アネンサードの人々

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サジシーム

第138話 そこには、あいにくロドリックがいた

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 人々は呆然と立ち尽くしていたが、残っていても仕方がなかった。
 そこで、彼らは三々五々、それぞれの宿舎や、王宮内で手配された部屋部屋へ戻り始めた。


「レイビック伯爵には、早く宿に戻ってもらわねば」

 マシムは口の中でつぶやいた。

「ロンゴバルトの奴隷兵が待ちかねているであろう」

 レイビック伯一家は馬車に乗った。立派な、一目でそれとわかる馬車だった。
 彼らは、真っ暗な中を、馬車のカンテラを頼りに急ぎ宿に向かった。

 メフメトが死んだ。これがどういう結果をもたらすか。フリースラントもルシアも、テンセスト女伯も無言だった。
 

 宿には煌々と灯りが付いていた。

「遅くなるとわかっておりましたので、お戻りになるまで、灯りを付けておくよう命じておきました」

 騎馬のロジアンが馬車のそばに近づいてきて、フリースラントに言った。彼は護衛として、馬車に付き従っていた。ロジアンも、メフメトの急死に不安を感じていた。良い予感はしない。

「一体、どうしてあんなことになったのでございましょう」

「見当もつかぬ。あんな場面で、突然倒れて亡くなるとは」

「まずいほうに解釈されなければよろしいのですが」

「うむ」

 彼らは、そんな話をしながら馬車を降り、女伯とルシアが下りるのに手を貸して、そろって宿に入った。




「お帰り」

 宿にはロドリックが待っていて、陰気そうに彼らを出迎えた。

 ドアを開けて中に入った三人は、メフメトが死んだのに劣らないくらい、びっくり仰天した。

 宿のありさまは、惨状とでもしか言いようがない様子だった。
 いたるところが死体だった。

「押し入って来たんだよ」

 ロドリックが説明した。

「俺は二階にいたもんで、気が付くのが遅くなって、宿の小僧二人がケガしちまった」

 周りはロンゴバルト人と思われる平服の連中の死体でいっぱいだった。

「こちらの被害はそれだけ?」
 テンセスト女伯が聞いた。

「宿側の被害はね。こいつらは総勢五十人ほどだった。こんなにたくさん来るだなんて驚いたよ」

 驚いているようには全く見えなかったが、ロドリックは言った。

「でも、うまい具合に入り口が狭かったので、三人くらいずつ入ってきてくれた。一斉に襲い掛かられると、ちょっと面倒だったと思う。三人ずつなら簡単だからね」

「これはサジシームの仕業か?」

 呆然としたフリースラントが聞いた。周りはロンゴバルトの死体だらけである。ルシアが怖そうに、フリースラントのそばに寄って、その背中に隠れた。死体を見たくなかったらしい。

「そうらしいね。あそこに一人、生かしてある。射手の手配もしていたらしい。全部処分したがね」

「サジシームがメフメトにそう言ってましたわ」

 テンセスト女伯が言った。全員が振り返った。

「でも、宿にロドリックがいるのはわかっていたから、多分全滅してると思って」

「母上、わかっていたなら……」

「聞いたのが、どうやら宿の襲撃が終わった後の時間帯らしかったので……」

 みんなが黙りこくった。

「この死体、どうしましょう?」

 ロジアンがおずおずと口をはさんだ。

「あ、いや、もっとあったんだ。でも、あらかた裏の川に捨ててきたよ。宿の亭主が嫌だと言うのでね」

「はい。あいすみません。どうも死体を見ていると気分が悪くなって」

 部屋の隅には宿の亭主が控えていた。彼はできれば、この死体の山は見たくないらしかった。

「そりゃもっともだ。すまなかったね、こんなことになって」

 フリースラントが慌ててなぐさめた。そして、被害のなかった二階に女性二人を案内して休ませる仕事を命じた。これならできるだろう。

 それから、彼はロジアンに命じて、ロンゴバルト人どもの持ち物検査を命じた。前回と同じだ。誰がこの襲撃を命じたのか、誰が仲間なのか。

 どこまで、サジシームの手は広がっているのだろう。
 この襲撃犯の兵たちは、カプトルの街に昔から潜んでいたのか、今日だけサジシームに連れられてここへ来たのか。



 それから、フリースラントは、ロジアンと一緒にせっせと残りの死体の処分をしているロドリックを止めて、言った。

「ロドリック、メフメトが王宮で死んだ」

「え? なんで?」

「わからない。殺されたりしたわけじゃない。突然倒れて死んだ。外傷はない。医者は心臓発作だと言うんだが……」

 フリースラントが一部始終を説明したが、ロドリックはあきれ返って、フリースラントを見た。

 話を聞き終わると、彼は考え考え、彼らに言った。

「今日は領土割譲の日だった。譲られたのは、メフメトだ。だが、そのメフメトが死んだということは、領土はどこへ行ってしまうのか?」

「多分、メフメトの相続人だろう。ロンゴバルトの法律はよく知らないな。誰が相続人なのだろう」

「それは、まさか、サジシームが……」

 フリースラントとロドリックは、犯罪は受益者がもっとも疑われると言う法則に従って、サジシームの顔を思い浮かべていた。

 サジシームは、一見陽気で軽い雰囲気イケメンに見えるが、そうではないことを彼らは熟知していた。冷静で計画的、むしろ陰湿と言ってもいい野心家だった。

「それはとにかく、フリースラント様、ロドリック様……」

 死人を捨てると言う嫌な仕事をさせられていたロジアンが、戻ってきて、フリースラントににじり寄ってきて言った。

「この宿は早く出た方がよいのではないでしょうか」

「なぜ?」

「今はメフメト様が亡くなられて、ロンゴバルトも取り乱しているかもしれませんが、刺客を放った以上、結果を必ず確認しにまいります。サジシームの手の者が」

「そうだ。その通りだろう。ゼンダの領主殿にお願いして、王宮が見える小高い砦の上に陣を張っている。そちらに急いで移った方が安全だろう。少し遠いが、あそこはレイビック伯の兵が集結している」


 闇に紛れ、灯りをすべて落として彼らは移動した。

 フリースラントとロドリックにとって闇は味方だった。彼らは静かに移動した。レイビック伯の持ち物とわかる馬車などは皆残しておいた。

 宿の主人と雇い人には口止めをして、金を払い、見つからぬようしばらく隠れているように伝えた。

「私たちの関係者だからと、乱暴を働かれてはいけないから、しばらく隠れていなさい。サジシームの影響がどこまで及んでいるのか不明だ」

 宿の亭主は、商売上の付き合いがあり、フリースラントの忠実な味方だった。

「大丈夫でございます。私どもはカプトルの住人。隠れるところはいくらでもございます。親族の家も友人の家も。金さえあれば、何とでもなりまする。それより、レイビック伯爵様の方が心配でございます」

 渡された金は、もう二件ほど宿を新しく新築して、営業を始められるほどの額だった。

「大丈夫だ」

 フリースラントは笑った。
「ロドリックと私がいれば、誰が来ても大丈夫だ。今夜のありさまを見ればわかるだろ」




 ゼンダの領主は寝ていたが、大急ぎでやって来た。

「これはフリースラント、どうしたのだ?」

 フリースラントの顔をカンテラで確認して、ゼンダ殿はひどく驚いたが、あわてて一行を砦の中へ入れた。

「宿を狙われた。サジシームが刺客を放った」

「なんと!」

「多分、レイビック伯だけを狙い撃ちしたのだろう。貴族全員を狙ってのことなら、晩餐会でやればいい話だ」

「なぜ、レイビック伯を狙ったのだろう」

「軍を率いているからだろう。ある意味当然だった。宿を砦以外にしたのは油断だったかもしれない」

「刺客を全滅させて、全員無事なら、それは油断じゃないだろう。十分準備ができていたと言うべきだろう」

 ゼンダ殿はあきれ返って、フリースラントに言いながら、ロドリックの顔を盗み見た。

「ロドリックがいれば、全滅しない方がおかしい。だが、それより、晩餐会の会場で、メフメトが突然死した」

「なんだと? まさか」

 ゼンダの領主は信じられないと言った顔をして、フリースラントに詰め寄った。彼は納得するまで話を聞いていたが、やがて彼らに休めと勧めた。

「ご婦人方二人は、ことにお疲れだろう。砦の私の部屋でお休みくだされ。警護が最も厳重ゆえ、安心だ。伯爵、ロドリック殿も、今のうちにお休みになるとよい。ここなら、安全だ。おそらくサジシームも休んでいることだろう。不測の事態だ。今晩、ことが起こるとは考えにくいが、明日になれば、きっと大変なことになるだろう」


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