがついていたからだ。
ただ、いくらエネルギーはあっても、フィリスに動く能力はさほどない。もともとついていない筋肉は活躍しようがない。
ロドリックはフィリスをウマに乗せてやったり、背負ったり、肩に乗せたりして暗いうちに砦に帰した。
「考えたら、結局、戦ったのって俺だよね。フィリスじゃないよね」
更に寝ているところを叩き起こされ、テンセスト女伯の部屋に来るように命じられるに至って、ロドリックの機嫌は最悪化した。
「何の用事ですか?」
寝室に呼ばれて誤解されたくない。ロドリックは大きめの声で聞いた。
中に入ってフィリスを見て、少し驚いた。
顔色が悪い。
なんでだ。
夕べあんなにたっぷり好物の死体を詰め込んだのに。今頃、ツヤツヤだと思っていた。
顔の表情がこわばっていた。
彼女は一枚の手紙を差し出した。
「今朝、修道僧が届けに来たのです。テンセスト様へと言って」
「テンセスト様?」
ロドリックは眉をしかめた。どちらの? ロドリックとフィリスは、ふたりともテンセスト姓を名乗っていた。
ロドリックは、ちょっとためらってから手紙を受け取った。
それは、僧院で用いられる用箋の中で最高級の品質の紙だった。誰のものともわからない、特徴のない筆跡で書かれていた。
『王が死んだ今、守ることが出来るアネンサードは一人だけ。沈黙は金』
たったそれだけだった。
日付も署名もない。
二人は顔を見合わせた。
アネンサードのことは誰も知らない。……はずだ。
そして手紙の意味はあいまいで、良く分からない。
ロドリックは、持参してきた僧の様子を問いただした。
「どんな修道僧だったのだ? 僧衣には必ず所属の修道院のしるしが付いているはずだが」
フィリスは首を振った。
「何も付いていませんでした」
「そんな者を、なぜ、ここへ通した? 警備兵は何をしていたんだ」
「警備兵にはどこかの修道院の印形を見せたそうです。どこのものなのか兵にはわからなかったそうですが、重厚で高価そうな古いものだったので通したと……」
「偽物の可能性もある」
「いえ、いかにも身分のある礼儀正しい僧で……僧衣も地味でしたが上等でした……只者ではない」
只者ではない?
「封筒は? あて先は何と書いてあったのです?」
「封筒は僧が持って帰りました。手紙だけ……」
「どのような年配の、どんな顔の男だったのだ?」
「わからない。とても変な印象でした。顔立ちがわからない感じでした。表情がなかった」
訳が分からない。フィリスはぼんやりでもなければ、鈍いわけでもない。その彼女が顔がわからないと言うとは、どういうことなんだろう。
ロドリックはその修道僧を部屋に案内した衛兵を呼んだ。
「そのような怪しげな者を、どうして案内したのだ。ロンゴバルトの者かもしれないのに」
「ロンゴバルト人ではありません。生粋のダリア語でした。振る舞いはすべて貴族階級の方のものでした。それもかなり上流の。間違いありませんわ」
フィリスが言う。
衛兵がおそるおそる口を出した。
「その僧は、顔を覆っていました。なにかの革のようなもので。多分」
フィリスとロドリックは、すばやく衛兵の顔を見た。
衛兵はおびえたように続けた。
「その僧は私を手招きし、手紙を私から奥方様へ渡すよう指示したのです」
フィリスがうなずいた。
「僧は、扉の所から奥に入らず……奥方様からは距離がありました」
「あまり近づけたくなかったのです」
フィリスが言い訳をし、ロドリックはうなずいた。当然の用心だろう。
「遠目からはわからなかったと思います。一番そばに寄ったのは、衛兵の私ですが、しげしげと顔を見ることははばかられました。なにしろ、見るからに身分のある僧でしたので。その僧の顔立ちがあいまいなのは、目や鼻や口以外を薄い膜で覆っていたからだと気が付きましたが、それも一瞬だけで……」
顔を隠した男?
「口ぶりは丁寧でしたが、手紙を届けに来たという要件と、テンセスト様でしょうかという確認以外、口はききませんでした」
アネンサードが生きているなんて、誰も信じてはいない。
……それなのに、誰かが何かを知っているのだ。
だからこそ、この手紙はここへ届けられた。
なぜ、僧の格好の人物が届けに来たのかと言えば、フィリスが尼僧だからかも知れないし、ロドリックが修道僧だからかもしれない。
一体、どっちのテンセストに届けたかったのだろう?
「多分、俺だろう」
ロドリックは言った。半ば、フィリスを安心させるためだった。
これは警告だった。黙っておけということか、おそらくは。
「アネンサードは一人……」
「それは俺だ」
ロドリックは言った。
ロドリックは十五年ほど前のロンゴバルトの戦いの時にすでに鋼鉄の騎士として活躍している。ダリアはおろか、ロンゴバルト人も知っている。
そして、あんな鎧兜を着ることが出来るのはアネンサードしかいない。
「アネンサードが、怪力だということも知っているのかしら」
「俺のところへわざわざ届けたくらいだ。だから……」
プツンと糸が切れた。
気が付いたのだ。
鋼鉄の騎士を守るとは書いていない。
アネンサードとは誰のことを指すのだ。何を知っているのだ。
「あ、ああ。とにかく、沈黙は金なりというのは正しいだろう」
「なにも話すなということ?」
ロドリックはフィリスの顔を見ることが出来なかった。
「そうだな……フリースラントにも言っておく」
ロドリックは言った。
フリースラントは夕べの疲れで、前後不覚に寝入ってた。
「フリースラント」
ロドリックは声をかけて彼を起こした。
フリースラントは寝返りを打ち、ため息をついて、彼を見た。目は覚めたらしい。
「なんだ? 何か起きたのか?」
ロドリックは黙って手紙を出した。
怪訝そうに手紙に目をやると、フリースラントはようやく体を起こして広げて読んだ。
『王が死んだ今、守ることが出来るアネンサードは一人だけ。沈黙は金』
「なんだ、これ? いたずらか?」
ロドリックは首を振った。
「いたずらではないだろう。修道士の格好をした僧が今朝届けに来た。テンセスト様へと」
「ロドリックにか?」
ロドリックはうなずいた。フリースラントはフィリスの正体を知らない。
「……意味が分からない」
「警告だろう。黙っていろということだろう。沈黙は金と書いてある」
「何を黙れと?」
「アネンサードの存在だろう」
それまで、フリースラントはロドリックの口から以外、アネンサードの名を聞くことがなかった。
噂や文献に、その名は載っていたが、実在しない前提だった。
だが、今、突然、アネンサードは噂や伝説ではなくなった。
知らない第三者が「アネンサード」名指しで手紙を送って来たのだ。
「こんな手紙を持ってきたのは、誰だろう?」
「顔のわからない修道僧」
フリースラントは思わずロドリックの顔を見た。
ロドリックの説明を聞いて、フリースラントさえ「気味が悪い」そう思った。
誰がこの手紙を書いたのだろう。
「こんなもの、信用するのか?」
「信用する訳ではないが、鋼鉄の騎士は一人でいい」
ロドリックは言った。
「俺が一人で、鋼鉄の騎士の大活躍の栄誉を担ってやるよ、フリースラント」
ロドリックは出来るだけ軽い調子で言った。
「ロドリック一人だけが犠牲に……」
「俺は、もう知られている」
ロドリックが鋼鉄の騎士であることは、十五年前の戦いの時に国中に知れ渡ってしまっている。でも、フリースラントのことは誰も知らない。
正直、ロドリックにも、この手紙の意味は分からなかった。一見、忠告に見える。だが、その真意は悪意なのか、罠なのか、それとも?
「お前のことは黙っていよう」
フリースラントの為だけではないのだ。フィリスの為だった。
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