アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
149 / 185
サジシーム

第149話 戦いの準備(ダリア)

しおりを挟む
 ベルブルグでは、バジエ辺境伯ギュレーターが待っていた。彼はいったん自領に向かったが、再度参戦するつもりでフリースラントを待っていたのだ。

「ありがとう、ギュレーター」

 フリースラントは、口数は少なかったが、ギュレーターの手を握った。
 そのバカ力にギュレーターは思わず顔をしかめた。
「前と同じだな、フリースラント。力加減をいいかげんに覚えろ」
 フリースラントは思い出して、ふっと笑った。

 ベルブルグに着くとすぐ、フリースラントは副院長が貸してくれた修道僧に、王宮の危機とカプトルの占領を口述させ、各地の修道院経由で、全国の主だった貴族に事情が伝わるよう手配した。

 トマシンに鳩便を送り、戦費を修道院経由で調達した。

「とりあえず、インゴット五本分を換金しよう。食料と輸送代と武器代だ」

「フリースラント、お前は商売人だな……」

 ギュレーターが妙な顔をしながら褒めた。

「武芸一辺倒かと思っていた」

「いや? ずっと、商売をしてきたので、運送や金の支払いは得意かな? 船をもう少し欲しいな。ハブファンの船を使いたいところだが……ハブファンをこの状態で野放しにしているのは危険なので、ロドリックに頼んで身柄を拘束してもらうつもりなんだ」

 ギュレーターは目をぱちくりさせた。

「ハブファンはベルブルグの事実上の支配者だろう。身柄拘束だなんて、大騒ぎになる。そんな簡単に……」

「おお、ロドリックが帰ってきた」

 ロドリックは、変な格好の大きな袋を背負って帰ってきた。フリースラントが聞いた。

「中身はハブファンか?」

「そうだ」

 ロドリックは、軽々と荷物を下ろすと、修道僧に牢屋の代わりになりそうな部屋はないかと聞いていた。

「地下に反省の部屋があります」

「そこでいい。ただし、脱走されないように気を付けてくれ。外部との連絡も厳禁。あと、ここがどこなのか、ばれないように気を付けてくれ」

「それは無理ですね。全員、修道僧の格好ですから」

「じゃ、そこは妥協しよう」

 好奇心でいっぱいになったゼンダの領主が聞いた。

「ほんとに袋の中身はハブファンか? 俺は奴に恨みがある。どうやって捕まえたんだ」

「商工会の会議に出ていたんだ。慈悲の家のフィリス尼から言伝がありますと言って連れ出した」

「ン? フィリス様と言えば、あの徳の高い尼僧様か? そんなお方の名前を勝手に使っていいのか?」

「そこは気にするな。フィリス尼からの言伝となれば、聞かないわけにはいかない。慈悲の家に連れ込んで、殴って失神させて連れてきた」

 ゼンダの領主はあっけにとられたらしかった。ギュレーターもである。

「そんなことをしたら、慈悲の家の連中が黙っていないだろう。それにフィリス尼にばれたら……」

「大丈夫」

 フィニス尼はそれどころな女ではないと言いかけてロドリックは黙った。よく考えたら、この騒動も、もとはと言えば、フィニス尼の責任なんじゃないだろうか。




「女性の方々には、レイビックに戻っていただいた方がいいと思うが。道中が心配じゃな」

 ザリエリ侯爵が心配そうに言った。女伯とルシアのことを言ったのである。

「それも大丈夫」

 ロドリックは言った。

 ルシアのことは知らないが、女伯なんか、フリースラントやロドリックよりも強いかもしれなかった。

「大丈夫でございましょう。頼もしいお方ばかりでございます」
 女伯はそう言った。

 知り合いになって以来、すっかり女伯のファンになり果てていたザリエリ侯爵が早速抗議した。
「戦争なのです。あぶのうございます」

「フリースラントが守ってくれますわ」

「う、うむ。レイビック伯とよくご相談なさるがよろしい」



 だが、午後になって乗船して、船中に二人の姿を見かけて、ザリエリ侯爵は腰を抜かすほど驚いた。

「一体、どうして?」

「私たち、鳩使いですの」

 船上で髪を風に流しながら、女伯は説明した。

「連絡係ですわ」

 ザリエリ侯爵がフリースラントのところに抗議しに行こうとしたところで、ロドリックに捕まった。

「あ、ロドリック、なぜ女伯が船に乗っているのじゃ。戦場ですぞ? ご婦人方には危険じゃ」

「大丈夫。全然、大丈夫」

 レイビックでは、今、トマシンを始めとした鉱夫連中が金山を守っていた。

 金山と城のどちらを守るかと聞かれれば、当然金山である。城の方まで戦力を割きたくなかった。となれば、金山に二人を滞在させることになる。金山は山の中なので、慣れないロンゴバルト兵など、金山にたどり着くどころか山中で遭難するのが関の山だ。したがって金山の方が城を思えば格段に安全だったが、鉱夫連中がいる。美女二人を男だらけの鉱山に置いておくのは危険だ。
 結果、むしろ、一緒に行動した方が安全だとフリースラントが決定したのだ。

「大丈夫なわけがあるまい」

 ザリエリ候が真剣に抗議を始めたが、ロドリックはそれをさえぎった。

「フリースラントが、今、布陣についてザリエリ侯爵の意見を聞きたいと言っているので、会議室にお集まりくだされ」

 ルシアの同行を希望したのは、フリースラントである。
 女伯の同行は、女伯自身の希望もあった。フリースラントは、母の同行に難色を示したが、それは彼女の実力を知らないからである。
 ロドリックは、女伯なんか、勝手にしやがれの気分であった。ルシアの件については、フリースラントなんか、勝手にしやがれと思っていた。


「もっとも問題なのは、砦を取られていることで……おお、侯爵、よくおいでくだされた」

 ザリエリ侯爵の後ろから体の大きなロドリックが入ってきて、入念にドアを閉めた。

「野営するにも、付近に民家とてなく、少し離れているが、地理的に好適なのが、この元のルシア妃の館かモルラ殿の屋敷だ。これを使いたい」

「モルラ殿は、ものの分からぬ頑固爺である」

 ザリエリ侯爵が思わず注釈を加えた。

「奥方はとうにあきれ果てて、実家に戻られた。屋敷を貸してくれるとは思えん」

「まあ、お貸しくださらなければ、借りるまでのことだ」

 フリースラントはまるで気にしていないように言った。

「さるぐつわでもかましておこう。で、ルシア妃の城館にはバジエ辺境伯の軍三千に入っていただき、モルラ殿の屋敷側にはゼンダの領主殿に二千を率いていただきたい。砦からは少し距離があるが高台だ。砦からよく見える。彼らは、気付いて襲撃してくるだろう」

「して、本体は?」

「本体とは?」

「フリースラント、貴公のことだ」

「私の隊は、ここの真ん中の教会だ」

 それは小高い丘の上にある小さな教会だった。

「約二百。この隊で砦を取り戻す」


 果たしてそんな布陣で大丈夫なのか?

 人数配分がおかしいではないか。

 ザリエリ候も、ゼンダの領主もギュレーターも、その場にいた全員が不安になった。
 砦にロンゴバルト兵が集結していることはわかっていた。王宮とカプトルの街を守るために、交通の要所に建てられた堅牢な砦だ。
 立てこもられると、難攻不落の砦であった。

 王宮とカプトルの街を守るための頑丈な砦である以上、ここに敵が入ると、どうしようもなかった。ここを取り戻さないと、首都を守れない。

「わずか2百の兵で、どうやって砦を取り戻すのだ?   警備するならともかく」

 確かに砦は王宮方向からの攻撃には脆弱だった。しかし、仮にも砦である。城門を固く閉ざされ、閉じこもられたら手が出せない。

「一番いいのは兵糧攻めであろう。他国の中だ。補給が利かない」

「それはその通りだが、連中を砦に閉じ込めて干上がらせるのに時間がかかるので、別の方法を試したい」

 フリースラントは言った。

「バジエ辺境伯とゼンダ殿には、派手に戦ってほしい」

「派手に戦う?」

「そうだ。戦いは夕刻から始める。連中がカプトルの町から、略奪を終えて帰って来た時間を狙う。疲れているはずだ。暗闇に火を煌々と燃やし、鬨の声をあげる。いかにも戦闘を仕掛けるように見せかけて、砦からやつらをおびき出したいのだ」

 全員が黙った。

「そこまでマヌケか? そんなことくらいで、あの砦を捨てて打って出るほど?」

「出てくれればいいなと思っている」

 それじゃあ、ダメじゃないかとザリエリ候が顔で喋った。

「打って出ない時は問題ない」

フリースラントが静かに言った。

「戦闘にならない。つまり安全だ。もしダリアの様子に危険を感じて、彼らが砦に閉じこもれば、兵糧作戦の始まりだ」

 ゼンダの領主がジロリとフリースラントを見た。

「打って出てきた場合は、戦闘が始まるのか?」

フリースラントはバジエ辺境伯とゼンダの領主になだめるような調子で言った。

「戦わずに逃げて欲しい」

「なんだと?!」

「正面きって戦うのは人数的に不利だ。砦から引き離すのだ。こちらの方が地の利がある。追って来れば、その分、彼らは帰りにくくなり、戦線が細長くなる。攻めやすい」

 ロンゴバルト軍の人数は、相変わらず把握できていなかった。
 とは言え、ロンゴバルト自身が、自分たちの兵の規模がわかっていないので、スパイも秘密も存在しなかった。

「打って出れば、本隊が城門の開いた砦を襲う」

「わずか二百の本隊がか? 無理だろう。気が付いて、ロンゴバルトが戻って来たらどうするのだ? 全滅するぞ」

「俺が出る」

 それまで一言も発しなかったロドリックが口を挟んだ。

 全員が彼を振り返って見た。

 ロドリックは顔の筋一つ変えず、単調に付け加えた。

「鋼鉄の騎士は俺だ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

転異世界のアウトサイダー 神達が仲間なので、最強です

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
告知となりますが、2022年8月下旬に『転異世界のアウトサイダー』の3巻が発売となります。 それに伴い、第三巻収録部分を改稿しました。 高校生の佐藤悠斗は、ある日、カツアゲしてきた不良二人とともに異世界に転移してしまう。彼らを召喚したマデイラ王国の王や宰相によると、転移者は高いステータスや強力なユニークスキルを持っているとのことだったが……悠斗のステータスはほとんど一般人以下で、スキルも影を動かすだけだと判明する。後日、迷宮に不良達と潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまった悠斗。しかし、密かに自身の能力を進化させていた彼は、そのスキル『影魔法』を駆使して、ピンチを乗り切る。さらには、道中で偶然『召喚』スキルをゲットすると、なんと大天使や神様を仲間にしていくのだった――規格外の仲間と能力で、どんな迷宮も手軽に攻略!? お騒がせ影使いの異世界放浪記、開幕! いつも応援やご感想ありがとうございます!! 誤字脱字指摘やコメントを頂き本当に感謝しております。 更新につきましては、更新頻度は落とさず今まで通り朝7時更新のままでいこうと思っています。 書籍化に伴い、タイトルを微変更。ペンネームも変更しております。 ここまで辿り着けたのも、みなさんの応援のおかげと思っております。 イラストについても本作には勿体ない程の素敵なイラストもご用意頂きました。 引き続き本作をよろしくお願い致します。

処理中です...