アネンサードの人々

buchi

文字の大きさ
上 下
144 / 185
サジシーム

第144話 サジシームの野心と詭弁

しおりを挟む
 それが、メフメトの死から十日後。

 レイビック伯の一行が何事もなしと見て、レイビック目指して引き上げ始めてから四日後のことだった。

 マシムは、使者からロンゴバルト本国の様子を聞くと、驚くと同時に不安になった。

「サジシーム様とダリア王は戦争になっているわけではございません。首長連中は大変な誤解をしています」

 サジシームは使者の話を黙って聞いていたが、言った。

「いかにも、彼ららしいことだ」

「なんとしても、止めなくてはなりませぬ。でなければ、ダリア王との間が険悪になります」

「どうせ、止められない。それに彼らがここにたどり着くまでに、すべては済んでいる」

「は? すべてが済んでいるとは?」

「まず、彼らがここへ無事にたどり着けるかだが……ダリアの連中が通してくれないだろう」

「メフメト様とサジシーム様は、何事もなく、わずか7日でここまで来られましたが」

「それは、王妃と一緒だったからだ」

 当たり前だった。

 王妃を返すための旅だった。

 ダリアの領主たち、街道沿いの連中は、沈黙し、あらゆる便宜を図った。

「今度のメフメトの棺も同じだ。王の意向がある。私の使者は、あらゆる便宜を利用して行き来することができる。だが、首長連中はどうだろう? ダリア王に呼ばれた訳でも何でもない」

「でも、見分けがつくでしょうか?」

「何のためにダリア王旗を付けていると思うのだ」

 その通りだった。

「街道の領主たちには、王旗を付けた軍は通す。正規のロンゴバルト軍は私の軍以外、存在しないと伝えている。それ以外は野盗だ」

「いつ、そのような連絡を?」

「王妃を帰す交渉の時だ。王は伝令を飛ばしたろう。でないと、王妃が無事にカプトルまで、たどり着けないではないか。だから、今、こちらに向かっている連中はただの敵だ」

 マシムは不安になった。今度はザイードたちの運命に不安を感じたのである。

「ザイード様は、勘違いをされているのではないでしょうか? 使者やメフメト様、サジシーム様が、安全に通って来られたので、街道は安全だと?」

「ザイードが何を考えているかなど知らぬ。そもそも、ザイードは物を考えたことがないのではないか?」

 サジシームは嘲笑した。

「他国へ、安易に入ってくるなど。しかも、わずか数か月前に、かなりの戦闘をしているはずだ」


 二人は黙っていたが、サジシームが口を切った。

「いいか? 今から、レイビック伯が陣取っていた砦を占拠する」

 サジシームの指さす先を、マシムも追った。小高い丘になっていて、灰色の石造りの建物が立っていた。

「カプトルのすぐそばではございませんか?! あんなところに、なんの用があるのですか」

「我々は帰らない」

「なんですって?」

「王の力を借りて、ここに居続ける。我々が王の護衛だ。王も異存はあるまい」

「王の護衛?」

 王の護衛をロンゴバルト人のサジシームが?

「そのうち、王の元に、ロンゴバルトの不逞の輩、ただの野盗の群れ、正規軍でも何でもない手の付けられない野蛮人どもが、国境を越えて攻め寄せ来たと言う連絡が届くだろう」

 マシムは、不精不精に頷いた。マシムはロンゴバルト人なので、ザイードの気持ちが良く分かった。

 無論、メフメトが遺した王領の行方が気になっていることは間違いないが、それだけではないだろう。
 メフメトの仇を取りに来ているのである。
 ザイードにしてみれば、野盗扱いは心外だろう。正義の戦いなのだ。これを聞いたら怒り狂うだろう。

「国の恥だ」

「サジシーム様、そんなことはございません。ザイード様は、敵討ちに来られるのです。まことの勇者でございます」

「そんなことは、ダリアでは通用しない。事を分けて事情を説明し、丁寧なお悔やみ文まで送っている。メフメトの死は、ダリアの故意ではない。にもかかわらず、押し寄せてくる理由がわからない」

 マシムは、サジシームが、その手紙をバラバラにちぎって捨ててしまったことを知っていた。

 サジシームは何を考えているのだろう。

「こんな野蛮な連中は、ロンゴバルトの恥だ。だから、サジシーム軍はダリア王を守るために、あの砦に入るのだ」

 サジシームは陰湿な笑いを浮かべた。

「いくらでも来るがよい。補給も、援護もないこの地で、戦えると言うのなら」

 マシムは頭がグルグルしてきた。サジシーム様の目的は何なのだろう。自分の国の軍と戦うつもりなのだろうか。

「そして、私はダリア王の庇護のもと、彼らと戦うのだ。それまでにロンゴバルト軍が全滅していなければ」

「サジシーム様、ロンゴバルトにはお戻りにならないのですか? まさか、ダリアの臣民になって、この地で暮らすおつもりですか?」

 マシムは叫んだ。

「何を言ってるんだ、マシム」

 小高い丘の砦の見える方角から、マシムの方にぐるりと向き直って、サジシームは答えた。

「帰るに決まっている。こんなところに長居はできない。私はロンゴバルト人だ。ロンゴバルトを支配するのだ。邪魔者を消すチャンスだ」

「邪魔者……」

 サジシームにとって、ザイードを始めとする首長連中は邪魔者……

 ああ、だが、確かにそれは真実だった。

 自分の国の同胞と言え、彼らは常に邪魔をしてきた。
 決してメフメトやサジシームの一族の命令を聞かなかったし、常に足を引っ張った。
 彼らのせいで、ロンゴバルトは力を発揮できなかった。そして、ダリアに負けてばかりいた。

 だが、首長連中を殺したところで、彼らが支配していた場所の人々が、サジシームに従うのだろうか?

「そんな心配はしなくてよい。従わなければそれまでだ。彼らが新しい首長を内輪もめの末に決め、いつか我が一族に刃向うのはわかっている。だが、それまでに、こちらはもっと先に進むのだ」

 マシムの目に、それまで彼の誇りだった若い主人の輪郭が揺らぎ始めた。

 ロマンチックで、いつも笑いを口元に浮かべ、他の首長からはしょうのない若い軟弱者とみなされ、軽く扱われていたサジシーム。

 そのサジシームが、メフメトの死をチャンスに変え、他の首長からの彼への評価を逆手にとって逆襲しようと言うのだ。

 彼を見損なっていた首長たちには死を。

 だが、これは明らかな祖国への裏切りにならないだろうか。
 ロンゴバルトの聖職者たちの教えに背くのではないか。

 祖国を敵に回すのではないか……? ダリアの味方になるのか?
 だが、自分はロンゴバルト人だと、サジシーム自身が宣言していた。

「なぜだ? ロンゴバルトの力を削いできたのは首長たち自身だ。私じゃない。ロンゴバルトをもっと強くするためには、彼らは邪魔なのだ。ロンゴバルトを強くする、それのどこが神の教えに背くのだ?」

 そう言われても、マシムは完全には納得できないものが残った。

 それにとても危険な気がした。ダリアは敵だ。たとえ、王がサジシームの駐留を歓迎したとしても、王一家以外の貴族たちがどう思うだろうか。

 レイビック伯を始めとしたダリアの連中はきっと怒るだろう。

 騙されて、砦を離れてしまったばかりに、ロンゴバルト軍などに、王城を守ってもらったと知れば、彼らは、彼らの誇りを傷つけられて怒るだろう。

 王に対しても怒るだろう。
 なぜ、自分たちを呼ばなかったのかと。
 だが、王は、彼らを呼べない。サジシームのいうことを聞かねばならない理由があった。
 王太子が、まだ、人質としてファン島に残っているのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

転異世界のアウトサイダー 神達が仲間なので、最強です

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
告知となりますが、2022年8月下旬に『転異世界のアウトサイダー』の3巻が発売となります。 それに伴い、第三巻収録部分を改稿しました。 高校生の佐藤悠斗は、ある日、カツアゲしてきた不良二人とともに異世界に転移してしまう。彼らを召喚したマデイラ王国の王や宰相によると、転移者は高いステータスや強力なユニークスキルを持っているとのことだったが……悠斗のステータスはほとんど一般人以下で、スキルも影を動かすだけだと判明する。後日、迷宮に不良達と潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまった悠斗。しかし、密かに自身の能力を進化させていた彼は、そのスキル『影魔法』を駆使して、ピンチを乗り切る。さらには、道中で偶然『召喚』スキルをゲットすると、なんと大天使や神様を仲間にしていくのだった――規格外の仲間と能力で、どんな迷宮も手軽に攻略!? お騒がせ影使いの異世界放浪記、開幕! いつも応援やご感想ありがとうございます!! 誤字脱字指摘やコメントを頂き本当に感謝しております。 更新につきましては、更新頻度は落とさず今まで通り朝7時更新のままでいこうと思っています。 書籍化に伴い、タイトルを微変更。ペンネームも変更しております。 ここまで辿り着けたのも、みなさんの応援のおかげと思っております。 イラストについても本作には勿体ない程の素敵なイラストもご用意頂きました。 引き続き本作をよろしくお願い致します。

処理中です...