アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
145 / 185
サジシーム

第145話 またもや、罠をかけて歩く男。今度は王太子がターゲット

しおりを挟む
 王妃がカプトルへ帰る少し前、サジシームは慇懃に王太子に言った。

「王妃様がお戻りになられれば、王太子様もじきに解放されますでしょう。ただ、もう少し時間がかかるかとは存じますが。何しろ、交渉は王妃様がカプトルに着いてから始まりますゆえ」

 王太子は、心細そうだった。

「ご心痛、ごもっともです。ダリアの方々が戻って行かれましたから。ダリア語が話せる者がいなくなりましたし」

「お前が、ここに残っていてくれればよいのだが」
 王太子は頼むようにサジシームに言った。

 この王太子は、本当にダメだ。サジシームは思った。なんにも見えていない。ほかの貴族たち、王妃ですら、サジシームこそが主要人物だとわかっていた。交渉の主人公なのだ。王太子の話し相手を勤めるような人物ではない。

 サジシームは、しかし、ため息をついて見せた。

「わたくしとて、そう出来ればと思っているのですが……」

「それなら、残ってくれ。心細すぎる」

 王太子は勢い込んで、サジシームをさえぎったが、サジシームは続けた。

「残念ながら、王妃様のお供をせねばなりません。ですから、戻ってまいりますまで、誰かダリア語のできる者を何人か殿下にお付けしたいと考えております」

「ああ」

 王太子は落胆して、声をあげた。

「そちほど、ダリア語のうまい者はおるまい」

「若い者をお付けしましょう。今は片言でも、殿下とお話ししているうちに、きっとうまくなりまする。王太子殿下とお話しできるとは、なんと名誉なことでございましょう。例えば、そうですね、若い娘などはいかがでしょう。どんな娘がよろしいでしょう」

「娘?」

「男より女の方が、言葉はうまくなりますゆえ」

「そうなのか?」

「殿下が話しかけてくださるような、見目麗しい娘を用意いたします。ただ、ダリアとロンゴバルトでは、女の好みが違います。例えば、ロンゴバルトでは出来るだけふくよかな女が美女とされておりまして……」

 王太子はブンブンと頭を振った。

「スレンダーな女が好きだ」

「わかりました。痩せた女ですね」

「ただ痩せた女ではなくて、乳と尻は大きな……」

「はい」

 サジシームは、なんだかばかばかしくなってきたが、まじめに注文を取り続けた。

「腰は細くて……そうだな。猫のようなあごの細い、目の大きな、目元が色っぽい……」

 妙に具体的になってきた。

「誰のお話ですか? 妃殿下のお話で?」

「あ!」

 王太子は、なにか思い出したらしかった。

「その女は、結婚前に、私が……」

「どうなさったのですか?」

「結婚したかったが、母に止められた」

 ほう? こんな、一人では何も出来そうもない、他人の意志に流され続けてきたような気弱な男に恋愛経験があったとは……

「ほう、どちら様で? 私も宮廷でお目にかかったことがありますでしょうか」

 要は、そんな女を見繕って来ればいいわけだ。具体例があればわかりやすい。

「ルシア妃だ」

「え?」

 サジシームは思わず、王太子の顔を見た

「何回も屋敷に行った。話をして、ルシア妃も喜んでくれた」

「……そうなんですか?」

「ルシアは屋敷に呼んではくれなかったが、行けば 喜んでくれるので、何回も行った」

「あー。なるほど。そうですか」

「乳と尻は大きい。腰は細い。測ったから」

「測ったんですか!」

「うん」

「何センチでした?」

「……忘れた」

 肝心なところを忘れやがって。サジシームは、話を適当に打ち切って、ヌーヴィーの港の管理をしているロードを呼び出した。

「ヌーヴィーの港にいるダリア人相手の売春宿で、適当な女を見繕って来い」

「何をなさるおつもりですか?  そんな女など」

 ロードは、かなり太った中年の男だった。あまり、ほめたことではないと言いたそうに、太い眉をしかめてサジシームの若いハンサムな顔を見た。後宮を持っている男なのに、そんな女に何の用事があるのだろう。

「王太子にあてがうのだ」

「あてがう?」

「そうだ。だから、片言でもいい、ダリア語が話せる女が要るのだ。ヌーヴィーでダリア人の商人やら船乗りやらを相手にしている女がいるだろう。痩せた女が好きらしい。ただし、完全なロンゴバルト人の女を探せ」

「痩せた女!」

 ロードは驚いだようだった。

「そう言えば、ダリア人は確かに痩せた女が好きですな」

「ただ痩せてるだけじゃダメだ。乳と尻がでかくて、腰が細い女で、若いのがいい。顔は、あごが細くて目に色気のある女」

「ずいぶん、注文が細かいですな。該当者、いるかな?」

「本人の希望を聞いてきたんだ。数人見繕って、そのうちで、気に入った女がいるといいな」

「いつ、連れてきましょう?」

「早めにしてくれ。王太子妃とは離しておく。気に入って、子が生まれるといいと思っている」

「ウマの牧場じゃないんですよ?」

「ダリアの王太子の子がロンゴバルトの混血になるんだ。王位を継がせたい」

 ちょっと、驚いてロードは言った。

「その子を、ダリア王にするつもりですか?」

「そう、うまくいくかどうかはわからんが」

 言い置いて、サジシームは出て行った。

 子が生まれれば、王太子妃を殺す。ダリアから、聖職者を呼んできて、正式に結婚させるのだ。王太子は拒否しないだろう。結婚するだろう。

 ダリア王と王妃はどうするだろうな。
 サジシームはくつくつ笑った。

 子どもが生まれるかどうかなんか、わからない。

「しかし、仕掛けておいて損はない」

 王と王妃が亡くなったら、王太子は人質としての価値がなくなるので、ロンゴバルト人の王妃と子どもと一緒に、ダリアに返してやろう。

「ロンゴバルトの王朝の始まりだ」


 ただし、王太子との話は不愉快だった。

「余計な計測しやがって」

 彼は、自分の屋敷に戻った。もう夕刻だった。屋敷では、明日の出立に備えて、マシムが待っているはずだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妖精の園

カシューナッツ
恋愛
私はおばあちゃんと二人暮らし。金色の髪はこの世には、存在しない色。私の、髪の色。みんな邪悪だという。でも私には内緒の唄が歌える。植物に唄う大地の唄。花と会話したりもする。でも、私にはおばあちゃんだけ。お母さんもお父さんもいない。おばあちゃんがいなくなったら、私はどうしたらいいの?だから私は迷いの森を行く。お伽噺の中のおばあちゃんが語った妖精の国を目指して。 少しだけHなところも。。 ドキドキ度数は『*』マークで。

ハズレ召喚として追放されたボクは、拡大縮小カメラアプリで異世界無双

さこゼロ
ファンタジー
突然、異世界に転生召喚された4人の少年少女たち。儀式を行った者たちに言われるがまま、手に持っていたスマホのアプリを起動させる。 ある者は聖騎士の剣と盾、 ある者は聖女のローブ、 それぞれのスマホからアイテムが出現する。 そんな中、ひとりの少年のスマホには、画面にカメラアプリが起動しただけ。 ハズレ者として追放されたこの少年は、これからどうなるのでしょうか… if分岐の続編として、 「帰還した勇者を護るため、今度は私が転移します!」を公開しています(^^)

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...