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サジシーム
第152話 絶対に逃げない
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「おお、来た来た!」
花火を見た騎士たちが着いた。細いひょろい、ただ上に上がるだけの火だった。ロンゴバルトに見つかりたくない。
教会に息をひそめてじっと砦を見詰めていた仲間がこのわずかな印を見た途端、走り出したのだ。後ろからは、馬車や荷馬車がついてくる。一緒に歩兵たちも走ってきていた。
「砦は大丈夫だ。もう、中に入っても安全だ」
「中の人間は全然大丈夫じゃないがね。全員死んでるはずだ」
ロドリックが注釈を加えた。
「はいッ。わかりました。いつものことですね。ロドリック様がご活躍の後は、毎度死体の山であります」
ルピーダが明るく返事した。
ロンゴバルト人は、野外にテントを張って暮らすので、砦の周りには部族ごとに点々とテントを張って、寝泊まりしていた連中もいた。
「砦の意味が分かっていない。こいつらに砦はもったいない」
フリースラントはルピーダに手短に命じた。
「周りのテントは全部、取っ払ってしまえ。隠れているロンゴバルト兵がいるかも知れない。見つけたら残らず殺せ。テントの中に食料や武器があれば、全部砦の中にしまい込んでしまえ。戻ってきても、食べるものも泊る所もないようにな」
騎士たちは兵士を連れてばらばらと走って行った。
一方で馬車から降りた二人の貴婦人は、目立たぬように急ぎ最上階の最も安全な奥の部屋に通された。
「私どもがご一緒しましたことで余計な負担をかけたことを申し訳なく思っております」
テンセスト女伯はロドリックに丁重に詫びた。
しとやかでいかにも高位の貴婦人らしい。
しかし、ロドリックの目と目があった時、チラっと手が動いて合図された。
ロドリックは真意を測りかね一瞬戸惑ったが、女伯の手を押し頂き、定番通り言った。
「そんなことはございません。女伯にお仕えするのはこの上ない名誉でございます」
その瞬間、女伯の手に触れた瞬間、すうっと疲れが取れ、熱が冷めた。快い冷たさと静かなエネルギーが体中に満ちていく。
貴婦人から手を差し伸べることが出来ないので、ロドリックから手を取らせたのだろう。そして、エネルギーを与えたかったのだろう。これから戦が始まるのだ。
「ルシア、ここでおとなしくしていてくれ。レイビック城に残した方が良かったのかもしれないが……」
せわしなく部屋のドアを開けて、フリースラントが部屋を案内して、ふと振り返るとルシアは目に涙をためていた。
「フリースラント、好きよ……だから生きて帰ってきて」
突然の告白にフリースラントは固まった。
「フリースラント……あなたに力を」
ルシアが背伸びしてフリースラントの首に手を回した。
フリースラントは思わず腰をかがめた。届くように。
言葉にすると、こんなにも嬉しい。
ルシアの唇がフリースラントの唇に触れる。だが、触れているだけの唇から暖かいものが移ってくる。ルシアが青ざめて体温が落ちていくのがわかった。
「私の父王が、皆の予想に反して長く生きた秘密」
ルシアはささやいた。
フリースラントは意味を理解した。ヴォルダの城で、母に言われた言葉を思い出した。顔がこわばった。
「だめだ。ルシア!」
フリースラントはルシアを突き放した。
「私にできることはこれだけ。愛してるわ……」
「要らない! ルシア」
ルシアは拒否されてひるんだ。
「フリースラント様、ロドリック様、早く!」
階下から大声が響いた。砦の入り口までロジアンとハリルがウマを曳いてきていた。
「何を呆けてるんだ、フリースランド? 出るぞ。急げ!
ロドリックが、ボケッとしているフリースラントを促した。
「ロンゴバルトの連中がバジエ辺境伯や、ゼンダの領主のところに着くまでに壊滅させないと。砦はロジアンに任せておけ」
フリースラントは黙って、ウマの方向を変え、走り去った。
馬上のロドリックはロジアンを振り返って、大声で叫んだ。
「砦を頼む!」
ロンゴバルトの軍勢は、各首長に率いられてばらばらに元ルシア妃の城館と、モルラ殿の屋敷を目指して街道を移動していた。
フリースラントとロドリックは、街道を二手に分かれて、背後から彼らを潰していく作戦だった。
「連中がバジエ辺境伯とゼンダの領主の陣地にたどり着く前に……」
殺す」
フリースラントがロドリックの後を引き取った。
一人づつで十分だった。二手に分かれて、細く長く伸びたロンゴバルトの戦線の後を追って、暗闇の中、彼らの頭を殺すのだ。
ロドリックは、元ルシア妃の城館へ続く道を、ロンゴバルトの後をつけていった。
「いた!」
ロドリックの目は暗闇を見ることができる。
松明で、道を照らしながら進むロンゴバルトなど、彼の目には昼間と同じだった。
「あいつが首長か」
ロンゴバルトの首長は、他の者と違い、見事で派手な長衣を羽織っていた。
それが命取りだった。
真の暗闇の中、ロドリックは狙いを定め弓を引く。
馬上の首長は、どこからともなく放たれた一本の矢に胸を射抜かれ、落馬した。
すぐには騒ぎにならなかった。しばらくしてから悲鳴が上がった。その時には、もう次の矢が放たれた後だった。
「お前ら、反応が遅いわ」
なにがなんだかわからないまま、首長を含む大勢を殺されたロンゴバルトは大さわぎをしていた。
「悪魔だ」
「神の祟りだ」
「人聞きの悪い」
ロドリックは、ぼやいた。
好きでしているわけではない。サジシームと、王と王妃が悪いのである。
次の隊が見つかると、首長を矢で射殺すところから始まる。首長を見つけるのは簡単だった。連中は派手に松明を持って移動していた上、首長はひときわ目立つ派手なマントを羽織っていたからである。
ロンゴバルトの誰かが叫んだ。
「悪魔などいるわけなかろう! 隣の首長のシャラッフのやつらの仕業か?」
ロドリックはにんまりした。別の部族に襲われてたと思ってもらえれば、こんなありがたいことはない。内輪もめだ。
全員を殺す必要はない。いや、そもそも無理だ。
ロドリックだってわかっていた。だが、出来るだけ多く殺したかった。砦の安全とバジエ辺境伯、ザリエリ候のことを考えれば、敵の数は少ない方がいい。
「ギュレーターとザリエリ候たちには、ロンゴバルトがやつらのところに着いてもも戦わないで逃げろと言ってあるから、たいした被害は出ないだろう」
ダリアを侮って、夜中にノコノコ砦を出て行くなんて間抜けもいいところだ。
もう、帰るべき砦はないのだ。ロドリックは、暗闇の中で笑って、次の矢をつがえた。
何人射殺しただろう。ロドリックは額の汗をぬぐおうとしたが、鉄製の甲手では無理だった。外そうとしたとき、突然、背後になにかの気配を感じた。
ロンゴバルトの匂いと気配ではない。別のものだ。
ゆっくり振り返り、目を凝らすと人影のようなものが近付いてくる。ロドリックはぞっとした。あれはなんだ? 人か? 幽霊か?
「ロドリック」
馬上のロドリックが、恐怖でひきつって見つめているのに気が付くとその亡霊はほほ笑み、顔を見せた。美しい顔だった。
「死神よ」
ロドリックは息をつめた。まるで、どこかの貴族の美しい少年のように見える。
「まだ生きていた兵がたくさんいたの」
ロドリックはあ然とした。あの砦からやって来たのか?
「ウマから降りて。手が届かない」
こんなところへ何しに? 言葉が引っかかって出てこなかった。
「私には出来ることがあるわ。だから来た」
頬金を開けると彼女は指一本でロドリックの頬に触れた。またもや、あの感触だった。疲れ、筋肉の凝り、余計な熱、すべてが消え去り、水のように平静になって、エネルギーに満ちてくる。
それはフィリスだった。
フリースラントの母。テンセスト女伯。アネンサードの血を引くもの。
「ルシアも?」
まさか、ルシアもそんな危ない真似をしているのか?
「ルシアには無理よ。力がない」
アネンサードの血を引く者の能力の出方は、そう変わらないのではなのか?
「違うわ」
フィリスは静かに言った。
「同じ能力だけど、力は圧倒的に違う。ルシアには私は能力がないと言ってある。私の血は濃い」
「あなたの方が格段に強い?」
フィリスは、何も答えず、微笑みを顔に浮かべた。
ロドリックは思わず女伯の両肩に手を置いた。
「砦に戻ってくれ。危ない」
「もう、戻れないわ。私と一緒に戦うのよ。ロドリック」
戦う? 女性のあなたが?
「あなたが斬り、倒れた戦士の最期の力を私が手にする。そして……あなたに渡す」
彼女がもう一度、彼に触れた。またどんどん流れ込んでくる。限界だ。
「これがアネンサードよ」
やめてくれとロドリックはその瞬間、思った。力がみなぎり、何でもできる気になってくる。キャパを越えたロドリックがどうなるか、フィリスは知っているのか? 知っていてこんなことをしているのか?
「急いで。バジエ辺境伯やザリエリ候が危ない」
ロドリックは、はっとしてフィリスを見た。
「あの人たちが、おとなしく撤退すると思って? 違うわ。ロンゴバルトと一緒よ。死ぬまで剣を振り続けるわ。ギュレーターは父を殺されたのよ。ガシェ子爵は両親を失った」
フィリスは正しい。
「彼らが撤退なんかすると思って? 逃げたりなんか絶対しない」
ロドリックは思わず口走った。
「そんなものは勇気でも何でもない! 打って出るなとあれほど言ったのに! ロンゴバルトが来たらすぐに撤退すると約束したのに!」
ロドリックは叫んだが、フィリスに鼻で笑われた。
「ねえ、ロドリック、あなたならどうするの?」
虚を突かれて、ロドリックはフィリスの顔を見つめた。
「国を蹂躙されて、愛する人を失った。あなたならどうする?」
ロンゴバルトの戦いの銅鑼の音が遠くから響き、ふたりは音の方を振り返った。
元ルシア妃の城館が放火され燃えている。赤とオレンジの火焔が巻き上がっている。
突然、わあああと言う声が響いた。フィリスが緊張して、ロドリックの腕にかけた手に力がこもった。
「あれは……バジエ辺境伯よ。始まったわ……」
ロンゴバルトの先頭の軍が、ルシアの城館に達したようだった。
「あの人たち、馬鹿なのよ。自分の命なんか、どうでもいいの。それより、もっと大事なものがあるのよ」
ファリスが呟いた。
「私といれば、あなたは無敵。ロドリック、あそこへ行って。あなたなら出来る……あなたにしか出来ない」
はっきり大声が聞こえてきた。ダメだ。ギュレーターはルシアの館を捨てて、ロンゴバルトと全面的に戦い始めたのだ。
『血の匂いがする』
ロドリックは顔をゆがめた。彼は走り出した。
花火を見た騎士たちが着いた。細いひょろい、ただ上に上がるだけの火だった。ロンゴバルトに見つかりたくない。
教会に息をひそめてじっと砦を見詰めていた仲間がこのわずかな印を見た途端、走り出したのだ。後ろからは、馬車や荷馬車がついてくる。一緒に歩兵たちも走ってきていた。
「砦は大丈夫だ。もう、中に入っても安全だ」
「中の人間は全然大丈夫じゃないがね。全員死んでるはずだ」
ロドリックが注釈を加えた。
「はいッ。わかりました。いつものことですね。ロドリック様がご活躍の後は、毎度死体の山であります」
ルピーダが明るく返事した。
ロンゴバルト人は、野外にテントを張って暮らすので、砦の周りには部族ごとに点々とテントを張って、寝泊まりしていた連中もいた。
「砦の意味が分かっていない。こいつらに砦はもったいない」
フリースラントはルピーダに手短に命じた。
「周りのテントは全部、取っ払ってしまえ。隠れているロンゴバルト兵がいるかも知れない。見つけたら残らず殺せ。テントの中に食料や武器があれば、全部砦の中にしまい込んでしまえ。戻ってきても、食べるものも泊る所もないようにな」
騎士たちは兵士を連れてばらばらと走って行った。
一方で馬車から降りた二人の貴婦人は、目立たぬように急ぎ最上階の最も安全な奥の部屋に通された。
「私どもがご一緒しましたことで余計な負担をかけたことを申し訳なく思っております」
テンセスト女伯はロドリックに丁重に詫びた。
しとやかでいかにも高位の貴婦人らしい。
しかし、ロドリックの目と目があった時、チラっと手が動いて合図された。
ロドリックは真意を測りかね一瞬戸惑ったが、女伯の手を押し頂き、定番通り言った。
「そんなことはございません。女伯にお仕えするのはこの上ない名誉でございます」
その瞬間、女伯の手に触れた瞬間、すうっと疲れが取れ、熱が冷めた。快い冷たさと静かなエネルギーが体中に満ちていく。
貴婦人から手を差し伸べることが出来ないので、ロドリックから手を取らせたのだろう。そして、エネルギーを与えたかったのだろう。これから戦が始まるのだ。
「ルシア、ここでおとなしくしていてくれ。レイビック城に残した方が良かったのかもしれないが……」
せわしなく部屋のドアを開けて、フリースラントが部屋を案内して、ふと振り返るとルシアは目に涙をためていた。
「フリースラント、好きよ……だから生きて帰ってきて」
突然の告白にフリースラントは固まった。
「フリースラント……あなたに力を」
ルシアが背伸びしてフリースラントの首に手を回した。
フリースラントは思わず腰をかがめた。届くように。
言葉にすると、こんなにも嬉しい。
ルシアの唇がフリースラントの唇に触れる。だが、触れているだけの唇から暖かいものが移ってくる。ルシアが青ざめて体温が落ちていくのがわかった。
「私の父王が、皆の予想に反して長く生きた秘密」
ルシアはささやいた。
フリースラントは意味を理解した。ヴォルダの城で、母に言われた言葉を思い出した。顔がこわばった。
「だめだ。ルシア!」
フリースラントはルシアを突き放した。
「私にできることはこれだけ。愛してるわ……」
「要らない! ルシア」
ルシアは拒否されてひるんだ。
「フリースラント様、ロドリック様、早く!」
階下から大声が響いた。砦の入り口までロジアンとハリルがウマを曳いてきていた。
「何を呆けてるんだ、フリースランド? 出るぞ。急げ!
ロドリックが、ボケッとしているフリースラントを促した。
「ロンゴバルトの連中がバジエ辺境伯や、ゼンダの領主のところに着くまでに壊滅させないと。砦はロジアンに任せておけ」
フリースラントは黙って、ウマの方向を変え、走り去った。
馬上のロドリックはロジアンを振り返って、大声で叫んだ。
「砦を頼む!」
ロンゴバルトの軍勢は、各首長に率いられてばらばらに元ルシア妃の城館と、モルラ殿の屋敷を目指して街道を移動していた。
フリースラントとロドリックは、街道を二手に分かれて、背後から彼らを潰していく作戦だった。
「連中がバジエ辺境伯とゼンダの領主の陣地にたどり着く前に……」
殺す」
フリースラントがロドリックの後を引き取った。
一人づつで十分だった。二手に分かれて、細く長く伸びたロンゴバルトの戦線の後を追って、暗闇の中、彼らの頭を殺すのだ。
ロドリックは、元ルシア妃の城館へ続く道を、ロンゴバルトの後をつけていった。
「いた!」
ロドリックの目は暗闇を見ることができる。
松明で、道を照らしながら進むロンゴバルトなど、彼の目には昼間と同じだった。
「あいつが首長か」
ロンゴバルトの首長は、他の者と違い、見事で派手な長衣を羽織っていた。
それが命取りだった。
真の暗闇の中、ロドリックは狙いを定め弓を引く。
馬上の首長は、どこからともなく放たれた一本の矢に胸を射抜かれ、落馬した。
すぐには騒ぎにならなかった。しばらくしてから悲鳴が上がった。その時には、もう次の矢が放たれた後だった。
「お前ら、反応が遅いわ」
なにがなんだかわからないまま、首長を含む大勢を殺されたロンゴバルトは大さわぎをしていた。
「悪魔だ」
「神の祟りだ」
「人聞きの悪い」
ロドリックは、ぼやいた。
好きでしているわけではない。サジシームと、王と王妃が悪いのである。
次の隊が見つかると、首長を矢で射殺すところから始まる。首長を見つけるのは簡単だった。連中は派手に松明を持って移動していた上、首長はひときわ目立つ派手なマントを羽織っていたからである。
ロンゴバルトの誰かが叫んだ。
「悪魔などいるわけなかろう! 隣の首長のシャラッフのやつらの仕業か?」
ロドリックはにんまりした。別の部族に襲われてたと思ってもらえれば、こんなありがたいことはない。内輪もめだ。
全員を殺す必要はない。いや、そもそも無理だ。
ロドリックだってわかっていた。だが、出来るだけ多く殺したかった。砦の安全とバジエ辺境伯、ザリエリ候のことを考えれば、敵の数は少ない方がいい。
「ギュレーターとザリエリ候たちには、ロンゴバルトがやつらのところに着いてもも戦わないで逃げろと言ってあるから、たいした被害は出ないだろう」
ダリアを侮って、夜中にノコノコ砦を出て行くなんて間抜けもいいところだ。
もう、帰るべき砦はないのだ。ロドリックは、暗闇の中で笑って、次の矢をつがえた。
何人射殺しただろう。ロドリックは額の汗をぬぐおうとしたが、鉄製の甲手では無理だった。外そうとしたとき、突然、背後になにかの気配を感じた。
ロンゴバルトの匂いと気配ではない。別のものだ。
ゆっくり振り返り、目を凝らすと人影のようなものが近付いてくる。ロドリックはぞっとした。あれはなんだ? 人か? 幽霊か?
「ロドリック」
馬上のロドリックが、恐怖でひきつって見つめているのに気が付くとその亡霊はほほ笑み、顔を見せた。美しい顔だった。
「死神よ」
ロドリックは息をつめた。まるで、どこかの貴族の美しい少年のように見える。
「まだ生きていた兵がたくさんいたの」
ロドリックはあ然とした。あの砦からやって来たのか?
「ウマから降りて。手が届かない」
こんなところへ何しに? 言葉が引っかかって出てこなかった。
「私には出来ることがあるわ。だから来た」
頬金を開けると彼女は指一本でロドリックの頬に触れた。またもや、あの感触だった。疲れ、筋肉の凝り、余計な熱、すべてが消え去り、水のように平静になって、エネルギーに満ちてくる。
それはフィリスだった。
フリースラントの母。テンセスト女伯。アネンサードの血を引くもの。
「ルシアも?」
まさか、ルシアもそんな危ない真似をしているのか?
「ルシアには無理よ。力がない」
アネンサードの血を引く者の能力の出方は、そう変わらないのではなのか?
「違うわ」
フィリスは静かに言った。
「同じ能力だけど、力は圧倒的に違う。ルシアには私は能力がないと言ってある。私の血は濃い」
「あなたの方が格段に強い?」
フィリスは、何も答えず、微笑みを顔に浮かべた。
ロドリックは思わず女伯の両肩に手を置いた。
「砦に戻ってくれ。危ない」
「もう、戻れないわ。私と一緒に戦うのよ。ロドリック」
戦う? 女性のあなたが?
「あなたが斬り、倒れた戦士の最期の力を私が手にする。そして……あなたに渡す」
彼女がもう一度、彼に触れた。またどんどん流れ込んでくる。限界だ。
「これがアネンサードよ」
やめてくれとロドリックはその瞬間、思った。力がみなぎり、何でもできる気になってくる。キャパを越えたロドリックがどうなるか、フィリスは知っているのか? 知っていてこんなことをしているのか?
「急いで。バジエ辺境伯やザリエリ候が危ない」
ロドリックは、はっとしてフィリスを見た。
「あの人たちが、おとなしく撤退すると思って? 違うわ。ロンゴバルトと一緒よ。死ぬまで剣を振り続けるわ。ギュレーターは父を殺されたのよ。ガシェ子爵は両親を失った」
フィリスは正しい。
「彼らが撤退なんかすると思って? 逃げたりなんか絶対しない」
ロドリックは思わず口走った。
「そんなものは勇気でも何でもない! 打って出るなとあれほど言ったのに! ロンゴバルトが来たらすぐに撤退すると約束したのに!」
ロドリックは叫んだが、フィリスに鼻で笑われた。
「ねえ、ロドリック、あなたならどうするの?」
虚を突かれて、ロドリックはフィリスの顔を見つめた。
「国を蹂躙されて、愛する人を失った。あなたならどうする?」
ロンゴバルトの戦いの銅鑼の音が遠くから響き、ふたりは音の方を振り返った。
元ルシア妃の城館が放火され燃えている。赤とオレンジの火焔が巻き上がっている。
突然、わあああと言う声が響いた。フィリスが緊張して、ロドリックの腕にかけた手に力がこもった。
「あれは……バジエ辺境伯よ。始まったわ……」
ロンゴバルトの先頭の軍が、ルシアの城館に達したようだった。
「あの人たち、馬鹿なのよ。自分の命なんか、どうでもいいの。それより、もっと大事なものがあるのよ」
ファリスが呟いた。
「私といれば、あなたは無敵。ロドリック、あそこへ行って。あなたなら出来る……あなたにしか出来ない」
はっきり大声が聞こえてきた。ダメだ。ギュレーターはルシアの館を捨てて、ロンゴバルトと全面的に戦い始めたのだ。
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