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サジシーム
第144話 サジシームの野心と詭弁
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それが、メフメトの死から十日後。
レイビック伯の一行が何事もなしと見て、レイビック目指して引き上げ始めてから四日後のことだった。
マシムは、使者からロンゴバルト本国の様子を聞くと、驚くと同時に不安になった。
「サジシーム様とダリア王は戦争になっているわけではございません。首長連中は大変な誤解をしています」
サジシームは使者の話を黙って聞いていたが、言った。
「いかにも、彼ららしいことだ」
「なんとしても、止めなくてはなりませぬ。でなければ、ダリア王との間が険悪になります」
「どうせ、止められない。それに彼らがここにたどり着くまでに、すべては済んでいる」
「は? すべてが済んでいるとは?」
「まず、彼らがここへ無事にたどり着けるかだが……ダリアの連中が通してくれないだろう」
「メフメト様とサジシーム様は、何事もなく、わずか7日でここまで来られましたが」
「それは、王妃と一緒だったからだ」
当たり前だった。
王妃を返すための旅だった。
ダリアの領主たち、街道沿いの連中は、沈黙し、あらゆる便宜を図った。
「今度のメフメトの棺も同じだ。王の意向がある。私の使者は、あらゆる便宜を利用して行き来することができる。だが、首長連中はどうだろう? ダリア王に呼ばれた訳でも何でもない」
「でも、見分けがつくでしょうか?」
「何のためにダリア王旗を付けていると思うのだ」
その通りだった。
「街道の領主たちには、王旗を付けた軍は通す。正規のロンゴバルト軍は私の軍以外、存在しないと伝えている。それ以外は野盗だ」
「いつ、そのような連絡を?」
「王妃を帰す交渉の時だ。王は伝令を飛ばしたろう。でないと、王妃が無事にカプトルまで、たどり着けないではないか。だから、今、こちらに向かっている連中はただの敵だ」
マシムは不安になった。今度はザイードたちの運命に不安を感じたのである。
「ザイード様は、勘違いをされているのではないでしょうか? 使者やメフメト様、サジシーム様が、安全に通って来られたので、街道は安全だと?」
「ザイードが何を考えているかなど知らぬ。そもそも、ザイードは物を考えたことがないのではないか?」
サジシームは嘲笑した。
「他国へ、安易に入ってくるなど。しかも、わずか数か月前に、かなりの戦闘をしているはずだ」
二人は黙っていたが、サジシームが口を切った。
「いいか? 今から、レイビック伯が陣取っていた砦を占拠する」
サジシームの指さす先を、マシムも追った。小高い丘になっていて、灰色の石造りの建物が立っていた。
「カプトルのすぐそばではございませんか?! あんなところに、なんの用があるのですか」
「我々は帰らない」
「なんですって?」
「王の力を借りて、ここに居続ける。我々が王の護衛だ。王も異存はあるまい」
「王の護衛?」
王の護衛をロンゴバルト人のサジシームが?
「そのうち、王の元に、ロンゴバルトの不逞の輩、ただの野盗の群れ、正規軍でも何でもない手の付けられない野蛮人どもが、国境を越えて攻め寄せ来たと言う連絡が届くだろう」
マシムは、不精不精に頷いた。マシムはロンゴバルト人なので、ザイードの気持ちが良く分かった。
無論、メフメトが遺した王領の行方が気になっていることは間違いないが、それだけではないだろう。
メフメトの仇を取りに来ているのである。
ザイードにしてみれば、野盗扱いは心外だろう。正義の戦いなのだ。これを聞いたら怒り狂うだろう。
「国の恥だ」
「サジシーム様、そんなことはございません。ザイード様は、敵討ちに来られるのです。まことの勇者でございます」
「そんなことは、ダリアでは通用しない。事を分けて事情を説明し、丁寧なお悔やみ文まで送っている。メフメトの死は、ダリアの故意ではない。にもかかわらず、押し寄せてくる理由がわからない」
マシムは、サジシームが、その手紙をバラバラにちぎって捨ててしまったことを知っていた。
サジシームは何を考えているのだろう。
「こんな野蛮な連中は、ロンゴバルトの恥だ。だから、サジシーム軍はダリア王を守るために、あの砦に入るのだ」
サジシームは陰湿な笑いを浮かべた。
「いくらでも来るがよい。補給も、援護もないこの地で、戦えると言うのなら」
マシムは頭がグルグルしてきた。サジシーム様の目的は何なのだろう。自分の国の軍と戦うつもりなのだろうか。
「そして、私はダリア王の庇護のもと、彼らと戦うのだ。それまでにロンゴバルト軍が全滅していなければ」
「サジシーム様、ロンゴバルトにはお戻りにならないのですか? まさか、ダリアの臣民になって、この地で暮らすおつもりですか?」
マシムは叫んだ。
「何を言ってるんだ、マシム」
小高い丘の砦の見える方角から、マシムの方にぐるりと向き直って、サジシームは答えた。
「帰るに決まっている。こんなところに長居はできない。私はロンゴバルト人だ。ロンゴバルトを支配するのだ。邪魔者を消すチャンスだ」
「邪魔者……」
サジシームにとって、ザイードを始めとする首長連中は邪魔者……
ああ、だが、確かにそれは真実だった。
自分の国の同胞と言え、彼らは常に邪魔をしてきた。
決してメフメトやサジシームの一族の命令を聞かなかったし、常に足を引っ張った。
彼らのせいで、ロンゴバルトは力を発揮できなかった。そして、ダリアに負けてばかりいた。
だが、首長連中を殺したところで、彼らが支配していた場所の人々が、サジシームに従うのだろうか?
「そんな心配はしなくてよい。従わなければそれまでだ。彼らが新しい首長を内輪もめの末に決め、いつか我が一族に刃向うのはわかっている。だが、それまでに、こちらはもっと先に進むのだ」
マシムの目に、それまで彼の誇りだった若い主人の輪郭が揺らぎ始めた。
ロマンチックで、いつも笑いを口元に浮かべ、他の首長からはしょうのない若い軟弱者とみなされ、軽く扱われていたサジシーム。
そのサジシームが、メフメトの死をチャンスに変え、他の首長からの彼への評価を逆手にとって逆襲しようと言うのだ。
彼を見損なっていた首長たちには死を。
だが、これは明らかな祖国への裏切りにならないだろうか。
ロンゴバルトの聖職者たちの教えに背くのではないか。
祖国を敵に回すのではないか……? ダリアの味方になるのか?
だが、自分はロンゴバルト人だと、サジシーム自身が宣言していた。
「なぜだ? ロンゴバルトの力を削いできたのは首長たち自身だ。私じゃない。ロンゴバルトをもっと強くするためには、彼らは邪魔なのだ。ロンゴバルトを強くする、それのどこが神の教えに背くのだ?」
そう言われても、マシムは完全には納得できないものが残った。
それにとても危険な気がした。ダリアは敵だ。たとえ、王がサジシームの駐留を歓迎したとしても、王一家以外の貴族たちがどう思うだろうか。
レイビック伯を始めとしたダリアの連中はきっと怒るだろう。
騙されて、砦を離れてしまったばかりに、ロンゴバルト軍などに、王城を守ってもらったと知れば、彼らは、彼らの誇りを傷つけられて怒るだろう。
王に対しても怒るだろう。
なぜ、自分たちを呼ばなかったのかと。
だが、王は、彼らを呼べない。サジシームのいうことを聞かねばならない理由があった。
王太子が、まだ、人質としてファン島に残っているのだ。
レイビック伯の一行が何事もなしと見て、レイビック目指して引き上げ始めてから四日後のことだった。
マシムは、使者からロンゴバルト本国の様子を聞くと、驚くと同時に不安になった。
「サジシーム様とダリア王は戦争になっているわけではございません。首長連中は大変な誤解をしています」
サジシームは使者の話を黙って聞いていたが、言った。
「いかにも、彼ららしいことだ」
「なんとしても、止めなくてはなりませぬ。でなければ、ダリア王との間が険悪になります」
「どうせ、止められない。それに彼らがここにたどり着くまでに、すべては済んでいる」
「は? すべてが済んでいるとは?」
「まず、彼らがここへ無事にたどり着けるかだが……ダリアの連中が通してくれないだろう」
「メフメト様とサジシーム様は、何事もなく、わずか7日でここまで来られましたが」
「それは、王妃と一緒だったからだ」
当たり前だった。
王妃を返すための旅だった。
ダリアの領主たち、街道沿いの連中は、沈黙し、あらゆる便宜を図った。
「今度のメフメトの棺も同じだ。王の意向がある。私の使者は、あらゆる便宜を利用して行き来することができる。だが、首長連中はどうだろう? ダリア王に呼ばれた訳でも何でもない」
「でも、見分けがつくでしょうか?」
「何のためにダリア王旗を付けていると思うのだ」
その通りだった。
「街道の領主たちには、王旗を付けた軍は通す。正規のロンゴバルト軍は私の軍以外、存在しないと伝えている。それ以外は野盗だ」
「いつ、そのような連絡を?」
「王妃を帰す交渉の時だ。王は伝令を飛ばしたろう。でないと、王妃が無事にカプトルまで、たどり着けないではないか。だから、今、こちらに向かっている連中はただの敵だ」
マシムは不安になった。今度はザイードたちの運命に不安を感じたのである。
「ザイード様は、勘違いをされているのではないでしょうか? 使者やメフメト様、サジシーム様が、安全に通って来られたので、街道は安全だと?」
「ザイードが何を考えているかなど知らぬ。そもそも、ザイードは物を考えたことがないのではないか?」
サジシームは嘲笑した。
「他国へ、安易に入ってくるなど。しかも、わずか数か月前に、かなりの戦闘をしているはずだ」
二人は黙っていたが、サジシームが口を切った。
「いいか? 今から、レイビック伯が陣取っていた砦を占拠する」
サジシームの指さす先を、マシムも追った。小高い丘になっていて、灰色の石造りの建物が立っていた。
「カプトルのすぐそばではございませんか?! あんなところに、なんの用があるのですか」
「我々は帰らない」
「なんですって?」
「王の力を借りて、ここに居続ける。我々が王の護衛だ。王も異存はあるまい」
「王の護衛?」
王の護衛をロンゴバルト人のサジシームが?
「そのうち、王の元に、ロンゴバルトの不逞の輩、ただの野盗の群れ、正規軍でも何でもない手の付けられない野蛮人どもが、国境を越えて攻め寄せ来たと言う連絡が届くだろう」
マシムは、不精不精に頷いた。マシムはロンゴバルト人なので、ザイードの気持ちが良く分かった。
無論、メフメトが遺した王領の行方が気になっていることは間違いないが、それだけではないだろう。
メフメトの仇を取りに来ているのである。
ザイードにしてみれば、野盗扱いは心外だろう。正義の戦いなのだ。これを聞いたら怒り狂うだろう。
「国の恥だ」
「サジシーム様、そんなことはございません。ザイード様は、敵討ちに来られるのです。まことの勇者でございます」
「そんなことは、ダリアでは通用しない。事を分けて事情を説明し、丁寧なお悔やみ文まで送っている。メフメトの死は、ダリアの故意ではない。にもかかわらず、押し寄せてくる理由がわからない」
マシムは、サジシームが、その手紙をバラバラにちぎって捨ててしまったことを知っていた。
サジシームは何を考えているのだろう。
「こんな野蛮な連中は、ロンゴバルトの恥だ。だから、サジシーム軍はダリア王を守るために、あの砦に入るのだ」
サジシームは陰湿な笑いを浮かべた。
「いくらでも来るがよい。補給も、援護もないこの地で、戦えると言うのなら」
マシムは頭がグルグルしてきた。サジシーム様の目的は何なのだろう。自分の国の軍と戦うつもりなのだろうか。
「そして、私はダリア王の庇護のもと、彼らと戦うのだ。それまでにロンゴバルト軍が全滅していなければ」
「サジシーム様、ロンゴバルトにはお戻りにならないのですか? まさか、ダリアの臣民になって、この地で暮らすおつもりですか?」
マシムは叫んだ。
「何を言ってるんだ、マシム」
小高い丘の砦の見える方角から、マシムの方にぐるりと向き直って、サジシームは答えた。
「帰るに決まっている。こんなところに長居はできない。私はロンゴバルト人だ。ロンゴバルトを支配するのだ。邪魔者を消すチャンスだ」
「邪魔者……」
サジシームにとって、ザイードを始めとする首長連中は邪魔者……
ああ、だが、確かにそれは真実だった。
自分の国の同胞と言え、彼らは常に邪魔をしてきた。
決してメフメトやサジシームの一族の命令を聞かなかったし、常に足を引っ張った。
彼らのせいで、ロンゴバルトは力を発揮できなかった。そして、ダリアに負けてばかりいた。
だが、首長連中を殺したところで、彼らが支配していた場所の人々が、サジシームに従うのだろうか?
「そんな心配はしなくてよい。従わなければそれまでだ。彼らが新しい首長を内輪もめの末に決め、いつか我が一族に刃向うのはわかっている。だが、それまでに、こちらはもっと先に進むのだ」
マシムの目に、それまで彼の誇りだった若い主人の輪郭が揺らぎ始めた。
ロマンチックで、いつも笑いを口元に浮かべ、他の首長からはしょうのない若い軟弱者とみなされ、軽く扱われていたサジシーム。
そのサジシームが、メフメトの死をチャンスに変え、他の首長からの彼への評価を逆手にとって逆襲しようと言うのだ。
彼を見損なっていた首長たちには死を。
だが、これは明らかな祖国への裏切りにならないだろうか。
ロンゴバルトの聖職者たちの教えに背くのではないか。
祖国を敵に回すのではないか……? ダリアの味方になるのか?
だが、自分はロンゴバルト人だと、サジシーム自身が宣言していた。
「なぜだ? ロンゴバルトの力を削いできたのは首長たち自身だ。私じゃない。ロンゴバルトをもっと強くするためには、彼らは邪魔なのだ。ロンゴバルトを強くする、それのどこが神の教えに背くのだ?」
そう言われても、マシムは完全には納得できないものが残った。
それにとても危険な気がした。ダリアは敵だ。たとえ、王がサジシームの駐留を歓迎したとしても、王一家以外の貴族たちがどう思うだろうか。
レイビック伯を始めとしたダリアの連中はきっと怒るだろう。
騙されて、砦を離れてしまったばかりに、ロンゴバルト軍などに、王城を守ってもらったと知れば、彼らは、彼らの誇りを傷つけられて怒るだろう。
王に対しても怒るだろう。
なぜ、自分たちを呼ばなかったのかと。
だが、王は、彼らを呼べない。サジシームのいうことを聞かねばならない理由があった。
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