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サジシーム
第145話 またもや、罠をかけて歩く男。今度は王太子がターゲット
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王妃がカプトルへ帰る少し前、サジシームは慇懃に王太子に言った。
「王妃様がお戻りになられれば、王太子様もじきに解放されますでしょう。ただ、もう少し時間がかかるかとは存じますが。何しろ、交渉は王妃様がカプトルに着いてから始まりますゆえ」
王太子は、心細そうだった。
「ご心痛、ごもっともです。ダリアの方々が戻って行かれましたから。ダリア語が話せる者がいなくなりましたし」
「お前が、ここに残っていてくれればよいのだが」
王太子は頼むようにサジシームに言った。
この王太子は、本当にダメだ。サジシームは思った。なんにも見えていない。ほかの貴族たち、王妃ですら、サジシームこそが主要人物だとわかっていた。交渉の主人公なのだ。王太子の話し相手を勤めるような人物ではない。
サジシームは、しかし、ため息をついて見せた。
「わたくしとて、そう出来ればと思っているのですが……」
「それなら、残ってくれ。心細すぎる」
王太子は勢い込んで、サジシームをさえぎったが、サジシームは続けた。
「残念ながら、王妃様のお供をせねばなりません。ですから、戻ってまいりますまで、誰かダリア語のできる者を何人か殿下にお付けしたいと考えております」
「ああ」
王太子は落胆して、声をあげた。
「そちほど、ダリア語のうまい者はおるまい」
「若い者をお付けしましょう。今は片言でも、殿下とお話ししているうちに、きっとうまくなりまする。王太子殿下とお話しできるとは、なんと名誉なことでございましょう。例えば、そうですね、若い娘などはいかがでしょう。どんな娘がよろしいでしょう」
「娘?」
「男より女の方が、言葉はうまくなりますゆえ」
「そうなのか?」
「殿下が話しかけてくださるような、見目麗しい娘を用意いたします。ただ、ダリアとロンゴバルトでは、女の好みが違います。例えば、ロンゴバルトでは出来るだけふくよかな女が美女とされておりまして……」
王太子はブンブンと頭を振った。
「スレンダーな女が好きだ」
「わかりました。痩せた女ですね」
「ただ痩せた女ではなくて、乳と尻は大きな……」
「はい」
サジシームは、なんだかばかばかしくなってきたが、まじめに注文を取り続けた。
「腰は細くて……そうだな。猫のようなあごの細い、目の大きな、目元が色っぽい……」
妙に具体的になってきた。
「誰のお話ですか? 妃殿下のお話で?」
「あ!」
王太子は、なにか思い出したらしかった。
「その女は、結婚前に、私が……」
「どうなさったのですか?」
「結婚したかったが、母に止められた」
ほう? こんな、一人では何も出来そうもない、他人の意志に流され続けてきたような気弱な男に恋愛経験があったとは……
「ほう、どちら様で? 私も宮廷でお目にかかったことがありますでしょうか」
要は、そんな女を見繕って来ればいいわけだ。具体例があればわかりやすい。
「ルシア妃だ」
「え?」
サジシームは思わず、王太子の顔を見た
「何回も屋敷に行った。話をして、ルシア妃も喜んでくれた」
「……そうなんですか?」
「ルシアは屋敷に呼んではくれなかったが、行けば 喜んでくれるので、何回も行った」
「あー。なるほど。そうですか」
「乳と尻は大きい。腰は細い。測ったから」
「測ったんですか!」
「うん」
「何センチでした?」
「……忘れた」
肝心なところを忘れやがって。サジシームは、話を適当に打ち切って、ヌーヴィーの港の管理をしているロードを呼び出した。
「ヌーヴィーの港にいるダリア人相手の売春宿で、適当な女を見繕って来い」
「何をなさるおつもりですか? そんな女など」
ロードは、かなり太った中年の男だった。あまり、ほめたことではないと言いたそうに、太い眉をしかめてサジシームの若いハンサムな顔を見た。後宮を持っている男なのに、そんな女に何の用事があるのだろう。
「王太子にあてがうのだ」
「あてがう?」
「そうだ。だから、片言でもいい、ダリア語が話せる女が要るのだ。ヌーヴィーでダリア人の商人やら船乗りやらを相手にしている女がいるだろう。痩せた女が好きらしい。ただし、完全なロンゴバルト人の女を探せ」
「痩せた女!」
ロードは驚いだようだった。
「そう言えば、ダリア人は確かに痩せた女が好きですな」
「ただ痩せてるだけじゃダメだ。乳と尻がでかくて、腰が細い女で、若いのがいい。顔は、あごが細くて目に色気のある女」
「ずいぶん、注文が細かいですな。該当者、いるかな?」
「本人の希望を聞いてきたんだ。数人見繕って、そのうちで、気に入った女がいるといいな」
「いつ、連れてきましょう?」
「早めにしてくれ。王太子妃とは離しておく。気に入って、子が生まれるといいと思っている」
「ウマの牧場じゃないんですよ?」
「ダリアの王太子の子がロンゴバルトの混血になるんだ。王位を継がせたい」
ちょっと、驚いてロードは言った。
「その子を、ダリア王にするつもりですか?」
「そう、うまくいくかどうかはわからんが」
言い置いて、サジシームは出て行った。
子が生まれれば、王太子妃を殺す。ダリアから、聖職者を呼んできて、正式に結婚させるのだ。王太子は拒否しないだろう。結婚するだろう。
ダリア王と王妃はどうするだろうな。
サジシームはくつくつ笑った。
子どもが生まれるかどうかなんか、わからない。
「しかし、仕掛けておいて損はない」
王と王妃が亡くなったら、王太子は人質としての価値がなくなるので、ロンゴバルト人の王妃と子どもと一緒に、ダリアに返してやろう。
「ロンゴバルトの王朝の始まりだ」
ただし、王太子との話は不愉快だった。
「余計な計測しやがって」
彼は、自分の屋敷に戻った。もう夕刻だった。屋敷では、明日の出立に備えて、マシムが待っているはずだった。
「王妃様がお戻りになられれば、王太子様もじきに解放されますでしょう。ただ、もう少し時間がかかるかとは存じますが。何しろ、交渉は王妃様がカプトルに着いてから始まりますゆえ」
王太子は、心細そうだった。
「ご心痛、ごもっともです。ダリアの方々が戻って行かれましたから。ダリア語が話せる者がいなくなりましたし」
「お前が、ここに残っていてくれればよいのだが」
王太子は頼むようにサジシームに言った。
この王太子は、本当にダメだ。サジシームは思った。なんにも見えていない。ほかの貴族たち、王妃ですら、サジシームこそが主要人物だとわかっていた。交渉の主人公なのだ。王太子の話し相手を勤めるような人物ではない。
サジシームは、しかし、ため息をついて見せた。
「わたくしとて、そう出来ればと思っているのですが……」
「それなら、残ってくれ。心細すぎる」
王太子は勢い込んで、サジシームをさえぎったが、サジシームは続けた。
「残念ながら、王妃様のお供をせねばなりません。ですから、戻ってまいりますまで、誰かダリア語のできる者を何人か殿下にお付けしたいと考えております」
「ああ」
王太子は落胆して、声をあげた。
「そちほど、ダリア語のうまい者はおるまい」
「若い者をお付けしましょう。今は片言でも、殿下とお話ししているうちに、きっとうまくなりまする。王太子殿下とお話しできるとは、なんと名誉なことでございましょう。例えば、そうですね、若い娘などはいかがでしょう。どんな娘がよろしいでしょう」
「娘?」
「男より女の方が、言葉はうまくなりますゆえ」
「そうなのか?」
「殿下が話しかけてくださるような、見目麗しい娘を用意いたします。ただ、ダリアとロンゴバルトでは、女の好みが違います。例えば、ロンゴバルトでは出来るだけふくよかな女が美女とされておりまして……」
王太子はブンブンと頭を振った。
「スレンダーな女が好きだ」
「わかりました。痩せた女ですね」
「ただ痩せた女ではなくて、乳と尻は大きな……」
「はい」
サジシームは、なんだかばかばかしくなってきたが、まじめに注文を取り続けた。
「腰は細くて……そうだな。猫のようなあごの細い、目の大きな、目元が色っぽい……」
妙に具体的になってきた。
「誰のお話ですか? 妃殿下のお話で?」
「あ!」
王太子は、なにか思い出したらしかった。
「その女は、結婚前に、私が……」
「どうなさったのですか?」
「結婚したかったが、母に止められた」
ほう? こんな、一人では何も出来そうもない、他人の意志に流され続けてきたような気弱な男に恋愛経験があったとは……
「ほう、どちら様で? 私も宮廷でお目にかかったことがありますでしょうか」
要は、そんな女を見繕って来ればいいわけだ。具体例があればわかりやすい。
「ルシア妃だ」
「え?」
サジシームは思わず、王太子の顔を見た
「何回も屋敷に行った。話をして、ルシア妃も喜んでくれた」
「……そうなんですか?」
「ルシアは屋敷に呼んではくれなかったが、行けば 喜んでくれるので、何回も行った」
「あー。なるほど。そうですか」
「乳と尻は大きい。腰は細い。測ったから」
「測ったんですか!」
「うん」
「何センチでした?」
「……忘れた」
肝心なところを忘れやがって。サジシームは、話を適当に打ち切って、ヌーヴィーの港の管理をしているロードを呼び出した。
「ヌーヴィーの港にいるダリア人相手の売春宿で、適当な女を見繕って来い」
「何をなさるおつもりですか? そんな女など」
ロードは、かなり太った中年の男だった。あまり、ほめたことではないと言いたそうに、太い眉をしかめてサジシームの若いハンサムな顔を見た。後宮を持っている男なのに、そんな女に何の用事があるのだろう。
「王太子にあてがうのだ」
「あてがう?」
「そうだ。だから、片言でもいい、ダリア語が話せる女が要るのだ。ヌーヴィーでダリア人の商人やら船乗りやらを相手にしている女がいるだろう。痩せた女が好きらしい。ただし、完全なロンゴバルト人の女を探せ」
「痩せた女!」
ロードは驚いだようだった。
「そう言えば、ダリア人は確かに痩せた女が好きですな」
「ただ痩せてるだけじゃダメだ。乳と尻がでかくて、腰が細い女で、若いのがいい。顔は、あごが細くて目に色気のある女」
「ずいぶん、注文が細かいですな。該当者、いるかな?」
「本人の希望を聞いてきたんだ。数人見繕って、そのうちで、気に入った女がいるといいな」
「いつ、連れてきましょう?」
「早めにしてくれ。王太子妃とは離しておく。気に入って、子が生まれるといいと思っている」
「ウマの牧場じゃないんですよ?」
「ダリアの王太子の子がロンゴバルトの混血になるんだ。王位を継がせたい」
ちょっと、驚いてロードは言った。
「その子を、ダリア王にするつもりですか?」
「そう、うまくいくかどうかはわからんが」
言い置いて、サジシームは出て行った。
子が生まれれば、王太子妃を殺す。ダリアから、聖職者を呼んできて、正式に結婚させるのだ。王太子は拒否しないだろう。結婚するだろう。
ダリア王と王妃はどうするだろうな。
サジシームはくつくつ笑った。
子どもが生まれるかどうかなんか、わからない。
「しかし、仕掛けておいて損はない」
王と王妃が亡くなったら、王太子は人質としての価値がなくなるので、ロンゴバルト人の王妃と子どもと一緒に、ダリアに返してやろう。
「ロンゴバルトの王朝の始まりだ」
ただし、王太子との話は不愉快だった。
「余計な計測しやがって」
彼は、自分の屋敷に戻った。もう夕刻だった。屋敷では、明日の出立に備えて、マシムが待っているはずだった。
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