アネンサードの人々

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サジシーム

第147話 助けて!助けて!助けて!

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 翌朝、ベルブルグの修道院から、副修道院長宛てに手紙を持った使者が早馬を飛ばして緊張した顔つきでやって来た。

「ベルブルグの副修道院長は、こちらでしょうか」

 早朝から使者は門をたたき、家の者たちを驚かせた。

「どうしたと言うのじゃ」

「ああ、副院長様! 鳩便が参りましたのでございます。院長様が、何が何でも、出来るだけ早くお知らせするようにと」

 副院長は深刻な顔をして手紙を開いた。一通はヌーヴィーからの手紙で、もう一通は、カプトルからのものだった。


『ロンゴバルトの首長たちが軍を率いてダリア領へ入ってきている。第一陣が今日の朝。そのあとも続々入港している。戦闘行為なく、カプトルへの街道を移動中。目的不明』

『王の依頼により、カプトルの砦にサジシームが入った。ロンゴバルト軍と戦うためとのこと』


「意味が分からない。これだと、サジシームがロンゴバルトの首長と戦うようだが、味方同士で戦うのか? それとも、サジシームの詐欺か?」


「それより、こちらでございます」

 使者は震えながら、三通目を差し出した。
「夕べカプトルから届きました。院長様は、これをご覧になられた途端、一刻も早くお目に掛けよと」

『ロンゴバルト軍がカプトルに入った。砦のサジシームと合流、王宮を襲った。一部はカプトルの町を襲撃中。当院も襲撃されている。助けを乞う』



 副院長は、手にした紙をぺらぺらさせたまま、マシュー殿の城館の中を走りだした。

 胸がどきどきした。
 なにか、大変なことが始まっている。

 なぜ、王は、ロンゴバルト人のサジシームを、防衛の要となるあの砦に入れのだ。
 サジシームはロンゴバルト人だ。ロンゴバルトと戦うはずがない。

 三通目の手紙が伝えている。サジシームはロンゴバルト軍を砦に引き入れたのだ。王は騙されたのだ。王城が襲撃されている。カプトルの町全体が、襲撃されている。助けて! 助けて!



 どうしたらいい?

「フリースラント!」

 広間のドアを力いっぱいたたきながら、副院長は叫んだ。

「ロドリックはどこだ? ザリエリ候! ゼンダの領主! リグの領主!」



 レイビック伯爵、ロドリック、副院長、ザリエリ候、ゼンダの領主、リグの領主は、たたき起こされ、広間の片隅で手紙を読んだ。

「今すぐ、カプトルへ戻らねばならない。ウマを用意せよ!」

 ザリエリ候が叫んだ。

「早く! マシュー殿はどこだ」

 レイビック伯爵の手が、ザリエリ候の腕をつかんで引き留めた。

「待つんだ、ザリエリ候。このまま、一旦ベルブルグに出て、船でカプトルへ行こう。ここまで来ていたら、ベルブルグまで行った方が早い。船なら、ベルブルグからカプトルまで一日半で行ける。ベルブルグで、武器と食料を調達して船に乗せよう」

「じゃあ、なぜ、船で帰らなかったのだ?」

 興奮状態のザリエリ候が怒鳴った。マシュー殿が、寝間着の上にマントを引っ掛けてあわてて走ってきた。

「上りだからさ。時間がかかる。だが、カプトル行きは下りだ。船の方が輸送量が多い。先に船の手配をしよう。ルピーダ!」

 フリースラントは騎士のルピーダを呼び、早馬の使者を立てた。

「ベルブルグの修道院へ行け! 武器と食料を調達するんだ」



 ロンゴバルト軍がサジシーム軍と合流……王宮を襲っている……

「王宮を襲うということは、王と王妃を狙っているのだろうか?」

「今更、なぜだ?」

 殺そうと思えば、いつだって殺せたのだ。
 長い期間、人質になっていたのだから。

 なぜ、今頃、わざわざカプトルまで来たのだろう?

「わからない。目的も、これから何をするつもりなのかも」

 レイビック伯爵が言った。






「サジシーム、久しぶりじゃの」

 カプトルの砦で、ザイードの首長は、機嫌よくサジシームにあいさつした。

「これは、ザイードの首長様、ようこそお越しくださいました」

 サジシームは丁重に挨拶した。

「しかし、手の者たちを全員引き連れてお越しとは、少々驚きました。何のためでございましょうか」

「なんだと? メフメト殿のかたきを討ちに参ったのじゃ」

 ザイードの首長は大きな黒い目をぎろりと、サジシームに向けて答えた。

 何を聞いていると言った態度だった。

「ダリアの王宮にて殺害されたとのこと。ここへ来るのは、当然じゃ。それに、メフメト殿は、ダリア王家の王領を引き継がれたと聞いた。その始末も考えねばなるまい」

「サジシーム、何のためとは恐れ入る。敵討ちは神に許された行い。ダリア王家には復讐を」

 一緒についてきたハザの首長も甲高い声で叫んだ。

「ちょっとお待ちくだされ」

 サジシームは必死になった。

「自然死としか、思えぬ亡くなり方でございました。医者もそのように申しおります」

「医者?」

 思い出した。ザイードの住む地方に医者はいなかった。呪術師はいたが。

「それでは、呪いか。神が許したまわぬ所業じゃ」

 さらに違う方向へ一歩進んだ気がした。

「それにしても、サジシーム。このような砦を準備しておくとは気が利く。これだけの広さがあれば、我らの後に続くロンゴバルトの勇敢なる首長たちも、ここに寝泊まりできるじゃろう」

 我らの後に続くとは? ザイードだけではないのか。まだ来るのか。

「いかほど、続かれるのでございましょう?」

「知らぬ」

 ザイードの首長は全く関心なさげだった。

「とりあえず、兵とウマに休息を与えねば。今すぐ、手配せよ」

 マシムが慌てて走り去った。


「道中はいかがでございましたか?」

「なに? ああ。前回とは比べ物にならぬくらい快適じゃった」

「それは、なぜ?」

 サジシームには全く訳が分からなかった。

「そちの使者が持っていたこれじゃ」

 ザイードはごそごそ袋をかき回すと、ダリアの王旗を引っ張り出した。それは通行証に用いる王旗で、それがあれば、街道を通行中に便宜を図ってもらえるのだ。

「これを旗竿につけておくのじゃ。すると誰も抵抗せなんだ」

「ははあ!」

「あまりに快適で親切なので、こちらも太っ腹になってしまって、まぐさや食い物の金は払ったのだ。さすがはロンゴバルトのお殿様となかなか好評であった。今回は、略奪や戦争が目的ではなくて、聖なる復讐戦じゃ。略奪などで神の名を汚してはならん。敵はダリア王家じゃ」

「はあ」

「後続の軍も来ると伝えてあるので、後の連中も続くじゃろ。しかし、待つわけにはいかぬ」

 ザイードの首長の目がギラギラしてきた。

「明日朝には、襲撃を!」

「ちょっと! ちょっと、お待ちください!」

 サジシームは叫んだ。
「王と王妃が目的でございますか?」

「もちろんじゃ」

「それだけでございますか?」

「いや、抵抗する輩は片っ端からあの世行きじゃ」

 サジシームは知恵を絞った。こんな展開は考えていなかった。

「今、王城には守備兵が一人もおりません」

 ザイードの首長は、びっくりして目を丸くした。

「なんと、間抜けな連中よ」

「それで、わたくしも、いささかのんきにしておりましたわけで。この砦があれば、いつでも出撃可能なうえ、赤子の手をひねるようなものでございます」

「でかした! サジシーム! わしを待って居ったわけか」

 そんなわけはない。

「それよりも、戦いの方は、簡単といたしまして、問題は後の領地の分け方の方でございます」

 サジシームは必死だった。ちょっとでも時間を稼ぎたかった。
 ザイードの首長は、しかめつらをした。

「それこそ、誰が一番乗りかじゃ」

 ザイードの首長は数字には意外に強かったが、理屈をこねるとか交渉とかになると全くダメだった。彼にできるのは、大声で主張して、刀を振り回すことだけだったのである。自分でも理解していた。
 敵地に一番乗りで、敵の王と王妃を殺したと言う実績をわが物にしたかったのである。
 苦手な交渉も、それさえあれば有利に進むと考えていた。

「皆の者、今晩はよく休め。明日朝には出陣じゃ」

 ザイードの首長の声は、大声でよく響いた。

「敵はあの城。王と王妃の首を取った者には、黄金と駿馬をつかわす!」

 わああと、呼応する声が、ただっぴろい砦全体に響いた。

 駿馬はロンゴバルトにも多いからとにかく、借金に借金を重ねているダリア王一家のどこに黄金があると言うのだろうか。


 広い部屋にポツンと一人残されたサジシームは、必死で考えた。

 だが、もうだめだ。誤算だった。王旗があったばっかりに、その意味を全然理解できていなくても、ザイードはうまく利用し、まんまと無傷のままここまで来てしまったのだ。

「サジシーム様、今からでも、偽の王旗を持って入国するロンゴバルト軍は止めよと通知を出すよう王に伝えましょう」

 いつの間にか、そばまで来ていたマシムがひっそりと言った。

「無駄だ、マシム。もう、間に合わない」

 明日には王と王妃の命はない。

 王と王妃が心を込めて書いた事情の説明とお悔やみ文は、サジシームが破って捨ててしまった。

 ザイードたちの猜疑心をあおるような手紙を送ったのはサジシームだった。

 その結果がこれだ。

 マシムは首を振った。

「致し方ございません。ダリアの王と王妃の命は、サジシーム様がロンゴバルトに連れてこられた時から決まっていたのです。他国の兵に,あんなに簡単に捕らえられるようでは、王としての資質に欠けると言われても仕方ありません」

「マシム……」

 サジシームなんかを信用するより、レイビック伯爵を信じた方がずっとずっと国のためには良かったのだ。

 サジシームにはわかっていた。

 レイビック伯爵は馬鹿なので、たとえ王のことは気に入らなくても、実直に王家を守ったことだろう。それと言うのも、彼はダリア人だったからだ。

「だが、もう遅い」

 なぜ、こんな時にレイビック伯爵のことなど、思い出したのだろう。

 白々と夜が明け初め、ザイードの部隊は用意万端整えて、王城の方に向かって整列していた。

 先頭には、黒いひげと真っ白な衣装を着けたザイードが、見事な駿馬に乗って三日月刀を振り上げていた。

「行くぞ! 続けー」

 わあああという大声がして、何十騎、何百騎という兵士たちが続いた。徒歩の者も大勢走って行った。

「マシムよ」

 サジシームは力なく言った。

「夕飯の支度でもしておくか」

 サジシームに出来る事はもうなかった。

「必要ないと思いますよ、サジシーム様」
 マシムはまじめに答えた。
「あれは止められません。多分、カプトルの町で調達してくると思います」

 カプトルの町の運命を考えると、さすがのサジシームも頭が痛くなった。

「王と王妃をうまく見つけられるだろうか」

「ザイード様をなめてはいけません」
 マシムはたしなめた。

「あれで、なかなか狡猾です。それより、後発の首長連中がここへ着いた後、どうなるのでしょうか?」


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